デュエット・シリーズ

■最初の勇気−アルフ編(1)−
 夫婦げんかの定例文句に「実家に帰らせて頂きます」というのがある。多くの場合、それは女性の方から発せられ、実行に踏み切られるのであるが、それには帰るべき実家のあることが大前提である。故に、ティラスイールの港町テュエールに居を構えるトーマスは妻のアイーダがそれを口にした時、大人しく引き下がることにしていた。
 トーマスもそうだが、アイーダもティラスイールの出身ではない。彼らの故郷は遥かガガープの彼方、別世界にある。ひょんな縁から出会って恋に落ち、ガガープの未来を友人達と共にティラスイールで見つめることにしてから、はや20年。互いの行動パターンは読めていた。
「いいんですか、キャプテン。」
「今回の航海はずっと前から決めてたことだ。アイーダだってわかってる。」
 わかってはいるが、理性と感情は別物で、それが今回の爆発の原因というのであれば、トーマスとしてはアイーダの気持ちが収まるまで待つしかないのである。
「まあ、あいつの行き先はわかってるし。だから、帰りは・・・」
「オルドスの風車は見る人の心を和ませますからね。」
 先回りして答えた副長に、すまんなと照れてキャプテン・トーマスは出航を命じたのだった。

 後の世に賢者の国として知られるオルドスも魔法がまだ十分に受け入れられていない時代にあっては偏見に満ちた眼差しに少なからず苦労を強いられていた。それでも人々は決して諦めることなく未来を見据えて歩み続けている。
 その中のひとりにフォルトという名の若い神官がいた。若いと言っても周りの神官達に比べてのことであり、彼自身、既に30の半ばを過ぎている。神官としてオルドスに居を構えるまでは、夫婦で音楽を糧とした旅をしていたということで、当時の友人達がひょっこり訪ねてくることも珍しくなかった。
 その日フォルトを訪ねて来たのは、もっとも古くからの友人のひとりであった。発展途上のオルドスを訪れる彼の友人達は心づくしの荷を伴ってくるが、今日のソレはまた一段と大荷物だった。
「フォルト!」
「トーマス。どうしたんですか、その荷物?」
「まあ、その、いろいろと世話を掛けたと思ってな。」
 トーマスの照れ隠しを装った挨拶にフォルトは首を傾げた。
「それはこっちの台詞ですよ。今回もウーナが、いろいろとそのう…。」
 言いにくそうに赤面したフォルトに今度はトーマスが首を傾げる番だった。
「ウーナって…アイーダがこっちに来てるだろ?」
「いいえ。この前、ちょっとその、やりまして…。」
 どうやら時期を同じくしてフォルトも妻と派手な夫婦げんかをやったらしい。
「やったって…じゃあ、アイーダはここに来てないのか?」
 改めて確認するまでもなく、フォルトの周りを見れば状況は一目瞭然だった。
「俺はてっきりお前のとこにいるものとばかり…。」
 アイーダは一度拗ねると、トーマスが迎えに来るまで帰らない。だからわざわざ遠回りになるのを承知でオルドスに寄ったのだが、いないとなると話は変わってくる。
「僕だってそうですよ。そちらに行ったとばかり思ってましたから、つい連絡が遅くなって。」
 フォルトの言葉にトーマスの表情が俄然、険しくなった。フォルトの口ぶりだと、少なくともトーマスがひと航海している間、アイーダとウーナはどちらの元にもいなかったことになるのだ。
「ここでないとしたら、どこへ行ったんだ?」
「そちらにいるということはないんですか?」
「それは絶対にない。俺に返事はくれなくても、ポッポを無視することはないからな。」
 副長には何だかんだと言いながらも、トーマスはここに来る前、テュエールの我が家へポッポを飛ばして様子を探らせてきたのだ。
「ここでなくて、そっちでもなくて、ふたりが行くとなると…。」
 フォルトとトーマスは同時に顔を見合わせた。
「「ラグピック村だ!」」
 それは彼ら共通の友人が、つい最近隠棲した村の名前であった。
「どうする?」
「もちろん一緒に行きますよ。」
 答えながら手早く旅支度を調えるフォルトであった。

 三方を海に囲まれ北西から貿易風が暖かい風を運び込むフォルティアはティラスイールでもすごしやすい国の一つと言われている。オルドスの開祖オルテガが生まれ故郷のテュエールではなく、ラグピックを隠棲の地に選んだのは、そういった老後のすごしやすさも含まれているに違いないとは、かつて一緒に旅をした友人の弁であった。
「まあ、それまでが忙しすぎたからな。ここらで楽隠居ってのも悪くはないと思うぜ。」
 トーマスは軽口を叩いているが、真からそう思っていないことはフォルトにもよくわかっていた。
 すごしやすい気候は長生きするにも一役かうことになるだろう。
「俺たちには、最後まで見届ける義務があるからな。」
 そのことと早すぎるオルテガとの隠棲に何らかの関わりがあることをフォルトは知っている。ひとつところに「ふたり」も必要ないのだ。
「それにしても、結構険しいところですね。」
「すごしやすいだけが取り柄の国ともいうからな。」
「その割には魔獣が多いような気がするんだけど?」
「それだけすごしやすいってことだろ。」
 久しぶりの陸路の旅に汗を流しつつ、緑の高原を抜けてトーマスとフォルトはラグピック村に到着した。
「確か村の入り口付近だったはずだが。」
「あ、あの小屋じゃないですか?」
「たぶん、そうだ。」
 小屋の雰囲気からして、ひとりではないと察せられる。
「どうやら、当たりだったみたいだな。」
 半分安心したようにトーマスは歩みを早めた。だが、いくらも進まないうちにトーマスの歩みが止まった。
「違う。」
 ほどんど同時にフォルトもそれは感じていた。
 目指す小屋から複数の人の気配がするのは間違いないのだが、彼らが求めているのとは全く異なる気配だったのである。それはオルテガの持つ穏やかさとはおよそ似つかわしくない激しい闘気であった。
 「ラップ!」
 「ミッシェルさん!」
 どちらからともなく小屋へ向かって走り出し、トーマスとフォルトは閉められていた扉を蹴破らんばかりに激しく押し開けて旧友のもとへ駆け付けた。
 しかし、勢い付いたのはそこまでだった。
 「どうしたんですか、ふたりとも。」
 小屋の中では、昔と変わらず穏やかな笑みをたたえたオルテガことミッシェル・ド・ラップ・ヘブンがゆったりと座っていた。
 ただし、小屋にいたのはミッシェルひとりだけではなかった。
「オルテガ、いえ、ミッシェル殿、こちらは?」
 血相を変えて飛び込んできたトーマスとフォルトに油断なく向けられた瞳がある。ふたりが感じた闘気は彼から発せられていたものだったのだ。剣の柄に手を置いている構えは、それなりの使い手であることを物語っている。
「そういえば、会うのは初めてになるんですね。」
 感慨深そうに一呼吸おくと、ミッシェルがにこやかに彼の名前を告げた。
「彼はフォルティアの剣士でデュルゼルと言います。」
「デュルゼル?」
「ご本人は、まだ修行中とおっしゃてますが、いずれは。」
 その先をミッシェルは言わなかったが、トーマスにはミッシェルの考えていることがわかったようである。
「そうか。」
 短い答えの中に彼は賛成の意を込めて頷いた。会うのは確かに初めてだが、デュルゼルの名はトーマスも知っていたし、実際、会ってみて彼にはその資格があると踏んだのである。もっとも、そのためには、本人の言ではないが、今少し修行が必要であることも確かであった。

 しかし、そうなると小屋の中にはミッシェルとデュルゼルのふたりしかいないことになる。フォルトも先ほどから辺りを見回していたが、どう見てもここには女性の気配が感じられないのだ。
「ところで、いったいどうしたんですか?」
 もう一度尋ねたミッシェルに、今度はフォルトが問い返した。
「ここにアイーダとウーナが来ていませんか?」
 フォルトが聞いたあとで、トーマスも同じようにバツの悪そうな顔をしている。彼らがどういう時にその顔になるのか、ミッシェルは幾度となく見て知っていた。
「また、ですか。」
「どっちにもいないんだ。」
 呆れ半分のミッシェルにトーマスはいつになく深刻な表情で付け加えた。
「ふたりとも、ですか。」
「だから、てっきりここだと思ってだな、その、一緒に…来たんだ。」
 相変わらず肝心な一言が抜けてますねとミッシェルは首を振った。
「でも、他にふたりが行くところなんて、ないんですよ。」
 食い下がったフォルトにミッシェルは、そうでしょうか、と言いたげな眼差しを向けている。
「おい、ラップ。心当たりがあるんなら、じらさず教えてくれ。」
「一緒に行った方がよさそうですね。」
 思わぬ返事に今度はトーマスが驚いた。他人の夫婦げんかを仲裁するために同行してくれるような友人ではないことくらいトーマスにもわかっている。つまりは彼女たちのいる場所は、ミッシェルが出向かねばならないほどの事態が起こってしかるべき危険な場所であるということなのだ。
「ふたりに危険はないんだろうな。」
「ちょうど去ったあとですからね。しばらくは大丈夫だと思います。」
 含みを持たせた言い方に、トーマスはようやく心当たりの場所に思い当たった。
「なるほど、確かにな。今ならいくらでも人手がいるだろうし、いかにもあいつらが行きそうな場所だ。」
「え、どこなの?」
 フォルトの問いにトーマスは深い溜息と共にその場所を吐き出した。
「アンビッシュだ。」
「アンビッシュ!?」
「この間、イグニスでまた噴火があっただろう?」
「あ!」
 どうやら今度はフォルトにも納得がいったようである。
「それでは、参りましょうか?」
 いつのまにかミッシェルが旅支度を調えて笑っている。
「よろしければ、あなたも一緒に行ってみますか?」
 その上で、ミッシェルはさりげない一言をデュルゼルに向けた。
「よろしいのですか?」
「人手は多いほどいいと思いますから。」
 トーマスとフォルトに反対する理由もなく、あっさりデュルゼルの同行も決まったのであった。
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