■雪の足跡
「クリス、起きてる?」
カタンと窓が開き、ベッドから半身を起こしたクリスが現れた。
「うん。えへ、ちゃんと迎えに来てくれたんだ。」
「だって、置いていったらクリス、怒るもん。」
「それって、まるであたしが恐いから迎えに来たみたいじゃないの。」
「そ、それは〜。」
うろたえたジュリオにクリスはムッとしながらも上着を重ねてそっと部屋を抜け出した。
「ま、いいわ。早く行こ。ラップ爺さん、出かけちゃうといけないから。」
「そうだね。」

雪の降り始めのこの時季、ラップはひとりで旅に出る。
ほんの数日のことだが、毎年欠かさずどこかへ出かけるのだ。
行き先を尋ねても「昔の友人に会いに行くんじゃ。」と笑うだけでどこへ行くかまでは教えてくれない。
「ラップ爺さんも年なんだから、気を付けなくちゃね。」
ラップにも事情があって行き先を教えてくれないならそれは仕方ないが、せめて旅の安全を祈って見送りたいというのがクリスの主張だった。
「あたしはチャペルの子供として、旅人の安全を祈る義務があるのよ。」
・・・いったい誰の受け売りなんだ?とジュリオは首を傾げたが、口にはしなかった。
理由はどうあれジュリオもラップが好きだったし、旅への憧れは少なからず持っていた。
「きっと朝早くこっそり出かけるはずだから、僕らもこっそり見送りに行こうか。」
珍しく積極的な意見のジュリオにクリスは驚きながらも賛成し、早朝の外出となったのだ。
ジュリオとクリスはふたり仲良く手を繋いでラグピック村はずれのラップの小屋へと走り出した。
「うわ、寒いや。」
「雪が降ってるんだから寒くて当たり前でしょ。雪があたたかいなんて聞いたことないわ。」
「それはそうだけどさ。」
たわいのない会話をしながらジュリオとクリスは小屋の前まで来た。

だが小屋に人の気配はなく、明かりも消えている。
「ほら、ジュリオが早くしないから間に合わなかったじゃないの。」
「えー、そんなこと言ったって・・・。」
「もう、行くわよ。」
「え。どこへ?」
「追いかけるのよ。ほら、まだ足跡が残ってる。」
クリスの指さした先には大きな足跡が転々と村の外へと向かっていた。
「で、でも、村の外に出るなら父さん達に言ってからでないと。」
「そんなことしてたら間に合わなくなるわよ。」
クリスはさっさと先に立って足跡のあとを追い始めている。
「クリス〜。」
泣き出しそうなジュリオにクリスはびしっと一言突きつけた。
「泣き虫ジュリオ。」
「・・・。」
トコトコと4つの小さな足跡が大きな足跡を追って村の外へと延びていった。

一歩村を出ると、どこから魔獣が出てくるかわからない。
それゆえに子供達は勝手に村をでることを禁じられていた。
「本当にいいのかな。」
「大丈夫。あたしはもう大人だもん。」
今年14歳のクリスは胸を張った。
「でも・・。」
まだ成人の儀式を終えてないじゃないかと言いかけてジュリオは口をつぐんだ。
ふとした風邪が元で寝込んでしまい、本来なら今年、成人の儀式を迎えるはずだったクリスのそれが延期になったのはつい先日のこと。
元気そうに振る舞っているが、誰よりもそのことで傷ついたのは彼女なのだ。
「えーと、あ、こっちみたい。」
ふたつに分かれた道をクリスは左へと曲がっていった。

村を出たときはともすれば消えかけていた足跡が次第にはっきり形を残すようになった。
通ってからそれほど時間が経っていない証拠である。
「そろそろ追いついてもいい頃なんだけど・・・。」
「ラップ爺さん、意外と足が速かったんだ。」
息を弾ませ、次の曲がり角にさしかかった時だった。
「こらあ、村の決まりを破った不届きモノ!」
聞き覚えのあるだみ声がふたりの頭上を見舞った。
「ひゃあ!?」
とっさに首を縮めたジュリオとクリスの前にどこからともなくラップが立ちふさがっていた。
「ど、どうしてわかったの〜。」
隠れる場所もなく、ジュリオとクリスは罰が悪そうに顔を見合わせている。
「雪の上を歩く音が聞こえたからな。わしを追いかけてくるようなモノ好きはおまえさん達ふたりくらいのものじゃろ。」
「だって、ラップ爺さん黙って旅に出かけちゃうんだもの。」
「ほんの2、3日出かけてくるだけだ。毎年のことだし、別にたいしたことじゃない。」
「それはそうかもしれないけど、でも、やっぱり『いってらっっしゃい』て見送りたいもん。」
「そうだよ。旅では何が起こるかわからないって話してくれたのはラップ爺さんなんだよ。」
それぞれに口をとがらせたジュリオとクリスの言い分を聞くと、ラップは苦笑混じりでふたりの肩を抱きしめた。
「そうだな。旅では何があるか、わからないからな。」
ラップもかつて幾度となく他人の旅立ちに立ち会ってきたが、その全ての帰還を見たわけではなかった。
別の地で新たな人生を切り開いた者もいるが、志半ばで逝ってしまった命もある。

「しかし、本当によくこっちだとわかったな。」
ラグピック村を出てしばらく行くと道はふたつに分かれている。
ラップが向かっている先にはルデラの門があり、通常は向かわない方向だった。
「だって足跡が残っていたもの。雪が降ってくれていて助かったわ。」
「そうか。まあ、わしもおまえさん達の足音が聞こえたんでわかったんだから、お互い様だな。」
「そうだね。雪の音に助けられたね。」
「ジュリオ、雪には音なんかないわよ。」
クリスに言われてジュリオは首を傾げた。
「え?だって今ラップ爺さんとクリス、雪の足音が残るって言ったじゃないか。」
「それこそヘンだわ。」
「何が変なんだよ。」
「だって雪には足なんか生えてないんだから足音のしようがないでしょ。」
それそこ屁理屈とでも言うべきものなのだが、話している当人同士は大まじめである。
「でも、確かに言ったよ。足音が残るって。」
「残るのは足跡だってば。」
「・・・でも、ラップ爺さんが僕らを見つけたのは足跡じゃなくて雪の足音だと言ったと思うけどなあ。」
それでもジュリオは納得しかねた様子でなおもぼやいたが、クリスに聞く耳はないようである。
「雪は降っても音はさせないの。」
「まあまあ、ふたりとも。」
どうも雲行きの怪しくなったジュリオとクリスにラップは互いをたしなめるようにして割って入った。
「わしへの見送りはもういいから、足跡が消えんうちに村へ戻るんじゃ。」
話をしている間にも雪は音もなく降り積もり、3人が付けてきた足跡を消そうとしている。
「ふたりの気持ちはちゃんと貰ったからな。」
ラップの言葉にジュリオとクリスは照れくさそうに頷き会った。

「じゃあ、ラップ爺さん、気を付けてね。」
「もう年なんだから、あんまり無理な旅をしちゃダメだよ。」
「こらっ。人の心配をする前に、自分らが無事に村へ帰れることを心配せい。」
ジュリオが方向音痴であることを思い出したラップはそれとなく心配したのだ。
「大丈夫だよ。ちゃんと足跡を辿って帰るから。」
「それに、あたしも一緒だし。足跡がなくなっても辿ってきた道は覚えているわ。一度通った道だもの。だいたい、一度足跡が付いた道は他とどこか違うから、よっぽどひどい雪にならない限り足跡は完全に消えないし。」
自信を持って答えたクリスにジュリオはどこか羨ましそうな表情を浮かべていたが、ラップもまた新たな発見を得ていた。
「そうだな。」
感慨深そうなラップにもう一度「いってらしゃい」と手を振って、ジュリオとクリスは元来た道を引き返して行った。

ラップの行く手には雪が降り積もっている。
人気のない道には旅人への道しるべもなく、ただ一面に銀世界が広がっているだけである。
しかし、何もないはずの純白の道にラップは確かな足跡を感じていた。
かつて白き魔女と呼ばれた娘自身の足跡は20年以上前の雪の日に消えたけれど、今もなおこうしてラップを旅に誘っている。
旅の先々で彼女が残した言葉は「魔女の予言」として今もなおティラスイールの各地に残っているのだ。
これほど確かな足跡はない。
そして希望がある限り彼女の足音は「魔女の予言」としてこの世界に響き続けるだろう。
「来年はジュリオが成人の儀式を迎えるんだったな。」
今年延期されたクリスの儀式もたぶん一緒に行うことになるに違いない。
自分たちの意志でラップの足跡を辿って追いついてきたように、白き魔女の足跡を辿って行って欲しい。
「そこそこに埋もれてるかもしれんが、完全に消えてはいないはずだからな。」
クリスの明るい口調を思い出しながら、ラップは音もなく降り積もる雪の道を歩き続けた。


おわり
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