■幸せの眠る場所
エル・フィルディンの海に拠点を構えるトーマスとヴェルトルーナの住人であるアイーダとの逢瀬は、当人達だけで実現させることは、はなはだ困難を極めている。
何しろ普通の人にはまず越えられないと言われているガガープの裂け目が二つの世界を見事に分断しているからだ。
が、そこはうまくできたもので、トーマスの人望と人脈は、自由自在とまでには至らないまでも、まずまずの恋人達の時間を確保することに成功していた。
それに付き合っている人達と言えば、迷惑がるどころかむしろトーマスをけしかけている様子であり、なかなか進展しないふたりの成り行きをやきもきしている感があった。
今回の逢瀬も、いつものとおり周りにけしかけられ、なんとなく勢いのままに訪れた感はあるが、結局ふたりの時間が持てればきっかけなど、どうでもいいのである。

が、やっとのことで訪れたロゼット工房には、肝心のアイーダの姿がなかった。
「おや、トーマスさん?」
あまつさえ出迎えたロゼットは、なぜこんなところにトーマスがいるのかと不思議そうな表情を浮かべている。
「アイーダなら、先程あなたの友人と出かけましたよ。」
「俺の・・・友人?」
トーマスより先回りしてここを来れることのできる友人となれば、思い当たる人物はひとりしかいない。
「帰りはあなたに送らせるからと言ってたから、てっきり一緒だと思ってたのだが。」
トーマスがプラネトス2世号を降りるとき、ミッシェルは自分も出かけるなどひとことも言っていない。
ましてやアイーダと一緒にどこかへ行くなどと言う話など聞いたこともなかった。
「なんでもオレンジ色の蛍を見に行くとか言ったようだが・・・。エル・フィンデンには変わったものがいるんですな。」
その瞬間、トーマスは思わず叫び出しそうになった声を慌てて飲み込み、思いっきり咽せかえった。
(なに考えてんだ、ミッシェルの奴!)
これ以上ロゼットに不信感を抱かせてはマズイと、トーマスはできるだけさりげなさを装って工房を辞した。

元来た道を引き返しながら、頭はめまぐるしくこれからのことを計算している。
「とにかく追いかけるしかない。」
結論が出たのはいいが、乗組員達に何と言って行き先を告げたものか、そちらの方が頭が痛い。
けれども話を聞いたプラネトス2世号の乗組員達は、別段驚いた様子もなく、ルカの指示に従ってキビキビと出航準備に取り掛かっていった。
「キャプテン、例の計算ですが、このとおりで間違いないですか?」
「ああ。・・・しかし、本当に大丈夫なのか?」
「一度行ったとこですからね。みんなも場所がわかってるから安心してるんじゃないですか。」
それはそのとおりなのだが、どうもスッキリしない。
「キャプテン。」
「なんだ。」
「行くんですか、行かないんですか。」
この期に及んで何を迷っているのかと言いたげなルカの剣幕に、トーマスはようやく迷いを振り払った。
「プラネトス2世号、これより異界へ出発する。」
「アイアイサー!」
機関室へと降りて行くルカを横目で追いながら、やはり何か腑に落ちないトーマスであった。

異界は闇の太陽を頂いたまま、常に夕闇の中にある。
それがトーマス達の世界と再び関わりを持つのは、まだ先のことであり、目下の問題はアイーダの行方である。
ロゼットの話から、たぶんアプロートの停泊地からそれほど離れていない場所にいるだろうということは予想がつくのだが、それも絶対的なものではなかった。
なにしろこの前の時は、トーマスは運び屋に徹していたから、彼自身が本物のオレンジ色の蛍を見たわけではないのである。
それでもアヴィン達から話だけは聞いていたので、おおよその検討は付けられる。
「オレンジ色の蛍とは・・・・。」
まったくとんでもないことを行って連れ出してくれたものだと、今更のようにミッシェルを恨みたくなる。
しかし、誘う方も誘う方だが、それにあっさり付いていったアイーダにも問題はあることをトーマスは完全に失念していた。
ミッシェルあたりに言わせれば、それこそが恋人には甘いと言われる所以なのだろうが・・・。
ともあれ、トーマスはほどなく化石樹の森へ差し掛かり、さして探し回ることなく古馴染みの魔法使いの友人を見つけたのであった。

「ミッシェル!」
怒りに爆発寸前の形相で駆け寄ってくるトーマスに気が付くと、ミッシェルは早速にアイーダを呼んだ。
「どうしたの、ミッシェルさん?」
蛍に夢中になっていたアイーダだが、ミッシェルを呼んだ声がひとつでないことに気が付き、その声の主が誰であるかわかると捕まえかけていた蛍を放り出して、そちらに駆け出した。
「やっほー!トーマス!」
逢えて嬉しいと全身で表現しているようなアイーダを目前にして、トーマスの戦意はみるみる消沈していった。
「トーマス!」
子供みたいにぴょんと首に飛びついてきたアイーダをトーマスはいつもの癖でそのまま抱き上げた。
「トーマスも蛍を見に来たの?」
ひとしきり頬を寄せ合った後、無邪気に尋ねたアイーダをトーマスはゆっくり地面に降ろした。
トーマスの傍らにはいつの間にやらミッシェルが立っている。
アイーダの手前、いきなり怒鳴りたいのをなんとか押さえているトーマスをミッシェルは澄まし顔で、
「思ったより早かったですね。」
と笑っている。
何か言い返そうとしたトーマスを止めたのは、またしてもアイーダの楽しそうな笑い声であった。
「ね、ね、トーマス。すごく綺麗なの。エキュルの森でも蛍は見れるけど、こんなにたくさん見たの、あたし、初めて。」
声を弾ませてはしゃいでいるアイーダと向かい合うと、それだけで怒る気力が失せていってしまう。
「私はお邪魔なようですね。あとでまた迎えに来ましょう。」
「うん。ミッシェルさん、ありがと。また、あとでね。」
これも予定どおりと、ミッシェルは憮然としたトーマスにアイーダを任せると何処と無く姿を消した。

ふたりきりになってからは、アイーダが会えなかった間のことを逐一トーマスに話すといった、ごく普通のどこにでもある再会した恋人達の構図が繰り広げられている。
話好きのアイーダが、一方的にトーマスに話しているに過ぎないのだが、聞き手に回っているトーマスの表情は・・・。
「・・・やにさがってますねぇ。」
姿を消したはずのミッシェルだが、それとなくトーマスとアイーダの様子を伺っていた。
何しろあたりは常に黄昏時、その上蛍の飛び交う淡い光も手伝ってムードは満点ときている。
「アイーダに何かあっては申し訳ないですからね。」
トーマスが聞いたらそれこそ一悶着起きそうなことをさらりと口にしたミッシェルであった。



ひとしきり近況報告が終わって一息付くと、ようやくアイーダは本来の目的であったオレンジ色の蛍を見てみたいと辺りを見回し始めた。
しかし、視界に映るのは、エキュルの森でも見慣れた黄色い光を発する蛍ばかりである。
目の前を飛び交う蛍を横目で追いながら、トーマスはアイーダが離れすぎないよう気を配っていた。
「ここにもいないなぁ。このあたりで見つけたってミッシェルさんは言ってたけど・・・。」
「なんでまたオレンジ色の蛍に拘るんだ?」
改めて尋ねたトーマスに、それこそアイーダは意外だと言わぬばかりの表情を返した。
「ここではそれをオレンジ色のフローレといって、幸運を呼ぶお守りなんでしょ。」
どこか羨ましそうな響きにトーマスはがっくりと肩を落とした。
女の子というのはどうしてこうも「お守り」とかに興味をもつのだろうか。
「それだけ、か?」
「何が?」
「いや、いい。」
溜め息をそれとなく吐いているだけのトーマスをそれこそ不思議そうにアイーダは見上げている。
「だって、ないよりあった方がいいいでしょ?」
「別に、どっちでもいいと思うが。」
「えー、どうして?」
「どうしてって言われても・・・。俺には必要ないものだし。」
それこそアイーダには納得できない様子である。
一旦疑問に感じると、とことんアイーダが追求してくることはわかっていたから、トーマスは先手必勝とばかりに話題を逸らし始めた。
「そういえば異界でもオレンジ色の蛍は年々減っていると言ってたかな。」
「え、そうなの?」
アイーダの蛍を追う視線が止まった。
「どうした、探さないのか?」
「だって、減ってるんでしょ。ここの人達の幸せを減らすのって嫌だもん。」
自分で納得すると諦めも早い。
「あーあ、疲れちゃった。」
それまではしゃぎ回っていた疲れも手伝ってか、アイーダは手近にあった化石化した切り株にぺったり座り込んだ。
「おいおい、そんなとこで・・・。」
「いいの。せめてもの見納め。」
座り込んだまま、アイーダは絶えず飛び交っている黄色い蛍をぼんやり目に映している。
「ミッシェルがそのうち来るだろう。それまでだぞ。」
トーマスはアイーダをひょいと抱き上げると、そのまま膝に抱いたまま一緒に蛍を見上げている。
始めは硬直したアイーダだが、すぐにゆったりとトーマスに身体を預けるようにして、再び蛍を眺め始めた。
「ごめんね、トーマス。」
ぽつりと呟いたアイーダにトーマスは抱く腕に力を一瞬だけ込めて答えを返した。

幸せがオレンジ色に輝いているということについては、トーマスも何ら異存はなかった。
なぜなら、トーマスにとって至宝ともいえる幸せの存在は、いつもオレンジ色の輝きを放っていたからだ。
「アイーダ?」
ふわりとしていた腕の感触がずっしりとしたものに変わったとき、アイーダはトーマスの胸を枕に眠っていた。
まだあどけなさの残るその寝顔を眺めるトーマスの表情も、自然と和やかなもになってくる。
すやすやとかわいい寝息をたてて腕の中で眠るアイーダをトーマスは満ち足りた気持ちで見つめていた。
「おや、アイーダは眠ってしまったようですね。あれだけはしゃいでいれば無理もないでしょうが。」
不意に出現した第三者の声に、トーマスは嫌が上にも現実を直視させられた。
「ミッシェル。」
不機嫌そうなトーマスの声が、上空を睨んで世話焼きの旧友の名を呼んだ。
「覗きとは随分、良い趣味だな。」
「警戒してさしあげていたつもりですが。」
誰に対して何を警戒しているのかが完全に欠落しているが、それこそが余計なお世話だと言わんばかりにトーマスはミッシェルを睨んでいる。
しかしミッシェルの方は一向に堪えた様子もなく、静かに帰省を促しただけであった。
ここで不毛の言い争いをしてアイーダの幸せそうな眠りを妨げることは、トーマスにしても本意ではない。
「あれからオレンジ色のフローレは見つかったのですか?」
「ここの住人の幸せを減らすのは嫌だとさ。」
いかにもアイーダらしい答えにミッシェルも目を細めた。
「せっかくの好意だったが、彼女には意味がなかったみたいだな。」
かなり嫌味を言ったつもりだが、やはりミッシェルには堪えていないらしい。
「でも、あなたには少なからず恩恵があったと思うんですが?」
どういう意味だと聞き返す前に、トーマスは、はっとなったようにアイーダに目を向けた。
「・・・そうだな。」
トーマスにとってのオレンジ色のフローレは彼の腕の中にいる。
「でもね、トーマス。わかっていても伝わらないことには、それこそ意味がないと思いませんか?」
伝わらないのではなく、伝えられないと言わなかったのが、ミッシェルのお詫びの印だとわかっても、反論できないトーマスであった。


おわり
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