デュエット・シリーズ

■ふたりのマリオネット(3)
プラネトス2世号がジラフを出航すると、早速にアイーダはトーマスにそれように改造したカプリで操り人形の操作を教えにかかった。
しかし、平時であれば難なく進む海路だが、あいにくと今のプラネトス2世号は、不調な部分を抱えているため、乗組員達に任せきりというわけにはいかなかった。
とりわけ、ジラフからブロデインへの航路はレクト島の異変後、すっかり潮の流れが変わってしまい、至る所にレクト島の残骸ともいえる小島が点在しているため、慎重なる舵取りが必要であったのだ。
「キャプテン、申し訳ないのですが・・・。」
操り人形を手にとって動かし始めたかと思うと、ルカが申し訳なさそうにトーマスを呼びに来た。
「アイーダ、悪いが・・・。」
「いいわよ。船が沈んだりしたらそれこそ大変だもん。」
そもそもトーマスがブロデインに向かわねばならない理由がプラネトス2世号の修理のためなのだから、今この状態で引き留めることができないことはアイーダにもわかっている。
「そのかわり、あたしも一緒に甲板に出る。いいでしょ?」
潮の流れの安定していない海域を甲板で過ごすのはあまり勧められた話ではないが、かといって船室にひとり残しておくのも心配だったので、トーマスは了解した。
「大丈夫。ちゃんとルカさんの言うこと聞いて大人しく見てるから。」
なんでそこにルカが出てくるんだと憮然とした表情のトーマスを尻目にアイーダはするりと船室から出ていった。
「船長さーん、早く来ないと舵が取られるわよ〜。」
いたずらっ子をからかうように、アイーダは甲板へと消えたのであった。

プラネトス2世号の舵を引き取ったトーマスは、予想以上に暗礁の多い海域に内心舌打ちしていた。
「こりゃまた、すごいな。」
「一旦陸続きになってから沈んだくらいですから、大潮あたりだと遠浅ながらにも渡れるんじゃないですか。」
「・・・みたいだな。」
トーマスは目線だけでルカにレクト島の一番大きな部位を示して言った。
「え?あれは・・・パルマンさん?」
陸地に意外な人影を見て、ルカは驚いたようだった。
「ブロデインとヌメロスはお隣さんだからな。両国とも復興の真っ最中だし、デュオール王子ともよく行き来してるらしい。あの様子だと、騒々しい連中を避けて一息入れにきたってとこだな。」
同じ甲板にいてトーマスやルカの気が付いたことにアイーダが気が付かないわけがない。
それほど経たずして、アイーダが大きな声でパルマンに呼びかけるのが聞こえてきた。
「・・・パルマンも気が付いたようだな。」
パルマンの苦笑混じりで手を振っている姿を認めトーマスは小さな溜め息をひとつ吐いた。
トーマスにはこの次にくる難題がわかっていたからだ。
思ってる端からアイーダがトーマスの元にやってきた。
「トーマス、ねえ、いいでしょ?ちょっとだけ降りても。」
ちょっとだけといいながらも、アイーダはすっかり身支度を調えている。
「トーマスってば。せっかくだから、アリアさんの近況とか話してあげたいの。」
渋い表情ながらもノーと言えないトーマスに、アイーダはしきりに働きかけている。
「ねえ、トーマス、降ろしてくれるわよね。」
くるくると目まぐるしく変化するアイーダの瞳にトーマスは負けた。
傍らではルカが苦笑を堪えながら、既にアイーダを降ろせる場所の選定に入っている。
トーマスが、「うん」と頷いた時には、プラネトス2世号はレクト島の陸地へアイーダを降ろせる体制が整っていた。
「じゃあ、トーマス、行って来まーす!」
ぱふっとトーマスに抱きついて元気よく挨拶すると、アイーダはあっという間にプラネトス2世号から降りていった。
完全な陸地には船を付けれないため、いくらか海水に足下が濡れるようだが、そんなことは一向に気にする節はない。
むしろ水飛沫が跳ね上がるのを面白そうに避けながら、アイーダはパルマン目指して駆けていった。

「相変わらず忙しい人ですね。」
アイーダの忙しない行動に、トーマスでなければとっくに閉口しているに違いない。
「まあ、あれくらい元気な方が彼女らしくていい。」
トーマスは遠ざかっていくアイーダの後ろ姿に目を細めている。
「入港したら、キャプテンは当然、レクト島へ引き返しますよね。」
「おい、おい。」
仮にも船長たるもの、傷ついた船を乗組員任せにするなどもってのほかだと言い返そうとして、反対に詰め寄られ、トーマスは沈黙した。
「まさか、あのままパルマンさん任せにしておくつもりですか?」
「そういうわけでは・・・。」
完全にルカのペースに乗せられて分が悪くなったことを察したトーマスは、なんとか切り返そうと言葉を探している。
自然、注意力が散漫になり、ガクンとプラネトス2世号が揺れた。
「キャプテン?」
「違う!この程度、目を瞑ってても避けれるぞ。」
とっさに答えたトーマスだったが、その原因はすぐに判明した。
つい今しがた通り抜けたレクト島から巨大な光な柱が立ちのぼっていたのである。
プラネトス2世号の揺れは、その反動を受けてのものだった。
魔女の島現象。
レクト島の中心から天上へと立ちのぼる光の柱を人々はそう呼んで恐れていた。
あの異変後、レクト島はかつての姿を失ったが、異界との接点まで消えたわけではない。
島の形が変わったために、危険な場所を特定できず見落としてしまったのは、完全にトーマスの失点だった。
「そんな・・・馬鹿な・・・。」
光の柱が立ったのは、アイーダが走っていたあたりだった。
魔女の島現象が続くのはごくわずかな時間でしかないが、トーマスには永遠に続くかとも思われるほど長い時間であった。
光の柱が消滅し、海上にレクト島がもとの景色を現した時、ほんの少し前まで後ろ姿を見せていた少女の姿は消えていた
ただひとつ救いがあるとすれば、アイーダの遙か先に見えていたパルマンの姿も同様に消えていたことである。
狭い島のことだ。
姿を隠すようなものは何もない。
アイーダとパルマンの間には、それなりの距離があって、おおまかな目視ではパルマンのいたあたりは魔女の島現象の対象から外れていた計算である。
それなのにふたりとも姿が消えていると言うことは・・・。

「すぐに進路を変更してレクト島に戻りましょう!」
だが、行動を起こし掛けたルカをトーマスは鋭い一言の元に止めた。
「待て。このままブロデインに入って船の修理をする。」
「キャプテン!」
「どのみち、次の魔女の島現象が起こるまで、海上で待機するしかないんだ。だったら、今焦って引き返すより、修理に向かった方がいい。一旦出航してしまえば、どこへ行くことになるかわからないんだからな。」
それは先を見越してのキャプテン・トーマスとしての決断だった。
どこであろうと、かならずアイーダとパルマンは見つけだして連れ帰らねばならない。
しかし、そのために必要以上の危険を冒すことは、船長として避けねばならなかった。
「それは、そうでしょうけど。でも、あの右も左もわからないような異界では、いかにパルマンさんでも方向感覚がおかしくなってしまうに違いありません。」
なおも異論を唱えようとしたルカにトーマスは、はっきりと告げた。
「迷子は、むやみやたらと動いてはいけないというのは、こういう状況下での鉄則だ。パルマンは、長い間指揮官として最前線で戦ってきた男だ。見知らぬ土地での戦闘経験も多いと聞いている。これまで生き延びてきただけの実績分は信用できる。」
そしてトーマスは自らにも言い聞かせるように付け足した。
「俺はパルマンの判断を信じる。」
「キャプテン・・・。わかりました。キャプテンがそこまでおっしゃるなら、僕たちもそれに従います。」
並みならぬトーマスの気迫を感じてか、ルカもそれ以上反論するのを止めた。
「・・・ブロデインに入港する。」
一旦決まったからには、その指針に従って最善を尽くすのみである。
「キャプテン、次の魔女の島現象までに、何が何でも直して見せますよ。」
そしてルカは直ちに甲板に集まっていた乗組員達に向かって号令した。
「明日の午後までにプラネトス2世号の修理を完了させる!」
「オー!!」
ルカの号令にプラネトス2世号の乗組員は勢いよく返すと、きびきびとそれぞれの部署に戻っていった。

魔女の島現象が発現するほんの一瞬前に、パルマンは奇妙な耳鳴りを感じていた。
それがアイーダの駆けてくる方向からであることに気が付くのに、大して時間はかからなかった。
頭の奥深くでその方向に向かうのは危険だと警鐘は鳴っていたが、身体の方が先に動いていた。
ゆえに、突然にアイーダを光の柱が覆った時、パルマンも同じくして光の輪の中にいたのである。
さすがにいきなり起こった未知の衝撃にそのまま耐えうるだけの余裕はなかった。
パルマンにできたのは、アイーダの腕を掴んで、ふたりが離れないようにするのが精一杯であった。
意識を失ったつもりはなくとも、光の輪が消えていくまでを詳細に説明することはできない。
「たぶん、ここは異界なのだろうな。」
すっかり様相の変わったあたりの景色を見ながらパルマンは誰ともなしに呟いていた。

一方でアイーダは、自分の身に何が起こったのかさえ把握できないままに、暗闇の中でパルマンと再会した。
最初は何か衝撃を受けた反動で闇の中にいるのかと思ったようだが、足が地面についておらず、身体が浮かんでいる状態にあることに気が付くとさすがに平静ではいられなくなったようだった。
それでも悲鳴をあげることなく浅い呼吸を幾度か繰り返すだけに留まったのは、伊達に修羅場をくぐり抜けて来てはいないということだろうか。
少なくともパルマンと最初に言葉を交わした時のアイーダは普通だった。
それが無理矢理に不安を押し殺して作った状態であることに気が付くと、パルマンは下手に状況を取り繕うことはせず、ありのままを淡々と話したのだった。
それなりの予備知識があったこともあり、アイーダの飲み込みは早かった。
しかし、理解するのと納得できたかは別問題であり、更には冷静に行動できるかとなると、こればかりは経験年数の多いパルマンに頼らざるを得なかった。
「とにかく人のいるとこまでいかなきゃ。」
ウーナと旅した時の経験から、行動あるのみというのがアイーダの持論だった。
だが、動き出そうとしたアイーダをパルマンは毅然と引き留めたのだった。
「見知らぬ土地に迷い込んだ時は、むやみやたらと移動してはいけない。」
「で、でも・・・。」
こんなわけのわからない闇の中をあてのない助けを待つだけでは、助かるものも助からないのではないかとアイーダは考えていた。
けれども、パルマンは頑として首を縦に振らなかった。
「第一、私達はここが異界のどのあたりなのかすら知らないだろう?」
「それはそうだけど、でも、このままここに浮かんでるだけじゃ、誰も助けにきてくれない・・・。」
「いや、このままここにじっとしていた方がいい。魔女の島現象は今でも定期的に起こっているのだから、ここにいれば、次の歪みが発生した時に、たぶん元の世界に帰れるはずだ。」
「あ、そっか。」
ポンと手を打ってアイーダは納得すると、みるみるその表情に明るさを取り戻していった。

不意に耳鳴りがふたりを襲った。
「なんか、耳の中がキーッンて唸ってる。」
「道が開こうとしてるのかもしれない。」
なんとも不快な感覚は、レクト島で感じたのと同じ物である。
ふたりが異界に飛ばされてからどのくらいの時間が経っているのかはわからないが、それにしても少々早すぎるような気がしないでもない。
しかし、魔女の島現象が必ずしも安定したものではないことは聞いていたので、今はそれに掛けるしかなかった。
「怖いかい?」
「ちょっと、ね。」
アイーダは心許なさをそのまま表したかのように微笑んで見せた。
パルマンは一瞬躊躇したが、そっとアイーダに手を差し出した。
「パルマンさん・・・。」
「レクト島は小さな島だ。その、万が一、海の中に放り出された時の用心というか。アイーダが泳ぎが得意なことは知ってるが、それでも、もしものことがあってはいけないし。」
真剣ながらも困惑しながら話すパルマンにアイーダは自然と笑みがこぼれ落ちた。
「万が一の時のおまじないね。」
「え、ええ、まあ、その・・・。」
「うん、あたしもその方が安心できる。」
にっこりとアイーダはパルマンの左手の中に自分の右手を滑り込ませた。
「握りますよ。」
こほん、と断ってから、パルマンはアイーダの手を包み込むように握りしめた。
アイーダの指先に力が入って強張っているのが伝わってくる。
耳鳴りが一段と大きくなった。
「来る!」
アイーダがぎゅっとパルマンの手を握り返したのと、あたりの闇がぶれはじめたのとほぼ同時であった。
間髪入れぬままに、白熱した衝撃がふたりに襲いかかる。
声を上げることも、身体を動かす間もなく、アイーダとパルマンは光の柱に取り込まれていった。
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