■サンセット・キス
オレシア院長の推薦を受け、アイメルは今、魔法大学校のエレノア先生の助手を務めている。
助手といっても魔法に関する分野ではなく、古の民達の残した古代遺跡の研究に関するものであり、当面はコロナ村の遺跡調査がその中心であった。
研究関係者以外、めったに訪れる者のいないコロナ村だが、それでも部外者の訪問者が全くいないわけではない。
その日も一人の青年がコロナ村にやって来た。
「アイメル姉ちゃん、いつものお客さんだよ。」
アイメルを呼びに来たラエルの声にはどこかからかうような含みがあるが、もはや慣れっこになったこともあり、アイメルは無視して来客の応対に出た。
「こんにちは、アイメル。」
「いらっしゃい、マイルさん。今日はどうされたんですか?」
旅姿を解いていないマイルにアイメルは小首を傾げた。
短い時間ではあってもアイメルと話をする時には、マントの類は脱いで軽装に戻っているのだが、今日はそのままの出で立ちである。
「何か、急ぎの用件ですか?それとも・・・お兄ちゃんに何か?」
不安の色を浮かべたアイメルにマイルは慌てて首を振った。
「急いでるのは確かだけど、アヴィンは元気だよ。」
そしてマイルは手短に、ミッシェルが異変の調査の応援を求めてアヴィンを訪れたことと、そのために古の民の知識が必要とされるため、アイメルに教えてもらえないか依頼に来たことを説明した。
「わかりました。エレノア先生に話してきますね。」
にっこり頷いたアイメルはその足で責任者であるエレノアに会いに行き、戻ってきたときには旅支度を整えていた。
「お待たせしました、マイルさん。」
アイメルの手際の良さに驚いたマイルだが、急いでいることには変わりがなかったので、そのままアイメルを伴って帰路に就いた。

「あら、この方向は?」
西へと向かったマイルにアイメルは疑問の声を漏らした。
アヴィンやマイルの住んでいるウルト村はここからだと東の方向に位置している。
「街道沿いだと時間がかかるからって、キャプテン・トーマスがバロアまで船を回してくれることになってるんだ。それなら王都フィルディンまであっという間だから。」
「そうだったんですか。」
「バロアでは船が来るまで少しゆっくりできると思うよ。」
「わあ、嬉しい。」
「アイメルはあの町がお気に入りだったよね。」
「だって、あそこの夕焼けは本当にきれいだから。それに・・・。」
幼い日に離ればなれになったアヴィンとアイメルがようやく再会できたのがバロアだった。
そして、アヴィンと共に旅をしていたマイルがアイメルと初めて出会ったのもバロアである。
バロアには幸せな思い出が詰まっている。
アノール街道を行くふたりの足取りは自然と弾んだものになっていた。

バロアに到着したマイルとアイメルはどちらからともなく灯台へと向かっていった。
海へと沈み行く太陽を望める場所としてアイメルのお気に入りであり、またそこから見る夕焼けが最も美しいという点でも申し分ない。
まだ陽の高いうちに到着したこともあり、夕焼けを見るには少し早い時刻だったが、マイルとアイメルは並んで海を見ていた。
「この海を越えて行くんですよね。」
ぽつりと漏らしたアイメルの一言が、これからの王都フィルディンまでの船旅ではなく、アヴィンとマイルが行くであろう未知の世界への旅の事を指していることに気が付いたマイルは、掛けるべき言葉が見つからなかった。
どう言い訳しようとも、その旅が安全であるとは言い難かったし、どのくらいの期間で終わるのかすら定かでないのだ。
「だからって、お兄ちゃんとマイルさんが行くことに別に反対してる訳じゃないですからね。」
マイルの困ったような表情に気が付いてか、アイメルは微笑んで言った。
「だって私はお兄ちゃ・・・ううん、アヴィンの妹ですもの。」
「???」
アイメルがアヴィンの妹であることは、今更言われるまでもなくわかりきったことである。
「そんな当たり前のことを、今更なに言ってるんだって思ったでしょう。」
そのものズバリと返されてマイルは返答に窮した。
「うふふ。」
困惑しているマイルとは対照的にアイメルは楽しそうに小さく笑うと、ふいに真顔に戻って言った。
「アヴィンは私の兄だけど、私だけの『お兄ちゃん』ではいてくれないってことです。お兄ちゃんは私を助けるために戦った相手が、たまたまオクトゥム神だったって言うだろうけど、『神と戦った男』という結果には変わりないでしょう。そして、そのためにバルドゥス神もこの世界から居なくなってしまった・・・アヴィンは世界を変えた男なんです。その事実は、歴史としてずっと残る・・・。」
予想だにしなかったアイメルの言葉にマイルは虚を突かれた。
けれども、そのアヴィンの妹であることにアイメルは誇りを持っている。
「あの戦いの後、ミッシェルさんがおっしゃってましたよね。もしも将来何か異変が起こるとしたら、ここでもなく、ミッシェルさんの住んでる世界でもなく、もうひとつの世界で起こる可能性が高いって。あの戦いも、元を辿ればその異変が関係していたのでしょう。だったら、なおのこと無関心でいるわけにはいかないと思います。ミッシェルさんが、お兄ちゃんを訪ねて来るのにはそれだけの理由があってのことでしょうし。たぶんお兄ちゃんもルティスお義理姉さんも、わかってると思うんです。マイルさんも、それは同じでしょう。」
真剣な瞳で話すアイメルにはいささかの迷いも見られなかった。
「そんなお兄ちゃん達を私は見送るだけしかできないと思ってたのが、こんな形でお手伝いできるんですもの。むしろ感謝してるくらいです。」
「それなら、僕も世界を変えた男の親友らしくしないと格好がつかないかな。」
かぶりを振ったマイルに、アイメルの表情がいつもと変わらない愛らしい微笑みを浮かべたものに戻った。
「でも、アヴィンはやっぱり私には優しいお兄ちゃんでしかないし、マイルさんも・・・マイルさんだから。」
話しているアイメルの声が次第に小さくなり、傍目にはっきりわかるほど顔が紅くなっていくのが見て取れた。

人里離れたコロナ村にラエルがからかうほどに頻繁にアイメルを訪ねてくれるマイルの想いに気が付かないほどアイメルも子供ではない。
マイルの話がアヴィンの近況なのは、それがふたりにとって一番心やすい話題だったからだ。
他人の恋の仲裁はこれまで幾度となく卆なくこなしてきたマイルだが、自分の恋の取りまとめとなるとどうも勝手が違って思うようにいかないようである。
折しも夕映えの陽光がふたりを照らし始めた。
日中の光に比べればかなり控えめな輝きとはいえ、正面から向き合うにはいささか眩しすぎる光である。
茜色へと変化する光を遮ろうとして翳されたアイメルの右手をマイルの左手が捉えた。
マイルの背に阻まれた光はアイメルには届かない。
うつむき加減のアイメルに黄金色のベールが被さってきた。
「お兄ちゃんの親友、失格かな。」
囁かれた声に、ルビー色の髪が風もないのに揺れている。
マイルの手はそのままアイメルの背に回され、彼女をすっぽりと包み込んだ。
「アイメル。」
呼びかけられた声にアイメルは小さく頷いて応えた。
アイメルの瞳は夕焼けより鮮やかな想いを映し出している。
「君が、好きだよ。」
その瞬間、アイメルの世界は一変した。
熱き血潮はくちびるに、白熱した想いはすべての感覚をマイルへと帰していく。
日が沈みゆくほどにふたりの心は高揚していったのである。
「約束するよ。必ず君の元へ帰ってくるから。アヴィンと一緒にね。」
紅に染まった空と海の残照に代わって黄昏のベールがバロアの街を覆う頃、マイルはアイメルを伴って白い船の待つ港へと歩き始めたのだった。

微笑ましいマイル×アイメル
「マイルとアイメル」 by CAROL様


おわり
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