デュエット・シリーズ

■ふたりのマリオネット(10)
ツヴェルを迎えたプラネトス2世号は、エンジンの不調も何のその、猛スピードで常夜の地へと航行していた。
「ルカさん、大丈夫ですかね?」
「なんとか持ちこたえさせてみせますよ。」
トーマスには無茶な運行をしないでくれと言ったものの、この状態でスピードを出すなという方が無理なことはルカでなくともよく知るところである。
「幸いにして障害物もないようですし、たぶん、何とかなるでしょう。」
注意深くエンジンの音を聞きながら、ルカは質力の調整に余念がない。
完全な状態で船を走らすことは、ちょっとした船乗りなら誰にでもできる。
だから、船乗りの真価が問われるのは、非常時において、どれだけ対応できるかにかかっているといえよう。
プラネトス2世号においては、今がまさにその時なのだ。
そして、そんな乗組員達を信頼しているからこそ、トーマスは安心して船を走らせているのかもしれない。

プラネトス2世号の舵を取りながら、トーマスの頭は銀の髪の少女が予見したという「途中で増える2人」のことで一杯だった。
少女の予見を信じないわけではないが、アイーダとパルマンが魔女の島現象に取り込まれたのは、トーマス達がここにくるより前のことだ。
「なぜ、あとからの俺たちの方が先なんだ?」
先に来た方を迎えに行くのが普通なのではないのかとの疑念がどうしても拭い去れない。
疑念といえば、もうひとつ。
常夜の地に向かう途中で増えるというのも気になった。
レクト島における魔女の島現象に巻き込まれた場合、10中8,9までがアプロートの対岸近くに出現するのだ。
アプロートと常夜の地とでは、かなり距離がある。
「泳ぐったって、限度があるんだぞ。」
プラネトス2世号で異界の風を切りながらトーマスは呟いた。
不安ではあっても、船長たるものそれを表面に出すわけにはいかない。
「どこにいるんだ、アイーダ。」
見張り番からの報告がこれほど待ち遠しいことはなかった。
だが、マストの上から聞こえてきたのは、待ち望んだ報告とはかなりかけ離れたものだった。
「もうじきリコンヌの対岸です。」
障害物の発見どころか、到着の知らせを告げるものだったのだ。
「・・・どういうことだ?」
ツヴェルに向ける視線が知らず知らずに厳しいものとなっていった。

そのツヴェルを睨みながら、トーマスが船の方向を対岸に向かって立て直しかけた時である。
いきなりプラネトス2世号の前方に衝撃が走った。
「うわ〜っ!!」
より高い位置にいる乗組員から悲鳴が漏れた。
「面舵いっぱい!!」
反射的にトーマスは舵をいっぱいに切った。
目の前で白熱した光が炸裂したかと思うと、次の瞬間、プラネトス2世号の真正面に障害物が出現したのだ。
「何だ!?」
しかし、それを確認するだけの余裕がなかった。
何より、それ以前に船の安全を確保する必要が起こっているのである。
「速度を落とせ!エンジンを切るんだ!!」
トーマスが言うまでもなく、ルカはその作業に入っていたが、如何せん突然すぎて物理的対応には限界があった。
「間に合わない!」
同様のことは舵を握るトーマスにも当てはまる。
「ダメです!!近すぎて、避けれませんっ!!」
そんなことは言われるまでもなくわかっていた。
プラネトス2世号はフルスピードで航行していたのだ。
方向転換するために、最低限どのくらいの距離が必要かは、トーマスが誰より一番よく知っている。
「全員、何かに捕まれっ!!」
その直後、プラネトス2世号は船体に衝撃を受け、ぐらりと傾いた。
現れた障害物はひとつだけだったのか、その1回限りで衝撃は収まった。
「大丈夫か!?」
トーマスが見回した限りでは、乗組員達に怪我はなさそうだ。
しかし、問題は、ぶつかったものの正体である。
「小型の漁船のようだったが・・・。」
どちらにしてもプラネトス2世号に衝突した衝撃で、相手方は相当の被害を受けたはずなのだ。
甲板から身を乗り出したトーマスの目に映ったのは、思った通り小さな船であった。
最低限の処置をして停泊すると、トーマスはぶつかった船の様子を見るべく梯子を下ろして乗り移る準備を始めた。
異界の海の水はトーマス達の海の水とは大きく様相を異にする。
浸水の心配もないが、沈没の心配もないことが、この際不幸中の幸いだった。
「他の者は、ここで待機してろ。まずは俺がひとりで様子を見てくる。」
いきなり現れたということは、何らかの曰くがあってこの世界にやってきたとも考えられる。
その心配が、まずもってトーマスだけ行動することにした最大の理由だった。

「おーい、誰か、いないか?」
全部まで梯子を降りず、トーマスは声をかけた。
予想に違わず船の形は相当に崩れていたが、相手もそれなりに避け方を考えたのだろう。
舳先の部分をうまくはずしてプラネトス2世号の横腹に突っ込んでいた。
「うまいとはいえないが、良い判断だ。」
だが、生粋の船乗りが操縦していたものではないとトーマスは判断した。
「船乗りだったら、まずこんな乱暴なことはできんな。」
人命第一とはいえ、自分の船をこういう形で犠牲にするのは最後の最後である。
トーマスは、自分ならどこに避難するかっを考えながら甲板を見回した。
「誰かいないのか?」
もう一度船の様子を見回してから、トーマスは名乗った。
「俺はプラネトス2世号のキャプテン・トーマスだ。」
ピンと張りつめた空気を破ったのは、震えの残る少女の声だった。
「トーマス?本当に、トーマスなの?」
ガタン、と板をはね除ける音がして、崩れた船の先端から小柄な人影が飛び出した。
服装が別れた時とだいぶ違っているが、それは間違いなくトーマスが捜していた少女にちがいなかった。
「アイーダ!?」
トーマスの手が梯子から離れ、崩れかけの甲板の上に降り立った。
降りた振動でガクンと足場が揺らいだが、どうにか居場所だけは確保できそうだ。
危なげない足取りでアイーダはトーマスを目指してくる。
原型を留めないほどに崩れたタラッタ号の甲板で、ようやくアイーダはトーマスと再会できたのだった。

「もう、めちゃめちゃ、怖かったんだからぁ。」
トーマスに取りついたアイーダの第一声は、明らかに怒っていた。
「悪い。」
それに対してトーマスは弁解のしようがなかった。
いかにトーマスの腕が優れていようとも、あの距離を猛スピードで走っていては操舵の技術にも限界がある。
無論、トーマスだけが悪いわけではないのだが、巨大なプラネトス2世号と小さな船ではどちらがより分が悪いか、いうまでもない。
何より、自分がその場に居合わせながらアイーダに怖い思いをさせたという負い目がトーマスにあった。
仮にアイーダがもっとひどい言葉でトーマスに怒りをぶつけたとしても、彼は受け止めるだけしかできないのだ。
むしろあれだけの事故のあとにも関わらず、この程度の反応で済んだことに感謝していた。
埃まみれなのは、衝撃を軽くするために頑丈な板の間に挟まっていたからだろう。
その他、小さなかすり傷は見られても、怪我らしい怪我をしているようには見えなかったことがトーマスを何より安堵させたのだった。
「もう、大丈夫だ。」
トーマスはアイーダの肩をしっかり捉え、その顔を自分の方へ向けさせた。
感情の高ぶった瞳がトーマスを睨み付けている。
だが、トーマスはアイーダを正面からまっすぐに見つめ返した。
少女が突然に消えてからの不安な日々のことを思えば、今、目の前で苛立って激怒している姿を受け止める苦労など、ものの数に入らない。
ただ、ただアイーダが無事なのが嬉しかった。
無言で受け止めているトーマスにアイーダの怒気が次第に薄らいでいき、やがて彼女の身体から不自然なまでの力みが消えていった。
きつい眼差しに変わって、明るい輝きがトーマスを自分の中にはっきり捉えたのだ。
「えーっと・・・。」
本来の自分を取り戻したとき、アイーダはそれまでトーマスにぶつけた暴言の数々を思い出し、恥ずかしさでいっぱいになった。
(ごめんなさい。)
自分が悪いと思えば、アイーダはすぐに謝ることにしている。
だが、今回はそれができなかった。
アイーダが謝るより先に、トーマスが行動に出てしまったからだ。
(かえってきたんだぁ。)
包み込まれた腕の中で、ようやくアイーダはそれまでの緊張感が一気にほぐれていくのを感じていた。

「無事でなによりでした。」
一足遅れて甲板に降り立ったルカは、板敷きの間から出てきたパルマンをみつけ、ほっとしたように声をかけた。
「いろいろ心配をかけたようで申し訳ない。」
聞き覚えのある声を耳にして、パルマンもようやく肩の荷を下ろしたようだ。
だが、埃を払いながらパルマンは別な意味で溜め息をついた。
アイーダをプラネトス2世号に送り届けることには確かに成功したが、この状態で目的を達せたとは到底言えなかった。
素人目にも、プラネトス2世号の被害は航行そのものに支障が出るとわかるほどにひどいものだった。
「それでも、お互い無事だったんですから。」
ルカはパルマンに梯子を登るよう指さした。
リコンヌの対岸はすぐ目の前まで迫っている。
プラネトス2世号は銀の髪の少女の予見どおり、新たにふたりの訪問者を加え、風の流れを利用して、常夜の地に到着した。
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