デュエット・シリーズ

■ふたりのマリオネット(30)
光の柱にゲルドが消え、続いてアイーダの姿が呑み込まれていくのをコルナ村の魔法使い達は為す術もなく見送っていた。
彼らの目にはふたりが消えたとしか映らなかったが、卓越した感性はふたりの軌跡を追っていた。
故に、トーマスが弾き返したアイーダの様子も感じ取っていた。
しかし、統一した魔法を使っていた5人はすぐには動けない状況にあったのだ。
光の欠片である時は光の柱に保護されていたが、実体化したアイーダはそのままダイレクトに落下している。
「ダメだ、間に合わないっ!!」
たとえ統一を解いて単独でテレポートできたとしても、アイーダを抱き留めるのは至難の業であった。
その時、アヴィンが叫んだ。
「虚空の彼方より我が元へ来たれ、精霊メビウス!」
遙かなる虚空からの召喚者は素早さに置いても、また強力な広域魔法の使い手としても申し分ない相手だった。
「コズミックブラスティス!!」
それは一か八かの掛けだった。
落下するのを食い止められないなら、その着地場所を地面から海へ反らす。
それもそのままの速度では落ちた瞬間に圧力で潰れてしまうから、なるべく緩やかに落ちるようにすくいあげるべく、アヴィンは虚空の彗星をぶつけたのだ。
彗星の落下速度はアイーダのそれを上回り、勢いよく弾く弾みでアイーダの降下地点を海へと反らしながら同時に落下スピードも緩めていったのだ。
たぶん、アイーダは風に弾かれたくらいにしか感じていないだろうが、地面に落ちるのと海に落ちるのとでは大違いである。
アイーダの反応は緩やかな弧を描いて南へと消えていった。
「逸れすぎたか!?」
「いえ、たぶん、大丈夫。狙いどおり、バロア近海に落ちたと思いますよ。」
魔法を解いたミッシェルがほっとした様子で答えた。
「見届けなくてもいいんですか?」
あたりの風の穏やかさにアイーダが無事であることはわかったが、アイーダにしてみればどちらにしても見知らぬ土地に放り出されたことには変わりないので、ルティスはミッシェルが殊の外落ち着いてるのに疑問を持ったのだ。
「あちらにはこういうとき頼りになる方がちゃんといらっしゃいますからね。」
ミッシェルはそれまでの緊張を解すように大きく空を仰いだ。
「もっとも、トーマスは嫌がるでしょうけど。」
どこか悪戯めいた言いようにアヴィンは首を傾げた。
「あの方を前にして女性を迎えに行くのは、確かに覚悟が要りますね。」
思い当たる節があるのかマーティも苦笑めいている。
「ええ、ですからあとのことはトーマスに任せるとして、我々はここを何とかしましょう。いずれにしても、もうひと踏ん張りする必要がありそうです。」
ミッシェルの言葉のあとには、誕生のメロディだけが残った。
彼らが本当の意味で必要とされているのはこれからである。
それまでの不調が嘘のように収まったミッシェルを中心に、再び魔法の輪が広がっていった。
それにつれてコルナ村は急速に落ち着きを取り戻し、またフィルディンにも穏やかな風が凪いでいった。

アイーダは勢いよくバロアの町に面した海へと落下した。
空の青から海の青へ、風を切る冷たさから水に流される冷たさへとアイーダを取り巻く環境は変化していったが、生きていることには変わりがない。
「これって、助かった・・・のかなあ。」
泳ぎは得意だが、陸へ上がった時のことを思うと気が重かった。
幸いにして、埠頭は目の前にある。
ざわついた雰囲気こそないものの、土の香りと人の気配は感じ取れた。
近づくにつれて、その人影が武装した身丈夫の武人であることがわかってきた。
埠頭から身を乗り出しつつある様子は、明らかにアイーダを意識してのものだった。
「ああ、お嬢さん。大丈夫でしたか。」
その厳めしい姿からは想像できないほどに優雅な物腰で、彼は波間のアイーダに手を差し出した。
「は、はい。」
彼の所作があまりに自然であったため、アイーダもまた反射的に手を差し出し、次の瞬間には陸に引き上げられていたのである。
びしょぬれのアイーダを前に、彼は普段と変わらぬ挨拶をよこした。
「では、改めて、初めまして。そして、ようこそバロアへ。私はこの地を預かるコンロッドと申します。」
「あの・・・、あたし、アイーダです。」
こういうとき、何と挨拶したものか、アイーダは次の言葉に詰まってしまった。
「ああ、すっかり濡れてしまってますね。まずはその衣装を何とかしなければ。そうだ、うちへおいでなさい。」
コンロッドはアイーダをいとも気安く自宅へと誘った。
「こう見えてもトーマスとは古い知り合いなのですよ。何しろ、彼がまだプラネトス号で船員をしていた頃からの付き合いですからね。」
キャプテン・トーマスと呼ばないあたり、その親しい様子が感じられるところである。
初めての土地に、初対面の男性ではあるが、トーマスの知り合いであることには間違いなさそうだ。
「本当ならうちでゆっくり妻の手料理でも味わってもらいたいところですが、ガヴェイン様がお待ちかねなので、着替えをすませたら、すぐ出発しましょう。」
事情がわからず目をぱちくりしているアイーダにコンロッドは案内の手を休めず話し続けた。
「プラネトス2世号は混沌の渦を抜けて戻ってくるだろうから、真実の島の近海まで迎えに行くとガヴェイン様がおっしゃってるんです。もちろん、その時はあなたもご一緒にと。」
人の良い笑顔の先で何もかも見透かされているらしいとアイーダは気恥ずかしくも思ったが、心は素直に反応する。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
我ながら現金なものだと呆れながらも、アイーダは水を滴らせたまま頭をペコリと下げたのだった。

数々の航海記録を持つプラネトス2世号が、またひとつ新たに記録を塗り替えようとしている。
その前の記録を作ったのもプラネトス2世号だが、今回の更新はこれまでになくダントツの新記録であった。
「よーし、フィルディンに出たぞ。ついでだから、このまま真実の島を抜けてバロアに直進する。」
キャプテン・トーマスの声に乗組員達の復唱が響く。
「アイアイサー!」
いつもと変わらないプラネトス2世号の情景だが、機関室の方はいつもどおりというわけにはいかなかった。
異界に届いた部品でなんとかガガープを越えるだけの修理はしたものの、全てが突貫工事であり、よくぞここまで保ったものだというのが正直な状況であったのだ。
「ルカ、大丈夫か?」
「ここまで来たんです。最後まで保たせて見せますよ。ここまでくれば、もうギアとは目と鼻の先ですから、どうにでもなります。任せて下さい。」
「ああ、任せたぞ。」
トーマスは状況を確認すると再び舵を取った。
フィルディンの空はどこまでも青い。
その青い空に白い点が付き、次第に形あるものへと変わっていった。
「ポッポ!」
常にトーマスの傍にあるべき白鳩が、数週間ぶりに戻ってきたのである。
ポッポはトーマスの頭上をぐるぐると旋回すると、何事もなかったかのように当然のごとく肩に羽を休めた。
「ポッポ、無事だったんだな。」
羽にすり寄せた信頼を、更なる報告が裏付ける。
「キャプテン、親父さんの船が見えます!!停止信号を出してますが、どうします?」
「そんなの決まってるだろ!」
怒鳴り返したトーマスに、乗組員達は猛然と停船準備に散らばった。
真実の島を背景に、2隻の船が並んで止まったのはその直後のことであった。

プラネトス2世号の全ての乗組員が予想していたことだが、ガヴェインの船から最初にトーマスのもとへ駆けてきたのはアイーダだった。
だが、その背後に連なるガヴェインとコンロッドの姿にトーマスは二重の衝撃を受けていた。
しかも、再会の挨拶もそこそこにアイーダから出たのはフォルトの名前だったのである。
「ね、フォルトはどこ?彼のことだから、絶対に先頭切ってくると思ってたのに。」
アイーダはフォルトの姿を探して、きょろきょろとトーマスの背後あたりを見回している。
その時になって、不覚にもトーマスは初めてフォルトの存在を思い出したのであった。
「・・・・。」
「どしたの、トーマス?」
気まずい沈黙のあとの言葉は、信じがたい響きをより一層強く反映した。
「・・・忘れてた。」
「忘れてたって・・・何を?」
「いや、だから、フォルトを・・・その・・・置いて来ちまったんだ。」
やっとの思いで答えたトーマスに訝しげな視線が突き刺さる。
「え、じゃあ、フォルトはヌメロスに?」
「いや。」
「それじゃあ、ブロデイン?」
「・・・その前だ。」
「その前?」
アイーダの眉間にしわが寄り、はっとなった矢先でトーマスの視線とかち合った。
「まさか、異界ってことは・・・ないよね?」
疑いの眼差しを前に、沈黙は真実を告げる何よりの返事となる。
「それこそ、嘘でしょう!?」
驚くよりも呆れた先でアイーダはトーマスに詰め寄った。
「残念ながら、本当のようですよ、アイーダ。」
「ミッシェルさん!」
トーマスとアイーダの間にふわりとミッシェルが降り立った。
「でも、心配要りません。ちゃんとガゼル艦長と一緒にヌメロスへ到着したようですから。」
いつもの穏やかな笑みをそのままに話したミッシェルに、それぞれが安堵の溜息を吐いた。
「もっとも、異界で置いてけぼりを食わせたという事実には変わりないですが。」
さりげなく切り替えされた先でアイーダも冷たい反応を返している。
「そうよねえ。」
甘い再会のシーンはどこへやら、プラネトス2世号の甲板には依然と険しい風が吹き付けていた。
「いや、だから、それは、故意に置いてきたんじゃなくて、先を急ぐ余りにやむを得ずだな・・・。」
「それ、ウーナにはトーマスが自分で伝えてね。」
しどろもどろのトーマスにアイーダの視線は痛かった。
だが、次の瞬間、風は優しく彩りを変えた。
「約束どおり、迎えに来てくれてありがと。」
陽焼けした潮の香りに甘い香りがそっと添えられたのだ。
「だから、トーマス、大好き。」
その瞬間だけはトーマスとアイーダの世界だった。

ふたりの横をすっかり慣れっこになったルカが通り過ぎて、ガヴェインとコンロッドに挨拶を送った。
全てを心得ている副長は、いかなる時にも臨機応変に対処する術を身につけている。
故郷の変わらぬ風はルカにとってもかけがいのないものであり、帰るべき場所のあることが心の拠となってルカを支えているのである。
「プラネトス2世号は修理を終えたら、続いてヴェルトルーナへ向かいます。そのあとは。」
「トーマス次第ということじゃな。」
笑って頷いたガヴェインにルカは頭を下げた。
「では、年寄りはそのための算段でもするとしようかの。」
どうやらガヴェインだけでなくコンロッドも混じって、当人抜きの計画が密やかに進行中のようである。
だが、どんな計画であれ、トーマスの行くところにプラネトス2世号があることに変わりはない。
それでも、まずはアイーダとウーナをヴェルトルーナに帰すことが最優先である。
そのための航路の段取りを念頭に置いてルカはガヴェイン達の話に耳を傾けていた。
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