デュエット・シリーズ

■ふたりのマリオネット(13)
その兆候は少し前から感じていた。
だから、人間より自然の変化に敏感な動物が、それをより強く感じて不安そうな行動を取ることは別に不思議ではなかった。
トーマスとパルマンの手を逃れて頭上に止まったポッポの重みをアイーダはそれなりの覚悟で受け止めていた。
それ故に、トーマスとパルマンの手がポッポを捕らえたと同時に発生した光の柱にも特別な驚きはなかった。
怖くないと言えば嘘になるが、あの光の渦は、ガガープによって引き裂かれた3つの世界を繋ぐことのできる自然の道なのだ。
「トーマス!」
言葉にならない悲鳴がアイーダの口から漏れた。
これまで光の渦に囚われた時、いつも誰かの手があった。
しかし、今回は違う。
すさまじい耳鳴りの中で、ポッポの重みは頭に感じていたが、他に触れる暖かみは何もなかった。
激しく流されていくような、それでいて優しく包み込まれているような、不思議な気配だけがあって、そこからふいに放り出されたのだ。
「きゃあ!」
最初に理解したのは、どこかに体が落下しているということだった。
次に感じたのは身を切るような冷たい風だった。
「きゃああーーーっっ!」
どさっとどこかに落っこちたところまでは覚えている。
その後、めまぐるしく体の自由が利かなくなり、為すすべもなくアイーダは柔らかいクッションの上を転がり落ちていくのを感じていた。
「トーマス!」
透明な光の向こうに銀色の世界をとらえた瞬間、アイーダは意識を失った。

しゅんしゅんと蒸気のけぶる音が聞こえる。
耳なじんだ暖かい響きは、不思議な安心感をアイーダにもたらした。
肌に感じるのは外気ではなく、明らかに室内の空気だ。
「ああ、気がついたかい?」
ぼうっとした頭に穏やかな女性の声が聞こえてきた。
意識がはっきりするに連れて、目の前の顔も判別できるようになった。
アイーダの知らない、気の良い老婦人の微笑みがそこにあった。
その瞬間、アイーダはしゃっきりと身体を起こした。
「いったーい・・・。」
起きあがった反動で、体中が悲鳴を上げている。
「ここは、どこ?おばさんは、だれ?」
「おやまあ、元気なお嬢ちゃんだね。まだ、無理しないで寝ておいで。」
呆れたような笑いを含んだ声が掛けられたが、アイーダは横になろうとはせず、腕だけで身体を支えると、ベッドの上に上体を起こして婦人と向き直った。
「その様子なら、大丈夫そうだね。」
婦人はゆっくりとアイーダにカーディガンを掛けた。
「ありがとうございます。あの、わたし・・・。」
痛みを堪えながらも、まずは名前を名乗ろうとした時、部屋の扉が開いて、元気な声が飛び込んできた。
「やあ、気がついたんだ。よかったね。その様子なら、まずは大丈夫そうだし。」
「ラエル!もう、あなたって子は、ノックもせずいきなり女性の部屋に入るなんて失礼ですよ。」
「いってー。だって・・。」
「だってじゃありません。本当にもう、少しはデリカシーってものがないの?」
ゴツンと異音がしたあとで、居住まいを正した青い髪の女性がベッドの側までやってきた。
「本当にごめんなさいね。私は、魔法大学で教師をしているエレノアと言います。ミゼル夫人には遺跡の調査の時にお世話になっていて、そのご縁で、あなたのことも看ていただいていたの。」
初めて会った人と見知らぬ名前にアイーダはきょとんとしている。
「もう少ししたら迎えの人が来ると思うから、それまでゆっくり休んでいてちょうだい。」
にこやかに話をするエレノアにアイーダは疑問を持った。
「あの、わたしのこと、知ってるんですか?」
「いいえ、たぶん初対面だと思いますわ。」
あっさり返されて、アイーダはそれこそ狐につままれたような顔をしている。
「ごめんなさいね。」
エレノアは、まず申し訳なさそうに謝ってから、アイーダが意識を失っている間に身につけていた物を調べさせてもらったことを話した。
アイーダのポシェットの中には、彼女自身を特定するものはカプリ以外何もないのだが、ルキアスからもらったギルドの地図が入っていたことが幸いして、ギアのギルドに使いを走らせたのだということだった。
「ギア?」
「ええ、ここからだとバロアより、そちらの方が近いから、とりあえずあなたのことを知らせに行ってもらったの。」
「えーっと・・・。」
アイーダの頭はめまぐるしく今の話を持ってる知識と照らし合わせ状況を確認しはじめた。
ここがどこだかはわからないが、エレノアは「ギア」の「ギルド」へ使いを走らせたと言った。
「ってことは、ここ、エル・フィルディン?」
「え?」
いぶかったエレノアに、アイーダは柄にもなく慌てた。
異界でトーマス達から聞いていた話では、あの遺跡の入り口は真実の島に通じているということであったが、どうも違う場所に出たらしい。
(真実の島って、島よね。でも、ここって島じゃないみたいだし。何より、ストーブを焚いてるってことは、寒いところってことで・・・どうなっちゃったんだろ?)
考えれば考えるほど混乱してくる。
「・・・えっと、あの、わたし、どうしてここにいるんでしょうか?」
自身が混乱していたのでは埒があかないと、アイーダはゆっくり質問を口にした。

目覚めたアイーダとエレノア先生と格好良くなったラエル君
「アイーダとエレノア先生と成長したラエル」 by カモミール・JK様

「神殿の上からいきなり、落っこちてきたんだよ。覚えてない?」
「ラエル!」
エレノアが睨んだが、ラエルと呼ばれた金髪の青年はにこにことアイーダの側にやってきて話しかけてきた。
初対面ではあるが、何とも人なつこい笑顔に、思わずアイーダもつられていつもの調子で聞き返した。
「わたし、神殿の上に落っこちたの?」
「そうだよ。いきなり、どさっと、ね。そんでもって、崖っぷちの方に転がっていったんだ。」
「普通なら、とても無事では済まないところですよ。何かがあなたを守っていたみたいですね。」
「え?」
「覚えてない?」
そういわれてみれば、なにやら暖かい気配が身体を覆っていたようにも思うが、魔法能力のないアイーダにはそれが何であるかわかりようがなかった。
「でも、どこに転がっていったか、わかんなくてさ。適当に探していたら、こいつが呼びに来たんだ。」
ラエルが視線をベッドの机の脇に移すと、そこには白い鳩の姿があった。
机の上に用意されていた止まり木にちょこんと止まってアイーダを見上げている。
「ポッポ!無事だったんだね。よかったあ。」
そっと腕を差し出したアイーダにポッポはぐるぐるのどを鳴らしながら飛んできた。
だが、喜んでばかりもいられない。
「あの、わたしだけ・・・ですか?」
ポッポを膝の上に迎えると、アイーダは真顔に戻ってエレノアとラエルに尋ねた。
一瞬怪訝そうな表情がふたりに浮かんだが、やがてエレノアがゆっくり頷いた。
「ほかには、誰も、いなかったんですか?」
もう一度尋ねたアイーダに、ラエルがはっきりと答えをよこした。
「落ちてきたのは、君だけだ。それは間違いないよ。」
「わたし・・・だけ?」
ぐらりとめまいがしそうだった。
異界の遺跡で光の柱に取り込まれた時、傍には確かにトーマスとパルマンがいた。
光の柱に飲み込まれる直前、ふたりの手がアイーダに触れたこともはっきり覚えている。
「・・・わたしだけ・・・なの?」
呆然と漏れた声はそれとわかるほど震えを帯びていた。
「ほかに、誰か一緒の人がいたの?」
ラエルが心配そうにアイーダの顔を覗き込んだが、彼女には何も見えていなかった。
頭の中が真っ白で、何も考えられなかったのだ。

いきなり黙りこくって真っ青になったアイーダに、ラエルがエレノアを振り返ると、彼女はそっとアイーダの肩を抱いてやった。
「大丈夫よ。あなたが大丈夫だったんですもの。ほかの人もきっと無事でいるわ。あなたを守っていた力は他の人だって守ってくれているわよ。」
アイーダの身体に負担がかからないよう、エレノアは優しく抱く手に力を込めた。
同時に癒しの魔法を唱え、アイーダの回復に寄与したのだ。
「ね、もう痛くないでしょう?」
エレノアの穏やかな声はアイーダの精神を安定させることに少なからず成功したようだった。
コクンと頷いたアイーダを見て、エレノアはゆっくりと身体を離した。
「それじゃ、まず、あなたのことを話してくれる?」
表情を改めたエレノアに、アイーダもまた居住まいを正した。
「わたしは・・・。」
だが、名前を名乗ろうとした時、またしても慌ただしい足音に邪魔され、アイーダの声はかき消された。
「ったく、誰だよ。」
ラエルが外の様子を確認しに部屋の扉を開けた瞬間、疾風のごとく飛び込んできた影がある。
「誰だっ!?」
ラエルが身構えるより早く、その影はアイーダの前に立ち塞がった。

アイーダの前に現れた影は、勢い付いて入ってきたものの、最後の瞬間で立ち止まったようである。
「・・・おまえ、だれだ?」
緊迫した、それでいてどこか気の抜けたような声がアイーダの頭上から降ってきた。
「はあ?・・・おじさんこそ、だれ?」
目の前の大男にアイーダは恐れるより、呆気にとられて返事を返していた。
黒い髪に日に焼けた肌をしたいかにもいかつい剣士がアイーダの前に呆然と立ち尽くしている。
フィルディンに剣士の知り人はいるけれど、彼のような剣士は記憶になかった。
「まあ、ダクラスさん。どうしてあなたがここへ?」
気まずい沈黙を破ったのは、エレノアの声だった。
「ダグラス?」
アイーダの記憶の底で何かが疼いたが、目の前の男性には全く心当たりがない。
しかし、エレノアとラエルとはどうやら旧知の間柄らしく、それまでの緊張はどこへやら、早速に旧交を温めているようだった。
「あら、ごめんなさいね。」
アイーダのことを思い出したエレノアが心持ち赤面して謝った。
「いえ、あの、わたし、アイーダっていいます。」
いささかタイミングをずらした答えだが、とりあえずアイーダは名前を告げた。
「・・・だよなあ・・・」
ダグラスのため息に、ラエルがにやりと笑いかけた。
「ルキアスじゃなくて残念だったねえ、おじさん。」
「なっ・・・このクソガキ、おまえにおじさん呼ばわりされるいわれはないぞ。」
親しい間柄らしいラエルとダグラスの言い合いに、エレノアは肩をすくめたが、アイーダは二人の会話に出てきたルキアスという名前に反応していた。
「あー、思い出した!ダグラスさん、そうよ、ダグラスさんだ。ね、そうですよね?」
いきなり声を上げたアイーダに、ダグラスとラエルはもとより、エレノアもびっくりしてアイーダに注目している。
「やっぱり、ここ、フィルディンなんだ。でも、どうしてダグラスさんがここにいるの?」
「そいつは、こっちの台詞だぜ。あんた、なんでルキアスの地図を持ってるんだ?」
「え?」
「これだよ。俺はてっきりルキアスが・・・。」
言いかけて、ラエルの楽しそうな視線とかち合い、ふいにダグラスは黙り込んだ。
「あの、ルキアスさんがどうかしたんですか?」
きょとんとした表情のアイーダに、ダグラスはゴホンとひとつ咳払いをした。
「ま、その分じゃ、あいつは大丈夫そうだな。それより、その地図、どうしたんだ?」
「もらったんです。」
「もらったあ?」
「旅するのに必要だろうからって。ブリザックからフィルディンに送ってもらう前。」
アイーダとしては、別に隠しだてするようなことではなかったので、ありのままを正直に答えた。
「フィルディンって・・・まるきり方向違いとは言えないが。待てよ。送ってもらうって言ったよな。じゃあ、ルキアスと一緒だったのか?」
「一緒だったのはブリザックまでです。」
「へ?じゃあ、フィルディンまで送ってもらったってのは?」
「あの・・・。」
そこで一瞬アイーダは迷ったが、ダグラスがルキアスの知り合いであることには間違いなかったので、思い切って、ガヴェインの船で送ってもらったことを告げた。
話を聞いたダグラスは、ますます怪訝そうに眉をひそめた。
「フィルディンに送ってもらったはずのあんたが、なんでコルナ村にいるんだ?」
それはダグラスだけではなく、エレノアとラエルも感じた疑問だった。
「それは・・・。」
説明に困る内容に来たとアイーダが感じたのと、ポッポが部屋の入り口に向かって飛んで行ったのとほぼ同時であった。
「ほう、まだわしを覚えていてくれたか。主と違っておまえは賢いな。」
扉の影からまたひとり訪問者が現れた。
「ガヴェイン様!」
驚いた3人をガヴェインはやり過ごして、どっかりとアイーダの傍にやってきた。
「またトーマスに何かあったんじゃな?」
穏やかな声がアイーダに注がれると、アイーダの涙腺がみるみる緩みだした。
「ガヴェインさん。」
しゃっくりあげそうなアイーダをガヴェインは優しく見つめている。
「話してくれるかの?」
もう一度ゆっくり掛けられた声に励まされ、アイーダはブリザックで別れてからのことを話し始めた。
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