■暁に向かう瞳

潮風と共に、窓から茜色の残照が部屋を照らし始めた。
アイーダがゲザルクに戻ってきてから何度目かの夕焼け空だ。
「もう、こんな時間か。」
ブロデイン王国に向かったフォルト達と別れたアイーダは、ゲザルクに戻って先の戦いで破壊されたパペット、カプリとペドロの修理をしている。
「アイーダお姉ちゃん!」
ぱたぱたとかわいい足音がして近所の子供達が入ってきた。
「お姉ちゃん、まだ直らないの?」
期待に満ちたつぶらな瞳がアイーダを伺っている。
「うーん、もう少しかかるかな。部品が少し足りないし。」
「何が足りないの?僕、貰ってきてあげる。」
大方の材料はゲザルクでも手にはいるが、特殊な部品となると、それまで人形工場のあったクルダの方が入手しやすい。
キシュカはすっかりアイーダのアシスタント気取りで、ゲザルクとクルダの間を往復していた。
「いつもありがと。でも、キシュカはパルマンさんに付いていなくて良いの?」
パルマンは度重なる戦いでの無理がたたり、休養を兼ねてゲルザグに滞在させられていた。
本人は大したことはないと言い張ったのだが、心配をした周りの者達が半ば強引に第一線から引き離したのである。
ヌメロス帝国の後継の座は固辞したが、退廃した国土の復興のために彼は国民にとってなくてはならない希望の象徴であった。
「いいんだ、エクトル様は。」
ぷいっとキシュカが横を向いた。
アイーダにはピンとくるものがあった。
「まさか帰ったわけじゃないよね?」
「そうじゃないけど。」
「じゃ、どこかで稽古中かな。」
黙りを決め込んだキシュカにアイーダは答えを見つけた。
「内緒だからね、アイーダ。エクトル様には、やりたいことがあるんだって。」
心配顔になったキシュカにアイーダは、大丈夫だと安心させてやった。
「パルマンさんの気持ち、わかるもん。」
彼の心が今どこにあるのか、アイーダは知っている。

(アイーダ、やりたいことがあるんじゃろ?)
ふいにマクベインの声が思い起こされた。
ヌメロス帝国解放後、アイーダの気持ちを汲み取って、壊れた2体のパペットを修理することを彼は勧めてくれた。
(そうだよ。アイーダにしかできないことだもんね。)
祖父ロゼットが長い年月をかけてようやく完成させたパペット達を元通りに直してやることは、確かにロゼットを除けばアイーダにしかできないことだろう。
フォルト達は別れを惜しみながらもアイーダがヌメロス帝国に残ることを勧めてくれたのだ。
「あたしにしか、できないこと、か・・・。」
アイーダは作業机から離れると、中庭に面した窓辺へとむかった。

アイーダの思ったとおり、窓の外ではパルマンが無心に槍の稽古をしている。
茜色の夕陽を浴びて、ひたすらに槍を振り下ろす。
怪我で寝ていた分の衰えを一刻も早く取り戻すべく、彼は必死だった。
太陽が沈むに連れて鈍い光が槍の先をいろいろな色に染めていく。
キラリと光った鏃の先にアイーダは目を細めた。
「たあっ!」
塊根の一撃とでもいうべき風が光を弾いた

正義の剣を構えるトーマス


「あれ?」
ごしごしとアイーダは目を擦った。
茜色に染まった背景にそこにいないはずの人物が浮かび上がる。
潮風を受けたあかね雲に正義の刃が握りしめられている。
「やれるだけのことはやってみないとな。」
不敵に笑った声までが聞こえてくるようであった。
ヌメロス帝国は解放されたが、世界に訪れようとしている危機までが去ったわけではない。
アイーダは残ったが、その一方で再会した仲間たちは、真実を求めて更なる旅を続けているのだ。
それぞれが、自分に最も適したと思われる方法で、休む間もなく今も戦っている。
「やあっ!」
張りのある声に、アイーダは我に返った。
茜色の残照が照らし出したのはパルマンの額に汗する姿である。
「パルマンさん、あまり無理しない方がいいよ。」
一心不乱に槍を振るうパルマンに、アイーダは声を掛けた。
「・・・見ていたのか。」
照れくさそうにパルマンが振り向いた。
「別に無理してるつもりはないが・・・。いま、出来ることといったらこれくらいだからな。」
「やっぱり、行くんですか?」
「・・・。」
パルマンは黙っていた。
「行くんですね?」
「・・・。私で力になれることがあるなら、今はそのためにできることをしたいと思う。」
パルマンは東の空を振り仰いだ。
アイーダと話していても彼の心は別の物を見つめている。
「アイーダの方はどうだ?」
「え?」
不意に尋ねられて、アイーダはとまどいの色を浮かべた。
「2体ともなると大変だろう。」
修理中のパペットのことを聞かれたのだと気が付き、慌てて
「キシュカがいろいろ手伝ってくれるから、大丈夫。」
と笑った。
「早く直るといいな。」
パルマンはパペットが破壊された要因に少なからず関係したことに負い目を感じている。
茜色の空はあっという間に宵闇の帳を纏っていった。
黒い太陽が空を覆って以来、それまでより早くに夜の闇が訪れるようになっていた。
急激に冷たくなっていく風に、パルマンは部屋に引き上げるべく、槍を片付け始めている。
「もう少しがんばらなくちゃ。」
アイーダも窓を閉め、作業に戻った。

2体のパペットは、分解されたまま並んでいる。
それぞれ修理箇所が違っているから、両方直すとなると、1体まるまる作れるくらいの作業量になるのだ
「おじちゃんがいてくれたらな。」
無い物ねだりをしているような自分にアイーダは苦笑した。
それができないから、自分でできる範囲で修理しようと思ったのではないか。
破壊されたままのパペットを祖父の元に連れて帰るのは、あまりに悔しくて、忍びないという気持ちが働いたのも事実だ。
それでも人形師ではないアイーダに出来ることには、やはり限界がある。
「いま、できること・・・か。」
アイーダの人形を直す手が止まった。
「いま、必要なこと。」
アイーダはバラバラに分解されたままのカプリとペドロを交互に見つめた。
「あたしにしかできないこと。」
ここまで旅をしてきた仲間たちの面影がよぎる。
自分にできることを精一杯やってきた彼らの中にもう一度入りたい。
どこまでできるかはわからないけれど、少なくとも足手まといにはならないはずだとの自負はある。
そうと決まればぐずぐずしてはいられない。
「パルマンさんが出かけるまでに間に合わさなくちゃ。」
アイーダの手が再び活発に動き始める。
「マックさん、驚くかな。」
フォルトやウーナに会ったら、どんな顔をするだろう。
そして、もうひとり、逢いたい人がいる。
もう一度一緒に戦うと言ったら彼は何というだろうか。
「あたしは、あたしの出来ることをするだけだもん。」
東の空が暁に変わる頃、1体のパペットがアイーダの手により復元されていた。


おわり
HOME > Falcomの歩き方 > Falcom二次創作「ガガーブトリロジー」 > 暁に向かう瞳