デュエット・シリーズ

■ふたりのマリオネット(1)
闇の太陽の脅威が去り、世界が落ち着きを取り戻すと、またぞろ海賊王ラモンの動きも活発になってきた。
ラモンはヴェルトルーナとエル・フィルディン、それぞれに拠点となる場所を持って勢力を伸ばしているようだった。
そのラモンと対局にあるキャプテン・トーマスもプラネトス2世号で追いながらふたつの世界を行き来していたが、彼だけで対応するには限界があった。
それというのも、トーマスの敵はラモンとその仲間の海賊だけに留まらず、山賊、盗賊といった類の者までが加わっていたからである。
陸の敵には陸に詳しい者をということで、それまでの付き合いから公私様々な人々がトーマスに協力していた。
そういった協力者のひとりにルティスがいた。
プラネトス2世号の副長ルカの姉という縁もさることながら、彼女に協力を仰ぐ決め手となったのは、彼女自身が優秀な戦士であることによる。
そして今回の依頼は、フィルディンを拠点にラモンが新しい資金源を得ているという情報の真偽をルティスに確認してもらうことにあった。

フィルディンに近付くに連れ、トーマスはいつもに増して申し訳なさそうに舵を握っていた。
「いつもルティスに無理を言うようで申し訳ないよ。」
「姉さんは、そんなことを気にするような人じゃないですから、余計な気遣いは無用ですよ、キャプテン。」
ルカにたしなめられたトーマスは、ますます腕組みを深くして浮かない様子をしている。
「だからといって、このままというわけにもなあ。」
「何がです?」
「だから、その、こちらが一方的に頼むばかりというのも・・・。」
「キャプテン、そのことならさっきも言いましたけど、心配は無用です。」
「しかし、ルティスはよくても、その・・・。」
トーマスにしては珍しく歯切れが悪く、言葉が空回りしている。
「ほら、彼女には子供がいるだろう?」
「いますけど、姉さんが留守の間はアヴィン義理兄さんがちゃんと見てくれてますから、心配いりません。」
「だから、そうじゃなくて、子供にしてみればだな、やっぱり母親が不在というのは淋しいもんだと思うし。その原因が俺にあるのなら、やっぱり・・・その、何かお詫びに・・・。」
「それこそ余計な気遣いです。」
ルカにはきっぱり言い切られたが、やはりトーマスとしては気になって仕方がないらしい。
「俺の気持ちとして、子供達に何かしてやりたいと思うんだ。」
「それなら、あの子達がもう少し大きくなったら、プラネトス2世号に招待してやってください。こういう大きな船には乗ることがないから、きっと喜びますよ。」
「いや、それは勿論だが、俺が言いたいのは、今のことなんだ。」
遠回しに粘るトーマスにルカはどこか煮え切らないものを感じた。
「キャプテン、あの子達は、まだおもちゃで遊ぶのがせいぜいな年頃です。それとも、おもちゃでも買ってやりますか?」
何気なしに言ったルカの言葉に、トーマスは過敏なほどに反応を示した。
「キャプテン?」
ルカは問いつめるような視線をトーマスに向けた。
子供への贈り物としておもちゃというのはごく普通の選択肢であるが、贈られる対象となる子供達はというと、まだ幼くておもちゃで遊ぶことを楽しむ年齢には少々早いと思われる。
仮に今もらっても、持って遊ぶというより、さわって喜ぶか、見て楽しむかといったところが関の山だ。

不意にルカの脳裏にひとつの光景が閃いた。
闇の太陽を追ってヴェルトルーナを航海したとき、おそろしく元気の良い女の子を乗せたことがあった。
人形作りの名手であるロゼットを祖父に持つ彼女の本領は、人形遣いの類い希なる技にあり、航海の合間に腹話術とともに披露してくれた芸の数々は、プラネトス2世号の乗組員の間でも人気を拍していた。
「確かに彼女の人形技なら、あの子達にも十分楽しんでもらえるでしょうね。」
「え?」
ギクリとした表情のトーマスにルカは自分の予想がそう外れていないことを確信した。
「ほら、子供ってのは人形が好きだろ?だから、あんな感じの人形をどうかと思ったんだ。ただ、彼女のおじいさんというのが頑固な職人とかで、気に入った人形ができるまで売ってくれないらしい。」
いきなりトーマスが早口になった。
余計なことを追求されないよう防衛に出たつもりなのだろうが、これまでの付き合いから、ルカは反対にトーマスの気持ちが読めてしまい、彼がどうしたいのかが見えてきた。
何事にも速攻で大胆に振る舞ってきたトーマスに、そうできかねる相手が存在するという事実は、ある意味めでたくもあるが、その先のこととなるとガガープの先を見通すより困難であるかに思われた。
「せっかくの心遣いですが、先方の都合もあることだし。でも、一応、姉さんにはキャプテンの気持ちは伝えておきます。」
にっこり頷いたルカに、トーマスは付いているはずのない黒い尻尾を見たような気がしたのであった。

プラネトス2世号はフィルディンに立ち寄った後、トーマスの希望も含めてヴェルトルーナへ出発した。
航海は概ね順調であり、いよいよこれから難所に突入というときのことである。
海を渡る風とは明らかに異なる風がプラネトス2世号に降り立った。
「どうやら間に合いました。」
ほっとした表情で現れたのは、ティラスイールの魔法使いミッシェルである。
「ラップ?どうしたんだ。」
ミッシェルの神出鬼没は今に始まったことではないが、軽い疲労感を滲ませた様子にトーマスは不審の念を抱いた。
「ちょっといろいろありまして。訳はおいおい話しますので、まずはプラネトス2世号の行き先をティラスイールに変えていただけませんか?」
余程のことがない限りミッシェルがプラネトス2世号の運行に口を挟まないことを知るだけに、トーマスは理由を尋ね返すことなく、船の針路を変更させた。
そしてトーマスはミッシェルからアイーダとウーナがティラスイールで動きが取れなくなっていることを聞いたのである。
「事情はわかったが・・・。いったいなんでそんなことになったんだ?」
ふたりを迎えに行くことに否やはなかったが、3つの大陸間を行き来するための手段を持っていない彼女たちがなぜそんなことになったのか、トーマスでなくとも気になるところである。
それについてはミッシェルもまだ想像の域を出ていないので、明言することは避けた。
だが、ひとつだけはっきりしていることはある。
「人の想いとは、かくも未知なる力を生み出す原動たりえん。」
ガガープを越えるために推進力を上げたプラネトス2世号に加勢すべく、ミッシェルは舳先に杖を構えた。

ミッシェルの助勢を受けて、プラネトス2世号は難なくティラスイールに到着した。
「この先から内海です。北がテュエールで、南がボルト。ふたりはこの道をとおってボルトに降りてくることになっています。」
地図を示して説明したミッシェルにトーマスは頷いた。
「結構距離があるな。しかも険しそうな山道だ。ウーナは旅慣れてるとはいえ、ふたりだけで大丈夫なのか?」
「モリスンが付いているから、大丈夫でしょう。」
「モリスン?」
「年の割にはしっかりしたティラスイールの魔法使いですよ。何よりアイーダとウーナのことを理解してくれてる少年です。」
さらりと言ってのけたミッシェルにトーマスは辛うじて平静を装ったが、内心はとても動揺していた。
トーマスの焦りを現すかのようにプラネトス2世号は荒々しくボルトの海上を進んでいく。
「思ったより遠浅なんだな。これ以上はプラネトス2世号では無理だ。」
遠目にボルトの沿岸を見て、トーマスは船を停止させた。
「となると、一旦テュエールに向かいますか?あそこならそのまま着港できそうな港がありますよ。」
ルカが判断を仰ぐと、トーマスは首を振った。
「ボートを用意してくれ。」
命令しながら、彼は自分で洋上から浜辺までのコースを確認している。
見知らぬ海上で船長が船を留守にするのはあまり好ましいこととは言えないが、それ以上にこのまま船にいることの方が危険を招くと判断し、ルカはトーマスの命令をそのまま復唱した。
ボートの準備が整うと、当然のようにトーマスが乗り込んだ。
「いいですか、キャプテン。今までアイーダさんは見知らぬ世界を旅してきて疲れてるはずです。くれぐれもその点を忘れないように。まずは、彼女を暖かく迎えてあげてくださいよ。」
ボートに乗ったトーマスに、ルカは最後のダメ出しとでもいうべき言葉をかけた。
「ああ、わかってる。」
トーマスは軽く手を挙げて答えると、そのままオールを下ろした。
すべらかにボートがプラネトス2世号から離れていく様をルカはなおも心配そうに見送っていた。

遠浅の海をトーマスはボートで渡りボルトの砂浜に降り立った。
ボルトには、まだアイーダとウーナとモリスンの3人は到着していないようだった。
「そろそろ降りてきてもいい頃なんですが。」
ミッシェルは南側の山沿いへと続く道に視線を伸ばした。
「まだそれらしい人影はなさそうだな。」
「ちょっと様子を見てきましょう。」
先を急ぎたいのを押さえて、トーマスは黙ってミッシェルのあとに付いていった。
トーマスの杞憂はそのままに、やがて風が楽しそうな声を乗せて山間から流れてきた。
「アイーダの声だ。」
「いつもながらに元気そうですね。ああ、こちらに気が付いたようです。」
言い終わらないうちに、砂を蹴って駆けってくるアイーダとウーナの姿が見え始めた。
「ミッシェルさ〜ん!!」
大きく手を振りながらアイーダはオレンジ色のケープを揺らすように飛び跳ねている。
アイーダとウーナの目には、まだミッシェルしか映っていないようだった。
そのふたりの歩みが少し鈍った。
「誰か、ミッシェルさんの横にいる?」
ふたりの視線はミッシェルの横に向けられ、同時にボルトの海に浮かぶプラネトス2世号に気が付いたようだ。
アイーダの驚愕の表情が喜びに変わっていく様子が、何故かトーマスには嬉しかった。

浜辺のさくっとした砂を踏む音が2人の間を徐々に縮めていき、トーマスは、アイーダより早く声を掛けることに成功した。
「よう、珍しいとこで会ったな。」
さりげないトーマスの笑顔にアイーダはしばし呆然と立ち尽くした。
「・・・うそ・・・。」
元気いっぱいのアイーダを驚かせたあとは、ルカのアドバイスどおり落ち着くのをまず待って・・・。
だが、ここでミッシェルに段取りを狂わされてしまったのである。
「アイーダ、トーマスはあなたに用があってそちらに訪ねて行く途中だったんです。」
ミッシェルはすました表情でトーマスをアイーダの方へ押し出した。
予め用意してきた手順を狂わされ、いきなり最後の場面に飛ばされたトーマスは、それこそ台詞を忘れた役者のように棒立ちになってしまったのだ。
「トーマス、あたしに用があるって本当?」
ほんのり頬を染めてアイーダがトーマスを見上げた。
伝えるべきこととその順序は、耳にタコができるほど何度もルカに繰り返し注意されてきた。
しかし、アイーダを目の前にした瞬間、トーマスの頭は真っ白になってしまい、口から出たのは、一番最後に補足として付け足すように念押しされたものだった。
「君の、いや、ロゼットさんの人形を買いたいんだが、売ってもらえるかな?」
その瞬間、これまでの苦労の全てが無駄に終わり、アイーダには軽い失望を抱かせることとなったのである。
「へ?」
アイーダは目をパチクリさせていたが、こうなるとトーマスの方は目的まで一直線と、猛然と続けるだけだった。
「その、ロゼットさんは人形作りに拘りがあって、納得したものしか売らないから手に入れるのが大変だって聞いたから。」
言うべき事は言ったと、トーマスが大きく息を吐き出したのをアイーダは複雑な面もちで眺め、期待と不安の入り交じった瞳でトーマスを見返した。
トーマスの言葉には、アイーダにとって一番大切な、そして聞きたかったことが完全に抜けていたのだ。
しかし、そのことにトーマスはまったく気が付いた様子がなく、アイーダの反応のない様に、却って舌を凍り付かせてしまう始末である。
万事休す。
その危機を救ったのは、プラネトス2世号の汽笛だった。
ミッシェルとウーナは早々に戻ってきたのに、肝心のトーマスとアイーダの帰りがあまりに遅いものだから、心配したルカが早く船に戻ってこいと合図を送り始めたのだ。
次第に間隔が短くなり音も大きくなってくる汽笛に、トーマスはようやく突破口を見出した。
「早く戻らないと、プラネトス2世号において行かれちまう。」
さりげなくプラネトス2世号へと顎をしゃくって、トーマスはそっとアイーダの前へ手を差し出した。
言葉とは裏腹に、トーマスは不安だった。
アイーダは、果たしてこの手を取ってくれるだろうか?
無言でトーマスを見上げたアイーダと目が合った。
明らかにアイーダは当惑した色を浮かべている。
その不安を追い払うようにトーマスは再び言葉を繋いだ。
「急いで漕ぐから振り落とされないよう、しっかりつかまってろよ。」
「はーい。」
聞き慣れた明るい声が返ると同時に、ふわりと腕に重みがかかった。
アイーダの両腕がトーマスの腕にしっかりとしがみつくように回されたのだ。
トーマスは空いている方の手をアイーダの腰に添えると、そのまま抱き上げるようにしてボートの向かい側に下ろした。
再び腕が軽くなる。
正面に明るい笑顔の少女を据えて、キャプテン・トーマスはプラネトス2世号に帰還した。
back   next
Home > Falcomの歩き方 > 二次創作目次 > デュエット・シリーズ > ふたりのマリオネット