デュエット・シリーズ

■ふたりのマリオネット(28)
フォルトが慎重にキタラの調整を終えた頃、レオーネもまた楽譜を書く手を止めた。
「この中で知らない曲がありますか?」
示された楽譜を見てフォルトは全部知っているし、マクベイン一座で演奏したこともあると即答した。
「では、ウーナくんのレパートリーは?」
「僕と一緒です。」
確認したレオーネにフォルトは自信を持って答えた。
「そうか。そういえば、ウーナも向こうにいるんだったな。」
異界に来る時は一緒だった少女のことをトーマスも思い出した。
ウーナもまた誕生のメロディを知る稀代のピッコロ奏者である。
何気なくそう考えたところでトーマスの思考が停止した。
「おい、まさか、ここでウーナと演奏するなんて言わないよな?」
トーマスは半分口から出任せで聞いたつもりだが、頷いたフォルトの目は真剣だった。
その間にもレオーネの質問は続き、フォルトは淡々と返している。
「デュエットの経験はあるのかね?」
「じいちゃんから合格点はもらえてないけど、一応、あります。でも、それは僕の曲が未熟だからであって、演奏が合ってないからじゃないんです。」
「つまり、ふたりで音楽を共振させることには問題ないんだね。」
「はい、レオーネさん。」
はっきり答えたフォルトにトーマスはただ驚くばかりだった。
「まさかと思うが、本当に異界とフィルディンでデュエットするつもりなのか?」
確かに、ウーナならばフォルトの演奏に合わせて誕生のメロディを奏でることができるだろう。
だが、異界にいるフォルトの演奏に合わせて、遠く離れたフィルディンで同じようにメロディを奏でることが、果たして可能なのであろうか。
例え今繋がっている道が、うまくウーナのいる場所に繋がっていたとしても、次元を共振させるほどの演奏ができるかどうかはまた別の問題である。
そもそも異界とフィルディンとを繋ぐ道がどれほどの距離をもっているかもわからないのである。
トーマスの疑問は尽きないが、フォルトはいともあっさりと切り返した。
「大丈夫だよ、トーマス。ウーナはすごく耳がいいんだ。少しくらい距離があっても、彼女なら僕の演奏を聞き取れるよ。」
フォルトは少しくらいの距離と簡単に言ったが、異界とフィルディンの間には、単なる距離だけでは測れない隔たりがある。
異界に行ったことのあるフォルトにそれがわからないはずはない。
もの問いたげなトーマスにフォルトはきっぱりと断言した。
「僕らの音楽に距離は関係ないんだ。」
いったいどこからそんな理論が出てくるのか、トーマスにはさっぱり理解できなかったが、フォルトの主張が体験したことからくる自信に裏付けられたものであることはわかった。
「だから、僕の演奏に合わせてウーナはピッコロが吹けるし、僕もウーナのピッコロに合わせてキタラが弾ける。」
それが嬉しくてたまらないというようにフォルトは言ってのけたのである。
「だが、必ずしも最初から聞こえるとは限らないだろ?共振を起こすとなると、それなりにタイミングが必要なんじゃないのか。」
一般論を提示して危ぶんだトーマスに、フォルトはそれについても大丈夫だと自信を持って請け合った。
「途中からでもウーナなら、ちゃんと僕に付いてこれるよ。ウーナのピッコロが入ったのを確認したら、レオーネさんが書いてくれた順番に合わせて僕が曲目変えればいいんだ。僕が変えたら、ウーナもそれに呼応して必ず曲を変える。そうすることによって、異界とフィルディンとで同じように共振させることができるんだ。そうですよね、レオーネさん。」
「ああ、そのとおりだ。」
重々しく頷いたレオーネにトーマスはもはや返す言葉が見つからなかった。
異界とガガープとにまたがる事象を音楽でコントロールするなど、通常の常識では考えも及ばないことである
しかし、不思議と異論を挟む気にはならなかった。
彼らならやってのけるだろうと妙に納得できるものがあったのだ。
「だが、道の方はそれでいいとして、そこから先はどうする?安定したからと言っても人が簡単に通れるようなシロモノじゃないんだろ?」
むしろトーマスにとって重要なのは、そこから先のことである。
いくら異界とフィルディンとの間が安定した道で繋がったとしても、それだけでは何の意味もなさないのだ。
「そうですね。ただ、こればかりは、向こうにいる方が的確な判断をしてくださることを祈るよりほかありません。」
「そりゃまた、なんとも有り難い言葉だぜ。」
トーマスは大きく肩をすくめてみせたものの、フィルディンにはミッシェルがいる。
レオーネの言うところの向こう側で判断を下す人とは、彼以外には考えられないのだ。
ミッシェルの判断に絶大なる信頼を置いているトーマスとしては、同じように彼を信じると言ってくれたレオーネの言葉が何より嬉しかった。
「で、いつから始めるんだ?」
「今から、すぐに始めるよ。」
「え?」
「最終的にどうこうする前に、まずは、聞かなきゃいけないことがいっぱいあるし。」
フォルトはにっこり答えると、一呼吸置き、静かにキタラを奏で始めた。
それ自体がひとつの曲を為すと言わしめた誕生のメロディは、耳に心地よく響き、穏やかに波紋の輪を拡げていく。
緩やかな、それでいて包み込むような風が闇の空に流れ始めたのだ。
誕生のメロディの波動は確実にあたりの魔獣を沈静化させていった。
「第一段階は成功ってとこか。」
予想はしていたが、ここまで顕著に効果が現れたのを目の当たりにして、人知れずトーマスは感嘆の呟きを洩らしていた。

コルナ村の上空を仰いでいたウーナの瞳が突然大きく見開かれた。
「フォルちゃん!?それに、これは・・・!」
考えるより体が先に動き出す。
それまでの疲れを物ともせず、ウーナはピッコロを構えると、心に任せて吹き始めた。
「ウーナ、どうしたの?」
傍らで目を丸くしているアイーダの声も全く耳に入っていない様子である。
「どうしたんだ、ウーナは。」
澄んだピッコロの落ち着いた響きにアヴィンやマイルも駆け付けてきた。
「誕生の、メロディ。そうか、そういうことでしたか。」
どこかで聴いたことのあるメロディだと記憶を辿っていたミッシェルがはたと膝をたたいたのだ。
「ミッシェルさん、知ってるの?」
「アヴィンだって知ってるはずだよ。」
マイルに言われてアヴィンは首を傾げた。
言われてみれば確かに聞いたことのあるメロディなのだが、いつ、どこで聞いたものなのか、そのあたりがすっぽり抜けている。
「異界でガードコアを封じた時の曲だよ。あの時、ウーナがこのメロディで一時的に魔獣を大人しくさせだだろ?」
「あ!じゃあ、さっきから急に魔獣の気配を感じなくなったのは、もしかして、異界でフォルトが同じメロディを弾いてるってことか。」
「きっとそうだよ。あのね、ウーナはどんなに離れていてもフォルトのキタラなら聞こえるんだって。大蛇の背骨でもそうだったの。」
アイーダの声には幾分羨ましそうな響きがこもっている。
「どういうことなんだ?」
「おそらく曲を通して、何か伝えようとしているのではないでしょうか。」
ミッシェルの予測を裏付けるように、次に曲の終わりが近づくと自然にリタルダントしていった。
「アイーダ、おそらくこの先ウーナはいろいろな曲を吹くはずです。残念ながら私たちはヴェルトルーナの曲にあまり詳しくありません。もしもあなたの知っている曲があれば、それがどういう曲か教えてもらえますか。」
「マックさんとはヌメロスまで一緒に旅したから、結構あたしも知ってるつもり。任せといて。」
ぽんと胸をたたいて請け合ったアイーダとは対照的に、同じく一緒に旅したはずのアヴィンとマイルは苦笑混じりで視線を伏せている。
あの時は、興行どころじゃなかったもんな、と互いに黙していた。

フォルトの奏でるメロディが安定した波動をもたらしてから、いくらも経たないうちに彼の演奏に変化が訪れた。
「ウーナくんが気付いたようですね。」
はい、と答える代わりにフォルトはリタルダントをかけ始めた。
「では、始めましょうか。まず最初はこの曲を弾いてください。」
レオーネがフォルトにさきほどまで書いていた楽譜を拡げて見せた。
すばやく譜面に目を走らせるとフォルトは自然な流れに乗せて曲目を変えた。
「次は、これです。」
フォルトの曲調が安定すると、レオーネは新しい曲を示していった。
それらの曲はトーマスには馴染みのないものだったが、一瞥しただけでフォルトが難なく弾いている様子から、ヴェルトルーナではよく知られた曲なのであろう。
時々キタラの手が止まるのは、ウーナ側で回答らしき曲を吹いているのを聞いているからだと思われる。
やがて数曲弾き終えたところで、フォルトは一旦キタラから手を完全に離した。
演奏を終えたフォルトの顔は端から見てもわかるほどに興奮している。
「やったね、トーマス!」
開口一番、フォルトは昂揚した声でトーマスに呼びかけた。
「・・・なにがだ?」
「アイーダだよ!」
フォルトが告げた名前にトーマスの眉が上がる。
「アイーダが、どうかしたのか?」
逸る心を抑え努めて平静に尋ねたトーマスにフォルトはもどかしそうに先を続けた。
「ギアで必要な部品をちゃんと作ってもらってるんだよ。」
「まさか・・・いくらなんでも早すぎる。ギアの工場がフル稼働しても10日やそこらはかかるシロモノなんだぞ。」
異論を挟んだトーマスをフォルトはあっさり肯定し、ふたつの世界の間に生じた時間差を告げたのだった。
「うん、あっちに出てから、ちょうど2週間過ぎたって言ってるからね。」
「2週間!?」
異界とこちらの世界とでは時間の流れが微妙に異なっている。
短期間の滞在であればそれほど影響は受けないが、長期化すると両者の間にそれなりのタイムラグを生じてしまうのだ。
だが、今回はそれがかえってトーマス達に幸いしたようである。
「つまり、フィルディンではもう部品ができてるってことか。」
「そういうこと。よかったね、トーマス。これでふたりを迎えに行けるよ。」
「おいおい、随分簡単に言ってくれるじゃないか。」
大変なのはむしろこれからではないかと続けようとした時、フォルトがぴくりと反応したのである。
「ごめん、トーマス。ちょっと待って。ウーナから返事が来たから。」
言うが早いかフォルトは目を閉じると、無心で耳を澄ましている。
そのまま無意識に彼の手がキタラを求め、再びメロディを奏で始めた。
「フォルト?」
レオーネはと見ると、彼は頷いてから首を振った。
レオーネやトーマスにはフォルトのキタラ以外何も聞こえないが、フォルトはウーナのピッコロに呼応してキタラを弾いているらしい。
やがてフォルトの奏でる曲を聞いたレオーネがその意味するところをトーマスに解釈してくれた。
「どうやら方法が見つかったようです。」
あまりにもあっさりと告げられて、トーマスは驚く前に力が抜けそうになっていた。
「いったい何をどうしようっていうんだ?」
「あちらにいる方々が協力して送ってくださるようですね。」
「協力して・・・送る!?」
それこそ突拍子のない話にトーマスは呆然と聞き返していた。
「ええ。次にタイミングを合わせたら、実行に移すということで調整がついたようです。大丈夫ですか?」
レオーネはフォルトの様子を気遣った。
「はい、レオーネさん。」
極度の緊張を伴いながらもフォルトは会心の笑みを浮かべて答えた。
「でも、本当に大変なのはこれからです。魔獣が落ち着いている今のうちでないと、ミッシェルさん達も動けないらしいので。」
話している間もフォルトの手はずっとキタラを奏で続けていた。
惰性的に奏でているようでもあり、何かを待っているようでもある。
ふいにあたりの空気がピンと張りつめたような気配を伴った。
「トーマス、来るよ!」
フォルトが短く叫んだ瞬間、トーマスは全身が緊張でこわばるのを感じた。
それまでトーマスは自分の魔力について深く考えたことはなかったが、これだけ凄まじい圧力がかかると否応なしに自分の力を意識せざるを得ないようである。
「こういう時、魔法が使えるのも良し悪しだな。」
自らの力があらぬ方向に暴走しないよう心に鍵を掛けてトーマスはその瞬間に備えたのだった。
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