デュエット・シリーズ

■ふたりのマリオネット(16)
草原結界からエキュルを経由してジラフまでの道のりは、一行の誰にとっても慣れた道である。
途中、いくらか魔獣が出てきたが、戦闘はトーマスとフォルトとで片が付き、パルマンは背後でアリアとウーナを守るだけに終わっていた。
その戦いぶりから、トーマスが相当に苛立っていることがわかる。
剣技の鋭さよりも気迫が勝っているようで、鬼気迫るものがあった。
魔獣との戦いで余分なエネルギーを発散させることができたのは、目下の幸いと言えなくもない。
エキュルの町に入ったとき、トーマスの足は一瞬ロゼット工房の方へ向きかけたが、立ち寄ったところで彼にできることは何もなかった。
「大丈夫だよ、トーマス。じいちゃん同士でのんびりやってるから。」
フォルトが横合いから声をかけた。
「・・・だといいんだが。」
「だって、ロゼットさん、アイーダはプラネトス2世号と出かけると、しばらく帰って来ないからって諦めてたみたいだったよ。ちょうどうちのじいちゃんも、久しぶりにロゼットさんとゆっくり話がしたいようだったから、僕とウーナはシュルフの里へ行くことにしたんだけど。」
内心ではいろいろあるだろうが、ロゼットがアイーダに甘いことはトーマスにとって救いだった。
だが、それだけに責任がずしりと重くのしかかってくる。
「とりあえずは、ジラフに急ぐしかないということか。」
当面補給する物もなかったので、トーマス達はそのままエキュルを出てマンドレン街道をジラフへと下っていった。

ジラフは小さな漁村である。
よい漁場が近くにあるといっても、港の設備はあくまで地元の漁師のためのものしか備わっていない。
実際のところ、ジラフに停泊できるのは、小型で小回りの利く小舟か、波の荒い灯台よりの崖に接岸できる大型の軍艦クラスの船のどちらかに限られる。
トーマスが必要としている馬力を持った蒸気船は、一般的には中型以上に分類されており、港に直接乗り入れることは極めて困難であった。
「ジラフ近海には、ヌメロスからも漁に来る船が多いので、たぶん、そのあたりから都合の付く船を回してもらえると思う。」
パルマンが艀を渡りながら説明すると、フォルトがびっくりしたように尋ねた。
「ヌメロスって漁船も蒸気船なの?」
「残念ながら、そこまでまだ豊かにはなってはいない。特に今回のように馬力のある蒸気船は本国でも数が限られているからね。」
そう断ってから、パルマンは、迎えに来た小型の漁船でブロデインまで送ってもらい、そこで条件にあった蒸気船に乗り換えることになるだろうと話した。
「でも、それだけの馬力を持った船となると、軍艦ってことだよね。ブロデインへ軍艦が向かっても大丈夫なの?」
「そのあたりのことは、ナレサ将軍あたりがうまくブロデインに説明してくれていると思う。デュオール王子は話のわかる人だし、たぶん問題ないはずだ。」
自信を持って答えたパルマンに、フォルトはただ感心していた。
「あ、船が見えてきた!」
艀も半ばにさしかかった時、ウーナの目が誰よりも早く迎えに来た船の姿を捉えて言った。
「まさか、いくらなんでもここからじゃ、小型船はみえないはずだが・・・。」
笑い飛ばそうとしたトーマスの表情が、一瞬のうちに驚愕へと変わっていった。
「・・・どうしたんですか、トーマス?」
立ち止まった視線の先を見て、パルマンは凍り付いた。
ジラフの空には、遠目にもはっきりわかるヌメロス海軍の軍旗がはためいていたのだ。
「冗談だろう・・・。」
ヌメロス海軍に軍船は数多くあれど、今、空にはためいている軍旗を冠する船は、ただ一隻しかない。
言わずと知れたガゼル艦長率いるヌメロス海軍の旗艦に特定されるのである。

艀の半ばで立ち止まったまま呆然と空を仰いでいる一行を目指して、船から降りてくる人影があった。
「どうやら間に合ったようですな。」
ほかならぬ、ガゼルその人がのんびりと声を掛けてきた。
「ガゼル艦長!なぜあなたがこんなところにいるんです?」
憮然と聞き返したパルマンにガゼルは、
「本国から伝言を受けたからに決まってるでしょう。」
とやり返すと、ごく自然な動作でアリアとウーナに礼を取り、船へと案内していった。
そうなるとパルマンやフォルトもあとに続いて船に乗り込むしかない。
トーマスも噂に名高いヌメロスの戦艦を値踏みするかのように視線を走らせると、感嘆の声と共に乗船した。
甲板の上では、ガゼルの出現に納得いかないパルマンがあれこれ質問を浴びせていた。
「こちらの状況は聞かなかったのか?」
「もちろん、聞きましたよ。」
ガゼルはパルマン達が乗り込んだのを確認すると早々に出発するよう副長に指示を出し、再びあとを続けた。
「受け取った伝言には、可能ならば、ジラフ経由でブロデインに航行しても問題のない蒸気船で迎えに来て欲しいとありましたので、たまたま空いていた私の船を使ったまでです。」
「たまたま?」
涼しい顔で答えたガゼルにパルマンは顔をしかめた。
一時期のような殺人的とも言える忙しさからは解放されたとはいえ、まだまだガゼルの統括する海軍は多忙を極めており、主立った将校達は休暇もままならないと聞いている。
「うちの連中は、これまでずっと働き詰めでしたからね。どうでも休みを取らそうかと思ってスケジュールを調整していた時に、その伝言が入ってきたんですよ。」
それは、いくら部下に休みを取らそうと思っても、上司が無休だと休み辛かろうとの配慮で、陸軍のトップであるナレサと相談している最中の出来事であった。
休むつもりでスケジュールを空けていたのが幸いして、ガゼルは伝言を受けると同時に出航準備に取りかかった。
突然の出航命令も、行き先と目的を告げられた乗組員からは、文句一つ出ることなく、むしろ嬉々として受け入れられた赴きがある。
航海は極めて順調に進み、ガゼルはパルマン達がジラフに到着するのに合わせて迎えに来ることができたのであった。

内心複雑な心境たるパルマンの表情を読みとってか、ガゼルはだめ押しに現状を付け加えた。
「国内だけならまだしも国境を越えての移動です。ヌメロス国籍で正体不明の蒸気船が他国の領海内をウロウロすると、余計な誤解を招く元になりかねませんからね。」
一度軍事国家として危険視されたヌメロス帝国の信頼を取り戻すのは、予想以上に困難であった。
それ故に、細心の注意を払って行動する必要があるのだ。
「その点、私の船ならメルヘローズ、ブロデインとも知名度としては申し分ありませんし。無意味な戦闘をしないことも知れ渡ってますから。」
淡々と話すガゼルにパルマンは反論の余地がなかった。
ガゼルの言うことは正しい。
「だからといって・・・。」
それでも何か言わなければと口を開きかけると、ガゼルはその先にあるものを持ち出してきた。
「ブロデインへ行くだけなら、私でなくとも誰か信頼できる船長を寄越してもよかったんですが、聞くところに寄ると、もう一カ所、向かわなければならない場所があるそうじゃないですか。」
ガゼルの視線は、パルマンを通り越してトーマスの前でピタリと止まった。
「行くだけ行って、帰りはどうするつもりだったんです?」
なかなかに意地の悪い質問である。
トーマスがいくら優れた船乗りだといっても、同時に2隻の船は操れない。
痛いところを突いてきたガゼルの質問にトーマスは、彼の意図した真意を察し、素直に自分の非を認めた。
ガゼルなら、自分を異界へ送り届け、プラネトス2世号と併走して一緒に戻ってくることができるだろう。
それだけの力量を持った人物であることをトーマスは直感的に認めていた。

「しかし、そんなに留守にして大丈夫なのか?」
唯一気がかりな点をトーマスが口にすると、ガゼルはニヤリと笑って言った。
「俺を含めてこの船は休暇中だからな。引継はナレサにすませてきた。」
「それは、また・・・。」
気の毒なことだ、と喉まで出かけた言葉をトーマスは飲み込んだ。
ここから先はヌメロスの内政問題であり、部外者は口出すべきでない。
しかしトーマスはそれでよくとも、パルマンはそういうわけにはいかなかった。
そもそも、プラネトス2世号が異界で立ち往生する原因を作ったのは自分なのだ。
しかも、異界からアイーダとフィルディンに向かう予定だったのに、トーマスとヴェルトルーナに出てしまったのである。
更には、ガゼルまで巻き込んだことで、業務上のしわ寄せの全てがナレサに押し寄せることになってしまう。
「さて、どうしますか?」
船はヌメロスの沿岸よりを走ってブロデインに向かっていた。
今なら、小舟でもさほど時間を掛けずにヌメロスに着陸することが可能であった。
ガゼルが言わんとしていることに、これまでパルマンは敢えて気が付かぬ振りをしてきた。
ナレサの欲するところにしても同様で、控えめに避け続けてきた。
だが、向き合うべき問題から逃げていたのでは、何も解決しないのだ。
振り返ると、アリアが静かに見つめていた。
架せられた役目を果たし、ひとりの女性として、彼女はパルマンの傍らにある。
「アリア、一緒に船を下りてもらえるだろうか?」
控えめなパルマンの問いに、アリアは、はっきりと肯き微笑んだ。
迷いのない瞳は、すでに覚悟はできてますと言わんばかりで、パルマンは今更ながらに自分の優柔不断さを呪わずにはいられなかった。
「ガゼル艦長、ヌメロスへ下ろしてもらえないか?」
「承知しました。」
それまでとは明らかに改まった口調でガゼルは答えると、早速に小舟を用意するよう指示を出した。
小舟といっても、数人は乗れる大きさである。
「フォルトは、どうする?」
トーマスが尋ねると、フォルトは間髪入れずに答えた。
「僕はトーマスと一緒に行くよ。」
「わたしも!」
元気よくウーナが追従し、それぞれの行き先は定まった。
「アイーダのことは、僕らに任せて。」
フォルトは、はっきりとパルマンからその役割を引き継ぐべく宣言した。
これは先を越されたと、トーマスは内心舌打ちしたが、動けないプラネトス2世号を抱えた身では、あまり偉そうなことをいえるはずもなく、大人しくパルマンに別れの手を差し出した。
「無事に帰ってきたら、もちろん、そのつもりだが、修理代を請求させてもらうぞ。」
「え?」
ギクリとした表情のパルマンに、トーマスは声を一段潜めて相談顔になった。
「ヌメロスの軍艦の借料とで相殺できる額だといいんだがな。」
「それは・・・。」
どうやらナレサと詰めねばならない案件がまたひとつ増えたようだと心に刻んで、パルマンはアリアと共にヌメロス帝国へと戻っていった。
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