■最高のスパイス
冬の朝、ジュリオはいつになく早起きしてチャッペルを訪れた。
「クリス〜!」
「あら、ジュリオ。クリスならたった今出かけたところよ。」
クリスの母親が朝の用意をする手を休めて現れた。
「え、そうなんですか。どこへ行ったかわかりますか?」
「ラップさんのところよ。風邪を引いて寝込んだと聞いて、薬を届けに行ったの。」
「そうですか。」
「ごめんなさいね、せっかく来てもらったのに。」
早起きの苦手なジュリオがこんなに早くから来たと言うことはよほどのことだろうと娘の留守を申し訳なさそうに謝った。
「いえ、僕の用事もそのことだったから。これからラップじいさんのとこへ行くんで、誘いに来たんです。」
「まあ、そうだったの。クリスったら一人で荷物を抱えてそそくさと出かけちゃうんだから。」
荷物と聞いて、ジュリオは嫌な予感が走った。
しかし同時に荷物を抱えているのならば、急げば追いつけるかもしれないとも考えた。
「じゃ、僕、これで失礼します。」
クリスの後を追うことにしたジュリオはぺこりとお辞儀すると早々にチャッペルを駈けだした。

クリスの母は、たった今出かけたばかりと言ったが、ジュリオがクリスに追いついたのは、ラップの家の前だった。
「クリス〜。」
はあはあ息を弾ませて駈けてくるジュリオをクリスは驚いたように振り返った。
「あらジュリオじゃない。どうしたの、こんなに朝早くから。」
「クリスこそ・・・さっき家を出たって聞いたのに。」
「私はテレポートを使ったもの。こんな大荷物抱えては歩けないわ。」
クリスの足下には大きな箱が複数置いてある。
巡礼の旅はクリスのチャッペル魔法能力を大いに引き出し、彼女は日常生活にいろいろとその力を活用しているらしい。
「それより、あのさ。」
「ラップじいさん、風邪で寝込んじゃったんだって。ここでジュリオと話してたんじゃ、ラップじいさんのお見舞いにならないわ。」
ジュリオの話を制して、クリスは早速にラップの小屋へと入っていく。
「あ、待ってよ、クリス!」
ジュリオに構わず、クリスはベッドに寝ているラップの枕元に近寄った。

「おはよう、ラップじいさん。クリスです。お薬を持ってきたわ。」
「ああ、おはよう。すまんな、クリス。」
気怠そうな声がしてラップはゆっくりと目を覚ました。
「ラップじいさん、起きたりして大丈夫?」
心配顔のクリスにラップは大丈夫だと微笑んだ。
「少しばかり今年の風邪は堪えたようだ。」
ジュリオたちの知る限りでは、ラップは年は取っていても病気らしい病気をしたことがなかった。
それだけに、たかが風邪といえど、彼が寝込んだと聞いてふたりが心配したのも無理なからぬことである。
「もっと早くに知らせてくれればいいのに。水くさいわよ。」
「クリスってば。」
労るどころか口を尖らせたクリスにジュリオは慌てたが、ラップはそんな二人を優しく見つめていた。
「しかし、ふたり揃ってどうしたんじゃ?」
「私は薬を持ってきたのと、食事を作りに来たの。ラップじいさん、寝込んでから食事らしい食事、してないでしょ。」
一人暮らしの台所に、火の気らしきものはみられない。
「材料は持ってきたから、お台所貸してね。」
にっこり笑うとクリスは台所の方へ入っていった。
「く、クリス、止めた方が・・・。」
予感的中とジュリオが顔を引きつらせて引き留めに掛かったが、彼の制止はクリスの反感を買うだけであった。
「ジョルノさんお墨付きの私の腕を疑うの?」
びしっと睨み付けられると、ジュリオは言葉に詰まってラップの元に引き返すしかない。
「どうしよう・・・でも、クリス、言い出したら聞かないからなぁ。」
盛大なため息を吐いたジュリオにラップが声を潜めて尋ねた。
「そんなに酷いのかね、クリスの料理は?」
「ひどいっていうか・・・その。」
ジュリオは鷹の爪号のコック長曰く「個性的な味」の話をできるだけ控えめにラップに聞かせた。
「・・・なるほどな。だが、食べて特に問題はなかったんじゃろ?」
「それは、そうだけど・・・。」
「なら、大丈夫じゃよ。」
軽く呼吸をひとつするとラップは瞼を閉じた。
トントンと野菜を切るリズミカルな音が聞こえてくる。
かまどではお湯を沸かしているのだろうか、暖かい蒸気が部屋に流れ始めた。
「ラップじいさん?」
「大丈夫だ、つい懐かしくてな。」
「懐かしい?」
訝しげな表情のジュリオにラップは再び瞼を閉じて呟いた。
「彼女たちもそうだったんじゃよ。」
「彼女、たち?」
繰り返された言葉を受けてラップは誰とはなしに、遠い記憶の思い出を語り始めた。


それはまだラップが20代の頃のことだった。
彼は魔法の修行のためガガープを越えて、エル・フィルディンと呼ばれる世界を訪れていた。
大魔導師と言われてもラップとて生身の人間である。
時には病で寝込むことがあった。
もっとも彼の場合は病気と言うより、働き過ぎによる「過労」というべきものであったのだが。
幸いにして行く先々で多くの友人達に恵まれ、寝込んだときは彼らが親身になって世話をしてくれた。
「ミッシェルさん、大丈夫かな?」
「大丈夫よ。栄養をとってゆっくり休んでもらいましょ。」
紅い髪のかわいらしい少女と黒髪の少女のしっかりした声が耳に響く。
「栄養のあるものといったら・・・お肉の入ったスープがいいかな。」
「そうね。アヴィンに言って捕ってきてもらいましょうか。」
「あ、じゃあマイルさんにも頼んできます。」
「それがいいわ。ふたりの方が早いでしょうから。」
しばらくしてアイメルが飲ませてくれたスープは何とも不思議な味がした。
「あの、何のスープか聞いてもいいでしょうか?」
このあたりは野菜の名産地として名高いが、肉類については需要が少なく入荷もあまりないと聞いていたのに食事の度に異なる肉が入っていた。
食材に関してはあまり興味のないラップでもその摩訶不思議な味と相まって気になったのである。
「えーっと、ルティスさん、これ、なんて名前でしたっけ?」
アイメルに尋ねられたルティスが慌てて魔獣図鑑を広げたのは一度や二度ではない。
魔獣を食材に使った料理がフィルディンの酒場などに並んでいることは知っていたが、それはごく限られた種類の魔獣であり、今回のように多種にわたって使われた例はなかった。
「大丈夫ですよ、ミッシェルさん。食べれることは確認してありますから。」
自信を持って答えたルティスにアイメルも同意する。
「食べやすいように専用の香辛料とかも調合してありますし。」
どうやらアヴィンは、肉の食べれる魔獣なら何でも捕ってくるようである。
普通ならとても食べる気にはならないであろう食材を彼女たちは知恵を振り絞ってそれなりの料理へと変えていく。
捕り手の労力を無にしないよう、彼女たちなりに頭を捻っている様子が見て取れた。
しかし、実際に料理したのは今回が初めてという魔獣も何匹かあったことはラップが完全に元気になってから教えてもらった事実である。
「何かあったら、いつでも寄ってくださいね。」
にこやかに見送ってくれた少女達の笑顔にラップは複雑な胸中で別れを告げたものである。

時は流れて30代の頃、ラップは同じガガープの向こう側でもエル・フィルディンの反対側にあたるヴェルトルーナを訪れていた。
そこで過ごした日々は短かったけれど、その地へ一緒に出向いたラップの親友は生涯の伴侶を得た。
彼女は祖父とふたり暮らしをしていたこともあり、料理の腕はそこそこに良かったのだが、味付けに関してはそれまでの食生活からか、非常に淡泊で薄味だった。
親友をはじめとする若い船乗り達には当然もの足らない。
「ミッシェルさ〜ん。お願い!」
自分の味覚では、どのくらいが彼好みの濃い味なのかわからないからと、少女はできあがった料理の味見をラップに頼んでいた。
「無理にトーマスに合わせることはないと思いますけどね。だいたい彼は塩分の採りすぎなんですよ。」
どちらかというとラップも彼女と同じく薄味好みである。
「それはわかってるけど。でも、みんな物足らなそうな顔するし。」
「良薬は口に苦しと言うでしょう。」
「それって、やっぱり美味しくないってことじゃない。」
「そんなことはないですよ。私はこれで美味しいと思ってますし。」
「ミッシェルさんがよくてもトーマスに美味しくないと駄目なの!」
きっぱり言い切った彼女には、大好きな人に美味しい物を食べさせたいの一心しかないらしい。
言い出したらとことん食らいついてくる彼女のパワーには、ラップも苦笑するしかなかった。

「それじゃ、ラップじいさんは美味しくない料理を食べてたの?」
目を丸くして尋ねたジュリオに、ラップは首を振った。
「美味しかったよ。彼女たちの手料理はみんな愛情がこもっておったからな。」
摩訶不思議な味も濃淡両極端な味も、みんな彼女たちの想いの上に作られたものだ。
「それはわかるけど。」
鷹の爪号のコック長は愛情こそが最高のスパイスだと言っていた。
が、しかし、しかしである。クリスのあの料理は・・・。
あれは食べたものにしか理解できない味だ。
ジュリオは複雑な思いでクリスの後ろ姿を見つめていた。

やがてクリスができあがった料理を持ってきた。
「お待たせ。」
クリスは小さめのお皿に野菜のごった煮らしきものを注いでジュリオとラップに渡した。
「僕のもあるの?」
「ジュリオのことだから朝ご飯まだでしょ。」
「う、うん。」
これはもしかしたら毒味だろうか、との思いが脳裏を掠めたが、湯気の立っているお皿に目を移し、ジュリオは覚悟を決めて一口食べた。
「・・・。」
それはなんとも物足りなく味らしい味がほとんどしない料理だった。
ラップは、と見ると、やはり一口食べて皿をじっと見つめている。
「あの、クリス〜。」
「なによ。」
「やっぱり、これ・・・その・・・味見、してないよね。」
「当然でしょ。」
「・・・やっぱり。」
がっくり項垂れたジュリオにクリスは不本意この上ないという表情で答えた。
「だって、このお料理には調味料が使えないんだもの。味見のしようがないじゃない。」
「え?」
クリスの個性的な料理の味は、香辛料の入れすぎで元の材料の味がわからなくなることに起因している。
それが今回はまったく使っていないとなれば、材料そのものの味にしかならないので、こういう味になるのだろう。
それにしてもこれはあまりにも淡泊な味である。
いったいこんな極端な味をクリスはどこで覚えたのだろうか?

「オルドスで、食べたのか?」
どこか懐かしむような声がラップから発せられた。
「うん。千年の呪いで倒れてた時に、宿屋で食べさせてもらったの。」
小さく頷いたクリスにラップは優しく応えている。
クリスとラップにはそれで通じているようだが、ジュリオにはさっぱり話が見えてこなかった。
「ジュリオはオルドスの病人食を食べたことないもんね。」
怪訝な顔のジュリオに、ラップは再びゆっくりと話を始めた。
「このスープはな、オルドスの神官達が病気の時に食べてたんじゃよ。」
今でこそオルドスも広く開け大きな街になっているが、ラップが居た当時は、まだ魔法があまり知られていなかった頃であり、物資も豊富ではなかった。
そんな中でオルドスに大聖堂を建立するのは並大抵のことでなく、時には身体の不調を訴える者もいた。
「そういうときには味はほとんど感じないし、逆に味の濃いものは欲しくなくてな。」
けれども栄養のあるものを食べないと身体が回復しないからと作られたのがごった煮のスープだった。
発案者はかつて旅芸人として各地を広く旅していた夫婦で、その時の経験からだろうか、その場にある材料で手早く作り出せる料理としていつしかオルドスに広まった。
ジュリオには単に味のないスープでしかないが、ラップにとっては思い出の詰まった懐かしい味だったのだ。
空腹は最大のソースというけれど、思い出もまた最高のスパイスになりえるのである。
「そうなんだ。でもこれなら誰が作っても大丈夫だね。」
調味料を使わないのであれば、よほど変な材料を組み合わせない限り味の方は問題ない。
どこか安堵の響きを含んだジュリオにクリスの瞳がキラリと険のある光を弾いた。
「せっかくお見舞いに来たんだもの。しっかり働いてもらうわよ。」
クリスの視線は傷んだ部屋のあちこちを追っている。
「大工仕事はログに任せたほうが・・・。」
もごもごと声が小さくなっていくジュリオにクリスはトドメの一撃を振り下ろした。
「ジュリオは元気なんだから、お昼にはちゃーんと味のあるスープを食べさせてあげるわ。」
鍋の料理は単に野菜が煮てあるだけなので、必要に応じてスパイスを加え、好みの味へと変化させることができるのだ。
お昼にラップの食べたスープは懐かしい思い出に楽しい思い出がスパイスとして加わったのであった。


おわり
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