デュエット・シリーズ

■最初の勇気−マギサ編(4)−
「そろそろかなあ」
甲板でフォルトのつぶやきが聞こえる。夜風によって随分下の声でも聞こえるようだ。
「ワシもそろそろだと思うんじゃが。」
ラップが月影のない暗い星空をにらんでつぶやいた。
「あ、もしかして!」
ウーナの声と同時に、フォルトのキタラが鳴った。心眼のシンプルなメロディである。
「ウーナはこれからに備えて!」
全員が空を眺める。
「な、なに?あの黒い固まりは…。」
マギサの目にも6つの邪悪な黒いかたまりが見えた。
「1番手行きまーす」
 ウーナの声がして、深紅の炎の鏃のついた矢が放たれた。深紅の炎と黒い固まりは空中でぶつかり合い、大きな火花を持って消滅した。マギサは呆然とその状況を眺めていた。続いて2番手、3番手と放つのかと思えば、ルーレが舵へむかって猛然と駆け降りている。
「方位を読み間違えた。ウーナ、5番、6番はぎりぎりまで待て!いざとなれば空を飛んででも間に合わせてやる。」
 とても老人の声とは思えない力強い声だった。

「では、そろそろ我々も行きましょうか。」
「はい?」
 その場に似合わぬすっとんきょうな声を上げてしまい、闇の中でマギサは赤面した。
「よいかな?」
 良いも悪いもない。マギサはラップに両手を後ろからとられ、胸の前で円を描いていた。
「そう、頭を空っぽにして、周りの空気を凝縮するんだ…そして、海をその中へ注ぎ込む。まだ、まだ入る。よーし、そこまでだ!」
 そのとき、すさまじい水圧と光の糧がマギサの手の中にあった。それをラップは、高く掲げ、飛んできた邪悪な影の一つにぶつけたのだ。
「リーン・カルナシオン!」
 マギサの魔法力の底から吐き出される力が、すさまじい破壊力を生み出した。対してマギサはその衝撃に驚きながらも耐えていた。いや、耐えるというより、放出後の軽い脱力感を感じていたところだった。
 今のが自分の力とは到底信じられない。だが、背後のラップの力とも違う。確かにそれは自分がしたことだ。それだけは信じられた。

「3番手、いきます!」
 マスト上から再び赤い鏃が飛んだ。まがうことなく、邪悪な固まりに突き刺さり、消滅した。その間にルーレは舵を若干動かし、猛スピードでマストに上っている。
「さて、今度は4番手だ。やり方はさっきと同じでいいが、射程距離が足りん。もう一つの方を使うしかないのう。よいな、今度は月の光を集めるんじゃ。日光より力は劣るが、あの程度なら大丈夫だろう。」
「は…い。」
 それ以外にマギサにどう返事が出来たろうか。再び背後から腕をとられ、マギサは月の光に集中した。透明な、だが癒しとも違う力が手の内にこもってくる。
(圧い!)
 マギサが限界だと感じたときと、ラップが叫んだのとほぼ同時だった。
「オキサイド・サークル!」
 強力な魔法の円が、海に落ちる寸前の邪悪な固まりにぶつかった。カッと稲妻が走ったように思ったが、それで終わりだった。
「今ので、止められたんですか?」
「ああ、実に見事に食い止めたよ。」
ラップの言葉は、マギサへの賞賛だった。
「さて残りの二つは…最後の一つが間に合うかのう?」

 なんとマストに登ったルーレはウーナを抱えて隣のマストへ飛び移っている。そのぎりぎりの端に矢をつがえたウーナがいた。3本目の矢が弧を放って邪悪な固まりとぶつかった。
「ここまでは予定通りじゃが。」
「ダメ!次は射程距離が届かない!」
ウーナの悲鳴が上がる。
「こちらも詠唱時間が間にあわん」
「後少しなのに。」
 その瞬間、信じられないことが起こった。ルーレがウーナをマストから高く放り投げたのだ。
「届くわ!」
 ウーナの声が響き、4本目の矢が放たれた。ほぼ直線コースのそれは海の下の黒い影とすれすれの位置でぶつかり、互いがはじけ飛んだ。その間、ウーナは空中に放り出されたままだ。このままでは海の下の黒い影ーガルガーの上に落ちてしまう。
「ウーナさん!!」
 誰よりも早く動いたのはマギサだった。どこをどうやったのかわからない。気がついたときには、ウーナを支えてガルガの上にいた。
「お願い、ちょっとここにいさせてね。すぐに消えるから」
 そうはいったものの、どうやってきたかわからないので、どうやってもどったらいいのかもわからない。
「ごめんなさい、格好だけつけて、ここからどうしたらいいかわからないの」
 泣きそうなマギサに、ウーナはやさしくかたを叩いた。
「まず、この子の傷を治してあげて。はじけたときとあたし達が降りたときの反動で腫れてるの。そのあと、テレポートで連れて帰ってくれると助かるな。」
「治すって…どうやって」
「チャッペル魔法にあるんでしょう?回復の玉を思い浮かべて移してあげるの」
 それはチャッペル魔法で一番最初に習う回復魔法だった。それならマギサにも出来る。
「えーと、回復の玉、回復の玉」
 額に汗してようやく小さな乳白色の玉が浮かび出た。
「これをガルガへ、そっと、そっと、受け入れてね。」
 すいっと回復の玉はガルガに吸い込まれ、腫れ上がっていた部分が他と同じように落ち着いた色へと変わっていった。
「つ、つかれた。帰るのは、テレポートができるまでもうちょっと待ってね。」
 息も絶え絶えのマギサにウーナは優しく頷いた。修羅場を一つ超えたことで、少女は一つの新たな魔法を自力で会得したようだ。
「それまで、フォルちゃんと演奏してるから、ゆっくり休んでね」
一言断ってから、ウーナは管高いピーという音を吹き出した。反射的にシャララと流れるキタラの音が返ってくる。そして、ふたりの演奏がはじまった。
 明るい曲、ちょっとおどけた曲、本格的なデュエット曲、バラード、といろいろな曲がふたりのピッコロとキタラから生み出されていく。
 マギサは聞きながら、心が落ち着いてくるのを感じた。にぎやかな曲なのに心が落ち着く?その瞬間マギサは、ウーナに目を向けた。
「これが…チャッペル魔法?」
 マギサは目の前で起こっているウーナとフォルトの演奏により海が浄化されていく様を落雷にでも打たれたかのような衝撃を持ってみつめていた。ふたりは取り立てて何の力もなく、普段の様子からは魔法の波動すら感じない。それなのに、ウーナのピッコロの音とフォルトのキタラの音は、すべてのものの痛みと傷を癒していく。そこには何の欲も見返りもなく、ただあたりすべてのものを愛しく思う気持ちだけが満ちていた。
「これが、チャッペル魔法の真理…」
 マギサの目からすーっと一条の涙がこぼれ落ちた。
「私なんかが、チャッペル魔法を扱おうだなんて思い上がりもいいとこだ。」
 くいっと手の甲で涙をぬぐった。たとえ夜の闇の中でも泣き顔は見られたくない。
「お師匠様は間違っていなかった。ずっと私を正しい道へ導こうと懸命に諭してくださっていたのに。私ったら…。」
 言葉にならぬ声が、マギサの脳裏を駆けめぐる。

 やがて、呼吸も整い、心も落ち着いたマギサは、約束通りウーナを連れてプラネトス2世号にテレポートして帰ってきた。
「つかれたじゃろう。」
ラップに労れたマギサは、ガルガの上で漠然と考えていたことが猛烈な要求となって言葉が生まれ出でていた。
「今度こそ私は本当に魔法を学びたいと思います。それもチャッペルではなく、カンドを極めたいと思います。女性にカンド魔法は無理だといわれているけれど、そのむかしチャッペルとカンドが白魔法と黒魔法としてあったというなら女性でも優秀な黒魔法使いがいたはずですもの。そうですよね、オルテガ様。」
 最後の一言は、絶対の確証があっていった訳ではないがどうやら間違ってはいなかったらしい。なぜなら、その一言で、ルーレの雰囲気がガラリと変わったからだ。
「やれやれ。どんだ弟子をモリスンも送り込んできたもんですね。時季はずれの研修員を受け入れてくれる施設がオルドスになかなかないことを知っているでしょうに。次の修行の始まりまでをどう過ごさせるつもりだったんでしょう。しかもあそこの門番は時季外れの訪問者を通すことに頑固で融通がきかないので有名なんだが。」
 誰ともなくつぶやくルーレの言葉をウーナがくすくす笑ってる。
「うちが食客の一人も置けないような家だとお思いですか。マギサさん、ハーブを育てるのは得意?」
「あ、はい。」
「だったら、遠慮なくうちへいらっしゃい。ハーブ園を広げ過ぎちゃって、一人くらい手伝ってくれる人が欲しかったの。」
 フォルトを無視して話が進んでいくが、どうやらこの手の話題はウーナに権限があるらしい。
「じゃ、善は急げ、はやいとこオルドスへ送っていこう。」
 話はトントン拍子に進んで、マギサはフォルトとウーナを保証人に堂々とオルドス入りした。とは言っても風車の回っている対岸を選んでの陸上だから、規則も何もあったものではない。
「あのぉ、大丈夫なんでしょうか。」
「平気平気。フォルトは大聖堂の神官だし、私もそのあたりの世話をしてるから。」
「ええ!?フォルトさんは神官様だったんですか!?」
「ただのパイプオルガン弾きですよ。」
それが「真実の神官」と呼ばれている高位な神官である事は、異国のマギサですら知っている。
「ええええ!?」
 オルドスのフォルトの家に落ち着くまで、マギサは驚きの連発だった。しかしのんびり出来るのは今日一日だけだ。明日からは厳しい魔法の修行が待っている。それもチャッペル魔法ではなく、カンド・マスターの道をマギサは選んだのだ。
 ただですら少ないカンド魔法の学び者。その上女性の身ときては相当風当たりもきついだろう。だが、彼女ならきっとやり遂げるにちがいない。リーン・カルナシオンとオキサイド・サークルを補助したとき、ラップはその意志の強さに直接触れている。そして、なにより彼女が発動させた迷いのないテレポート。ラップは、モリスンの愛弟子を優しく見送ってオルドスを後にした。


おわり


<おまけ>
 ラップがルーレ達と分かれて陸路をのんびり歩いているときのことだった。
「おおかみだ!誰か助けてくれ〜っ!」
「やれやれ、物騒なことですね。まあ、あのくらいならなんとかなるでしょう。」
 ラップは杖を傾けると狼に追われているらしい夫婦に声をかけた。
「その場で身を小さくして草原に伏せってください。」
 返事は返ってこなかったが、ふたりが草原に身を伏せったのを確認すると、ラップは杖に神経を集中した。
「ファイヤー・フラッシュ!」
ボンッと炎が燃え上がり、焦げ付いた狼のにおいがあたりを充満した。野獣は炎を嫌う。無事だった狼も尻尾を巻いて退散していったようであった。
「危ないところをありがとうざいました。私はシノン、こっちは妻のシアラと申します。身重だったため気がついたときには狼に追いつかれてしまい、危ないところを本当にありがとうございました。旅先のこと故何もお礼が出来ずお恥ずかしい限りです。そのかわり、この子が生まれて旅が出来る年頃になりましたら、必ずお礼に伺いますので、それでご容赦くださいませ。」
 あまりに丁寧な挨拶をするシノンに影響されてか、普段は口にすることのない現在の居住所をラップは言ってしまった。
「わたしはラグピック村に住む、ミッシェル・ド・ラップ・ヘブンと申します。旅先のほんの小さなご縁のこと、どうぞお気になさらないでください。」
 こうして小さな事件はラップの心の奥深くにひっそり眠りについた。
 そして、10年後…。事件はふたりの少年少女によって再び明るみにでることになるのだ。

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