■成就
アンタリア大陸西部に位置するゲイシル帝国は女帝クリスティーナの下でかつての栄光を取り戻しつつあった。
それが、祖父から受け継いだ権力と父親の名声に支えられての七光りによるものだとあからさまな陰口をたたく者も少なくない。
だが、女帝クリスティーナの片腕として側にあるロベルト・ディ・メディチは至って涼やかな顔をしていた。
「言いたい者には言わせておけばいい。本当にそれだけでしかなければ、とっくにこの帝国は無くなっている。チェザレ枢機卿が死んだあの時にな。」
ロベルトは有能な家臣である前に、かつて共に戦った時からの同志として、クリスチーナの才能を高く評価しているのだ。
幸いにして、そう思っているのは彼だけではなかったようである。
ことにクリスチーナの故郷であるローエン地方にその傾向が強い。
出身地であることを差し引いても、古参の軍人にそういった支持者が多いのも注目すべきことであった。
「もともとカリスマ性ではフレデリック卿の上をいくと噂されてたくらいだからな。」
「それは初耳ですわ。でも、誰がそんなことを?」
「他ならぬフレデリック卿が、生前、親しい側近達に洩らしていたそうだ。後世の歴史に真実名を残すのは、自分ではなく、娘の方だろうとね。」
「まあ・・・。」
世間で言うところの親バカだと冗談めかして、ごく内輪だけの話におさめさせていたというが、英明なる統治者として名を馳せていたフレデリック卿をして唸らせるだけのものが、既に当時のクリスチーナに備わっていたということであろう。

それはさておき、年頃の統治者の常としてクリスチーナにも諸外国から結婚の申し込みが相次いでいた。
正規の使者はロベルトに交渉を持ちかけてくるが、駆け引きにおける常套手段として、夫人のイザベルにも同様に働きかけてくる。
ロベルトとイザベルは、ゼフィールファルコン時代からの縁もあり、両親を亡くしたクリスチーナの保護者的役割も兼ねていたのだ。
「まったく、今日もいけ好かない野郎ばかりでうんざりだよ。大事なクリスをそう簡単に嫁になんぞやるものか。」
すっかり父親付いているロベルトのぼやきにくすくすと笑みをこぼす傍らで、イサベルはつと真面目な表情に戻って尋ねた。
「それで、クリスの「お父さん」は、かわいい娘の結婚をどう考えてらっしゃるのかしら?」
「何も考えてない。クリスだってもう子供じゃないんだし。それに、結婚する、しないの選択も含めて本人の自由意志に任せると言ってある。間違っても女帝陛下の結婚を政治の駆け引きなんぞに使うつもりはない。」
「それを聞いて安心しましたわ。」
再びイザベルの顔に微笑みが戻った。

だが、その笑顔の中にどこか謎めいた影を見いだし、ロベルトは解しかけた緊張の糸を引き締めた。
と、ベランダの方に彼の警戒にひっかかる気配がある。
「誰だ!?」
鋭い声と同時に抜かれた剣の先に、その影は気配を露わにし、ロベルトの前に正体を現した。
「さすがはメディチ卿。最後まで見逃してはいただけませんでしたね。」
派手な仮面の下から現れたのは、ロベルトにも旧知の人物だった。
「ホースト!・・・いや、ラシッド王子。いったい、いつからそこに?」
一旦は驚きの声を上げたものの、最近ホーストの噂を耳にするようになっていたので、実際のところロベルトは、声に出した半分も驚いたわけではなかった。
聞く傍らでイザベルの様子をうかがってみると、案の定、突然現れたラシッドに彼女が驚いたようすは感じられない。
ロベルトはラシッドの訪問がイザベルの了解の元にあると判断した。
となると、やってきた目的もだいたい察しが付く。
「ホーストに狙われるようになったとは、我が家もたいしたものだ。しかし、忍び入る先が違うのではありませんかな?」
直接には触れず、敢えて遠回しに尋ねるあたり、ロベルトも人の悪さに磨きが掛かったというべきか。
どう答えたものかとラシッドが迷っていると、イザベルが代わって返事をした。
「お願いしていたドレスをちょうど届けていただいたところだったのよ。」
「誰の、何のためのドレスだって?」
「クリスの晴れの日のための衣装よ。」
ある意味、とんでもない爆弾発言なのだが、それだけではロベルトに通じなかったらしい。
「あなたは結婚はクリスの自由意志に任せると言ったでしょう?」
さらりと答えたイザベルに、今度はロベルトも内容を理解した。
同時に、「いつの間にそういうことになったんだ!?」と激怒もした。
しかし、心情とは裏腹に、努めて冷静さを装っている。
憮然としたままのロベルトに、イザベルが駄目押しの一言を加えた。
「政務にお忙しい女帝陛下に代わって、私がこの件を進めてきましたの。」
にこやかな答えの中には有無を言わさぬ強い響きが籠もっており、どうやらロベルトの知らないところで着々とそのための準備が進められていたようだ。
ロベルトとて、クリスチーナの心がどこにあるか知らないわけではない。
それに最近ホーストが出没するようになってから、クリスチーナに艶やめいた華やかさが加わったのを感じていたので、来るべき時が来るという予感がなきにしもあらずだったのだ。
イザベルが具体的に話を進めていたとなると、ロベルトがどう反対したところで無駄だということはわかっている。
ロベルトは、蚊帳の外に置かれるより参画する方を選んだ。
「で、ラシッド王子が見立てたドレスとやらはどこにあるんだ?」
あきらめ口調のロベルトをイザベルは隣の部屋へと案内していった。

部屋の中央に一目でそれとわかる豪華なドレスが広げられている。
しかし、ドレスを見た瞬間、ロベルトは驚くよりも呆気に取られてしまった。
「こりゃまたえらく・・・。」
清楚ながらも大胆な胸元のカットに思わず唸ってしまったのである。
「クリスが着るにはちょっと無理があるんじゃないのか?」
フレデリック卿の令嬢としてあった時から少年のような出で立ちをしていた少女ではあった。
帝国の統治者となってからもそれは何ら変わることがなく、極めてラフなブラウスとズボン姿で日夜領内をめまぐるしく飛び回っている。
あれから数年、多少は女性らしい丸みを帯びてきたようだが、普段の格好が格好だけに、ロベルトはクリスチーナの体型を危ぶんだのである。
「それは大丈夫です。クリスはああ見えても意外と着やせするタイプなんですよ。」
何気なく答えたラシッドだが、次の瞬間、父親モード全開のロベルトの視線を受けて慌てて弁明に走った。
「ですから、その・・・そう、女の子は母親に似ると言いますし。」
苦し紛れのラシッドと苦虫をかみ潰しているロベルトを前に、イザベルも苦笑を禁じ得ないようである。
それでも、このままでは気まずいと感じたのか、救いの手を差し伸べるべく話題を変えた。
「意外とクラシックなドレスでしょう。王子なら、もう少しモダンなものを選ぶとばかり思っていましたから。」
それはイザベルだけでなくロベルトも感じたことだった。
華やかさを備えた上品なドレスではあるが、デザイン的には古典的な印象が否めない。
「実は、シラノの記憶の中にあるメルセデスが着ていた衣装を真似たものなのです。」
ラシッドの口からメルセデスの名前が出た瞬間、イサベラとロベルトの表情が心持ち憂いを含んだものに変わった。

ラシッドはその身にシラノから魔剣阿修羅を託されている。
いずれは正当な後継者たるクリスチーナに渡してくれと頼まれ、やむを得ず一時的に預かったものだが、シラノから預かった剣は単なる「もの」だけに留まらず、彼が長年抱えてきた想いも一緒に持ち込んだらしい。
そのためラシッドは、シラノの心の大部分を占めていたメルセデスの面影もそっくり受け入れることになってしまったのだ。
シラノの思い出の中で、メルセデスはいつも幸せそうに微笑んでいた。
おそらく、一番幸せだった瞬間に時を止めてシラノの中で生き続けてきたのだろう。
メルセデスの面影は色あせることなくラシッドの中に引き継がれた。
そして、日増しに母親に似てくるクリスチーナに会うたび、ラシッドの中でふたりの姿はどんどん重なっていったのである。
だが、同時にシラノの想いがわかるだけに、生半可な気持ちではクリスチーナの前に立てなかった。
シラノのメルセデスに対する想いが深いほどに、ラシッドもクリスチーナを愛さずにはいられなかったが、シラノ以上のものがなければ、この想いは伝えられない。
ラシッドがクリスチーナの前に再び姿を表すのに数年を要したのはそのためだった。
「今はまだ無理ですが、いずれその時には、ホーストとしてではなく、ラシッドとして堂々と側にいるつもりです。」
ゲイシル帝国と雌雄を分かつペンドラゴン王国の跡継ぎが、中立国のサイラップスならいざ知らず、帝国のお膝元で素顔をさらすには相当の覚悟が必要である。
だが、ラシッドは敢えて困難な道を選んだ。
それが真実を求め、クリスチーナに未来を与えたシラノの遺志に応えることになり、布いてはアンタリア大陸の未来を切り開くことになると信じたからだ。

ゲイシル帝国の女帝がペンドラゴン王国の王子と結婚するには諸外国に対してそれなりの配慮と準備が必要だった。
それでなくとも大陸全土が再び焦臭い様相を露わにしつつあるのだ。
わざわざ火種を投げ込むような真似はしたくないとクリスチーナは慎重な上にも万全を期して事に当たっていた。
そのため、時間ギリギリまで女帝としての政務に追われたクリスチーナは、自らの準備は全てイザベルに任せていたのだ。
それまでも何かと相談にのってくれていたイザベルを全面的に信頼していたこともある。
故に、当日の朝、それも着替える寸前にウエディングドレスを手にしたクリスは、一目見るなり絶句した。
「こ、このドレスを私が着るの!?」
「そうよ。」
イザベルは時間を気にしつつ、クリスチーナの着替えを侍女達に急かした。
優秀な着付け隊と化した侍女達は、イザベルの許可の元、問答無用でクリスチーナの着替えに取りかかったのである。
「無理よぉ。」
半分泣き出しそうな声がクリスから漏れた。
「どうして?サイズは大丈夫だとラシッド王子のお墨付きよ。」
その瞬間、なぜかクリスチーナの全身がそれとわかるほどに上気してうす紅色に染まった。
(まったく、正直なんだから。)
純真な若さを羨ましいと思いながら、イザベルは自ら筆を持ってクリスチーナの化粧に取りかかるのだった。

ラシッドが明言したとおり、ドレスのサイズはまるでクリスチーナのために誂えたがごとくピッタリで、ほとんど手直しを必要としなかった。
念のため控えさせていたお針子達の出番もなく、極めて順調にクリスチーナの着付けは終了したのである。
「綺麗よ、クリス。そのドレス、とてもよく似合っているわ。」
イザベルが微笑むのを受けてクリスチーナもまた微笑んだ。
それでも恥じらいを含んだ初々しい微笑みには、まだどこか納得していないものがあるようで、念押しするような呟きが漏れ出でた。
「本当にそう思う?」
「ええ。」
「お母様よりも?」
帝国一の美女と歌われた母親の存在は、それなりに娘の肩に重くのしかかっていたようである。
「あら、知らなかったの?花嫁は、世界中で一番美しいって決まっているのよ。」
クリスチーナがこぼした幸せな涙をぬぐってやりながらイザベルは心の中でそっと祈った。
(シラノ、あなたの未来はあなたが愛した以上に、幸せそうでしょう?)

6月の爽やかな風の中、ゲイシル帝国の女帝クリスチーナ・フレデリックはペンドラゴン王国のラシッド3世と華燭の儀を挙げた。
この婚姻により、アンタリア大陸の歴史は大きな転換期を迎えることになる。
ゲイシル帝国は「黒太子」以来の悲願であった大陸統一への道を再び歩み始めたのであった。

花嫁姿のクリスティーナ

おわり
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