デュエット・シリーズ

■ふたりのマリオネット(2)
古代杉とも千年杉とも呼ばれる良質の杉のみを材料に使って作るロゼットの人形は、エキュルがヴェルトルーナに誇る工芸品である。
しかし、当のロゼットは、富とか名誉には全く興味はなく、工芸品ともてはやされようが、所詮、人形は遊ぶための道具であり、道具である限りは身近に使えてこそ意味があると主張してやまない。
それ故、ロゼットは自らが作った人形を売る相手にいくつかの条件を課していた。
「人形が扱えること」、ただそれだけのことなのだが、実はそれこそが最大の難関でもありえた。
ロゼットの人形は非常に精巧にできている。
それ故に、その扱いにもある程度の技量が要求されるのだ。
普段、難なく人形を操っているアイーダをみている限りではとても想像できない落とし穴が存在しているのである。

「おじいちゃん、ただいま!!」
「おお、お帰り。」
元気に戻ってきたアイーダをロゼットは心底ほっとしたように迎え入れた。
ウーナと一緒だから間違いはないと思っていても、そこは肉親の常として元気な顔を見るまでは、やはり心配は尽きないものなのだ。
「おや、お客さんかね。」
アイーダの背後にフォルトやウーナのみならず、キャプテン・トーマスやミッシェルの姿を認めるとロゼットは作業の手を休めて立ち上がった。
「お忙しいところ失礼します。」
ミッシェルがにこやかに挨拶をする側で、アイーダはロゼットに彼らの用件を手短に説明した。
「と、いうわけで、おじいちゃんの人形を買いに来たのよ。」
「ほお?」
ジロリとロゼットの視線がトーマスに向いたが、すぐに戸棚から単純な作りの素体を取り出して置いた。
「見てのとおりじゃ。これを歩かせてみてもらおうか。」
「歩かせる?」
改めて人形を見てみると、細い糸が手足に付いており、その先はそれぞれ板に繋がっている。
どうやら板を動かすことによって人形に動きを与える仕組みになっているようだ。
「この板を持って・・・。」
カタリと人形が立ち上がった。
「それから、これを交互に動かせば・・・。」
ズルリ、すとんと人形が広くもない作業台の上で移動していく。
「・・・歩くというより、引きずられてるみたい。」
ぼそりとアイーダが呟いた。
「そ、そうか?」
「もうちょっと滑らかに板を上下させた方がいいと思う。」
「こうか?」
トーマスとしては、板を上下させただけのつもりなのだが、それに対して人形はその場でぐるぐる回転してるだけであった。
「前に進んでないよ?」
「そう・・・だな。」
ねじれた糸は当初より短くなり、人形はますます動きが取れなくなっていく。
「あれ、この糸、こっちだっけ?」
「え?」
「なに、やっとるんじゃ?」
操りの糸を持て余し、変に絡ませてしまったトーマスをロゼットは呆れたように見やった。
「まさかと思うが、おまえさん、人形を扱ったことがないというんじゃあるまいな?」
冷ややかなロゼットの視線に、トーマスは正直に頷くしかなかった。
どんな嵐の海でも船を操ることにかけては誰にも引けを取らないキャプテン・トーマスだが、糸を操って人形を動かすとなると勝手がまるで違ってさっぱり要領を得ないのだ。
「冗談じゃない。まともに人形を扱えない奴に売る人形など無いっ!」
ロゼットは素体の人形をトーマスから取り上げると、そのまま工房の地下室へと引っ込んでしまった。

「ロゼットさん!」
慌てて後を追おうとしたトーマスを止めたのは、工房に滞在中のマクベインだった。
「今日のところは帰った方がいい。」
一度言い出したら頑として譲らないロゼットの気性を知るだけに、出直してくるよう忠告したのだ。
「しかし・・・。」
「どっちにしても、今のところおじいちゃんの手元に完成した人形はなさそうだもの。」
工房の中を見渡したアイーダは、作りかけの人形しかないことに気が付いていた。
「そうなんですか?」
「うん。さっき出した素体が一番進んでる未完成品だと思う。」
「それって完成するまでどのくらいかかるんだ?」
「・・・わかんない。」
そこで初めてアイーダは困ったように一同を見上げた。
「おじいちゃん、作るときはだだーっと作るんだけど、何か新しい仕掛けを考えてるときは、作業が全然進まないの。」
「それって、当分人形はできないってこと?」
「・・・かもしれない。」
どうやら売ってもらう以前に問題が山積みのようである。
「確かにこの様子では、出直してきた方がよさそうですね。」
ミッシェルに肩を叩かれ、トーマスも渋々ながらに頷いた。
「ごめんね、トーマス。」
「いや、最初からすんなり買えるとは思ってなかったしな。アイーダが気にすることじゃない。」
「でも。」
「気にするな。」
しかし言葉にされると却って気になってしまう。
俯いて黙ってしまったアイーダにトーマスもそれ以上掛ける言葉が見つからず、ミッシェルに助けを求めるかのように振り返った。
「いずれにしても今日のところは帰りましょう。アイーダやウーナも長い船旅の後で疲れているでしょうからね。」
てっきり皮肉のひとつでも返されることを覚悟していたのだが、意外やミッシェルはあっさりと後を引き継いでくれた。
「そうだな。」
拍子抜けした反面、どこかほっとしながらトーマスも帰ることに賛成した。
「心配いりませんよ。嵐の海を越えた後ですから、プラネトス2世号にもそれなりの補修が必要です。」
ミッシェルの言葉にアイーダの表情に微かながらも期待の色が灯った。
「本当?」
「ああ。乗組員にも休みは必要だし、少なくとも数日はこっちにいることになるだろう。」
「・・・それだけ?」
「それだけって?」
オウム返しに繰り返したトーマスにアイーダは落胆の色を禁じ得なかった。

気まずい沈黙に、ミッシェルは仕方ないと肩をすくめてトーマスを促した。
「帰りますよ、トーマス。」
「ああ。」
ミッシェルに促されてトーマスはロゼット工房を出ようとしている。
ろくに話しもしていないというのに、あんまりだと思ったが、状況が状況だけに今引き留めても話がややこしくなるだけなのは目に見えていた。
「また、来るよね?」
「ああ。」
何にしても気のない返事にアイーダは無茶苦茶腹が立ってきた。
元を辿れば祖父ロゼットの頑固な拘りがそうさせたのであるが、だからといって祖父を責める気にはならなかった。
アイーダもまさかトーマスがあそこまで下手だとは思わなかったのだ。
(そうとわかっていれば、もう少し何とかできたかもしれないのに・・・。)
ティラスイールからヴェルトルーナまでの船旅は十分な時間とは言えないが、決して短いものではなかった。
それなのに今思い返してみると、ほとんど話らしい話をした記憶がない。
(やっぱりあたしのことなんて・・・。)
どちらにしても、今のアイーダにはこれ以上トーマスを引き留める理由がなかった。
「送ってくれてありがと。」
それだけ言うとそのままトーマスの目の前でドアを閉じてしまったのだった。

目の前でロゼット工房の扉が閉まってからプラネトス2世号に戻るまでのことをトーマスはほとんど覚えていなかった。
気が付くと、朝日の中でぼうっとしている自分がいる。
ルカがプラネトス2世号の修理のことで話をしに来たときも、最初のうちは半ば上の空であった。
「キャプテン、船の修理のことなんですが。・・・キャプテン?」
「え?ああ、えーと、エンジンの調整は任せる。」
「ですから、そのために整備のできる港まで行く必要があるんです。」
「ここじゃダメなのか?」
「小さな漁港ですからね。本格的な修理は無理です。」
きっぱり答えたルカにトーマスはようやく頭が巡り始めたようである。
「となると、ここから一番近いのはブロデインだな。」
以前の事件のおかげで、ブロデインのデュオール王子とは旧知の間柄になっている。
実のところ、もう一カ所心当たりが無いわけではなかったが、そちらよりブロデインの方が近かった。
「じゃあ、さっそくブロデインへ出航だ。」
「え?もう、ですか?」
「修理は少しでも早い方がいいだろう?」
「それは、そうですが・・・。」
伺うようなルカに、トーマスは繰り返し出航準備を命じた。
「じゃあ、そういうことだ。早速、出航準備にかかってくれ。」
「・・・アイアイサー。」
なとなく割り切れぬものを抱えながらもルカは乗組員に出航準備を伝えるべく甲板に上がっていった。

ひとり部屋に残ったトーマスは考えていた。
人形を扱えない者に人形は売れないと言ったロゼットに、トーマスは腹を立てるどころか共鳴していた。
ロゼットは自分の作った人形を愛している。
それは自分がプラネトス2世号に対して持っている気持ちと相通ずるものがあった。
自分だって、船を操れない者に船を任せるようなことはしない。
それ故に、昨日の今日で、ロゼットの気が変わるとは到底考えられなかった。
だとしたら少し時間を空けた方がいい。
しかし、それには大きな問題がひとつあった。
「黙って出発したらアイーダは怒るだろうな。」
「そう思うのでしたら、きちんと挨拶すべきでしょう、トーマス。」
「ラップ!」
いつの間入ってきたんだと尋ねかけて、この友人に扉は関係ないことを思い出し、トーマスは諦めたように溜め息を吐いた。
彼の言うことは正しい。
「だが、今からロゼットさんを訪ねるのもなあ。」
「そのことなら心配いりませんよ。もうじきアイーダがここに来ます。」
「なに!?」
「彼女にも、いろいろ言いたいことはあるようですが、取りあえずは目の前の問題を片づけるのが先だと言ってましたから。」
「目の前の問題?」
「昨日の今日ですからね。覚悟しておいた方がいいですよ、トーマス。」
ミッシェルがにっこり笑ったところをみると、どうやら彼はアイーダが何を目的としてここへ来るのかわかっているようである。
「おい、いったい何をしに彼女はここへ来るんだ?」
「さあ、私は直接聞いたわけではありませんから。」
「だが、知ってるんだろう?」
「私に聞くより、本人に直接聞いた方が早いですよ。」
にこやかにミッシェルが答えたのと、ルカが慌ただしく入ってきたのとほぼ同時であった。
「キャプテン、お客さんですよ。」
ルカの表情から、聞かなくても訪ねてきた客がアイーダであることは判る。
「ちょっと待ってもらってくれ。」
「でも、キャプテン・・・。」
ルカが返事をするまでもなく、扉の影からひょっこり本人が顔を覗かせていた。

「おはよう、トーマス!」
元気な声は、いつものアイーダのものだった。
「ああ、おは・・よう。」
ぎこちない挨拶が終わらないうちに、アイーダはするりと部屋に入ってきてトーマスの前にやってくると、その手に抱えていたものを差し出した。
「はい、トーマス。」
ポシェットサイズの布製の袋がトーマスの目の前にある。
「俺に?」
「いいから開けてみて。」
くるくるした瞳に見守られて、トーマスは袋の口を開けた。
「おい、これは・・・。」
ポシェットの中にはカプリが入っていた。
ただし、それはトーマスの見慣れたクロトの糸に繋がれたアイーダ専用のカプリではなく、極めて単純な作りの汎用の操り人形に作り替えられていたのである。
「えへへ。夕べ大急ぎで作りかえたの。」
アイーダの目が赤味を帯びているのは、朝日のせいばかりではないらしい。
「これならトーマスでも扱えると思うから。」
「アイーダ・・・。」
言葉に詰まったトーマスにアイーダは駄目押しの一言を添えた。
「だから、ちゃんと扱えるようになってよね。」
「え?」
「そのために、プラネトス2世号に付き合うんだから。」
「付き合うって・・・。」
「船の修理が終わるまで、トーマスはヒマだってミッシェルさんが教えてくれたの。だから、おじいちゃんが人形を完成させるまでに、トーマスにカプリを扱えるようになってもらわなくちゃ。」
呆気にとられたトーマスがことの次第を呑み込んだとき、部屋にはアイーダとトーマスのふたりしかいなかった。
「あいつら・・・。」
怒鳴るべき相手はおらず、残っているのは難問ばかりなり。
「トーマス、怒った?」
「いや、どのみち教えてもらうつもりだったんだ。」
トーマスが心を落ち着けるべく大きく深呼吸をしたところで、プラネトス2世号は就航の合図を慣らしはじめた。
「お手柔らかに頼むよ、アイーダ。」
「頑張ろうね、トーマス。」
そしてポシェットの中からカプリが飛び出した。
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