■ルージュの落とし穴
フィベリアのカジノでドーラはゴキゲンだった。
それはそうだろう。
タントールで自分の首にとてつもない賞金がかけられて以来、ほんの少し前までずっとジャングルの中を彷徨っていたのだ。
そこでは怪しげな木だの、突然上から降ってくるヒルや、追っかけてくるハチに悩まされながらもフリーズの魔法でなんとか食い止め生き延びてきた。
空腹に苛まされていた折に大量のメダルを発見した時には、こんなものより木の実のひとつでも落ちていた方がよかったのにと文句を言ったものだが、それがドーラに運を取り戻すきっかけとなった。
メダルを手に入れてからというもの、とんとん拍子に抜け道がみつかり、多少のダメージは受けたものの、見事、ジャングルから脱出することができたのだ。
しかも町へ入る直前の大河の岸辺で金塊まで手に入れることができた。

フィベリアのカジノでは、上は王侯貴族から、下は賞金首の犯罪者まで、ルールにのっとり金さえ払えばお金を持っている者全てを客として扱ってくれる。
ドーラは惜しげもなく手持ちの金塊をドレス一式に替え、カジノに入った。
そしてダメ元で掛けたメダルがスロットでいきなりスリーセブン!
あれよあれよという間に、ドーラは無一文のお尋ね者から億万長者に変貌したのだ。
カジノは運だといわれるが、ドーラにいわせれば運も実力のうちである。
「私の美貌と才能にかかれば、こんなのチョロいもんだわ。」
優雅に衣擦れの音をさせてドーラは火照りを覚ますべく、外気にあたろうとバルコニーに出た。
月のない夜は、無数の星の瞬きだけで世界を照らし出している。

いつの世も、金持ちの回りにはそのおこぼれに有り付こうと集ってくる輩には事欠かない。
ましてや対象が、美貌の女性でしかも独り者とくれば、それこそ鵜の目鷹の目、あの手この手と口実を設けては近付いてくる。
中には歯の浮くような台詞棒読みでドーラの気を惹こうとやってきた者もいるが、却って顰蹙を買うだけであった。
あからさまなおべんちゃらはドーラのカンに障るところとなり、もとが短絡的な彼女の怒りを誘うに大して時間はかからなかった。
せっかくの静寂な時間を邪魔されたことと相まって、ドーラは不機嫌であった。
「・・・お黙り。」
冷ややかな声に彼らは一瞬たじろいだようだが、それくらいで諦めるようなヤワな連中ではない。
「そんな連れないことを言わず、是非とも今宵のお相手を・・・。」
慇懃ながらも卑猥な視線に、ついにドーラの堪忍袋の緒が切れた。
「それ以上、おまえ達の話など聞く耳もたないんだよっ!」
同時にドーラの十八番、ビンタが飛んだ。
たとえ上品なシルクの手袋をはめていようとも、彼女のビンタの威力にはいささかの衰えも生じない。
「ぐえっ。」
「お、おまえ、魔法使いじゃなかったのか!?」
カジノでは無用なトラブルを避けるため、武器はフロントに預けることが義務付けられている。
魔法を主たる武器とするドーラは当然魔法が使えないよう杖を預けていた。
いわば丸腰の状態だからちょっと脅せばどうにでもなると彼らは踏んでいたのだ。
じりっと後ろへ一歩下がった男達にドーラはフンと一瞥をくれた。
「私が魔法を使うのは、それ相応に認めた相手だけ。おまえ達にはこれで十分さ。」
ドーラはそれぞれを一撃のもとに張り倒すと、結い上げられていた髪をばっさりとかき下ろした。
「ったく、男ってのはどいつもこいつも考えることが一緒で独創性がないったらありゃしない。」
ブツブツ呟きながら、力任せにドレスの裾を惜しげもなく裂き、結んでいたリボンで捲し上げる。
完璧なまでに見事なプロポーションと無敵とも言えるビンタ攻撃を見て、どこからともなく「賞金首のドーラ・ドロンだ」とのざわめきが広がったが、今更ドーラの関知するところではない。

不意に背後で殺気を感じたが、ドーラが行動を起こす前に反応が消えた。
バルコニーの上から、どさっと人が落ちてきたのはその直後である。
一刀だのもとに切り裂かれた男の顔にドーラは見覚えがあった。
金額はたいしたことないものの、それなりに賞金が掛けられていたと記憶している。
「確か、こいつは・・・。」
考えるより先に身体が反応していた。
目にも止まらぬ早さでフロントから魔法の杖を取り戻す。
「ふふ、見つけたわよ、アレス。」
見る者を魅了して止まない艶やかな笑みがドーラに浮かんでいた。
アレスは彼女が師匠の敵と追っている賞金稼ぎである
いつもなら、出逢った時が百年目とばかりに間髪入れず挑んでいくドーラだが、この時ばかりはそうもいかなかった。
アレスは、自分達を狙う賞金稼ぎの荒くれ者達を山ほど引き連れていたのだ。
「・・・久しぶりだな。」
「アレス!」
あろうことかアレスがドーラの背中合わせに現れた。
当然、追っ手達の矛先はアレスとドーラ、ふたりに対して向けられる。
どうやら、ドーラが起こすより前にアレスが騒ぎを起こし、ドーラの騒ぎを聞きつけてそれに便乗して脱出を計ろうとしているとみるのが正しいだろう。
「いったいどういう神経してるのよっ。」
「2人の方が逃げやすいと思ったんだが。」
「どこがっ!!」
言い返しながらもドーラのビンタが近寄ってきた追っ手に飛んでいく。
「お見事。」
短い賞賛の声と、アレスが剣を振り下ろすのと同時だった。
両者両面の攻撃に、一瞬だが隙が生じる。
戦い慣れたふたりがそのチャンスを見逃すはずがない。
まずドーラが、続いてアレスがその場から駆け出した。

しかし、これだけの騒ぎをカジノ側が黙って放っておくはずがない。
ちゃっかりと人出を繰り出してきたようだ
「ちょっと、あんなに追っ手を呼び込んでどうするのよ。それでなくても、この先は迷路じみてるって噂なんだから。」
ふたりの行く手にはカジノでも有数の迷路じみた回廊が広がっていた。
カジノ側に都合の悪くなった客を始末するのに使っているとの噂のある回廊である。
「たぶん、最初さえ巻ければなんとかなるさ。」
「そう願いたいものだわ。」
ドーラは構えることなくそのままに回廊を突き進んで行く。
アレスも少し遅れ気味ながらドーラの直感的な進行に合わせていた。
「・・・そろそろ、かな。」
「何が・・・きゃあ〜!」
いきなりドーラの足下が崩れた。
「た、す、け、て〜っ。」
ぽっかり開いた穴に吸い込まれるようにドーラの姿は落ちていった。
「これがダンジョンへのトラップというわけだ。」
アレスひとりでは、このトラップに引っかかることはまずない。
優秀な魔法使いであり人一倍感覚は鋭いはずなのに、なぜかドーラはこの類の落とし穴によく引っかかる。
しかし、落ちた先から別な道が開けることも多いのだ。
かすかな衝撃音を確認すると続いてアレスも穴に飛び込んだ。

ドーラが落ちたのは、落ちたら最後奈落の底まで続いていると言われる魔のダンジョンである。
いかに賞金が欲しくとも、命あっての物種だ。
魑魅魍魎がうごめくダンジョンにまで追ってくる物好きはいなかった。
「ったく、冗談じゃないわ。」
暗闇でしこたま突いた尻餅の跡をさすりながらドーラは立ち上がった。
「こんなとこ、さっさと抜けるに限るわね。」
賞金稼ぎ達はどうやら巻いたようだが、今度は魔獣が彼女を追ってくる。
それでもドーラの表情にはどこか楽しそうな様子がうかがえた。
カジノで優雅なドレスに身を纏い、賭け事に興じていた日々の何と単調であったことか。
「やっぱりこうでなくっちゃね。」
迫り来る緊迫感を懐かしくも心地よく感じながら、共に戦う精霊を召喚したドーラであった。




おわり
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