■青空高く、知識は深く
アヴィンとルティスが慎ましやかに暮らしている見晴らし小屋に、世界の果てガガープの向こう側から遥々ミッシェル・ド・ラップ・ヘブンがやって来た。
「お久しぶりです。」
双方ともに旧好を暖めた後で、ラップは一呼吸間を置いて用件を切り出した。
「実はですね・・・。」
ひとことひとこと言葉を選ぶように話すラップに、アヴィンとルティスは静かに耳を傾けていた。
ラップの話は、途方もないものではあったが、ふたりにとっては予告されていたものだった。
数年前、アヴィンが親友のマイルとともに妹アイメル探しの旅に出かけたのも、またその旅先でルティスと出会うことになったのも、事の発端はすべてそこに帰する。
「何が起こるのかわからないのですが、起こってからでは遅いように思うのです。」
静かに言葉を結んだラップにアヴィンは肯いた。
「では・・・。」
「もちろん協力させていただきます。」
チラリと視線を走らせたアヴィンに変わってルティスが明快に返事をした。
「すみません。」
「謝るなんておかしいですよ。あのときはこっちが世話になったんです。今度は俺たちの番だ。で、いつ出発するんですか?」
「できるだけ早くとは思っているんですが、まだこちらでいくらか調べておきたい用件もありまして、それが片づき次第と考えています。少なくとも今日、明日の出発にはならないですよ。それにいくつかアヴィンに確認しておきたいことがありまして。」
「俺に?」
「はい。」
そう言った後でラップは懐からなにやら取り出し広げて見せた。

アヴィンとルティスの前に広げられたのは、一枚の大きな紙である。
書き物というより、どこかの遺跡の碑文の写しのようであった。
「なんか、どっかで見たことのある文字だな・・・。」
首を傾げたアヴィンに、ラップはルティスへと視線を移した。
「青の民の碑文ですね。たしか真実の島にあったものの写しでしょう?」
ルティスの問いにラップは嬉しそうに頷いた。
「よく覚えてらっしゃいますね。」
「わたしにとってもあの島は出発点でしたから。」
はにかんでアヴィンを見上げたルティスにどう返したものかとアヴィンは戸惑っているようだった。
とりあえず何か話さないとマズイと思い、アヴィンは話題をその文字に振った。
「ルティス、これ読めるのか?」
「残念ながら、単語が所々わかるくらい。アヴィンは?」
「・・・。」
一瞬言葉に詰まってから、アヴィンは「レミュラスのじいさんは青の民のことなんてこれっぽっちも教えてくれなかったからな。」と胸を反らせた。
「やはりそうですか。」
ひとりで納得しているラップにアヴィンは嫌な予感がした。
「これから私たちが向かうところでは、たぶん青の民の知識が必要になると思われるんですよ。」
にこにこと話すラップを一歩下がってアヴィンは見返した。
「それで?」
「彼らの文字が読めないと、調べようがないと思うんです。」
アヴィンの奥深くで警戒信号が点滅し始める。
「だから?」
「古文解釈の基本的知識はレミュラス殿から学ばれたと伺っています。」
穏やかなままにラップは、ここにくる前マイルに会ってきたことをさりげなく付け加えた。
どうやらマイルから、レミュラスに教わった内容を事細やかに聞き出してきたらしい。
「言語としての仕組みは今使っている言葉と大差ないようです。ですから基本的に語彙を増やす程度のことで済むと思うんですよ。」
ラップはいとも簡単に言ってのけたが、単語を覚えるといったような地道な勉強はアヴィンの最も苦手とする分野である。
「で、でもさ、ルティスは単語が少しわかる程度だって言ってるし、ミッシェルさんは他にすることがあって忙しいんだろ?」
「ああ、その点でしたら、ご心配なく。マイルからぴったりの先生を紹介してもらいました。」
「マイルから?」
「ええ。ついでだからと先生を迎えに行ってくれてます。もうじきその先生と一緒にこちらに着くはずですよ。」
あまりにも手回しのよいラップにアヴィンは目眩がしそうだった。
「そんなこと言ったって、一日や二日じゃ覚えきれるもんじゃないぞ。」
青の民の遺跡文化については最近ようやく調査が始まったばかりであり、専門的知識を持つ人材は不足していた。
仮にアヴィンがやる気になって努力したとしても、ひとつの言葉をマスターするにはそれなりの時間が必要とされる。
その間中、アヴィンに付き合って滞在してくれるような先生がいるとはにわかに信じがたかった。
なんだかんだと後さずりしながら、アヴィンが入り口に達したとき、ドアが勢いよく開いて懐かしい声がアヴィンを捉えた。
「お兄ちゃん!」
「ア、アイメル!?」
「こんにちは、ルティス。あ、ミッシェルさんもお久しぶりです。」
にこやかに旅支度を解くマイルにアヴィンは退路を断たれたと一旦は観念した。

「もしかして、先生って・・・。」
「えへっ。」
「アイメルに青の民の言葉が本当にわかるのか?」
「失礼しちゃう。こう見えてもエレノア先生のお墨付きなのよ。」
「あ、いや、疑ったのはその・・・あまりに意外だったから。アイメルが勉強が良くできることはオレシア先生からも聞いていたし。」
もごもごとアヴィンは助けを求めるようにルティスを見上げた。
「最近は修道院でも青の民のことを勉強するの?」
「いえ、エレノア先生のご縁がきっかけで、オレシア先生にも勧められたんです。」
「アイメルは今、コロナ村の調査に参加してるんだよ。」
「それは、すごいわ。あら、じゃあマイルはわざわざコロナ村まで?」
「直接に向かったから大した距離じゃないよ。」
当のアヴィンそっちのけで近況の話に花が咲いている。
アヴィンはチャンス到来と再び行動を開始した。
「ルティスお義理姉さん、しばらくお世話になります。」
ぺこりと頭を下げたアイメルにルティスはにっこり頷いた。
「こちらこそ、よろしくね。」
ルティスの手の先には、アヴィンの服の裾がしっかり握りしめられていた。


「あっははは。」
「笑い事じゃないよ、トーマス。」
プラネトス2世号の甲板の上でふくれっ面のアヴィンがトーマスを睨んでいる。
「で、成果はどうだったんだ?」
「どうもこうもないですよ。アイメルの手前できないってわけにはいかないですからね。」
マイルの声にトーマスはさもありなんと笑った。
「そりゃ、そうだ。お兄ちゃんは大変だな。」
「ちぇっ。みんなして・・・どうとでも言ってくれ。」
仏頂面のままのアヴィンに少しばかり同情しながらトーマスはマイルにも同じように尋ねてみた。
「マイルは勉強しなくてもよかったのかい?」
「僕は最初からOKが出てましたから。」
「そうなんだよな。そうだよ。なんで、おまえ、そんなに詳しかったんだ?」
そのときになって、アヴィンはマイルに初めて疑問を抱いた。
新婚家庭を邪魔しては悪いからと、このところマイルの訪問は控えめではあったが、かといってどこかに勉強に出かけたとも聞いてはいない。
「レミュラスじいさんから教えてもらった内容は一緒だったはずだよな?」
一旦疑問を抱き始めると、他にも気になることが出始める。
「アイメルをコロナ村へ迎えに行ったのも確かマイルだったよね。あれ?待てよ。アイメルはベネキア修道院に居たはずで・・・エレノア先生とコロナ村に出かけたのは、最近のことだって言ってたっけ。なんでマイルがアイメルの居所を知ってたんだ?」
「え?そうだっけ?」
空とぼけたマイルにトーマスはにやにやと笑っている。
「年頃の妹を持ったお兄ちゃんは大変だな。」
「トーマス!」
マイルの焦った声にアヴィンは警戒の眼差しを向け始めた。
トーマスに言われるまでもなく、その心配があったからこそ男子禁制のベネキア修道院へアイメルを勉強に行かせたのだ。
「落ち着いてよ、アヴィン。」
にじり寄ってくるアヴィンに初めて危険を感じたマイルだった。
「マイル、詳しく話を聞く必要があるみたいだね。」
アヴィンが一歩踏み出すことにマイルは2、3歩下がっていく。
「マイル〜!!」
「わ〜、暴力反対!」
本格的な嵐の海に突入する前に、小さな嵐が甲板に訪れたようである。

「本当にあの二人を見ていると、不安が嘘のよう思えてきますね。」
いつの間にかトーマスの横にはラップが並んでいた。
「しばらくご厄介になりますよ。」
てっきり一足先に向かったとばかり思っていた親友の存在にトーマスは訝しがりながらも歓迎していた。
「先に調査に向かったとばかり思ってたぜ。」
「ええ、そのつもりだったんですが、検討しているうちに、人手が足りないことに気がついたんです。もうひとりくらい別行動をする要員が欲しいと思いまして。」
「へえ、そうなんだ。」
他人事のように相槌を打ったトーマスにラップは真面目な表情で言った。
「ラモン、をご存じですよね?」
その瞬間、トーマスの表情が険しくなった。
「奴が絡んでいるのか?」
「まだ断定はできませんが。」
ラップは控えめに言葉を返したが、彼が何の根拠もなしにそんなことを言うはずがない。
「うーん。奴が相手となると・・・俺が出るしかないか。他の乗組員には任せられないからな。」
話しながらトーマスの頭の中はめまぐるしく乗組員の配置を再検討していた。
「あっちに着いてしまえば船はルカに任せても大丈夫だろう。」
「ありがとうございます、キャプテン。」
ラップの陰からルカが感激したように頭を下げた。
「おいおい、まだ俺は引き受けたとは・・・。」
しかし、トーマスが引き受ける以外に方法がないことはわかっている。
見知らぬ大陸で単独行動を取るにはそれなりの判断力が必要とされるし危険が伴うのだ。
大切な乗組員に未知の危険を侵させるわけにはいかない。
これが海の上なら少々のことはないのだが・・・。
そうなるとプラネトス2世号の留守を任せるのは副長たるルカを置いて他にいない。
「わかったよ、ラップ。で、俺は何をすればいいんだ?」
降参だと頷いたトーマスの目の前にラップは先日アヴィンたちの前に広げたのと同じ紙を差し出した。
「青の民の文字だよな?なんて書いてあるんだ?」
さりげない言葉に次なる災いが秘められていたなどとトーマスには気のつきようがない。
「単独行動となると、どこでどんな知識が必要とされるかわかりませんからね。」
ラップの言葉に思わず回れ右をしかけたトーマスだが、そこにルカの視線とぶつかりやむなくその場に留まった。
「お付き合いしますよ、トーマス。」
ラップが船旅に付き合うと言った真意をここに至ってようやく悟ったトーマスである。

嵐の海をはるばる越え、プラネトス2世号は第3の大陸、ヴェルトルーナに辿り着いた。
「それじゃ、気をつけてな。」
「ああ、お互いにな。」
いよいよ3組に分かれての調査が開始される。
トーマスはアヴィン達を陸に降ろした後、密かにため息を吐いた。
「ラモン相手に青の民の知識なんてなぁ。」
乗組員の手前必死で学んだ成果がトーマスに恩恵をもたらすのはもう少し先のことである。
当面トーマスが頼りにしてるのは・・・。
「頼んだぜ、ポッポ。」
トーマスは懐の伝書鳩に語りかけるとリュトム島へ降り立ったのであった。


おわり
HOME > Falcomの歩き方 > Falcom二次創作「ガガーブトリロジー」 > 青空高く、知識は深く