デュエット・シリーズ

■最初の勇気−アルフ編(3)−
 炎の鏡は熱気と蒸気を帳として火口の奥で渦巻いているマグマと大差がないように思われた。
「なんか、足下がふわふわしてない?」
「アイーダもそう思う?」
 ウーナとアイーダはすでにティラスイール中にある魔女の鏡をみている。ディーネでは荒波にもまれながら、デグラでは泥だらけになり、シフールでは強風に煽られといったふうに、いずれも厳しい自然の中を分け入っての訪問だった。ここアンビッシュのイグニスでは、炎に近づきすぎて危うく大火傷を負うところであったくらいである。それでも足下が不安になるようなことはなかった。
 今、ふたりが見ているイグニスの鏡は、あの時より炎に勢いがあって、荒々しく吹き出す炎を見ていると、足下から崩されていくような錯覚を起こしそうになってくる。
「ここって、こんなに不安定だったけ?」
「なんか、今にも地面が揺れ出しそうよ。」
「揺れ出しそうなのではなくて、実際、ずっと揺れています。」
 賢者の不安そうな声がふたりに重なった。
「え、ホント?」
 何かに捕まっていないとふわふわした感じが抜けきらないのは、微震が続いているためだったのだ。
「微震が続いているってことは、まだ危険な状態が続いているってことじゃないですか。」
 思わず返したウーナにアイーダも同調した。
「揺れてる地面なんて気持ち悪いだけよ。足場の悪いところってろくなコトがないんだから。」
 小さく溜息をひとつ吐いたところへ、ざわざわと複数の足音が近づいてきた。
「おいおい、荒波の船で平然とマストに登ってたヤツがこの程度の揺れを怖がってどうする。」
 背中から掛けられた軽口にアイーダは、はっとなったが、間髪入れずに負けじと言い返した。
「船は揺れるのが当たり前。それを怖がってたんじゃどこにも行けないでしょ。」
「そりゃ、そうだ。」
 もっともらしく頷いたトーマスの顔は苦虫をかみ潰したようなしかめ面を装っているが、尋ね人の元気な姿を確認できて安堵した様子がみてとれる。そのすぐ後ろにいたフォルトは素直にウーナへ頭を下げた。ささいなきっかけで起こった夫婦げんかは、原因も結果もうやむやのままに収まったようである。

 せっかく仲直りできたところへ余計な突っ込みを入れられては元も子もないと、トーマスは来て早々に下山することを提案した。
「せっかく苦労して来たんだから、少しくらい片付けるのを手伝わせてよ。」
 予想どおりの返事が返ってきたが、賢者とミッシェルもトーマスに賛成した。
「でも…。」
 なおも口ごもったアイーダに、ミッシェルは厳かに告げたのだ。
「炎の力は予想以上に溜まっていたようで、今回だけでは収まりそうにありません。」
「それは、また噴火が起こるかもしれないということですか?」
「起こるかもしれないのではなく、起こるんです。それもそう遠くない日に。」
 端的に断言したミッシェルにアルフの表情はみるみる青ざめていった。
「大変だ。麓の人達を避難させなきゃ。」
 ひとり浮き足だったアルフにトーマスの鋭い質問が投げかけられた。
「避難させるのはいい。だけど、その先はどうするんだ?」
「噴火が収まるのを待ってから、復旧作業に全力を尽くします。」
「そして、何年かしたら火山が噴火して、また一からやり直すわけだ。」
 希望のない現実を突きつけられ、アルフは唇を噛んだ。
 何度となく繰り返されてきた火山の噴火は少しずつ、だが、確実に麓に暮らす人々のやる気を削いできている。ようやく復興したと思った頃に火山が爆発し、人々の努力を無に帰するのだ。日々の生活がかかっているからそこまでの復興は早いが、それ以上の進展はない。比較的温暖な気候に恵まれながらも人々の生活はその日暮らしの域を出ようとせず、貧しいまま何十年もの月日が流れていたのである。
 「だからといって、ほかにやりようがないじゃないですか。他の土地に移住しようにも、ここ以上に温暖なところはないんです。ここで頑張るしかないんですよ。」
 絞り出すようなアルフの声は苦渋に満ちていた。トーマスに言われるまでもなく、そのことは長い間アンビッシュが抱えてきた難問のひとつなのだ。
「だからこそ、祠を整備し魔女の鏡を守っていきたいのです。」
 イグニスの炎が渦巻く熱風を背後に、ミッシェルは穏やかな声でアルフに語りかけた。
ミッシェルさんはロマンスグレー
「イグニスの炎を凝視するミッシェルさん」
by カモミール・JK様

 これまでの調査の結果から、鏡の力が発動するにあたっては、大きなエネルギーを必要とすることが判明していた。イグニスの鏡はその力の源を火山の地下深くに蓄えられている地熱から得ており、古の魔女達は、それを魔法で制御して啓示を受けていたらしいのだ。
「つまり、魔法の鏡から啓示を受けることで膨大な地熱を消費して火山の大爆発を押さえていたということなのです。その証拠に、麓に被害を及ぼすほどの大噴火は魔女達が巡礼を行わなくなってから頻繁に起こるようになったと記録されています。」
「もしも、魔女達が巡礼を続けていたら、大噴火は起こらなかったと?」
「ここまでひどい結果にはならなかったと思います。」
 まっすぐ答えるミッシェルにアルフはぎゅっと拳を握りしめて俯いた。握りしめた指先の色が変わるほどに力んでいる。世俗にまみれていない少年は、目の前の真実を素直に受け止めることができた。だが、長い間畏怖の対象でしかなかった魔女の有り様を受け入れるにはまだまだ時間が必要なのだ。

 大きな流れはわかったが、直面している危機への対策とはまた別である。
「ミッシェルさん、この次に起こるかも知れない噴火はいつ頃なんですか?」
 現実的な問題を思い出させてくれたのは、アイーダだった。
「今日、明日といったことにはならないでしょうが、それほど猶予はないと思います。」
「だったら、誰かにイグニスの鏡を使ってもらえば、噴火は防げるんじゃない?」
「誰かにって言ったって、そんな物好きは早々に見つからないぞ。」
 魔法の存在を受け入れることすら忌避しているティラスイールの人に魔女の鏡を見てもらうのは至難の業である。オルドスならば進んで協力してくれる人達がいるが、そういう人達は既に各地の祠を訪れている。
「このなかで脈がありそうなのは…。」
 アイーダの視線はアルフで止まった。
「む、無理です!僕は魔法なんて使えないし…。」
「あ、その点は大丈夫。あたしも魔法はからきしダメだったけど、鏡を見る分には何の問題もなかったわ。」
 小刻みに震えているアルフの両肩をアイーダはポンポンと叩いた。
「必要なのは、魔女の鏡を信じる心だけ。せっかく苦労して山を登って来たんだもの。やるだけやってみようよ。」
「そうよ。わたしにだって見れたんだから。」
 ウーナにまで言われると、アルフは不安そうな眼差しを賢者とミッシェルに向けた。ふたりは何も言わなかったが、アルフが決心するのを待っているようだった。
「…お願いします。」
 深々と頭を下げたアルフに賢者とミッシェルは優しく手を差し伸べた。

 魔法の鏡を見ることと、魔法が使えることとは全くの別問題である。それぞれの役割を考えれば当然とも言えるその事実をオルドスとは無関係に認識したのはアルフが初めての人間だった。賢者から心構えを聞き、ミッシェルの補助を受けてイグニスの鏡から啓示を受けたアルフは、そこに自分が求めている答えの片鱗を見いだしていた。
 だが、それ以上にアルフを喜ばせたのは、鏡の間を出た時、それまで不安定だったイグニスの様相が嘘のように安定していたことだった。見た目の景色に変化があったわけではないが、踏みしめた大地は穏やかで、落ち着いた雰囲気をかもしだしていたのだ。
「火口も落ち着いたようですし、しばらくは大丈夫でしょう。」
 大地に手を当てたミッシェルはマグマの流れが穏やかになっていることを感じ取っていた。
「でも、いつまでも平穏なままであるという保証はないんですよね。」
 アルフの不安は賢者が抱えている問題に直結している。とかく俯きがちになるアルフの頭を上げさせたのは、またしてもアイーダだった。
「だから、アルフの経験は貴重なの。類は友を呼ぶと言うし、アルフの周りにはアルフみたいに魔女の鏡を受け入れてくれる人が、きっとたくさんいるわ。まずは、その人達を説得するところからはじめればいいのよ。」
「説得、ですか。」
 友人達の顔を思い浮かべながら、決して一筋縄ではいかない相手ばかりであること思い出し、またひとつ小さな溜息を吐いた。けれども、頑固なところはあっても目の前に示された事実を素直に受け入れるだけの度量は彼らも持っている。だからこそアルフの体験は何よりの説得材料となるだろう。
「そうですよね。前例がないというなら、僕が作ればいいんだ。」
 そう言って笑ったアルフの表情は、どこまでも無欲な輝きを放っていた。

 この年に起こった大噴火を最後に、アンビッシュの火山は穏やかな活火山として記録されるに留まった。イグニスの鏡を見ることは、王家や貴族の子弟が「肝試し」と称したことから一般の人へも流行し、一定の流れを作り出していく。それはオルドスの目指した形とはかけ離れたものだったけれど、火山の噴火という災害から脱却できたことは大いに評価できる。そして、安定した生活は人々に心のゆとりをもたらし、少しずつだが祠を守る賢者の話に耳を傾ける人が出てきたのだ。
 生活に密着した話題は他の国も敏感である。イグニスの噂は同じような鏡を持つ国へあっという間に広まった。
 ディーネの鏡を持つフォルティアは、宮廷剣士となったデュルゼルも積極的に国王へ祠の整備を働きかけたこともあって対応が早かった。やがてディーネのシャリネが機能するようになると付近の荒れていた海が穏やかになり、隣国との安定した船旅に寄与したのだ。
 二つの国が安定したことを知ったウドルがそれを見逃すはずもなく、ほどなくシフールのシャリネも整い、突風に悩まされていたウドルは穏やかな風の恩恵を受けることとなった。
 デグラのシャリネが整ったのはかなり時を経てからだが、その頃にはティラスイールの人々によるシャリネ巡りが盛んになったことによる自然の流れからだった。
 一旦流れができてしまえば、あとは絶やさぬよう心して守っていけばよい。きっかけはともあれ、各地のシャリネが整備されたことをミッシェルは誰よりも喜んでいた。

 ラグピック村の入口にあるミッシェルの住処では、表向き引退したものの、気分は現役時代と同じだと豪語する友人達がしばしば集まって思い出話に花を咲かせている。
「何事も最初が肝心ですからね。」
「そうそう。おかげでお友達もたくさんできたし。」
 苦労も多かったが、何かあった時に頼れる友人が増えて嬉しいわ、と手を取り合っている女性陣に、男性陣は溜息を吐くばかりであった。
「…こっちはそのおかげで探す手間が倍増したよ…。」
「だから、最初が肝心なんじゃないですか。」
 にっこり笑っているミッシェルに、恨めしそうな視線だけが返される。
(もっとも、それだからこそ、後の祭りなんでしょうけどね。)
 返された視線をさらりとかわし、以後、ミッシェルは傍観者に徹するのだった。
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