デュエット・シリーズ

■ふたりのマリオネット(31)
バロアの港を拠点に最終調整を終えたプラネトス2世号は、予定どおりヴェルトルーナへと出航した。
いつもと違ったのは、ジラフへ直行せずにヌメロスへ立ち寄ったことである。
そこでウーナはようやくフォルトと再会を果たし、アイーダともどもエキュルへ戻ってきた。
フォルトを伴って異界から戻ってきたガゼルは、そのまま任務に戻ったため不在であった。
もっとも公用で各国を回っているとのことなのでメルヘローズあたりでバッタリ再会する可能性はかなり高いとトーマスは踏んでいる。
トーマスは当然の務めとして、アイーダ達を送ってエキュルのロゼット工房までやってきた。
「おじいちゃん、たっだいま〜!!」
元気のいい声と同時に、勢いよくロゼット工房のドアが開かれ、一陣のつむじ風が舞い上がる・・・はずであった。
しかし、ドアを開けて飛び込んだアイーダは、工房の入り口に立ち塞がっていたヌメロス帝国の軍人に思い切りぶつかってしまったのだ。
「きゃっ。いったーい・・・・!!」
「失礼。大丈夫かね?」
ぶつかった鼻の先を痛そうに押さえたアイーダは、隻眼の巨体に覗き込まれ、大きく息を吸い込んだ。
「ガゼル!?」
代わってアイーダのすぐ後ろからトーマスの驚愕した声が響いた。
「なんであんたがここにいるんだ?」
「そろそろ戻る頃だろうと思いましてね。どこぞの灯台でもよかったんですが、入れ違いになっても困るので、迷惑を承知でこちらに伺わせてもらったんです。」
ガゼルはぶつかったアイーダに目を向けたまま応えた。
アイーダのことはパルマンから話を聞いていたし、ヌメロスで遠目ながらにも姿を見たことがあったのでまるきり知らないというわけではないが、間近に会うのはこれが初めてである。
噂以上に元気な少女とそれを見守るトーマスの姿を目の当たりにしたガゼルは何とも度し難い表情であごをしごいた。
「で、俺に何の用だ?」
居心地の悪い視線から雰囲気を変えるべく、トーマスはガゼルに用件を尋ねた。
しかし、対するガゼルはアイーダに視線を固定したままだ。
「いや、用事があるのはこちらのお嬢さんの方なのでね。」
「あたし?」
心当たりがまるでないとアイーダは不思議そうにガゼルを見上げた。
物怖じしないアイーダの瞳にガゼルから自然と笑みがこぼれ落ちる。
「実は、これの修理をお願いしたい。」
ますますわからないと訝しんだアイーダの手に、ガゼルは大きなどんぐりの実をひとつ握らせた。
「これって・・・確かゲルドちゃんの?」
「ほう、さすがですな。」
続いてガゼルは懐から小さくくるんだ包みを取り出してアイーダに手渡した。
ころころした包みの中身は、紛れもなくアイーダがゲルドに作って渡したどんぐりの人形のなれの果てであった。
「しかし、こりゃまた見事にバラバラだな。」
「うん。あの時、ゲルドちゃんが光に変えてみんなを守ってくれた残りだから。そっか・・・。でも、ちゃんと残りを持って帰ってくれてたんだ。」
フィルディンのコルナ村で、ゲルドがとっさに魔獣へ投げつけたどんぐりの人形はそのほとんどを癒しの光に変えて消滅してしまったが、いくつかの実はゲルドの手元に残り、異界へ帰る時、一緒に持ち帰ったようである。
「なんでもゲルドにとっては初めてもらった人形とかで、とても大事なものなんだそうです。なおしてやろうにも異界にどんぐりはないし、レオーネ殿もさすがに困っておられましたよ。」
レオーネの話をみなまで聞かずとも、それがアイーダが作った人形だということはガゼルにも察しが付いた。
「それなら作った本人のところへ修理に出すのが一番だろうと思いましてね。」
思ったまではよかったのだが、いざその方法となると、一筋縄ではいかないことに気が付いた。
しかも、レオーネと話をしている間にトーマスはプラネトス2世号の修理を終えて、一散機にリコンヌから出発してしまったのである。
レオーネと共にいたフォルトが異界に取り残されたままになったのもこの時のことだ。
そこで、取りあえずガゼルがレオーネの依頼を預かって戻ることにした。
だが、ガゼルが魔女の島現象を抜けてこちらに戻ってきてみると、プラネトス2世号はそのままフィルディンに向けて出航したあとであり、またしても伝える機会を逃してしまったのだ。
ヌメロスに戻ったガゼルには、当然仕事が待ち構えている。
幸いにして、諸国への親善訪問が次の任務であったため、プラネトス2世号がフィルディンからヴェルトルーナへ戻ってくる頃合いを見計らってジラフまでやって来たのだった。
そして、同じ頼むなら修理する本人に直接頼む方が早いだろうし、何よりあそこまでキャプテン・トーマスを慌てさせたアイーダとはいかなる女性なのかという下世話な好奇心も働いてロゼット工房まで足を運んだというわけだった。

修理はアイーダに頼めても、修理した人形を異界に届けるとなると、やはりトーマスにも話をしなければならない。
「問題は修理した後のことだが、レオーネ殿の元へ届けてもらえるだろうか?」
ガゼルに問われてトーマスはアイーダを振り向いた。
「俺は構わないが、アイーダ、なおせそうか?」
「材料があれば、もちろんなおせるけど。」
あり合わせのどんぐりを使って作った人形だからそれ自体はそれほど凝った作りではない。
だが、元どおりに修復するとなると少々難しいものがあった。
歯切れの悪いアイーダに代わって、トーマスが確認を取った。
「これと同じどんぐりがあればいいんだろ?」
こくんとアイーダは頷いた。
「だったら、材料の方は俺がきっちり揃えてやる。」
「でも・・・。」
口ごもったアイーダにトーマスは軽く言いなした。
「なあに、簡単なことさ。こいつが成っていた木を探し出して、実を取ってくればいいんだろう?場所はわかってるんだから、全く問題ない。」
「問題ないって・・・。」
トーマスはいとも簡単に受け合ったが、問題のどんぐりはちょっとやそっとで取りに行ける場所にはないのである。
「トーマス、本当にわかってるの?だって、そのどんぐりは・・・。」
「フォルティアの緑の高原にあるんだろ?そこになければモリスンにも当たってみるさ。確かアンビッシュにも豊かな森があったはずだ。」
「トーマス・・・。」
「プラネトス2世号の機動力が海の上だけだと思うなよ。」
トーマスの手がアイーダの髪をくしゃくしゃとかきまぜた。
いつもなら「子供扱いして!」と怒り出すアイーダだが、今日ばかりは抗議する代わりにトーマスの胸にコツンと額を付けてなすがままになっている。
「おいおい・・・。」
いつもと異なる反応がかわいくて、思わず抱きしめたい衝動に駆られたが、さすがにここでは複数の人目がある。
トーマスは殊更にさりげなく腰をかがめると、耳元にそっとささやいた。
「他ならぬアイーダの作る人形のためだからな。」
だが、ささやく傍らでアイーダの耳たぶに素早く口づけをひとつ残し、そのまま何事もなかったかのように離れていったのだった。
二人の間に何があったかは、アイーダの恥じらった微笑みが全てを物語っているが、トーマスは素知らぬふりを決め込んだ。
「さて、そうと決まったからには、早速に出発するとするか。」
陽気に挨拶したトーマスをロゼットがじっと見つめている。

ロゼットはトーマスとアイーダのやりとりを黙って聞いていたが、つと立ち上がると作りかけの人形を手にして戻ってきた。
手足がまだバラバラで、作りかけというより、手つかずで放置してあったままという方が近いかも知れない。
「おじいちゃん?」
「良い勝負だろう。」
ロゼットの目はアイーダの前のどんぐりに向いていた。
「お前がその人形を元どおりに修理するのと、ワシの新作が完成するのとどっちが早いか競争じゃ。」
「え?」
アイーダの目が大きく見開かれ、続いて表情にそれまで以上の闊達さが加わった。
「新作は、あたしの自由にしていいってこと?」
「ああ。ワシより先にお前のそれが修理できたらの話だがな。」
ロゼットの人形は材料を選ぶ。
その拘り方は、誰もが認めるところであり、他に追従を許さなかった。
たかがどんぐりといえ、同じものを揃えることにガガープを超えるほどの労力を惜しみなく注ぐと言ったトーマスに、ロゼットは共鳴したのだ。
しかし、あっさり認めるほどの境地にはまだ至らない。
ロゼットの変化にはトーマスもすぐに気が付いた。
ともすれば鈍いとアイーダに旋毛を曲げらることもあるけれど、今回は次に為すべきことを間違えるほどに愚かでもなかった。
「もちろん、受けて立ちますよ。その代わり、アイーダも一緒に連れて行きます。材料をここに運ぶ間の時間がバカにならないですからね。」
この勝負は、ひとえにトーマスがいかに早く材料を揃えて往復できるかに掛かっている。
プラネトス2世号の船長として、絶対に負けられない勝負だった。
しかし、ガガープを超える間、アイーダの作業が全く進まないのでは、端から勝負にならなかった。
「幸いにして、勝負の見届け人には事欠かない。」
依頼人と当事者を除外しても、この場にはまだ複数の人間が集っているのである。
「そういうわけだから、マクベイン、もうしばらく付き合え。」
フォルトとウーナも戻ってきたことだし、そろそろ旅を再開しようと荷造りしていた一座の座長は、再び逗留を余儀なくされることになった。
「長の船旅は老体には堪えるからの。フォルト、そっちはお前らに任せるわい。」
どっかり居座りを決め込んだマクベインにフォルトは思わず、「ずるいや、じいちゃん」と抗議をしたが、誰も聞いてはいなかった。
「フォルちゃん、ふぁいと!。」
連続しての旅になるが、ウーナは元気バリバリである。
「アイーダ、どんぐり以外の材料は揃ってるのか?」
「うん。いつもの人形と違って、プラネトス2世号に置いてあるものを使って作ったから、あるとしたらそっちになるの。」
それだけ聞けば、あとは行動あるのみである。
「では、始めますかな?」
ガゼルの合図でロゼットとトーマスはそれぞれのスタートを切った。

プラネトス2世号へと戻って行くトーマスの隣にはアイーダが、そしてその少しあとをフォルトとウーナが続いている。
「おじいちゃんの人形作りはいっぱい手伝ってきたけど、まさか、トーマスと人形の材料探しをするなんて思ってもみなかったな。」
ジラフへの道を感慨深そうにアイーダは歩いていた。
「それはお互い様さ。俺もまさかこういう形でガガープ越えをすることになるとは思わなかったよ。」
「でも、本当によかったの?」
ふと立ち止まったアイーダにトーマスも歩みを止めた。
「何がだ?」
「だって、ガガープを越える時ってすっごく大変じゃない。あたしの勝手で船のみんなに・・・。」
ストップ、とトーマスの指先がアイーダの唇に触れた。
「これはプラネトス2世号の機動力を掛けた勝負だ。だから、アイーダが気にすることは何もない。」
この時、アイーダの前にいるのは紛れもなく7つの海を制覇した海の男だった。
それが次の瞬間には、アイーダの大好きなトーマスに変わっていく。
「その代わり、最高の人形に仕上げろよ。」
「うん、任しといて!トーマスと一緒に作るんだもん。絶対、ゲルドちゃんに喜んでもらえる人形に仕上げてみせるわ。」
「よーし、その意気だ。」
くしゃくしゃと髪をかき回された手に抗議の手が添えられる。
その手をぐいと引き寄せると、トーマスはアイーダと同じ目的に向かって歩き始めた。


おわり
back   next
Home > Falcomの歩き方 > 二次創作目次 > デュエット・シリーズ > ふたりのマリオネット