■朝一番はやいのは
「よし、俺達も消えよう。」
フォルト達の姿が水路に消えたのを確認すると、アヴィンとマイルもカヴァロ国際劇場の屋上からひとまず退却した。
が、路上はフォルト達を追うヌメロス帝国の兵士が右往左往して、大捕物の真っ最中。
しかも、金髪と赤いバンダナをした男性もフォルト達を捕らえるのに妨害したとして目を付けられている。
とても往来に出れたものではなかった。
「で、これからどうする?」
「どうするって・・・あのな・・・。」
アヴィンは困惑したようにマイルの肩越しにため息を吐いた。
影からこっそり様子を見るだけのつもりが、つい、手が出てしまったのだ。
行きがかり上放っておけなかったのだと言えば聞こえは良いが、とどのつまりは行き当たりばったり。
後先考えずにやったことだから、当然その後のことなど考えてはいなかった。

どうしたものかと思案に暮れた先で、密やかな足音が近付いてきた。
「ああ、よかった。まだここにいらしたんですね。」
あたりの様子に気を配りながら息を弾ませて、一人の少年が駆け寄ってくる。
とっさの気配に一旦は警戒したアヴィンとマイルだが、すぐにマイルが彼の正体に気が付き、にこやかな笑みで少年を受け入れた。
「君は、確かさっきの舞台でバイオリンを弾いていた・・・。」
「はい、アルトスと言います。」
アルトスはペコリと頭を下げて名乗った。
「フォルト達を助けてくださってありがとうございました。」
ありきたりの挨拶だが、心からの感謝の念が言葉に籠もっていた。
「君たちだって頑張ったじゃないか。見事に兵士達の裏をかいたんだからな。」
「そう・・・ですね。」
確かにヌメロス帝国に囚われたアリアの救出とそれを手伝ったマクベイン一座のカヴァロ脱出は成功したが、それで全てが終わったわけではない。
「それよりこれからが大変だぞ。」
「はい。」
アヴィンに言われるまでもなく、肝心のカヴァロは、まだヌメロス軍の戒厳令下にあるのだ。
カヴァロに再び自由を取り戻すべく、これから街中で協力して戦っていかねばならない。
しかも戦禍を極力抑え、芸術の町らしさを保とうというのだから、その道は決して楽なものではないはずだ。
けれども、メリトス女史や市長をはじめ、町の人々は誰一人として絶望していなかった。
それどころか、やる気満々で志気が高いことこの上ない。
そんな中で、アルトスに発見されたのだ。
「僕らも協力は惜しまないつもりだけど・・。」
こうなっては乗りかかった船と、マイルは覚悟を決めていた。
アルトスのひたむきな瞳は、かつて妹を捜すのに必死になっていた頃のアヴィンを何故か思い起こさせる。
アヴィンは、と見やれば、彼の方もこのまま立ち去る訳にはいかないだろうと二人の考えは一致しているようである。
「じゃあ、そういうことで・・・。」
マイルは改めて「よろしく。」とアルトスに笑顔を向けた。

いとも簡単にこれからのことを決めてしまったが、この警戒の厳しい街でどう過ごしていくかという肝心な点については完全に空白だった。
旅券もなければ知り人もいないふたりには、当面の居場所の確保が一番の問題である。
「あの、おふたりはどこに泊まってらっしゃるんですか?」
後日のこともあり、アルトスは滞在先を尋ねた。
しかしふたりは顔を見合わすだけで、返事は返ってこない。
「もしかして、これから宿を探されるとか?」
「まあ、そんなとこかな。泊めてくれる場所があればの話だけど。」
苦笑混じりのアヴィンにアルトスは、控えめに再び口を開いた。
「おふたりは、早起きは得意ですか?」
「まあ、普通並には・・・。」
旅をしていると、ゆっくり眠れるような朝を迎える方が稀というものである。
「えーっと、たぶん普通より少し早いと思うんですけど。」
更に伺うようにアルトスはふたりを見やった。
「お日様が出てれば大丈夫だと思うよ。旅の間にはいろいろな経験もしてるし。」
マイルの言葉はかなり端折ってあるが嘘ではない。
アルトスにもそれはわかったのだろう。
彼は思いきったようにふたりに宿の提供を申し出たのだ。
「でしたら、親方のところへ一緒にどうでしょうか?」
「親方?」
「ぼく、マシュー親方の元でパン焼きの修行をしてるんです。これからたぶん忙しくなるから、きっと人手がいるだろうし・・・。」
店の手伝いをしながらというのであれば、アヴィン達も滞在するのにそれほど気兼ねしなくてすむのでは、と考えたのである。カヴァロの街は不慣れとはいえ、アヴィンとマイルもマシューズベーカリーのくるみパンの類い希なおいしさは経験済みである。
「得体の知れない旅人を雇ってくれるかな。」
「大丈夫ですよ。おふたりはアリア・・・さんやマクベインさんの恩人ですから。」
「本当にそうして貰えるなら、助かるよね。」
マシュー親方の人と為りをアルトスはこの数日間で大いに理解していた。
はたして、アルトスの連れてきた曰わく付きの旅人二人を、マシューは深く詮索もせず受け入れてくれたのであった。

マシューズベーカリーの朝は早い。
夜明けと共に活動開始である。
「アヴィン、早く、早く。」
「うーん・・・。」
眠い目をこすりこすりアヴィンはマイルとともに高架橋の高台に出かけていく。
素人にはとても商品たるパンは焼かせられないとのマシューの主張はアヴィンとマイルにも十分理解できたから、ふたりの仕事はもっぱら雑用である。
そして、朝一番の仕事は、カヴァロを縦横無尽に流れている水路の最上部から新鮮な水を汲んでくることに始まる。
「アヴィン、今日もいい天気になりそうだね。」
高架橋の上で水を汲み終えた頃、ちょうど日の出になる。
一息付くのを兼ねて、ふたりは朝日の登る様を眺めていた。
水路に朝日が金色に輝く様は、滅多と見られない絶景である。
清く済んだ水のせせらぎを聞きながら、ふたりは一日の始まりを感じていた。

「今日も客は多いんだろうな・・・。」
パンを焼かないふたりの日中の仕事は、もっぱら店番である。
「僕らが来たときから繁盛しているお店だったけど、あんなにお客さんが多いとは思わなかったな。」
「ああ。この町の女性はパンを焼かないんじゃないかと思うくらいだ。」
「パンを焼く量が増えたってアルトスが言ってたからね。」
「そうそう。ヌメロスに占領されていたってパンは食べなきゃならないもんな。」
どこか噛み合ってない気もするが、マイルは話題を蒸し返すようなことはしなかった。それにマイルも客の増えた原因に自分も絡んでいるとは、ある意味気が付いていないのだから、アヴィンと似たり寄ったりなのである。
カヴァロがヌメロス帝国から開放され、いずことなく現れた白い帆船でアヴィンとマイルが町を去るまで、マシューズベーカリーはいつにも増して女性客で賑わっていたことは、後日、アルトスと再会した時に初めて知った事実であった。

暁の空を眺めるふたり

おわり
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