■この空の下で
フォルティア王国のラグピッグ村に久々に赤ん坊の声が響き渡った。
「お、生まれたか。」
村長をはじめ、村の住民がこぞって見守る中、ひとつの生命が誕生したのだ。
「元気のいい泣きっぷりじゃのう。」
「さぞかしきかん気の子になることだろうて。」
年寄り連中の勝手な談義を苦笑混じりで聞きながら、新米の父親は産湯を終えた赤ん坊を抱き上げ最年長のラップの前にやってきた。
「ラップじいさんからも祝福してもらえますか?」
子供の少ないラグピック村では、生まれた赤ん坊は村の宝として、村人のほぼ全員から祝福を受ける。
まずは最年長者からと、しきたりに従って連れてきたのだ。
「ああ、いいとも。」
ラップは二つ返事で気楽に引き受け、危なげな手つきで赤ん坊を父親から抱き取った。
「!!」
赤ん坊に触れた瞬間、ラップに言いようのない衝撃が走った。
その場は辛うじて持ちこたえたが、その後も身体の震えは止まらなかった。
「そうか・・・そうだったのか・・・。」
人々に次々祝福される赤ん坊を目で追いながら、ラップは遠い昔に想いを馳せた。

それは20年以上昔のこと、まだ魔法があまり知られていない時代のことだった。
ラップは旧友からひとつの命の終わりを告げられた。
「白き魔女」と呼ばれた少女の死。
亡骸は既にその友人の手で大地に返り、彼は亡き人の遺品だけを携えてやって来たのだった。
「・・・そうか。」
ラップは自分でも驚くほど冷静にその知らせを聞いた。
「ゲルドの旅は、終わったのだな。」
在りし日の物静かな面影が悲しみを運んでくる。
いったい彼女は何のために生まれてきたのか。
行き場のない想いが、あとから込み上げてくる。
だが、感情に震える手が、遺品となった杖に触れた瞬間、新たな驚きがラップを貫いた。
(これで終わりではないの。いつの日かもう一度、この空を旅するときがくるわ。)
ゲルドの杖はラップに語りかけていた。
(最後の旅は、私、ひとりじゃないの。)
ティラスイールで見た彼女の微笑みは、いつも淋しげな憂いを含んでいたが、このときは何故か、その微笑みではなく、もっと昔、まだ名前も知らなかった頃の無邪気な幼女の笑顔が脳裏を掠めた。
それが何を意味するのか、その時にはわからなかった。
失った命への悲しさが見せた幻影だと思っていた。
ひとりぼっちで旅を続けていたゲルドへの哀れみが、そうありたいと望んでいた夢を幻聴として聞いたのだと無理に納得させていた。
けれども、それは幻影でも幻聴でもなく、遠い未来を思念としてラップに告げていたのである。
老いを理由にオルドスを離れ、ラグピック村を終焉の地と選んだのは、偶然ではなかったのだ。
ゲルドの想いが、ラップへ伝わり来るべき日のために取らせた行動だったのである。

「旅の時が近づいてきたのだな・・・ゲルド。」
ラップは部屋の片隅に置かれたままの杖を久しぶりに手に取った。
「これを渡すのは、まだ当分先だろうが・・・。」
ゲルドの杖は、埃を被ったまま再び片隅で時を待つ。
だが、これまでとちがって先の見える時なのだ。

母親譲りの赤い髪をした赤ん坊はクリスチーナと名付けられた。
めでたいことは続くもので、翌年、もうひとり、今度は男の子が誕生し、彼はジュリオと名付けられた。
お転婆クリスと泣き虫ジュリオ、当人達にとってはいささか不名誉な呼び名ではあるが、ふたりは村人に愛され、すくすくと成長していった。
順調に成長していたクリスチーナに不幸が訪れたのは、成人の儀式を迎える直前のことだった。
それまで病気らしい病気をしたことのなかった彼女が風邪で寝込んでしまったのだ。
たかが風邪とはいえ、成人の儀式である巡礼の旅は、無理と判断された。
「まあ、今年絶対に行かねばならないものでもないし。」
村長の一言でクリスチーナの儀式の延期が決まった。
彼女にとっては挫折でしかないその一件は、だが、ラップにしてみれば運命の時が近づいてきた予兆であった。
翌年は、ジュリオが成人の儀式を迎える。
そうなれば、ふたり揃って旅に出ることになるのだ。
ひとりぼっちの旅ではなく、仲間と一緒にあの銀の短剣とゲルドの杖をともに携えて・・・。
それこそが、ゲルドの言っていた「最後の旅」となるのだろう。

ジュリオとクリスチーナの巡礼の旅は、ゲルドの辿った旅であると同時にラップの人生に触れる旅になる。
ふたりの旅が終わるとき、ラップが辿ってきた旅もようやく終わりを迎えることになるに違いない。
だが、それは、ラップが成し得なかったことを幼いふたりに託すことでもあるのだ。
時間の流れ故の不可抗力とはいえ、そうせざるを得なくなったことへのふがいなさをラップは感じていた。
ふたりが旅の途中で出逢うことになるだろう、かつての仲間たちも同様の気持ちを抱くに違いない。
それでも、そのための準備だけはしてきたつもりである。
「それとも悔しがるでしょうかね。」
彼らのことを考える時だけ、口調があの頃に戻っていく。
その日、ラップは久しぶりに懐かしい仲間の夢を見た。

成人の儀式の旅立ちの日、多少のアクシデントはあったものの、ジュリオとクリスチーナは、神妙な面もちで旅人の証である銀の短剣を村長から受け取った。
ラップは儀式の場には参列せず、村の入口−二人にとっては旅立ちの門口−で、ふたりを待っていた。
「あれ、ラップじいさん。」
「クリス、お前にちょうどいいものがある。」
父親譲りのチャッペル魔法を使いこなすクリスチーナへ何気ない素振りでゲルドの杖を差し出した。
「ほれ、持っていくがいい。」
「え?でも、これ、ラップじいさんの大切な物なんでしょ?」
部屋の片隅に置きっぱなしになっていながらも、決して粗略に扱われてはいなかったことをクリスチーナは知っていた。
やはり何かを無意識のうちに感じていたのだなと、ラップの表情は自然とほころんでくる。
「構わんよ。どうせ物干し竿代わりにしとったんだから。」
「そうなの?」
どことなく遠慮がちな声に、ラップは安心するように大きく頷き、そのままクリスチーナの手にゲルドの杖を握らせた。
「ほう、そうするといっぱしの魔法使いにみえるぞ。」
「ひっどーい。これでも、ひととおりは使えるのよ。失敗もするけど。」
照れ隠しのためか、クリスチーナはわざと憤慨してみせた。
ラップの言ではないが、確かに杖があると気が引き締まり、魔法が使いやすくなるのも事実なのだ。
これからの旅で、きっとそれは心強い力を発揮してくれるだろう。

「いってきまーす!」
もらったばかりのゲルドの杖を元気良く振りかざして、クリスチーナは旅立っていった。
「クリス〜、待ってよ〜。」
銀の短剣を腰から揺らせてジュリオがその後を追っていく。
「ふたりとも、頑張れよ。」
ラップはいつもと変わらぬ眼差しでふたりを見送った。
同じこの空の下で、ゲルドの意思を、その想いを、あの子達が受け止めてくれることを祈りつつ・・・。


おわり
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