デュエット・シリーズ

■ふたりのマリオネット(19)
白熱した光に飲み込まれた時、ウーナは耳鳴りの痛さに一旦は気を失ったものの、すぐに意識を取り戻した。
ひとつには、放り出された先がごつごつした岩場であり、更には彼女ひとりではなかったことも幸いしていたに違いない。
「ゲルドちゃん、怪我はない?」
荒っぽく投げ出された割には、かすり傷ひとつないことに安堵しながら、ウーナは目前に迫りつつある危機を乗り切るための行動に出た。
「ミッシェルさん!」
ウーナは岩場の陰に倒れて動かないミッシェルを乱暴に揺さぶった。
「ミッシェルさん、起きてくださいっ!」
「・・・。」
微かな呻き声が漏れたが、ミッシェルの目は閉じられたまま意識を取り戻す気配がない。
その間にも、津波は確実に迫りつつあった。
「どうしよう。」
ラコスパルマ育ちのウーナは泳ぎが得意だが、意識のない大人と泳げない幼い子供とを連れて泳げるほどの技量は備わっていなかった。
囂々と渦巻く風の音に、ウーナは戦慄したが、その場から離れる気にはならなかった。
どのみち、あれほどに大きな波を避けれるだけの場所はこの島には存在しないのだ。
「ミッシェルさん!」
ウーナは波に呑み込まれる寸前まで、ミッシェルを揺さぶり続けた。
水気を含んだ風がすぐそこまで迫ってきている。
水飛沫を頬に感じた刹那、ウーナはゲルドを抱きしめた。

激しい波にもまれることを覚悟していたウーナだったが、最初に受けた水飛沫以上の余波は感じられない。
ゲルドを抱いたままの身体がふわりと浮き上がり、そのまま海を眼下に停止していた。
「浮いてる?」
自分の置かれている状況を認識するまでに、太陽を遮ったひとつの影があった。
その影はウーナとゲルドに直接触れてはいないが、確かにふたりを包み込んでいた。
「ご心配をかけまして、申し訳ありません。」
影から抜け出たミッシェルの声はいつもどおりの穏やかさをたたえていたが、その声には全くと言っていいほど張りがなかった。
「ミッシェルさん?」
心配顔のウーナにミッシェルはそれでも精一杯の微笑みを浮かべてみせた。
しかし、青ざめたミッシェルの顔色を間近にしてウーナは安心するどころか一層不安になるだけだった。
その不安をぬぐい去ったのは、他ならぬゲルドだった。
「だいじょうぶ。」
あどけないながらも彼女の声には不思議な安定感があった。
それもそのはずで、ウーナには単なる一言でしかない言葉だが、ミッシェルにはいろいろな意味を含んでいたのだ。
言葉ではなく心話でゲルドはすぐ近辺の洋上を走っている船の存在を伝えていた。
「・・・あそこまでなら、ええ、大丈夫ですとも。」
掠れた声にウーナが首を傾げた瞬間、ミッシェルはふたりをぐっと抱きしめてテレポートしていた。

突然切り替わった景色にウーナは目を丸くした。
しかし、驚いてる暇はなかった。
地に足がついたと思った瞬間、ずしりとした重みがウーナにのしかかってきたのだ。
「ミッシェルさん!」
ミッシェルの重みでよろめいたウーナを別のがっしりした手が支えた。
「大丈夫かね。」
同時にウーナに寄りかかっていた重みが引いていき、代わって懐かしい顔と対面した。
「ガヴェインさん!?」
「まさかと思ったが、その声は、ウーナだね?」
いきなり空からミッシェルに抱きかかえられて現れたウーナと銀色の髪の少女の姿に驚きはしたものの、既にアイーダと再会していたガヴェインは深く考えるまでもなく状況を察したようである。
「どこも怪我はないかね?」
淡々と尋ねられて、ウーナもまた冷静に返していた。
「わたしは大丈夫ですけど。」
自分達の心配より、目の前で再び意識を失ってしまったミッシェルの方が気にかかる様子である。
そんなウーナにガヴェインは自然と優しい眼差しを返していた。
「彼なら大丈夫だ。少しばかり疲れているようだが、それ以上のことはなさそうだ。」
白魔法使いであるガヴェインには、ミッシェルの倒れた原因が一目瞭然だった。
疲労の著しい魔法使いへの対処法はただひとつ、十分な休養を与えてやることだ。
ガヴェインの指示を受けて、ミッシェルは船室のベッドへと運ばれていった。

それぞれが落ち着いたところで、ウーナはアイーダの事情を含めて今回の経緯をガヴェインに話した。
「なるほど。それでアイーダの話と辻褄が合う。」
続くガヴェインの話は、ウーナに何よりの喜びをもたらすことになった。
「じゃあ、アイーダは無事にこっちへ来てるんですね!」
「ああ。それだけではない。当初の目的もしっかり果たしておるぞ。」
「うふっ。さすが、アイーダらしいな。」
思わず笑みをもらしたウーナにガヴェインも肩の荷を下ろしたようである。
「さて、そうとなれば、このまま進路をバロアに向けた方がよさそうだ。」
「バロア?」
「バロアとギアは目と鼻の先なのでね。少し長い船旅になるが。」
そこでふとガヴェインは心配そうな表情を浮かべた。
「ゲルドと言ったね、その子は大丈夫かね?」
ウーナの膝の上で大人しく抱かれている少女の顔色は、船上に現れた時に比べると不自然なほどに昂揚していた。
それだけではなく、いつもなら元気いっぱいに走り回っているというのに、どこかぐったりと気怠そうにウーナの胸にすがっている。
「ゲルドちゃん?」
嫌な予感にとらわれ、ウーナはそっとゲルドの額に手を当ててみた。
「うそ・・・いつから?」
ぐったりしているのも道理で、ゲルドの額は驚くほどの熱を帯びていたのだ。
「これは・・・いかんな。すぐ上陸させよう。」
同じく額に手を当てて状況を確認したガヴェインは、すぐさま行動に移った。
「ここからだと・・・ヴァルクドの方が近いな。あそこなら大聖堂で治療も受けられる。」
上陸後のことも考えながら、めまぐるしく指示を出すガヴェインであった。

ゲルドが突然に高熱を発したと聞かされて、ミッシェルはゆっくり休むどころではなくなった。
おぼつかない足取りながらもベッドを離れ、ゲルドの傍にやってきた。
とりわけヴァルクドの病室へ入ってからは片時も目を離そうとせず、ウーナとともにゲルドの傍らにあった。
他方で、ガヴェインは3人が病室に収まると、駆け足で何処ともなく姿を消した。
「すぐ戻ってくる。」
一応、ミッシェルに伝言めいた言葉を残して行ったが、それきり行方が知れなくなってしまったのだ。
「お医者様ならここにもいるし、どこへ行っちゃったのかな。」
「もしかしたら、バンドル先生を呼びに行ったのかもしれません。」
「バンドル先生?」
「フィルディン一の名医とでも申しましょうか。もちろんガヴェイン殿とは旧知の間柄ですから、あるいは・・・。」
言葉少ななミッシェルにウーナはわかったと頷いた。
ゲルドの熱も心配だが、ミッシェルの疲労の抜けきれない様子も気にかかる。
今元気なのは自分だけであるという自覚がウーナに芽生えていた。

ガヴェインの向かった先について、ミッシェルの予想も半分は当たっていた。
その頃Dr.バンドルは王都フィルディンに居たのである。
しかし、ガヴェインが出向いたのはそこだけではなかった。
彼は転移門からフィルディンの図書館に出るやいなや、そのままウルト村へと直行したのだ。
だが、ウルト村をそのまま通り過ぎて、さらにその奥地へと向かっていく。
「あれ?今のガヴェイン様じゃ・・・?」
「うちの方に向かっていったような?」
折しも村を全速力で駆け抜けて行ったガヴェインを、マイルとアヴィンが偶然目撃していた。
ガヴェインも目の端をよぎったアヴィンとマイルの姿に気が付かなかったわけではないのだが、今彼が用があるのはそのふたりではない。
事情は後から話せば済むことだと割り切って、ガヴェインはウルト村の奥に位置する見晴らし小屋へと向かって行ったのだった。

ガヴェインがアヴィンが一家を構えている見晴らし小屋の扉を叩いた時、ルティスとアイメルは仲良く食事の準備をしているところだった。
親も同然の間柄とはいえ、いきなり入ってきたガヴェインに、当然のことながらふたりは目を丸くしている。
「ルティス、すまんが、ちょっと助けてくれないか?」
挨拶もそこそこにガヴェインはルティスを誘った。
「子供が熱を出して、わしらではどうしたらいいかわからんのだ。」
「まあ・・・。」
事情も何もあったものではないが、ガヴェインのただならぬ様子を見て、ルティスはアイメルを振り返った。
「お兄ちゃんには私から言っておきます。」
にっこり答えたアイメルに、ルティスは「お願いね。」と一言声をかけると、手早く身支度を整えガヴェインの前に立った。
「で、その子はどこにいるんですか?」
「あ、ああ。案内しよう。話は歩きながらでよいかな?」
ガヴェインはそう言ったが、実際は歩きながら話をするどころか、来た時と同様、全速力で王都へと駆け抜けて行ったのだった。

いささか強引とも言えるガヴェインの行動だが、それはルティスに対してのみに留まらず、ちょうどフィルディンの宿に滞在していたDr.バンドルに対しても同様だった。
幸いにも王都での用を終え、次の旅をどうしようかと考えていたDr.バンドルは、いつになく慌てているガヴェインに同情してか、快くヴァルクド行きを了承してくれた。
本来なら、陸路にしても航路を取るにしてもかなり時間を要する旅だが、来た時と同じく転移門を使っての移動だから、それこそ一瞬のうちに3人はヴァルクドの大聖堂にやってきた。
「こっちだ。」
ガヴェインはミッシェル達の待つ病室へとDr.バンドルとルティスを案内していき、診察が始まるとようやく人心地ついたのだった。
ルティスはウーナやミッシェルと初対面ではないが、状況が状況だけに、ひとまず目だけでふたりと挨拶を交わし、様子を見守っている。
不安そうに見守る複数の瞳の中でDr.バンドルはゲルドを診察し、ガヴェインに結論を伝えた。
「知恵熱ね。」
「知恵・・・熱?」
思いもよらぬ病名(?)を告げられ、ミッシェルは腰が引けていくのを感じていた。
「ええ。このくらいの年の子にはよくあることよ。それだけ頭が良く回って賢い証拠だわ。」
いともあっさり診断を下すと、Dr.バンドルは少量の解熱剤を調合し、ルティスに渡した。
「ぐっすり眠って落ち着けば、熱は下がると思うけど、念のため渡しておきます。どうしても下がらないようだったら飲ませなさい。飲ませ方はわかりますね?」
「ええ。」
折しもそういう時季の子供達を育てている最中のルティスは、得心がいったように頷いた。
「では、私はこれで。」
「ありがとうございました。」
ルティスの挨拶を受けて、Dr.バンドルは他の患者を診るべくベッドを離れていった。

「いろんなことをいっぺんに体験したからきっと噛みついちゃったのね。」
壁際に呆然と立ちすくんでいたミッシェルは、ルティスの言葉にようやく我を取り戻した。
ルティスは慈愛に満ちた眼差しで、少女の銀色の髪を撫でてやっている。
「でも、そうはいってもこのままにしてはおけないわ。熱が出たあとは体力がなくなるし、このくらいの年の子だと、食事もそれなりに気をつけてやらないと回復が遅れるもの。」
「ルティス、君の経験ではどのくらいで元に戻るものなのかね。」
「普通は2〜3日もすれば元気いっぱいで駆け回るようになると思いますけど。」
そこでルティスは言葉を句切り、一段と声を低くしてミッシェルをうかがった。
「どういう経緯かは聞きませんが、この子の力は普通ではありませんね?」
魔法の心得のあるルティスは、少女の持つ魔力が尋常ではないことを感じ取っていた。
同時にそのあたりの事情が、ガヴェインやミッシェルを青ざめさせた要因であることも察していた。
「私としては、むしろそちらの方が気がかりです。」
意識がはっきりしている時ならともかく、こういった状態で、しかも年端のいかない子供であることも心配の種だった。
「ここはこの子にとってあまり良い環境とはいえないでしょう?」
母親らしい貫禄を持ったルティスの言葉に、ガヴェインはふうむと思案顔だ。
大勢の、不特定多数の人がひしめくヴァルクド大聖堂の病室は、人慣れしていない子供にはそれだけで情緒不安定の原因となりやすいものなのである。
「しかし、ここ以外となると・・・わしのところもあまり落ち着いているとは言えんし。」
「だったら、うちで預かりましょうか?」
「うちって・・・君の家でかね?」
突然のルティスの申し出は、ガヴェインのみならずミッシェルにも意外な驚きで持ってむかえられた。
「うちなら、ここよりずっと静かですし。あまり広いとはいえませんが、もう2〜3人くらい増えても大丈夫ですわ。」
「それは、そうしてもらえればこれほど助かることはないが。」
言いかけてガヴェインはふと首を傾げた。
「もう2〜3人と言ったね?」
言葉尻を捉えたガヴェインは、ルティスの視線の先にウーナとミッシェルがいることに気が付き、はたと頷いたのだった。
「なるほど。たしかにわしのところにいるより、その方がずっとよさそうだ。何かあれば王都の転移門からこっちに来ればいいわけだし。ふむ、そういうことならディナーケンに一言頼んでおくか。」
一旦出口が見えると、ガヴェインの決断は早い。
疲労の色の濃いミッシェルに反論の余地があるはずもなく、一同はそのまま大聖堂の奥深くにある転移門から王都フィルディンへと向かうことになったのである。
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