デュエット・シリーズ

■ふたりのマリオネット(18)
ガゼルの指揮の下、ヌメロスの軍艦は何の問題もなくブロイデン領海内のレクト島海域に到達した。
パルマンの言ったとおり、ナレサの事前の根回しがいかんなく効力を発揮しているようである。
ブロデインに入るまで、トーマスは船の運航を全てガゼルに任せて自分は魔女の島現象が発生する時刻を特定することに没頭していた。
「ったく、ラップの奴、どこにいるんだか。」
時間を割り出す計算は、複雑な数式の組み合わせに違いないが、もっと複雑な算式であっても航路計算をしている方がずっと楽だとトーマスはぼやきながら、それでもレクト島に着くまでに必要な計算を終了させた。
「どうやら、レクト島に到着するのとそう違わずして現象が起きそうだ。」
導き出された数値を満足そうに眺めると、トーマスはガゼルと詳細な打ち合わせに入っていった。
トーマスの計算とガゼルの船を操るタイミングとに、これからの全てがかかっている。
それでも、打ち合わせを終えて甲板に現れたトーマスとガゼルの様子は、いつもと何ら異なることもなく、どちらも普段どおり平然としたものだった。
ふたりがともに並んでいる姿はなかなかに壮観であり、フォルトとウーナも陰ながらに眺めて興奮していた。
「トーマスには悪いけど、なんだかワクワクするよ。」
フォルトのささやきにウーナもこっくりと頷いた。
そうこうしているうちに、ガゼルの合図を受けて船のスピードが上がった。
「いよいよだね。」
トーマスはまんじりともせず、レクト島を睨み付けている。
やがて、ウーナは覚えのある耳鳴りを感じた。
(もうすぐだ。)
その瞬間、レクト島上空に光の柱が立ち上った。
ブロイデンでは日常茶飯事と化した魔女の島現象が発生したのだ。
ほどなく光の柱が消滅した時、ヌメロスの軍艦の姿もまたレクト島海域から消えていた。

ガゼル艦長とキャプテン・トーマスのツーショット
「ガゼル艦長とキャプテン・トーマス」 by さらまんだー様

夜の闇に慣れた者であっても、異界の闇に慣れることは難しい。
事前にトーマスからあらましを聞いていたとはいえ、闇の中にぽっかりと浮かび上がった状況を目の当たりにして、少なからずガゼルは衝撃を受けていた。
「まさに自然の驚異だな。」
しかし、いつまでも感慨に浸っているわけにもいかず、早速に乗組員達へ檄をを飛ばした。
まずは乗組員達がいたずらに不安を覚えることのないようにと配慮した上で、今度はトーマスに航路の指示を仰いだのである。
トーマスとガゼルは言葉少なに会話を交わしながら、船は指定されたコースを快速に進んでいく。
「プラネトス2世号も速かったけど、この船も速いね。」
「うん。なんだかあっという間に着いちゃいそう。」
フォルトとウーナの言ではないが、異界に入ってから目的地であるリコンヌに到着するまでは、まさにあっという間のことであった。

リコンヌの港には、傷ついたプラネトス2世号が停泊している。
しかし、その船体はトーマスが異界から姿を消した時に比べると大幅に修復されており、見かけ上は、ほぼ元どおりといってもよいくらいであった。
トーマスはプラネトス2世号の姿が確認できたあたりから、信号をやりとりして大まかな状況を掴むことに専念した。
いきなり異界に現れたヌメロスの軍艦に、プラネトス2世号の乗組員は驚いたものの、信号を発している相手が自分達のキャプテンであることに気付くやいなや、それまで停滞気味だった気分が一掃された。
「キャプテン!」
ルカをはじめとする乗組員達が所狭しとマストの上から手を振っている。
「みんな大丈夫か!?」
「全員、元気に修理してます!」
ルカの大声に、思わずトーマスは苦笑した。
「よい部下をお持ちのようですな。」
「ああ、最高の仲間達だ。」
トーマスの表情はどこまでも誇らしげであった。
もっともそれが続くのはそう長いことではない。
プラネトス2世号の隣に錨を降ろし、2隻の船が繋がると同時に神妙な面持ちへと変化していった。
艀の向こう側にはルカが、いつもどおりのにこやかな表情でトーマスを待っている。
(あの笑顔がくせ者なんだよな・・・。)
トーマスの内心を知ってか知らずか、フォルトとウーナは仲良く甲板に出てきた。
「トーマス、ルカさんがいてくれてよかったね。」
あっけらかんとした言葉に、内心冷や汗をかきながら、トーマスは一歩踏み出した。
「おかえりなさい、キャプテン。」
プラネトス2世号に戻ってきたトーマスの無事を喜んでいるルカの言葉に嘘はない。
しかし・・・。
これからまず為さねばならない「打ち合わせ」を思うと、自然と歩みが遅くなるトーマスであった。

プラネトス2世号が必要な修理を終えて出発できるようになるまで、フォルトとウーナは特にすることがない。
取りあえずは、リコンヌの小屋に滞在しているレオーネに挨拶するべく訪ねて行った。
この前の時と違い今回は、いくらか制限があるにしても当面せっぱ詰まった問題がないため、フォルトはレオーネから音楽についての話をいろいろ聞く機会に恵まれたのだ。
その一方でウーナは、同じように小屋にやってきていた銀の髪の少女と手持ちぶさたげに目が合った。
「えーっと・・・。」
話しかけようとして、ウーナは少女の名前を知らないことに気が付いた。
呼びかけようとして止まったウーナに少女はにっこり笑いかけた。
ちょこんとウーナを上目遣いに見上げると、不思議な言葉を発したのだ。
それは通常より聞き分けることに関しては優れているウーナの耳をもってしても、意味のある発音として聞き取ることができないほどに不思議な響きを持った声だった。
最初の音はおそらく子音なのだろうが、ウーナには発音できない音であり、続いて聞き取れたのは単語というより飛び飛びの音でにしかなかった。
思わず額にしわ寄せたウーナを見てか、少女はもう一度ゆっくり同じ言葉を繰り返した。
「うう・・わかんないよぅ・・・たぶん、名前を教えてくれてるのよね?」
少女の頷いたのを受けてか、銀の髪が肩先でさらさらと揺れている。
しゃべれなくとも、ウーナの言っている意味はわかるらしい。
「ごめんね、ちゃんとした名前を呼んであげられなくて。」
ウーナの声に気が付いてか、レオーネが横合いから声を掛けてきた。
「ゲルド、お姉さんに遊んでもらっているのか?よかったな。」
ウーナは、はっとしたようにレオーネを振り返ると、視線を受けてペコリと頭を下げた。
「ゲルドちゃんね。わたしはウーナ。」
「うーな?」
活発そうな少女には、話をするだけでは退屈の虫が疼いているのだろうか、外へ出たそうな素振りを見せ始めていた。
考えてみれば、この前きた時にはろくに当たりの様子を見る暇もなく、しゃむにレオーネの小屋を突き進んだだけに終わったような気もする。
朽ち果てた世界とはいえ、闇の中にもそれなりの情景は存在しており、この機会を逃しては次に見られる可能性は極めて低い。
「レオーネさん、ゲルドちゃんと一緒に外に出てもいいですか?」
「え、ウーナ、どこか行くの?」
びっくりしたようなフォルトに、ウーナはにこっと笑って答えた。
「ちょっとそのあたりをゲルドちゃんとお散歩してくるね。」
ウーナの答えを肯定するようにレオーネもまた目を細めて頷いた。
「あまり遠くへ行かないようにな。以前のような危険はないと思うが、それほど時間もないだろうから。」
「だいじょうぶ。」
おしゃまな口調でゲルドはレオーネに返している。
「じゃ、行ってきまぁす。」
ウーナはゲルドと手を繋ぐと、気軽に挨拶をして外に出た。

「とは言ったものの、どこへ行こうかなあ。」
一歩小屋の外に出た瞬間から、ウーナは闇の空を見上げて考えた。
「こっち。」
「え?」
ウーナが考えるまでもなく、ゲルドの方が先に歩き出した。
小走りに先を進んで、ウーナをぐいぐいと引っ張って行く。
ふたりの行く手には古の遺跡があった。
「・・・なつかしいな。フォルちゃんとふたりで来たとこだ。」
それからゲルドに視線を戻すと、なにやら大切そうに抱えているものを見せてくれた。
「これ、どんぐりでできた人形?ってことは、アイーダが作ってくれたの?」
頷く代わりにゲルドはこぼれるような笑みを返してくれている。
「そっか・・・アイーダもここに来たんだよね。今頃どうしてるんだろ。大丈夫かなあ。」
思わず洩らした溜息に、ゲルドはきょとんと首を傾げた。
「あ、ごめんね。この前、ここに来たお姉ちゃんのことがちょっと気になったの。」
「このまえのおねえちゃん?」
「そう、ええっと、予定だと、真実の島に出たはずなんだけど。」
話ながら、ウーナは苦笑した。
「ごめんね。言ってもゲルドちゃんにはわかんないよね。」
しかし、たどたどしい口調ながらもゲルドはいくつかの言葉を繰り返してきた。
「しんじつ、の・・・しま。」
「すごい、上手。そう、真実の島。魔女の鏡があって、不思議な景色が見えるところなんだって。そこにそのお人形をくれたお姉ちゃんがいるかもしれないんだって。」
話している間に、ウーナの涙腺が知らず知らずのうちに緩んできた。
「ここから、見えたらいいのにね。そしたら、ひとめ、姿だけでもみられたら安心できるのに。」
泣き顔をゲルドに見せて余計な不安を与えてはいけないと、ウーナは急いで涙をぬぐった。

小さな雫の一滴は、乾いた大地に瞬く間もなく吸収されて消えていく。
それを見て、ウーナは改めて異界の大地が荒れ地であることに気が付いた。
「こんな水も満足にない土地に・・・。海だって、全然違ってるもんね。ここの海は、青くなくて、波もなくて。」
「あおい、うみ?」
「そう、お姉ちゃんのいる世界の海は青くて、こーんな大きな波が押し寄せてくるの。」
「おおきな、なみ・・・。」
「うん。でも、ゲルドちゃんにはわかんないよね。」
目を伏せ掛けたウーナにゲルドは同じ言葉を繰り返した。
「なみ・・・。」
同じ言葉であっても、その響きはそれまでの、どこかあどけなさを残していたものと全くことなったものであった。
何かがウーナの上空で反応している。
反射的に空を仰いだウーナは、その瞬間、目の前に飛び込んできた景色を見て絶句した。
「ミッシェルさんっ!!」
忽然とあたり四方の石碑が輝き、その中に岩場の陰で目を閉じたまま動かないミッシェルの姿を映し出していたのである。
それもただミッシェルの姿を写しただけでなく、その背後に巨大な波が押し寄せている様相も同時に映し出していたのだ。
「どうなってるの・・・それより、これは本当のことなの?ねえ、ゲルドちゃん、これ、今、そうなの?」
ゲルドは黙ったまま、映し出されたミッシェルの姿を見つめている。
ウーナには、ゲルドの力を感じ取ることのできるような魔力はない。
けれども、今、目の当たりにしている映像が、ミッシェルの身に起こりつつある現実であることは直感的に理解していた。
どうしてミッシェルがその場所で、迫り来る危険にも気が付かないほどの状態でいるのかはわからないが、知ってしまった以上は平静でいることはできなかった。
「どうしよう・・・ミッシェルさん!ミッシェルさん!起きてください!」
聞こえないとわかっていても、ウーナは映し出されたミッシェルの姿に向かって叫ばずにはいられなかった。
「ミッシェルさん、目を覚ましてよぅ。」
ウーナはほとんど半泣き状態でミッシェルを呼び続けた。
「どうしよう・・・誰か・・・。」
けれどもミッシェルの傍に人のいる気配はない。
この場に居るのは自分とゲルドのふたりだけで、フォルト達のいる港は更に遠い。
「このままじゃ、ミッシェルさんが波に呑まれちゃうよぅ。」
ぎゅっと握りしめた拳に何か反応する物がある。
「え?なに、これ?」
ポケットを通して感じるのは、不思議な暖かみのある輝きだった。
うすぼんやりとした輝きは、波打つようであり、そのリズムは映し出された映像から発せられている波動に通じるものがある。
「なに?何なの?」
単なる驚きとは異なる好奇心に導かれ、ウーナは輝きの元を掴もうとポケットに手を突っ込んだ。
触れた瞬間、輝きを発しているのが何かの破片だと気が付くと同時に、ウーナはかつて経験したことのある耳鳴りに囚われた。
「い、痛いっ!」
反射的にウーナは耳を押さえ、その場にしゃがみ込んだ。
「だい・・・じょうぶ?」
たどたどしい言葉と小さなぬくもりがウーナの肩に触れた。
(大丈夫よ。)
答えようとして、だが、それは言葉にならなかった。
ゲルドの方を振り向くまでに、ウーナは視界が真っ白になり、最高潮に達した耳鳴りに耐えきれず、意識を失ってしまったのである。
時空を揺るがす光の柱が、古の遺跡に登り立つ。
そして、あたりに静けさが戻り、元の闇に覆われた時、そこにいたはずの少女達の姿は消えていた。
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