■ゆびきり
世界から神がいなくなって幾度かの季節が過ぎ去った。妹探しの旅を終えたアヴィンの日常は、少しばかり寂しい日々が続いた後、目出度い日々を迎えそれなりに充実したものとなっている。普段は家族だけの見晴らし小屋に時々懐かしい友人たちが訪れるのが何よりも嬉しかった。
そんなある日、懐かしいというより珍しい友人がアヴィンを訪ねてきた。
彼の名はミッシェル・ド・ラップ・ヘブン。
先の旅での知り合いには違いないが、ミッシェルの場合は世界の果てと呼ばれるガガープの向こう側の住人ということで、彼の訪問はそれなりの意味を含んでいた。さらに彼を案内してきたのがルティスの弟ルカで、一緒にキャプテン・トーマスがついてきているというのも意味深である。ルカがギアの工場ではなく、キャプテン・トーマスの船、プラネトス2世号の乗組員として働いていることはルティスから聞いていたが、ふたり揃っての訪問は初めてのことだ。船長と副長がともに船を空けることからして普通ではない。ミッシェルが話をする前に、マイルとアイメルがその席に加わったのもアヴィンの緊張を嫌が上にも高めていく。
そして、彼の予感は正しかった。

ミッシェルはアヴィンをガガープの向こう側で起きているかもしれない異変の調査を手伝って欲しいという応援のお願いに来たのである。
「・・・。」
一同が固唾を見守る中、アヴィンは無言だった。てっきり二つ返事で引き受けるだろうとばかり思っていたルティスは驚きを禁じ得ない。
「どうしたの、アヴィン。」
訝るルティスに、それこそ意外だという表情でアヴィンは見返した。
「・・・。」
「アヴィン?」
「・・・行けるわけ、ないじゃないか。」
絞り出すように呟かれた言葉にルティスは耳を疑った。驚きに目を見開いたルティスがアヴィンに尚も理由を尋ねようとした先に、アヴィンは部屋から駈け出していた。
「アヴィン!」
慌てて後を追おうとしたルティスをマイルが止めた。
「ルティスは走っちゃ駄目ですよ。追いかけっこはアイメルに任せましょう。」
マイルの言葉が終わらぬうちに、アイメルがアヴィンを追って出て行っていた。

見晴らし小屋はその名のとおり小高い丘の上に立っている。
あたりは小さな庭とそれに続く畑。
その先には地の精霊ネフティスの祠へと続く道がある。
アイメルはその小道の入り口でアヴィンに追いついた。
「はい、お兄ちゃん。」
アイメルはにこにこっとアヴィンの前に小指を示した。
虚を突かれた格好でアヴィンはアイメルの小さな指先を見つめている。
「ほら、お兄ちゃんも。」
「へ?」
「だから、お兄ちゃんも手を出して。」
訳の分からないまま、アヴィンはアイメルの言うがままに彼女と同じように小指を突き出した。ふたりの指先が触れ合ったと思った瞬間、アイメルの指先が素早くアヴィンのそれに絡まり小刻みに上下していく。
「ゆびきりげんまん。嘘ついたら針千本の〜ます!」
アイメルのよく通る声があたりにこだまし、絡まったままの指先が二人の時間を止めた。
先に時を動かしたのはアイメルだった。
ルビー色の髪が風になびいてアヴィンの鼻先をくすぐり、アイメルはルティスを振り返った。ルティスの後ろには少し下がってルカとマイルがいる。アイメルの笑顔はその二人に向けられたものだった。その微笑みが信頼に満ちたものであることの意味を察し、ルカはルティスに声をかけた。
「僕も約束しますよ、姉さん。その時に間に合うようアヴィン義理兄さんを連れて帰ってきす。」
「そうそう、何があろうと首に縄を付けてでも引っ張って帰ってくるから。」
ルカとマイルの保証がルティスの心にいつもの彼女の笑顔を呼び覚ました。

ミッシェルがはるばるガガープを越えてまで応援を求めてきたからには、よほどの事情があることはわかっていた。しかもそれにトーマスが加わり、プラネトス2世号あげて嵐の海を越えて第3の大地へと向かうのだ。ただでさえ危険な旅に加え何が起こっても不思議はない世界へと出かけていくのである。危険が伴うことを知った上でアヴィンを頼ってきた、その信頼の絆を自分のために失って欲しくない。何よりルティスには今のアヴィンを支えてきたという想いがあったから、なおさらアヴィンの迷う気持ちが理解できた。アヴィンの迷いは、裏返せば自分への愛情の重さでもある。その想いが確かなら、何を迷うことがあるだろう。
「アヴィン、今度は私たちがあなたを待つ番ね。」
一歩踏み出したルティスの笑顔は、アヴィンがこれまで見たどの笑顔より輝いていた。
「ありがとう、ルティス。」
驚きと感謝に浸っているアヴィンをアイメルは嬉しそうに見守っていた。

「・・・やっぱり君って鈍いね。」
マイルのため息は今に始まったことではないが、同時にそれは新たなるからかいのネタを見つけた楽しさも含んでいる。マイルは、ルティスが待つと言った時に「私」という一人称ではなく「私たち」という二人称を使ったことの意味に気がついたからだ。
「僕もてっきりそれが原因だと思ってたんですが。」
ルカの訝る声にマイルは笑って答えた。
「それはそれで間違ってないと思うよ。アヴィンはルティスを残して行くのが嫌だったんだから。」
「でも、それは姉さんに赤ちゃんがいるから・・・ではないってことですよね?」
「一緒にいられないことが単に嫌なだけだよ。それだけルティスに惚れてるってことさ。アヴィンは認めたがらないだろうけどね。」
「どちらにしてもアヴィンはアイメルと約束したんですから、必ず帰ってきますよ。」
「僕らも保証人になったしね。」
「責任重大だな、ラップ。」
「それはどちらかというと、トーマスの腕次第でしょう。プラネトス2世号の舵取りに懸かってますからね。」
エル・フィルディンの優しい風は新しい世界へ旅立つ仲間たちを祝福するかのように吹き抜けていった。

おわり
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