デュエット・シリーズ

■最初の勇気−マギサ編(1)−
 誰とはなしに「白き魔女」と呼ばれた少女がティラスイールから姿を消し、人々の生活に魔法が関与することに抵抗が薄らいできた頃、ようやくオルドスは賢者の街としてその名を知られるようになってきた。オルドスの開祖であり、初代大神官でもあったオルテガが幾多の協力を得て、忌み嫌われていた魔法を体系的に整理したものが、学問のひとつとして一般に広く浸透し始めたのもこの頃のことである。
 元々ティラスイールには日々の生活に魔法を使うという観念がなかった。また、勉強したからと言って、誰もが魔法を簡単に使えるというものでもない。そこには努力だけではどうしようもない、産まれながらにして持っている才能を必要としたのである。学びたいという気持ちだけでは魔法を身につけることができないのだ。
 そのことにいち早く気が付いていたアンビッシュ国の重臣モリスンは、素質のある若者を優秀な魔法の使い手として育てるために、国費によるオルドスへの留学派遣を国王へ進言した。少し変わったところがあると密やかにささやかれてはいるものの、国民から高い支持を得ている若き国王アルフレッドは、国庫の中身と相談しながらモリスンの進言を取り上げた。

 そして今年も、オルドスへ派遣する留学生の選考時期がやってきた。
「今年、オルドスで魔法の修行を希望している者の名簿をお持ちしました。」
 書記官から差し出された名簿を丁寧にめくって名前を見ながら、アルフレッドはふと首を傾げた。
「これで全員かね?」
「そのように伺っておりますが、何か?」
「いや、たいしたことではないんだ。」
 アルフレッドは名簿に連なっている名前をもう一度確認すると、承認のサインをして返した。よほどの不都合がない限り、アルフレッドは希望者全員をオルドスへ派遣することにしていた。それはかなりの物入りに違いなかったが、オルドスから知識を得て戻ってきた彼らはやがてアンビッシュの発展のための中核となる。優秀な魔法使いの育成は、未来のアンビッシュ国を見据え、国策としてアルフレッドは推進していたのだ。
「あとでモリスンに来るよう伝えてくれ。」
「承知いたしました。」
 書記官が出て行くと、アルフレッドは欠伸とも溜息ともつかぬひと声を発したのだった。

 書記官からアルフレッドの伝言を聞いたモリスンは「やはり、来たか」と、これまた溜息に近いひと息を吐き出し、国王の執務室を訪れた。部屋の奥に据えられている机についてアルフレッドは山積みになっている書類を一枚一枚丁寧に目を通しながら、あるものには承諾のサインを、またあるものには別の指示を書き加えて決裁箱に入れていた。
「失礼いたします。お呼びと伺い参上いたしました。」
 モリスンの声にアルフレッドは書類を見る目から頭を上げ、傍まで来るよう促した。前国王の時代から宮廷に出仕しているモリスンは、単なる重臣と言うだけでなく、少なからずアルフレッドの養育にも関わってきた人物だ。しかし普段は、例え二人きりの時であっても主君と臣下のけじめを崩すことはない。律儀というか、頭が古いというかは対する者次第だが、ことアルフレッドのように大らかな者にとってはいささか窮屈であった。国王の座を継いだ時から幾度となくアルフレッドはモリスンに忌憚なく話して欲しいと言ってきたが、いまだもってモリスンの態度は臣下の域を超えたことがない。だからこそ信用できるのか、それとも主君と臣下という見えない壁に隔てられてしまったのか、まだアルフレッドには答えを見つけることを出来ずにいた。
「忙しいところ、呼び出してすまないね。」
 穏やかなアルフレッドの声にモリスンは次にやってくる質問の答えを返していた。
「本来、もうひとりオルドスへ留学させる予定でしたが、まだ学ぶための覚悟ができていないため、あえてその中には加えず、私の代理としてテュエールへ使いに出しました。」
「テュエールへ、かね?しかも、モリスンの代理とは、また随分思い切ったことをしたものだ。」
 素直に驚きの声を上げたアルフレッドにモリスンは少しばかり苦笑めいている。
「更に、そこでどうするかは、本人の判断に任せると言い含めております。」
「ますます思い切ったことをしたものだな。」
 今度は驚くと言うより呆れた感が強い。
「しかし、あの子はこれから本格的に魔法を学ぶ予定なのだろう?モリスンの愛弟子だけあって、今でも多少使えることは知っているが、代理として派遣するには少し荷が重くないかね。」
「私の代理が務まらなかった時は、その時のことです。」
「これはまた随分と手厳しいな。と、いうより、それだけ自信があるということか。」
「単なるカンです。」
「おいおい、本人が聞いたら怒るぞ。」
「実際、カンカンになってアルデラの門から出て行きました。」
 さすがにその一言には、申し訳なさそうな声色が帯びていた。
「そうか。」
 そこまで状況が進んでいたのでは、もはやアルフレッドが口出したところで事をひっくり返すのは無理だった。
「彼女には一刻も早くオルドスで魔法を正式に学んで欲しいのだがなあ。」
 恨めしげな声を最後にアルフレッドは再び山積みになっている書類へと手を伸ばした。
「私もそう思ったからこそ、今回の留学派遣を見送ったのです。」
 一見、矛盾しているような応えにアルフレッドは溜息を吐きながら頷いた。
「この件に関しては、これまでどおり全てモリスンに任せるよ。これからもよろしく頼む。」
「承知致しております。それでは失礼致します。」
 モリスンが立ち去った後、アルフレッドは政務に没頭した。

 その頃、アルデラ街道をフェンテ国に向かうひとりの娘の姿があった。年の頃は14、5歳といったところだろうか、緑色の少し癖のまじった髪をポニーテールでひとまとめに垂らしている小柄な少女だった。アンビッシュ国は他の国に比べて治安は良いとされているが、隣り合わせの国々は必ずしも安全とは言い切れない。無論、そんなことは言われるまでもなく彼女もよく知っていた。しかし、知っていたからといって、どうなるものでもないのだ。
「とにかく、お師匠様の手紙をテュエールに届けることだけに集中しなきゃ。」
 活発な年頃の娘らしく、怖いもの知らずといった様相で彼女はドッタの砦まで一息にやってきた。
 案の定、ドッタの砦では年端のいかない娘の一人旅を訝しんだが、彼女が名前と用件を告げると、態度がコロッと変わった。
「モリスン様の代理でテュエールまで行くマギサです。」
「これは、これは、大変失礼致しました。モリスン様の一番弟子と名高いマギサ様とは存ぜず、ご無礼の段、平にご容赦願います。」
 手のひらを返したような慇懃な挨拶に、マギサはにこりともせず、そのまま砦を通過した。
(まったく、いつもこれなんだから。)
 モリスンの弟子となって幾度か使いに出たことがあるが、その度にこの調子で人の二面性を見せつけられいささか人間不信に陥りかけている。

 マギサは多くの魔法使い達が修業しているチャッペル魔法を学びたいと思っていた。チャッペル魔法の初歩であるハチ寄せと回復1は、一度教えてもらっただけでマスターした。それは同時期のモリスンの弟子達の中でも極めて異例なことであり、それだけの才能をマギサが持っているという証にもなるものだった。だから、マギサは迷うことなくオルドスではチャッペル魔法を学びたいと思った。それもただ学ぶだけではない。留学生として派遣されるからには、チャッペル・マスターを目指すつもりだったのだ。
 ところがそのことをモリスンに話すと、彼は難しい顔をして、それきり黙り込んでしまった。
「お師匠様?」
 はじめのうちこそ、満足に魔法も知らない自分がチャッペル・マスターを目指すなどと豪語したことに対して身の程知らずと腹を立てたのだと思っていた。それが、まったくの思い違いであり、しかもチャッペル魔法を学ぶ力量がないことを指摘されるや、今度はマギサの方が怒りに爆発した。その怒りを平然と受け止めたモリスンは、また自分の世界へ戻っていった。それ以降、いくらマギサが話しかけても返事は返ってこず、マギサが提出した留学希望調書はモリスンの机の引き出しにしまい込まれたままだった。
(留学するだけの才能がないなら、ないとはっきり言って欲しいわよ。確かに、ハチ寄せはあんなに簡単にできたのに、回復2以上となるとサッパリ駄目なんだもの。)
 思い出すだけで無性に腹が立ってくる。自然とマギサの足取りは速く大股になっていった。そんな歩き方をしたのでは疲れが来るのも早い。
「ふう。まだいくらも進んでないのに、なんだか疲れちゃった。ちょっとここらで休憩しちゃおう。今日中に三都橋まで行けばいいのだから、少々休んでも大丈夫よね。」
 辺りを見回して、適当な木陰に入り、木の幹に身体を預けて瞼を閉じた。目を閉じていても木漏れ日の光を感じることが出来る。
「そろそろ出発する頃かな。」
 国王夫妻に見送られてアンビッシュを旅立つオルドスへ留学する者達の誇らしそうな様子が目に浮かんだ。
「お師匠様、国費で留学するほどに才能がないなら、どうしてそうおっしゃってくださらないのですか。それならそれで、自費ででも私はオルドスへ修業に行く覚悟があるのに。」
 風と木の葉が奏でるざわめきを子守歌にマギサはうつらうつらと眠りに落ちていった。
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