デュエット・シリーズ

■最初の勇気−マギサ編(2)−
 マギサは心地よい眠りに身を任せている。そうはいってもさすがは魔法使いの卵だけあって、周囲の変化には敏感だ。最初は木の葉のざわめきだけを子守歌にうつらうつらしていたが、いつの頃からか、勢いがあって優しい弦のつま弾く音に守られるような感覚にとらわれていた。目が覚めなかったのも、その音ゆえに何の敵意も悪意も感じなかったからである。むしろ疲れを癒されていくような気持ちのよい風音だった。
 三都橋の上空付近ということもあり、音は普段以上に広がりを見せているようだ。橋を渡っていく人々の足が一定のポイントにくるとごく自然に止まる。そこはちょうど音が一番よく響く場所であった。誰に教えられるでなく人々は、自然と音楽に耳を傾け、旅のつかれを癒し自然の雄大さを満喫していくのである。
 マギサが目を覚ました時には、まだ日こそ高かったものの、風は少々冷たくなっていた。不思議と出発時のイライラが薄らぎ、「テュエール」という与えられた目的地に思いをはせている。
 「まずはこの橋を渡らなくちゃ。」
 自分でも驚くほど素直に次の行動ができた。命令という形で受けたテュエール行きは本音を言うと嫌でたまらなかったはずなのに。
「変なの。」
 橋へ向かいつつ、ふと視線を感じてそちらを見た。中年と言うより壮年にちかそうな男性がキタラを抱えて立っていた。
「あの音楽、あなただったんですか?」
「お休みのお邪魔をしてしまいましたか。」
 穏やかな声で尋ねられ、マギサは大きく首を振った。
「とんでもないです。すごく、すごく素敵でした。寝てたのに変だけど、たくさん元気をもらった感じなんです。」
 思ったままを正直に答え、マギサは笑った。何日ぶりかであらわれた心からの笑顔だった。
「それは光栄です。何せ僕も少し落ち込んでいたところだったものですから。」
「あなたが、ですか?」
 とてもそうは見えない生気あふれる旅人をマギサは驚いたように見返した。
「これでもいつもは、二人か、もう少し大人数で旅してるんですよ。それが今回は、別の仕事が忙しかったものだから置いてけぼりを喰わされましてね。まあ、とりあえずの集合場所がテュエールということは予想がついてますので、そこまでちょっと先回りしてやろうと思ってるんです。こんな方法、絶対彼らは使わない、というか使えないでしょうからね。」
 いたずらっぽく笑った姿は少年の面影さえ残している。マギサはテュエールに行くと言った彼に興味を持った。年こそ親子ほども離れていそうだが、元々アンデラで付き合っているのもその手の年寄り連中が多い。特に彼への違和感はなかった。
「あの、私アンビッシュの魔法使い見習いで、マギサといいます。お師匠様からテュエールへお使いを頼まれたのですが、正直、ひとり旅ははじめてで不安で、それで、その、もしお邪魔でなかったらテュエールまでご一緒させていただけませんか?」
 普通なら、初対面の異性にとてもこんな事は言えたものではないが、なぜか、マギサはこの男性が自分の旅に必要な人に思えたのだ。一方、尋ねられた男性の方は、特段驚く様子もなく、あっさりと「いいですよ。」答えた。
「僕の方こそ複数で旅することがが多かったので、旅の仲間は大歓迎です。」
「よかったあ。」
 年相応な娘らしい安堵の声を漏らしたマギサにさりげなく手を差し出した。
「僕の名前は、フォルト。ご覧のとおり旅のキタラ弾きなので、時々旅の糧に小さな演奏会を開くことがありますからそれさえ気にしなければ一緒にいきましょう。」
 がっちり握手した二人は息もぴったりだ。
「久しぶりにスリリングな旅が楽しめそうです」
 にっこり笑ったフォルトの言葉を軽い冗談と聞き流し、マギサは先に立って三都橋を渡っていった。

 三都橋を渡るとチャノムに入る。貧富の差の広いこの国がマギサはあまり好きではなかった。国の事情はいろいろとあるだろうが、一部の人だけ豊かな暮らしをして、下層階級の人々を放置しておく無責任な行政者が許せなかったのだ。マギサの故国アンビッシュは、豊かな国とも言えないまでもそこそこの暮らしが成り立つよう皆で努力している。マギサは陣頭指揮を執って事業を進めていくアルフレッド王が自慢だった。
 フォルトはまっすぐにダイスを目指している。陸路でテュエールへ向かうには、確かにダイス方面に道を辿る必要はあるが、直接に向かう必要はない。
「もしかして、フォルトさん、カジノへ寄ろうとしてるんじゃないでしょうね。」
冷ややかなマギサの目に、フォルトは涼しい顔だ。
「せっかくの機会だから、社会勉強のつもりで見学位しても罰はあたらないですよ。」
 陽気に言われて益々マギサはフォルトに疑いのまなざしを向けた。
 実際、フォルトはカジノの入り口まで足を向けたが、入り口で用は足りたらしくすぐに引き返してきた。
「やっぱりここ数日こっちにきてないって事は、あっちだな。」
 マギサには意味不明の言葉をつぶやいて、町の東にある大邸宅へと足を伸ばした。入り口に門番に「やあ」と軽く声をかけてずんずん遠くへ入っていく。
「あの〜。」
 執事はともかく、女中達の不振な視線がマギサには堪らないらしい。
「大丈夫だよ。ここの主とは、友人が旧知の仲なんだ。」
「はあ?」
「僕もまんざら知らない仲じゃないし、いきなり牢へ入れられるようなことはないから。」
「そ、そんなんで大丈夫なんですか?」
「心配には及ばないよ、お嬢さん」
 部屋の奥机に豊かなひげを蓄えた初老の男性がすわっている。直接にあったことはないが、アンデラで外交学を学ぶときに挿絵で見た顔だ。
「バロン大統領?」
 彼はフォルトが説明するまでもなく、ある程度の事情は知っているらしく、先ほどカジノで聞いたとおり、ルーレなる老人がここ数日ぱったりこなくなったことを再度話していた。
「ルーレのヤツめ、ワシが気軽に動けん事を幸いにと好き勝手なことをしよおる。かまわんぞ、フォルト君、君の思うとおり存分にやってヤツの鼻の穴を開かしてやってくれたまえ。」
 当初の目的とはこれでいいのかと、マギサは目を丸くしているが、当人達は意気投合して準備に余念がない。その間、何もすることのないマギサは出されたお茶とお菓子を食べて時間を過ごしていた。
 マギサがお茶で水腹、お菓子でおなかいっぱいという頃、準備の終わったらしいフォルトとバロンが戻ってきた。
「うむ、しっかり食べたようじゃな。初心者に空きっ腹は堪えるからのう。ワシらも一休みするとして、フォルト君、ついでで悪いが一曲頼む。」
 豪快に笑ったバロンに、フォルトは明るく頷き、マギサは訳のわからない笑みを浮かべてフォルトのキタラを堪能した。

 次にマギサが案内されたのは少し川幅の広くなっているヨットハーバーだった。といっても、ヨットが一隻あったのでそう見えただけなのだが。
「これが一番軽くて扱いやすいじゃろうから、これを使うといい。うまい具合に二人乗りも出来るようになっとる。…と、これはウーナ嬢に焼き餅を焼かれるかな。」
「大統領!」
 真っ赤になったフォルトを見て、彼にはウーナという恋人なり妻なりに該当する女性がいるらしいとわかる。それを承知でからかうあたり、バロンとフォルトの関係は、単なる親しい古い友人の知り合いというだけではないとマギサは感じ取った。
「それではバロン大統領、お世話になりました。」
「何のこちらこそ思い出してくれて嬉しかったぞ。お嬢さんも、機会があったら是非また寄ってくれたまえ。」
「ありがとうございます。お茶、本当にごちそうさまでした。」
 ひととおりの礼がすむとフォルトとマギサは、小さなヨットに乗った
「僕はラコスパルマの荒海育ちだから平気だけど、マギサはヨットなんて初めてだろうし、無理しなくていいからね。とにかくしっかり捕まってくれていたらいいから。」
「あの、これで、まさか、この川を下るんですか?」
 マギサの質問は、悲鳴に近かった。
「そうだよ。この河口はまっすぐテュエール正面の海に通じているからね。」
「何、昔はもっと急流だったんじゃが、今は浅瀬が増えてながれも緩やかなところが多い。フォルト君には物足りないかもしれんのう。だが、藻葛の固まりには十分気をつけていきたまえ」
「はい。」
 フォルトの元気のよい声を合図にバロンは彼の背を押した。その絶妙なるタイミングは易々とフォルト達の乗ったヨットを川の流れにのせたのだ。
「きゃああああああ。」
 いきなりスピードの突いた水しぶきにマギサは驚愕して口がふさがらない。フォルトは、川の流れに勢いをつけてこれでもか、というようにスピードを上げている。最後に浅瀬をよけるために急カーブする姿がヨットを見た最後だった。
「カンの良さそうな娘じゃったし。ま、そのうち慣れるじゃろ。」
 ひげをしごきしごき、バロンは館に戻っていった。
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