■忘れじの月
トーマスの号令とともにプラネトス2世号はヌメロス帝国へ向けて出航した。
先行する帝国の軍艦を牽制しながらの危険を伴う旅ではあるが、海上なら守ってやれる自信がある。
洋上を進むプラネトス2世号の定位置に就いたトーマスをフォルトが羨望の眼差しで見つめていた。
彼の隣には、ウーナがポニーテールの髪を揺らせている。
「フォルちゃん、みてみて、すっごーい!」
船の速度が安定すると、ウーナは早速にフォルトと甲板を巡っている。
激しい戦闘のあとにも関わらず、彼らはいたって元気そのものであった。
元気がいいといえば、もう一人の青い髪の少女。
「あれは、どっちかというと威勢がいいというべきか・・・。」
巨大なパペット(人形)を巧みに操って戦うアイーダの姿を想い浮かべ、トーマスは空を仰いだ。
彼女のトレードマークともいえるオレンジ色のベレー帽より遥かに濃い茜色の夕焼けが広がっている。
甲板にアイーダの姿はなかった。
「船酔いかな?」
海育ちのフォルト達と違い、山育ちのアイーダにいきなり外海の航海は辛い物があるかもしれない。
だが、それが杞憂に過ぎないことはすぐに判明した。
船底から賑やかな笑い声をまとってアイーダが上がってきたからだ。
「みんな楽しい人ばっかりだね、トーマス。」
そこにはすっかり船員達に溶け込んだアイーダがいた。
愛らしい少女が腹話術を駆使して巧みにパペットを操る姿は、すっかり船員達を魅了してしまったようである。
「あまりうろうろするなよ。みんなそれぞれ持ち場が決まってるんだ。」
つい口調がきつくなった。
「ごめんなさい。」
職人気質の祖父に、仕事の邪魔をしてはいけないと聞かされて育ってきたアイーダは、はっとしたように謝った。
「あ、その、邪魔しなければ自由にしていいから。」
慌てて和らげて言ったが、既に時遅し。
「船室でペドロ、調整してあげなくちゃ。またね、トーマス。」
くるりと踵を返すと、アイーダはたたっと船倉へ降りていったのであった。

夜の海上は冷える。
ことにプラネトス2世号は全速で航行していたから、舳先にはかなり強い風が吹きつけていた。
「そろそろ俺も寝るか。」
甲板を見回りがてら歩いていたトーマスが、不審な人影を目にしたのはその時であった。
音を立てないようそっと歩いている姿は通常の影の2倍はある。
わずかな月明かりだけでも、トーマスには充分存在を認識することができた。
ふいに影がふたつに別れた。
「キョウモ、ゲンキダヨ。」
人為的な声が別れた影から聞こえてくる。
「・・・アイーダ?」
聞き間違えようのない、アイーダの腹話術の声である。
パペットを操るとき、アイーダは腹話術を使いながら話す。
それなら、先刻の影の謎も解けるという物だ。
「この向こう側か。」
甲板に積まれている荷物の反対側にアイーダは居るらしかった。
彼女の声とカタカタと音がすることから、どうやら夜の甲板でパペットを操る練習をしているらしい。
プラネトス2世号は決して小さな船ではないが、アイーダがパペットを自由に操れるような広い部屋までは流石になかった。
調整後の様子を確認するために、誰にも邪魔されないところとして、甲板を選んだのであろう。
広いという意味では、甲板は確かに申し分ない場所ではあるけれど、夜の甲板はかなり冷える。
「風邪、ひかなきゃいいが。」
なんとなく気になり、トーマスはそっと荷物の隙間からアイーダの様子を垣間見た。

アイーダは一心にパペット・ペドロを操っていた。
時々、おどけた声が混じり、そんなときは一層ペドロの動きが活発になる。
「うまいもんだな。」
改めて感心したトーマスである。
戦いの最中、その技術に何度助けられたことか。
と、アイーダのパペットを操る手が止まり、ペドロはその場に力無くへしゃげて床に崩れ落ちた。
「カプリ・・・。」
波の音の狭間からアイーダの呟く声が漏れてきた。
聞こえてきた声は腹話術による作り声でなくアイーダ自身のものである。
風に雲が切れ、月明かりがアイーダを照らし出した。
へしゃげた人形のそばにアイーダは膝を抱え込むようにして座り込んでいた。
先程まで活き活きとパペットを操っていたアイーダと本当に同一人物なのかとトーマスは一瞬、目を疑ったくらいである。
そこには、精気の欠片もない、うなだれた女の子がぽつんとひとり、うずくまっているだけであった。
こんなにうなだれたアイーダをトーマスはこれまで見たことがなかった。
彼の知るアイーダは、いつも威勢が良くて、パペットを相手に活発に動いている少女だった。
「・・・カプリ・・・。」
それが、ヌメロス帝国に奪われたパペットの名前であることを思い出すのに、トーマスは少しばかり時間を必要とした。
トーマスはカプリを知らない。
彼がアイーダと出逢った時、彼女の側にはペドロしかいなかった。
彼にわかるのはカプリがペドロと同様、アイーダの祖父が作ったパペットであり、それ故にヌメロス帝国に強奪されたということくらいである。
月明かりに照らし出されたアイーダの顔にキラリと光るものがある。
それは微かな光を反射しながら頬を伝って消えていった。
「泣いたってしょうがないのに。」
アイーダはごしごしと手の甲で涙を拭うと、傍らのペドロに腕を伸ばしかけたが、捉える瞬間、その腕はだらりと彼女の脇に戻された。
「ごめんね、ペドロ。お前はカプリじゃないもんね。」
振り仰いだアイーダの瞳は月の光を弾いていた。
時折、伸びきった影が不自然に揺れるが、聞こえてくるのは波の音ばかりである。
側にいって抱きしめてやりたい、そんな衝動にトーマスは駆られた。
だが、足を動かすことができなかった。
トーマスは、ただその場に立ち尽くし、月明かりの下に佇んでいるアイーダを遠目に見つめることしかできなかったのだ。

プラネトス2世号は日の出と共に活動を開始する。
「へーっくしょんっ。」
「キャプテン、また甲板で寝ましたね。」
派手なくしゃみとともに鼻をぐずぐずいわせているトーマスを、副長のルカが呆れたように横目で見やっている。
「いくら昼の潮風が暖かいからと言っても、夜はそれなりに冷えるんです。」
「わかってるよ。」
「だったら、気を付けてください。前から言ってることですが。」
「わかってるって。」
トーマスは黙ったまま肩をすくめた。
大丈夫なつもりだったのに、穏やかな海の揺れが心地よくて、いつの間にか微睡んでしまったのは不覚であった。
しかもトーマスが朝日に目を覚ました時、既にアイーダの姿は消えていたときている。
何とも締まらないものだと溜め息を吐いていたところへ部下のルカから追い打ちをかけられ、まさに踏んだり蹴ったりと言うところであった。

「おっはよー!」
威勢のいい挨拶とともに、アイーダがひょっこり顔を覗かせた。
「おはようございます。」
「ハックション。」
ルカのにこやかな挨拶とは対照的に、トーマスは賑やかなくしゃみで出迎えた。
「あれ、トーマス、風邪?」
「甲板でうたた寝したらしいんです。」
「えー!?あんな寒いとこで?そりゃ、風邪くらい引くわ。」
呆れ顔のアイーダに、ルカの鋭い質問が飛ぶ。
「寒いって、アイーダさんも夜の甲板にいたんですか?」
「うん。」
あっさり肯定し、素早く手を動かした。
「でも、あたしはペドロと一緒だもん。ね、ペドロ。」
ぴゅーんとパペットが飛び出し、ルカに抱きついた。
「ボク、アタタカイ。ボクトイッショ、カゼヒカナイ。」
「あ、なるほど。これならあたたかいですね。」
再びパペットはアイーダの懐に収まった。
憮然としているトーマスをルカは人の悪い笑いを浮かべて見やっている。
「キャプテンはひとりだったんですね。」
「・・・。」
無言で唸っているトーマスに構わず、ルカはアイーダに冗談めかして忠告した。
「アイーダさん、夜の甲板は危険ですからあまり出歩かない方がいいですよ。」
「そうなの?」
「万が一、悪いヤツに襲われでもしては大変ですから。」
「大丈夫。あたしにはペドロがいるもん。」
ペドロの攻撃力の並ならぬ威力は、ルカも話に聞いていた。
「それに。」
にこにこっと無邪気な笑顔がトーマスに向けられる。
「海上なら、トーマス、無敵なんでしょ?」
「え?ああ、もちろん!」
一瞬どきっとしたトーマスだが、すぐに自信たっぷりに頷いた。
「だったら大丈夫。怖い者ナシ。・・・よね?」
仲間に対する絶対の信頼がそこにある。
「ああ、任せてもらおう。」
不敵な笑みを返したトーマスにアイーダの明るい笑い声が重なっていく。
「今日も良い天気になりそうですね。」
昇りきった太陽が海上にその目映い光を反射させ始めている。
「ああ。絶好の航海日よりになりそうだ。」
水平線の彼方まで続く青い空には一点の曇りもなかった。
傍らで笑っているアイーダの笑顔にも曇りは感じられない。
だが、月の光が太陽の光に消えさっても月その物が消えたわけではないように、アイーダの悲しみも消えてはいないのだ。
陽光が眩しさを増すほどに、昨夜の月の心もとない光を忘れることができないトーマスであった。

おわり
HOME > Falcomの歩き方 > Falcom二次創作目次 > 忘れじの月