デュエット・シリーズ

■ふたりのマリオネット(15)
あの時、なぜ彼女を捕まえておかなかったのか。
確かにあれは、事前に予期できる類のものではなかったかもしれない。
だからといって、その手を逃してしまったのでは、まるでお話にならないではないか。
子供の鬼ごっこだって、もう少しまともな結末を迎えるぞ。
白熱した光の中で、トーマスは空っぽの手をむなしく感じながら、ただ時が過ぎ去るのを待っていた。
光の先に何が待っているのか、それこそ神ぞのみ知るところなのだから・・・。

ふいに意識が遠のいたと思った瞬間、トーマスはドスンっと身体が地に着いたのを感じた。
予想だにして衝撃が少なかったのは、そこが柔らかな草の上であったおかげである。
それほど強くない日差しがあたりの景色を照らし出していた。
「ここは、どこだ?」
古びた石作りの遺跡の中央で、トーマスは記憶をまさぐるように目を細めた。
「・・・シュルフの里だ。」
低めの呻くような声に、トーマスは飛び上がらんばかりに驚いた。
「パルマン!」
振り向いた先に、同じように衝撃さめやらぬといった風体のパルマンがいたのである。
だが、驚きながらも彼は、そこがシュルフの里の転移門だと、即座に言い切ったのだ。
「どういうことだ!?」
「・・・わからん。」
今度は返事が返ってくるまでにやや間があったが、そんなことはトーマスにはどうでもいいことだった。
「アイーダは、どこだ?」
ついさっきまで傍にいたはずの少女の姿を求めてトーマスは立ち上がった。
「ポッポ!」
同じく、いつも肩に止まっているはずの白鳩の名前を呼んだ。
伝令に飛ばしていない限り、必ず彼の傍らにいる忠実な白鳩の気配も全く感じられないままだ。
事態は、とんでもない方向に向かったというより、最悪の状態へ陥ったらしいと判断するのに、そう時間はかからなかった。
エル・フィルディンに現れるのならまだしも、ヴェルトルーナでは、どうにも手の打ちようがないではないか。
しかも、肝心のプラネトス2世号は異界に置いてけぼりを食わせてしまっている。
けれども、トーマスにとって最悪なのは、アイーダの行方が全くとしてしれないことだった。
認めたくなくとも、異界でのあの瞬間から、アイーダとは離ればなれになったことを彼の五感が知っていた。
「いったいなんでこんなことになったんだ!?」
あたり構わず、パルマンに詰め寄ろうとした時、第三者の気配がして、寸でのところで言葉を飲み込んだトーマスだった。

歩き慣れたしっかりした足取りでその人影は近づいてきた。
特に警戒しているような様子は感じられない。
ふたりがその方向へ顔を向けるのと同じくして、足音の主が喜びの声を発したのである。
「まあ、パルマン。あなたでしたの。でも、いったいどうなさったの?」
驚きに目を丸くしたパルマンの婚約者、アリアがそこにいた。
しかし、驚きながらもその表情は恋人に会えた喜びを隠しきれない様子で、彼女の美しさによりいっそうの華やかさを添えている。
三者三様に驚いたままのところへ更にもうひとつ、驚きの声が加わった。
「パルマンさんじゃないですか。どうしたんですか?あれ、トーマス?」
「フォルト?・・・に、ウーナも一緒か。」
キタラをかかえたままのフォルトとピッコロを片手にしたウーナが続けざまにアリアの背後から顔を覗かせたのである。
「え?パルマンさんに、トーマス・・・。どうしちゃったんですか?」
「どうしたもこうしたも・・・こっちが聞きたいよ。ったく、何がどうなってるのか、さっぱりわからん。」
怒りを持て余して今にも爆発しそうなトーマスを、ウーナはじっと見つめ返した。
「ウーナ?」
いつもと異なる反応を見せているウーナにフォルトが心配そうに呼びかけたが、彼女はやはりトーマスを見つめたままだ。
その目線を追って彼の肩で止まった時、フォルトはそこにいつもいるはずの白い鳩の姿がないことに気が付いた。
「ポッポちゃんがいない。」
フォルトが呟くのと、ウーナがトーマスの前に出たのとほぼ同時だった。
「アイーダと、どこまで一緒だったんですか?」
伺うような眼差しでウーナはゆっくり尋ねた。
「異界だ。」
にべもなく答えたトーマスに、先に反応したのはフォルトだった。
「異界!?」
「あのぅ、もしかして、パルマンさんも一緒でした?」
おずおずとあとを続けたウーナに、これまたぶっきらぼうにトーマスが答えた。
「ああ。」
「それで、あれに巻き込まれちゃった・・・んですよね?」
「そうだよ。」
それを確認して、ウーナはトーマスの苛立ちの原因を特定できたと思った。
しかし、同時に苛ついたトーマスの返事にウーナは首を傾げた。
「おかしいなあ・・・それとも、どこか別のところへ行かなきゃならないようなことでもあったのかな・・・。」
「あのさ、ウーナ。僕にもわかるよう話してくれない?」
ひとりで考え込んでいるウーナにフォルトが口を挟んだ。
「あ、ごめん、フォルちゃん。あのね。」
そしてウーナは、トーマスやパルマンですら驚くほどの正確さで、異界で起こったことを説明して見せたのである。
もちろん、彼らがどうして異界にいたかまでは知らないので、そのあたりのことは当然省いてあるが、シュルフの転移門と異界とを結ぶ理屈はしっかり通っていた。
「でも、ウーナ、それだったら、どうしてここにパルマンさん達が現れたのか説明になってないよ。」
レオーネに絶対の信頼を置いているフォルトとしては、彼の言ったことを真っ向から否定するようなウーナの話は納得できないものがあった。
「そんなの、アリアさんがいるからに決まってるよぅ。」
それに対して、ウーナの答えはしごく明快であった。
「私、ですか?」
「だって、転移門は、その人の想いを強く反映しちゃうんです。パルマンさん、あの直前にアリアさんのこと考えてたでしょ。」
答えてから、ウーナはまた考え込んだ。
「だから、アイーダがトーマスと一緒でないのがわかんない。彼女がトーマスのいないところへ行かなきゃいけない理由なんて・・・。」
「理由ならある。」
それまでとは打って変わって冷静な声でトーマスが言った。
「アイーダは、プラネトス2世号のために、フィルディンに行くことになっていた。パルマンと一緒にね。」
「それって、アイーダが自分で行くって言ったんですか?」
「ああ。悔しいが、俺より、彼女の方がフィルディンに対する思いが強かったってことだな。」
「それは違うと思うけど・・・。でも、ちゃんとした理由があるなら大丈夫。アイーダのことだもん。きっとうまくやってると思う・・・。」
ウーナの主張は、それなりに押さえるべきところは押さえてある。

まさに、経験者は語ると言いたいところだが、今回は前回より遙かに事態は深刻であった。
例えアイーダがフィルディンで目的を果たせたとしても、今のトーマスには、彼女を迎えに行くすべがないのである。
「プラネトス2世号が異界から帰ってくればいいんじゃないの?」
「今のプラネトス2世号ではどうにもならないのさ。」
トーマスに続いて、パルマンが異界でプラネトス2世号が修理中であることを話した。
「でも、プラネトス2世号でなきゃ、ガガープは越えられないんでしょ?」
「だから、アイーダが・・。」
再びトーマスの語気が荒くなりかけたが、思い直して彼は沈黙した。
今、ここでフォルト達と言い争っている場合ではない。
「そうだな。まずは、俺の船をこっちへ連れて帰ってこないことには始まらないな。」
苛立っている青年から、意志堅固な船乗りへとトーマスは変貌していた。
「まずは、異界に戻るための船を手に入れないことにはな。」
そのためにどうしなければならないか、トーマスの算段が始まった。
「プラネトス2世号の人たちだけじゃ、こっちへ戻ってこれないの?」
「技術的なことだけなら、ルカがいるから問題ないんだが、あそこはちょっと特殊な場所でね。決断するのにそれなりの覚悟がいるのさ。言うなれば、その一瞬のためだけに俺が必要ってわけだ。ガガープを越えるにしても似たようなもんだがな。そんなわけで、パルマン、蒸気船を1隻、貸してもらいたい。」
「承知した。アリア、里の人たちに頼んでもらえるか?」
「はい。」
アリアは頷くと、そのまま里の方へ走っていった。
「ここからカヴァロのヌメロスの大使館へ行くより、里の人たちの情報網で本国の海軍に直接依頼した方が、早いですから。」
パルマンは苦笑混じりでトーマスに説明した。
「たぶん、我々がジラフに着く頃には、蒸気船もそこへ到着しているはずですよ。」
おそらくパルマン自身は、少しも意識していないのだろうが、自分に権限のない組織を必要とあれば自在に使えるというのは、ある意味凄いことなのである。
「驚くべき機動力だな。」
案の定、短く賞賛したトーマスに、パルマンはどう応えたものか困惑しているようだった。
「ま、それが、あんたのいいとこでもある。」
最後の呟きはトーマスの中だけに留められたが、今後もそれは変わらないであろう。

「そうと決まれば、俺はジラフに急ぐとしよう。えーっと、ここから出るには、どうすりゃいいんだ?」
「それは、私がご案内します。」
再び戻ってきたアリアがにこやかに答えた。
「じゃあ、僕らも一緒にお願いできますか?」
「もちろん、私も頼む。」
フォルトに続いて、パルマンが言うと、アリアはにっこり頷いた。
「はい。そのつもりで支度してきましたから。」
「???」
怪訝な表情のトーマスには直接答えず、アリアは抱えてきたバスケットをパルマンに渡した。
バスケットからは香ばしいクルミパンの匂いが漂っている。
「みなさんもご一緒にって、いつもより多めに持たせてくれましたの。」
「相変わらず、全てお見通しか。」
パルマンが頭をかくと、アリアはくすくす笑ってウーナに合図した。
「トーマス、こっちへ少し寄ってね。」
ウーナがトーマスの腕を引っ張って遺跡の中心よりへ入ると、空いた場所へフォルト達が次々と入り込んだ。
「全員、入ったかしら?」
フォルトがぐるりとあたりを見回してOKサインを出した。
「うん、大丈夫。」
「では、参ります。」
アリアはひと呼吸おくと、静かにメロディをハミングしはじめた。
里の風に草花が揺らぎ、メロディに合わせて景色が変わっていく。
次に景色が固定したとき、トーマスはアリア達と一緒に草原結界の石碑の前にいた。
「全員揃ってる?」
「大丈夫だよ。」
フォルトとウーナは確認しあうと、率先して街道の方へ歩き出した。
「やっぱりいるぅ。」
いくらも行かないうちにウーナが弓をつがえ、フォルトが剣を構えたのが見て取れた。
「トーマス、殿は任せたからね!」
駆けだしたフォルトの先には、草原結界ではお馴染みの魔獣、クラゲラーがこちらを狙っていた。
現実を目の当たりにして、トーマスも我に返った。
「おう、任せとけ!」
アリアの援護をパルマンに任せると、トーマスもまた剣を構えて街道へと駆け出していった。
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