■光と闇のエレメント〜ひとりぼっちのあなたのために〜
必要以上に他人とは関わりを持たないこと。
物心付いたときから、祖父にそう強く言い聞かされてアリアは育ってきた。
自分に課せられた定めを前に、アリアはいつも自分を押さえてきた。
だが、アリア自身には、自分を押さえているという自覚がなかった。
アリアの心はいつも遠くを見つめていた。
光に最も近い存在といわれながらも、アリアの心は暗く沈んでいた。
けれども落ち込みそうになる心を救ってくれたのもまた自分の歌の持つ力であった。
望まぬ力であっても必要としてくれる人がいるという事実がアリアの支えであったのだ。
アリアの歌声は癒しの力を持つ故に密やかにだが、確実に広まっていった。
その歌声が単なる癒しの力以上のものを持つと知れるまでは、積極的に探そうという者もいなかった。
だが、ひとたび真実が漏れると、権力者は己の欲望に利用しようと躍起になる。
ヌメロス帝国がアリア探索のために一個師団を投入したのは、ごく自然な成り行きであった。

「あまり里には降りない方がいい。」
アリアの身を心配した祖父は、遠回しにその外出を諫めるようになった。
けれどもそれまで人々が必要としていることを支えにしてきたアリアには、自己保身だけのために歌うことを止める気にはなれなかった。
だから、危険だとわかっていても助けを求める声が聞こえれば、アリアは歌った。
(そう、それは使命という名を借りた私の自己満足なのかもしれない・・・。)
歌った後でアリアはいつも迷っていた。
心の迷いは、時として行動の遅れを生み出すことがある。
いつもなら歌い終えると同時にその場を去るのだが、その時に限って歌い終えた後もしばらくその場に佇んでいた。
深い霧に覆われていたこともどこか油断が生じる原因になったのかもしれない。
結果として、アリアは自分を追っていたヌメロス兵の一団と危うくぶつかりそうになったのだが、幸いにして地の理はアリアにあった。
間一髪の所でアリアは脇道に入り、その一団をやり過ごすことができたのだ。
「パルマン隊長、このあたりにはもういないのでは?」
「・・・そうかもしれない。」
アリアのすぐ側で交わされたやり取りは、積極的とは言い難いものがある。
ほんの一瞬目にしただけだが、アリアには、街道を行くその淋しい目をした青年の面影が妙に脳裏に焼き付いてしまっていた。
大勢の部下を引き連れ、傍目には颯爽と街道を下っていく指揮官としか映らない人なのに、何故か孤独な影を見いだしてしまったのだ。
(もう一度だけ・・・ほんの一瞬でいい。姿が見たい。)
関わってはならないとわかっていても止められない衝動に駆られ、アリアは遠回りして彼らが通るであろう道の上に出る崖へと進路を変えた。
(ここからなら、気づかれずに姿をみることができるはず・・・。)
アリアは息を殺して静かに崖の下に目を向けた。
それほど待たずして、複数の人の気配が近づいてきた。
が、アリアの知るパルマン達の部隊にしてはざわめきが多すぎるように感じられる。
「まだ他にもいたの?」
新たな危険をはらむ要素に思い当たった時、アリアは血の気が引いていくのを感じた。
しかし、実際に危険に瀕したのは、アリアではなくパルマンの方であった。
アリアの眼下で始まった戦いは、パルマンに襲撃の刃を放ったのだ。
「あれは・・・エーデルを襲った木人兵?」
だとしたら、それはパルマンの同胞であるヌメロス兵が自軍を攻撃していることになる。
(なぜ、味方を攻撃するの?)
疑問はそれだけに留まらなかった。
襲いかかる木人兵から部下を必死に庇って戦うパルマンの姿は、更なる疑問をアリアに抱かせたのだ。
(なぜ、そんなに他人のために一生懸命になれるの?)
その思いは、同時にその答えをパルマン自身から聞いてみたいとアリアに思わせた。
そのためには、まず、彼に生き延びて貰わなければならない。
たとえ自分を捕らえようとしていた人とはいえ、直接に危害を加えられたわけではない。
その行動にはいつもどこか迷いがあったのをアリアは見ていた。
なにより、その瞳に宿る孤独な影がアリアの心と共鳴していたのだ。
自分の歌で助けられる命ならば助けたい。
アリアの声が静かに癒しの調べを歌い始める。

マクベイン一座がパルマンの後を追っていたのは、最初は旅の成り行きからであった。
パルマン達の行動は感心できる類のものとは言い難かったが、だからといって救に瀕しているのを見捨てていけるほど冷酷にもなれなかった。
マクベイン達が接した限りでは、パルマンの行動は彼らに好意的なものであったことも無視できない要因であった。
かなり遅れを取っていたが、マクベインはパルマン達に加勢し、辛うじて一命を取り留めているパルマンと対面したのである。
「パルマンさん!」
フォルトが倒れていたパルマンを抱き起こした。
少し遅れてやってきたマクベインは一目見るなり眉をひそめた。
「祖国のためと自分を騙し、悪事も働いてきた。・・・これも天罰だ。」
苦しい息の下からパルマンは吐き出した。
「自業自得というわけじゃな。」
「じいちゃん!」
「いや、いいんだ・・・まったく・・・そのとおり・・・。」
肩を支えていたフォルトにパルマンの自嘲的な声が伝わってくる。
歴戦の戦士であるパルマンには、自分の置かれている状態がよくわかっていた。
受けた傷はあまりに深く、もはや手遅れで死を待つのみだと悟ってもいた。
通りすがりの旅人であっても、最期を他人に看取ってもらえることに感謝こそすれ、そうなった運命を恨む気にもなれなかった。
自らが選択し過ごしてきた日々に悔いはない。
たったひとつ心残りがあるとすれば、甚だ虫の良い話だが、アリアの歌を・・・。
「・・・聞いてみたかったな・・。」
「パルマンさん、しっかりしてよ。」
泣きそうな声がパルマンを辛うじてこの世に留めている。
だが、それも一時の延命に過ぎないのだ。
パルマンの意識はこのまま真の暗闇へと落ちていくかに思えた。

アリアの歌が風にのって聞こえてきたのは、まさにその時である。
澄んだ歌声があたりに響くと同時に、得もしれぬ優しい風が瀕死のパルマンを包んでいった。
「歌声?」
「どこから?」
フォルトとウーナは、介護の手を思わず止めて声の聞こえてきた方角へ耳を澄ませた。
その歌い手たるアリアのいる場所まではわからないが、遠耳にもはっきりとメロディを聴き取ることができる。
「たったひとりの、あなたのために。ひとりぼっちの、あなたのために・・・。」
アリアの歌声はどこまでも高みに澄んでいた。
癒しの歌声は、生身の身体の傷ではなく、むしろ闇に閉ざされた心の傷に光を送り込んできたかのようである。
「なぜ、私なんかまで助けてくれるんだ・・・。」
パルマンの表情が苦痛に歪んだ。
身体の傷よりも心が痛む。
「なぜ、そこまで他人のためにできるんだ・・・。」
その天上の調べともいえるメロディが消えたとき、パルマンの外傷もまた癒えていた。
パルマンが頭を上げてあたりを見回せるようになった時には、アリアの気配はもうどこにも感じられなくなっていた。
「・・・アリア・・・ありがとう。」
その声がアリアに届くことはないとわかっていても、パルマンは感謝の言葉を口にせずにはいられなかったのである。

アリアは人気のない街道を西へと足早に歩いていた。
本当は、パルマンの無事をその目で確かめてから去りたかった。
けれども、時勢はアリアにそれだけの猶予を与えてはくれない。
アリアを追っているのはパルマンの一行だけではないことが証明されたのだ。
むしろパルマン以外の者達こそが、彼女にとって危険な存在である。
自分を本当に必要としてくれている人達のために、アリアはこれからも歌い続けなくてはならなかった。
「あの人なら、きっと大丈夫。」
パルマンは、淋しげな瞳をしていても、それ以上に強い意志を感じさせるものを持っている人だった。
一瞬の逢瀬から、アリアはそのことを敏感に感じ取っていた。
自分に課せられた使命を「運命」として諦めるのではなく、立ち向かっていくことのできる人だと信じている。
アリアは今一度、来た道を振り返った。
「あの人の孤独な闇に早く光が訪れますように・・・。」
パルマンを孤独から救った光が、アリア自身であることを彼女が知るのは、もう少し先のことだ。
今はまだ、それぞれが互いの運命の闇の中にある。
太陽が在る限り、明けない夜などない。
希望の光を胸に秘め、アリアは草原の道を歩いていった。


おわり

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