デュエット・シリーズ

■ふたりのマリオネット(4)
それは凄まじいまでの光の洪水だった。
いや、目を開けて実際に見ていたわけではないから、本当のところはわからないが、光の洪水の中で翻弄されているように感じたのは確かである。
光の渦に呑み込まれる前、パルマンがアイーダの手を握ってくれたが、今、その温もりを感じることはできなくなっていた。
レクト島と異界を繋ぐ空間の歪みは、島の中心部あたりで発生するということしかわかっていない。
出た先が、レクト島のどのあたりになるのか、正確なところはわからないのだ。
アイーダは自分の身体が上昇しているような気がした。
もしかしたら、レクト島のはるか上空に放り出されるかもしれない。
(あたし、どうなっちゃうんだろ・・・。)
泣き出したいような気持ちになりながらもアイーダはひとつの希望を繋いでいた。
(海の上なら、どこだろうときっとトーマスが来てくれる。)
それだけを念じてアイーダはじっと歯を食いしばって恐怖に絶えていた。

時間的感覚は麻痺してしまったようだが、それでも事象には終わりが訪れる。
パルマンとアイーダのふたりも、永遠に続くかに思われた空間の歪みの中から、ついに解放される時がきた。
はじまりと同じように、耳鳴りが一層激しくなり、痺れるほどの感覚に襲われたあと、突然の脱力感に囚われたのだ。
ずしりと身体に重みがかかり、解放された意識はあっても、自由に体を動かすことはできなかった。
「出たの?」
ごぼっと水に咽せた瞬間、アイーダは水の中にいることに気が付いた。
視界に飛び込んできたのは、頭上の透明な青だった。
考えるより先に本能が上を目指し、足で水を蹴っていた。
水面に上昇するのはそれほど困難ではなかったが、潮の流れが速いせいか、まっすぐ上を目指したつもりなのに、かなり斜めになりながら浮上した。
ぶるるっと水面から顔を覗かせたアイーダは、波間に精一杯視線を向けてパルマンの姿を探した。
「パルマンさん、どこ?」
潮の流れは予想以上にきつく、アイーダは流されぬようその場で泳ぐのに必死だった。
「アイーダ、潮に逆らうな。」
必死で水を掻いているアイーダにパルマンの声が飛んだ。
「パルマンさん!」
背後から聞こえてきた声に振り向こうとしたが、潮の流れが速くて身体の向きを変えることができなかった。
「流れに逆らうとそれだけで余計に疲れてしまう。身体の力を抜いて、潮の流れに乗るんだ。」
「そ、そんなこと言われても・・・。」
絶え間なく波に押し流されるという状況は、ひどくアイーダを不安にさせた。
「大丈夫だ。私も同じ方向に流されてる。体重が重い分、遅いがな。」
最後の一言はアイーダをリラックスさせようとの心遣いであろう。
それで不安が拭い去られたわけではないが、少なくともアイーダに笑いを呼び覚ますだけのゆとりを取り戻させた。
「パルマンさんたら。」
顔が見えなくてもアイーダのほころんだ様子が伝わったのだろう。
「このまま波に乗っていこう。」
パルマンの声には少しも焦った様子がない。
アイーダは時折掛けられるパルマンの声に励まされながら、どうにか遠泳を続けることができたのだった。
どのくらい潮に流されて泳いだのかはわからない。
アイーダが体力の限界を感じる前に、水平線に陸地の影を見出すことができた時、パルマンは心底安堵した。
「アイーダ、もう少しの辛抱だ。潮の流れもゆるやかになってきたし、あと一息で陸地だからな。」
その頃アイーダは惰性的に手足を動かすのが精一杯の状態だった。
パルマンの声が彼女の意識下に通じていたかどうかはわからない。
それでもアイーダは泳ぎ切った。
「よーし、よく頑張ったな。」
アイーダが覚えているのはそこまでだった。
空の青と海の緑が重なっていくのを最後にアイーダは意識を失った。

パルマンはどこまでも続く白い砂浜を前にしてどっかりと座り込んでいた。
すぐ隣には、アイーダがぐったりと意識を失ったまま身体をもたれかけている。
「アイーダがいてくれて助かったな。」
あの強い潮流の中でパルマンが自分を失わずにすんだのは、ひとえにアイーダを無事にプラネトス2世号まで送り届けなければならないという強烈なまでの使命感のおかげだった。
もしも自分ひとりがあの海の中に放り出されていたら、とてもではないがあそこまで冷静な判断を下せたかどうか自信がなかった。
海における行動規範とでもいうべきものは、ガゼル艦長から教えてもらってはいたが、陸での行動が主たるものであったパルマンが実際にその知識を活かすようなことはこれまでになく、いわば机上論のみで終わっていた。
それがとっさのこととはいえ、知識に照らし合わせて行動できたのは、守らねばならない相手−この場合はアイーダ−がいてくれたからである。
しかし、問題はこれからである。
パルマンの記憶にある限りの場所に、これほどまでに見事な砂浜が続いている海岸はなかった。
あの元気の塊のようなアイーダが疲れ切ったとはいえ、一国を出るほどの距離を泳いだとは思えない。
潮に流されたことを差し引いても、ここはまだブロデインのどこかであるはずなのだ。
「だが、ブロデインにここまで遠浅で長い砂浜があったかな。」
自らの疲れを追い払うようにパルマンは目まぐるしく頭を働かせていた。

肉体的には疲労していてもパルマンの神経は研ぎ澄まされ、それまでと少しでも異なる音がすれば敏感に反応する。
彼が重い身体を奮い立たせて腰を上げたのは、自分たちに危険を感じたのではなく、他人の助けを呼ぶ声に対してだった。
「子供の声?どこだ?」
あたりの安全を確認してからアイーダの側を離れ、パルマンは声のした方向に身を翻した。
視界を遮る物のない砂浜のことであり、パルマンが目的のものを見つけるのにそれほど時間はかからなかった。
「あれか!」
程なくして、パルマンは岩場の影に追いつめられた少年とそれを狙っている魔獣の姿を発見した。
潮に流されたこともあって、パルマンの手は空手であった。
いかに武術の心得があると言っても、素手で魔獣に向かっていくような無謀さは持ち合わせていない。
パルマンはあたりに武器になりそうなものがないか見回した。
閑散とした白浜にはところどころ、流れ着いたらしい木材が転がっている。
その細切れのような枝の中からパルマンはいくつか丈の長いものを掴むと、魔獣に狙いを定めて投げつけたのである。
投げられた棒きれは、投げやりが大きく弧を描くがごとく魔獣に命中した。
たかが棒きれごときで魔獣を相手に大したダメージが与えられないことはパルマンも承知している。
彼の狙いは魔獣の注意を子供から逸らすことにあった。
案の定、魔獣は背後から襲ってきた棒きれに反応を示し、それまで狙っていた子供から矛先をパルマンに変えた。
パルマンは魔獣との距離を十分測ったつもりである。
その上で、魔獣がパルマンの方へ向かって来始めたのを確認すると、岩場の影で怯えている少年に今のうちに逃げるよう手振りで伝えたのだった。
本当なら、少年が安全なところまで逃げおおせたのを確認してからパルマンも次の行動に移りたかったのだが、何しろ丸腰の身では悠長なことも言っていられない。
パルマンはそのまま少年がいたのとは反対方向へと駆け出した。
砂が足にまとわりついて思うように走れない上、魔獣は予想以上に足が速かった。
それでなくとも体力的にかなり消耗したあとだけに息が切れる。
しかも、魔獣の注意を自分に引きつけることには成功したが、そのあとのことまで考えていたわけではない。
パルマンは確実に追いつかれるであろう魔獣の気配を背後に感じていた。

波打ち際を走るパルマンに聞き覚えのある声がかかった。
「パルマンさーん、こっち!」
彼の行く手の岩陰に、アイーダの姿が見える。
「アイーダ!?」
驚くと同時に、パルマンは初めて焦りを感じた。
このままではアイーダまで巻き添えにしてしまう。
しかし、魔獣を前にしてもアイーダは少しも恐れる様子がなかった。
彼女の目はまっすぐにパルマンの背後の魔獣に向けられている。
(ああ、そうか。)
その自信に満ちた目にパルマンはアイーダの特技を思い出した。
だが、この距離ならとっくに飛び出してくるはずのパペットがまだ姿を現していない。
(何かあったのか?)
それでもパルマンが疑問に駆られる前にアイーダは行動を開始した。
「今よ、いけっ!」
いつもなら勢いよく飛び出すパペットだが、今回ばかりは様子が違っていた。
アイーダは岩の上に陣取ると、パルマンと背後の魔獣の間にどさりっとパペットを割って入らせたのだ。
続いていつもなら地を揺るがすような大砲が響き渡るのだが、聞こえてきたのはドカッという何かを思いきり殴ったような音だった。
魔獣はパペットの大砲ではなく、直接の攻撃を受けているらしかった。
それが幾度が繰り返され、静かになった時にようやくパルマンはアイーダに合流した。
「お疲れさま。」
額に汗を滲ませながらアイーダはパルマンに笑いかけた。
「あたしも・・・疲れちゃった・・・。」
指に巻き付けられた操り人形の糸はそのままに、アイーダは再び眠りに落ちていった。
人形の受ける衝撃は、かなり軽減されているとはいえ、疲労の限界にあったアイーダには相当の負担を強いたのであろう。
「アイーダ?」
今度こそ、どうしようかとパルマンは思案に暮れた。

岩場のパルマンとアイーダの元に小さな足音が近付いてきた。
「おにいちゃん、どこ?」
幼い声は、さきほど魔獣に追われていた少年のものとよく似ていた。
「おにいちゃん?」
「ここだよ、坊や。」
「無事だったんだね、おにいちゃん!」
パルマンの声にほっとした少年の声が重なり、やがて闊達そうな目がふたりの姿を映しだした。
「おにいちゃん、ひとりじゃなかったんだ。」
物珍しそうにアイーダを眺めながら、少年はおずおずとパルマンに近寄ってきた。
「こら、女の子をそんな風にじろじろみるもんじゃない。」
「ご、ごめんなさいっ。」
反射的に首を縮めたが、やはり目はアイーダに向いている。
「・・・そのおねえちゃん、大丈夫なの?」
「ああ。ちょっとばかり疲れが出ただけのはずだから。」
「おにいちゃんも?」
「少しな。」
ふうと軽く溜め息を吐いたパルマンに少年は躊躇いながら声をかけた。
「僕の家、ここから少し離れてるけど、歩ける?」
「坊やの?」
「うん。だって、おにいちゃんにはさっき助けてもらったから。でも、その・・・。」
口ごもった少年にパルマンは思わず笑いかけた。
「まあ、確かにふたりともひどい格好をしてるからな。」
服こそ着ているものの、まだ水があちこちから滴り落ちている。
何かいわくがあるのではないかと疑われても仕方のない出で立ちであった。
「しかし、いいのかい?もしかしたら我々は怪しい人かもしれないぞ。」
「でも、命の恩人をそのままにすることは信義に劣るって父さんに教わったんだ。」
年端に似合わない言葉が出た少年をパルマンは改めて見返した。
「坊やのお父さんは、お城に仕えているのかい?」
「え、どうしてわかったの?」
「私も父からそう教わった。」
「なんだ、おにいちゃんもお城の剣士だったんだ。」
少年の顔に笑顔が戻った。
だが彼の続けた言葉にパルマンは二の句が継げなくなった。
少年はくったくのない笑顔でパルマンに言ったのだ。
「僕も早く大きくなって父さんみたいにルード城の宮廷剣士になるんだ。そしたら、おにいちゃんは先輩になるんだね。」
初めて耳にする城の名前にパルマンは呆然とするだけであった。
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