デュエット・シリーズ

■ふたりのマリオネット(20)
旅立つことが決まると、まず最初にしたことは、道の確認である。
「船はラグーナの港から出ています。」
モリスンは地図でラグーナを指さした。
「アロザがここだから、王都ルードを経てラグーナに入るんだな。」
パルマンが尋ねると、モリスンは「はい。」と頷いた。
「結構、距離がありそうだな。」
「フォルティアは初めてなもので、あまり道に詳しくないものですから、どうしても正規の街道でしかご案内できないんです。」
申し訳なさそうなモリスンに、それまで黙っていたデュルゼルが口を挟んだ。
「おねえちゃん、山道でも平気?」
「ぜんぜん、平気。デュルゼル、もしかして近道を知ってるの?」
「近道って言ってもそんなに近くはないんだけど、裏山を抜けるとルデラの門に出るから、そこから緑の高原を通って、さざなみヶ浜からラグーナに行くこともできるんだ。」
デュルゼルはアロザの北東に位置するふたつの山脈の間を示して見せた。
「なるほど。ほぼ直線コースだな。こちらの方が近そうだ。」
「では、道案内はデュルゼルにお願いしましょうか。」
「うん、任せて!」
元気よく返事をしたデュルゼルを先頭にして、一行はデュルゼルの家を後にした。

デュルゼルが案内した山道は、思っていたほど険しくもなかったが、それなりに歩き甲斐のある道だった。
「地図で見た時は、フォルティアって北よりの国だからもっと寒いかと思ってたけど、意外と暖かいのね。」
「フォルティアは三方を海に囲まれてて、北西からは貿易風が吹いてくるので、とっても過ごし易いんだよ。」
「そうですね。同じような位置にあっても対岸のメナートとはまるで違います。」
各地を旅してきたモリスンは思い当たることでもあるのか、うんうんと頷いている。
「でも、その分、魔獣も舌が肥えてるみたいね。」
「・・・はあ、そのようで。」
森が豊かということは、それだけエサになる小動物も多いということで、魔獣もなかなか多く生息しているらしかった。
強力な魔法を使うものは少ないが、速攻で攻撃してくるオオカミ系の魔獣がそれなりにやってくる。
パルマンはデュルゼルをアイーダの守りを兼ねて彼女の横に配していたが、彼の剣ではスピードが追いつかず、反対に守られている感があった。
「こういうのには、槍の方が向いてるのよね。」
デュルゼルが攻撃するより先に、現れた魔獣に狙いを定めてアイーダはえいっとばかりに槍を突き出していた。
「おねえちゃん、すごい・・・。」
「こんなの、タイミングよ。このあたりの魔獣はあんまりお利口さんじゃないみたいだから、猪突猛進だしね。距離を取って待ってれば、あとは突き刺すだけ。楽勝でしょ。」
「あ、そうか。」
隣接していないと攻撃の届かないデュルゼルは、槍の持つ利点を初めて実感したようだった。
「自分の周りをしっかり固めて、寄ってくる魔獣だけ攻撃すれば、無駄もないからお腹も空かない。」
不意に現実的な話題に返ったアイーダに反応するかのように、デュルゼルのお腹がきゅるると鳴った。
「このあたりで少し休憩しましょうか?」
「そうしよう。」
「・・・すみません。」
パルマンの指示を受けて、一同は簡単なキャンプを張ったのだった。

道行きながら、アイーダはフォルティアの表情豊かな自然にすっかり虜になっていた。
「あたしの育ったエキュルは、ここと同じように大きな木がいっぱいの森があるけど、ほとんどが杉で、全然違うの。ここの木って、大きいのは大きいけど、なんか、こうあったかい感じ。木の実が成ってるせいかなあ。」
「このあたりは、どんぐりが多いみたいですね。もう少し秋が深まったら、それこそどんぐりの道になりそうだ。」
「青くても結構落ちてるよ。ほら、こんな風に。」
デュルゼルが道端に落ちていた枝を拾って言った。
「あ、青いドングリ!」
「・・・欲しいんですか?」
デュルゼルの手にしたどんぐりの実の付いた枝を物欲しそうな目で見ているアイーダにモリスンが尋ねた。
「欲しいわ。」
素直にアイーダは頷いた。
「だって、人形の材料にちょうどよさそうなんだもん。」
「人形の・・・材料?」
モリスンとデュルゼルが異口同音に聞き返した。
「そうよ。ちっちゃな人形を作るのにピッタリ。」
大小様々の青いどんぐりを手にとって、アイーダはにんまり上機嫌である。
「やっぱり女の子だな。」
「どうしてそこに『やっぱり』が付くんですか。」
「いや、別に他意はない。」
「じゃあ、パルマンさんは、どんぐりで何をして遊んでたんです?」
急に尋ねられても、パルマンにはすぐに思い付くものがなかった。
そもそも剥き出しの岩が多いヌメロスは、豊かな広葉樹林とは無縁であったのだ。
「じゃ、モリスンは?」
「私は、そうですね。どんぐりのコマで競ってたでしょうか。」
「あ、僕も!」
「コマって?」
「知らないの?」
デュルゼルはアイーダがどんぐりから成るコマを知らないと聞くと、手近にあったどんぐりを鏃の先で穴を開け、器用に小枝を削って芯にして突き刺して見せた。
「これをね、こうやって、えいっ!」
デュルゼルの手を放れたどんぐりは、ふらふらと回転しながら転がった。
「それだけ?」
「そうだよ。」
「ただ回して転がすだけじゃない。」
アイーダは呆れたと言わんばかに肩をすくめた。
「まあ、確かにこれだけでは面白くないでしょうね。やはりコマ回しには競う相手がいなくては。」
言いながら、モリスンはもうひとつどんぐりのコマを作りだし、デュルゼルのコマにぶつけて見せた。
勢いよく回っていたモリスンのコマにデュルゼルのコマは弾かれ動きを止めた。
「あ、ずるいや。」
負けじとデュルゼルはまたひとつコマを作って回したが、彼の作ったコマはモリスンのコマにぶつけても跳ね返されるだけだった。
「ほう、さすがモリスン。」
「パルマンさんもひとついかがです?」
にんまりと笑っているモリスンについ乗せられて、パルマンも幼い頃の記憶を頼りにコマを作って早速にぶつけてみた。
が、結果はデュルゼルと同じく弾き返されただけだ。
「そう簡単には負けませんよ。」
「そうきたか。」
青いドングリは、男達に妙な競争意識をもたらしたようである。
ほんのちょっとの道草が、何やら小休憩を通り越してしまったのだ。
そうなると、おさまらないのはアイーダである。
「ちょっと、いい加減にしなさいよ!!まったくパルマンさんまで。船の時間があるからラグーナまで急ごうって言ったこと、もう忘れたの?」
「す、すまん。」
「すみませんっ!」
「ごめんなさいっ。」
我に気が付いて謝った時には既に遅く、アイーダはずんずんひとりで先に歩き出していたのであった。

緑の高原からさざなみヶ浜までは1本道なので、アイーダが先頭を行っても道に迷うようなことはない。
灌木がまばらになったあたりでアイーダは道が二手に分かれていることに気が付いた。
「ラグーナは、左ね。」
ミロポトスに従って本来は左に曲がるべきなのであるが、右の道が眩しいくらいに日の光を弾いているのについ目がいってしまう。
「パルマンさん達は、まだ追いついてこないわね。よーし。」
アイーダはそのまま右へ曲がると猛然と走り出した。
ほんのちょっとだけ、彼らが追いついてくるまでの間の僅かな寄り道のつもりであった。
驚いたのはデュルゼルである。
遙か後方を歩いていたとはいえ、アイーダが左に曲がるべき道を右へ曲ったのは見えていたから、慌てて走り出したのだ。
「僕、ちょっと先に行きます!この先は左へ曲がってください。」
パルマンとモリスンに言い残すと、デュルゼルはアイーダを追いかけて右へと曲がっていった。
キラキラした水の水面を左手に見ながらアイーダは細い岩道を進んでいる。
途中で道は切れていたが、岩伝に降りれそうな場所が目に付いたので、そのまま身軽に降りていった。
降りた先はきれいな砂地が続いており、水辺特有の涼やかな風が吹いている。
アイーダは砂場に沿って水辺までやってきた。
「わあ、きれい・・・。」
限りなく透明な湖が日の光を弾いてキラキラと輝いている。
その美しさに見とれていると、後方からデュルゼルの声が聞こえてきた。
「アイーダ!!」
「あれ、デュルゼル。どうしたの、そんなに慌てて。」
振り返ったアイーダの元にデュルゼルが息を切らせて到着した。
「こっちは、方向が違います。」
「うん、知ってる。みんなが追いついてくるまでちょっと寄っただけよ。」
「え?」
「だって、こんなにきれいなんだもん。ちょっとどんなとこか見てみたかったの。」
あっさり言われてデュルゼルは一気に身体から力が抜けていった。
「ここはまだ海じゃないわよね?」
「ええ。ディーネの湖です。もっとも水晶湖と言った方が一般にもよく通じますが。」
「文字どおり、水晶を思わすような、本当にきれいに輝いてる湖ね。同じ湖でも、ウォリナ湖とは全然違うみたい。」
「ウォリナ湖?」
「うちの近所にある湖のこと。すっごく神秘的な湖よ。年中霧がかかってるけど。ね、パルマンさん。」
続いて追いついてきたパルマンは、いきなり話題を振られても内容が不明で、すぐには返事ができなかった。
アイーダはついでとばかりに意味深に次の話題を持ちかけてみた。
「ウォリナ湖には美しい精霊がいるのよね。」
「そうだな。」
これにはあっさり肯定され、アイーダは苦笑した。
「いいなあ。」
デュルゼルが羨ましそうな声をあげ、最後にひっそりと呟いた。
「こっちは魔女だもんな。」
まただ、とパルマンは眉をひそめた。
しかし、アイーダは別の捉え方をしたようである。
「魔女って、なんかあるの?」
「あります。」
今度は代わってモリスンが答えた。
「魔女が作ったのではないかという鏡がこの上の祠にあるんです。」
「魔女の鏡!!」
思わず大きな声を出したアイーダにモリスンは頷いた。
この前の旅が、イグニスの鏡を見に行く途中で終わっていたことが不意に思い起こされたのだ。
「ちょっと寄り道になりますが、行ってみますか?」
「行く!」
「ええ!?」
「パルマンさんは?」
「船の時間は大丈夫なのか?」
「たぶん、大丈夫のはずです。次の便の時間にちょうどいいくらいでしょう。」
「じゃあ、決まりね。」
「はあ・・・。」
ひとりデュルゼルの溜め息を除けば、全員賛成ということでアイーダ達は湖の側にあるという魔女の鏡を見に行くことになった。

問題の祠までは水辺の側にある洞窟を辿って行かねばならない。
「なんか、いかにも出そうな洞窟ね。」
「いかにも、じゃなくて、出ますよ!!」
言ってる側から妖しげな魔獣が飛び出してきた。
「ま、このくらいは普通よね。」
暗闇を好みそうな魔獣達ばかりではあるが、そうそうアイーダ達の敵ではなかった。
あっさり魔獣を倒すと、ほどなく洞窟を抜け、岩場の頂上に出た。
「湖が下に見えるわ。上からみてもうっとりするくらいきれいね。」
「魔女の鏡は、確かこの先の祠です。あ、あれかな?」
祠と言っても岩を積み重ねただけの簡単な台座があるだけの場所である。
アイーダが駈け寄って見ると、そこには更に大きな丸い台座があって、透明な水が張ってあるだけの簡素なものだった。
「これが、魔女の鏡?」
いささか拍子抜けした声にパルマンが苦笑している。
何しろ護り手のない遺跡である。
むしろこれだけ形がわかるほどに残っている方が幸運といえるくらいなのだ。
「水鏡というヤツだな。」
「水鏡・・・。」
そっと覗いてみると、揺れる水面に自分の顔が映っている。
「・・・。」
ミッシェルから整備すると聞いていたので、何か不思議な力でも持っているのかと期待していたのだが、何も起こりそうにはない。
「普通の人にはタダの鏡だって聞いたよ。魔女にだけ特別に反応するんだって。」
何も起こらないことで、デュルゼルはかえって安心したようであった。
「ふうん。なんか、残念。」
アイーダは軽く溜め息を吐くと、ポンポンと服の埃を払うように軽く叩いた。
「まあ、往々にして伝説というのは、得てしてこんなものです。」
モリスンも少しは期待するものがあったのか、少し残念そうだった。
「では、ラグーナへ戻ろうか。」
「そうだね。」
デュルゼルが早々にその場を離れ、モリスンとパルマンも続いて台座を降りた。
アイーダはもう一度水鏡を覗き込んだ。
「やっぱりあたししか映ってないわよね。」
鏡の水は規則正しく風の波紋に揺れているだけだ。
アイーダは諦めて台座を降りた。
「自分の顔だけ見たってしょうもない・・・?」
その時アイーダは何か違和感を覚えた。
「・・・あたしの顔、あんなに幼かったっけ?」
どちらかというとかわいいタイプの顔立ちをしているアイーダは年の割には幼く見られがちだが、それにしてもさっき映っていた顔は、いかにも子供子供しているように思えたのだ。
「やっぱり、ヘンよ。」
アイーダは歩きかけていた足を止め、もう一度台座を振り返った。
「うそ・・・。」
その瞬間アイーダの目は、台座の上空に固定された。
何もないはずの空間に、台座にあるのと全く同じ水鏡の映像が揺らめいている。
今はただ水面を映し出しているだけにすぎないが、陽炎の様に揺らめきながら明らかに別な映像へと変化している。
「パルマンさん!!」
名前を呼ばれて振り返ったパルマンもその場に立ち尽くした。
「そんな・・・。」
パルマンの声につられて振り返ったモリスンとデュルゼルもまた同じような光景を目の当たりにして呆然となったのだった。
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