デュエット・シリーズ

■ふたりのマリオネット(7)
「え、なに?!」
ふとアイーダはポケットから不思議な光が漏れていることに気が付いた。
急いでポケットに手を突っ込んだアイーダは、小刻みに振動している小さな石の破片を取り出した。
それはウーナから「異界のお土産」と言われてもらった石の破片であった。
輝石とまではいかないが、光の加減によっては不思議な煌めきを発するので、いつかペンダントにでもしようと思ってそのままになっていたものだった。
「もしかして、これに反応してるっ・・・!!」
石の輝きと水鏡の波紋とは見事に同調していた。
アイーダはパルマンにそのことを話そうとしたが、結果的には別の言葉を叫んでいた。
「鏡が・・・別の景色を映してる!!」
パルマンも、モリスンも、そしてデュルゼルでさえ息を呑んだ。
アイーダは目前に映し出された景色を呆然と見つめていた。
海の中を巨大な影が過ぎっていったかと思うと見知らぬ島が映し出され、白く輝く柱が立ちのぼっていく。
「・・・おっきい・・・動物?どこか島に向かってるみたいで・・・。あ、魔女の島現象!!」
アイーダの呟きはパルマンには理解できたが、モリスンとデュルゼルには意味を為さないものであった。
モリスンが見たのは故郷アンビッシュの美しい景色であったし、デュルゼルが見たのは見事な一振りの剣と使い込んだ槍だったからである。
ほんの一瞬、それこそカードがスライドしていくかのように断片的な状景を映し出すと、やがて上空はもどどおりの青い空となり、水鏡は再び沈黙した。
「今の、何だったのかしら?」
「どうやらその石に反応したようだが。」
「これ、ウーナからお土産にもらったものなんだけど。確か、鳴り石の欠片とか言ってたっけ。」
「ウーナからお土産・・・。鳴り石の欠片というと、もしや、あの月の?」
アイーダが頷くと、パルマンはうむと考え込んだ。
祠の鏡は、魔女の鏡とも呼ばれ、もともとは彼女たちの持ち物と聞いている。
アイーダの持つ鳴り石の欠片と魔女の鏡、どちらも異界の住人達と深く関わりを持つ物ということで一致しているから、互いに共鳴しあったとしても不思議はない。
「魔女の鏡は、いろいろと不思議なものを映し出すと言われています。それが何なのかは見た人によって違うとも。ミッシェル殿は、それをその人への『啓示』だとおっしゃいました。おふたりが同じ物を見たと言うことは、同じ啓示を受けたということではないでしょうか?」
啓示には未来を暗示しているものが多いともいわれている。
具体的な方法までには触れていないが、パルマンとアイーダが元の世界に帰るための道標ではないかとモリスンは考えていた。
「かもしれない。しかし、映っていた島はみたことのない島だったな。この世界のどこかにそういう島があるということなのか?」
パルマンの呟きの最後のあたりは自問自答に近かった。
残念ながらモリスンは、その景色をみていないので、確認のしようがないということもある。
「どちらにしてもそれぞれの進むべき道のヒントであることには違いなさそうだ。旅を続けていれば自ずと見えてくるのだろう。」
「そうですね。どちらにしてもラグーナへ急ぎましょう。この次の船を逃したら、しばらく待たねばなりませんから。」
「それは大変だ。」
起こってしまった現象をとやかく言っても始まらないということで、一行は一転、ラグーナへの旅路を急ぐことにしたのだった。

急いだ甲斐あってか、パルマン達はラグーナからニーリ行きの定期便の出航に無事間に合った。
モリスンとデュルゼルという身元確かなふたりの同行者ということで、パルマンとアイーダの旅券も難なく発行してもらえ、彼らはゆったりした船旅を楽しむことができた。
航海は快適そのもので、定期船は予定通り2日後に、ニーリの港に到着した。
「ここからはまたしばらく陸沿いの旅になります。」
港を歩きながら次の行程をモリスンが説明した。
「アルデからチッタと山のまわりをずっと歩くのね?」
「普通はそうなります。」
「普通は?」
「ええ。歩くのはアルデまでです。そこからテュエールまでは船で行きます。」
「船?」
「伊達に旅してるわけではありませんので、それなりのツテというものがあるんです。」
聞き返したアイーダにモリスンは片目をつぶって見せた。
「もっとも定期船のような客船ではありませんから、のんびり船旅を楽しむというわけにはいかないかもしれませんが。」
「客船でない船って、どんな船なの?」
モリスンはデュルゼルの質問に直接答えず、別の質問をした。
「みなさんは、釣りの経験はありますか?」
「釣り?あの、魚釣りの、釣り・・・よね?」
「ええ。」
頷いたモリスンに、アイーダはうーんと顔をしかめた。
プラトネス2世号で何度か教えてもらったが、はっきり言って全然釣れなかった。
いや、魚は釣り糸にひっかかるのだが、釣り上げるまでに逃げられてしまい、結果的に収穫はゼロというわけなのだ。
デュルゼルも磯釣り程度ならしたことはあるが、船で沖まで出るような本格的な釣りはしたことがなかった。
「パルマンさんは?」
「ないこともないが・・・。」
「あまり得意ではなさそうですね。」
言葉の先を汲み取ってモリスンはあとを引き継いだ。
「きっと楽しい経験になりますよ。」
「もしかして、乗せてもらう船って、漁船?」
「いいカンしてますね、アイーダ。」
「それくらい予想つくわよ。でも、いったいどういう知り合いなの?」
城勤めの騎士というのなら繋がりもわかるが、他国の一介の漁師とそこまで親しくなれるというのは正直意外であった。
「だって、漁師さんといえど、自分の船は絶対でしょ。全然関係ないモリスンがどうやってそこまで親しくなれたのかちょっと気になるじゃない。」
アイーダは船乗りが自分の船に対して強い拘りを持っていることを経験からよく知っている。
「彼は、確かにごく普通の漁師なんですが、とても冒険心の強い人なんです。」
「冒険心?」
「はい。それについては、直接彼から聞いた方がいいと思いますから、私からはこれ以上、申し上げられません。」
モリスンが丁寧な口調になるときは、それ以上突っ込んでも話してくれないということである。
「彼は私達とそれほど年齢が変わりませんから、きっといい友達になれますよ。」
「冒険心の強い船乗りさんかあ。」
ふとアイーダの顔が何かを思い出すような遠い表情を浮かべた。
彼女の脳裏を過ぎったものが何なのか、パルマンとモリスンは互いにそっと目配せしている。
「な、なに?」
自分をみているふたりの視線にアイーダは知らず知らず頬を赤らめた。
「いい顔してますよ。」
クスリと笑ったモリスンにアイーダは完全に上気してしまった。

「そ、そうだ!デュルゼル、ここからしばらく剣の稽古に付き合ってあげる。」
いきなり槍を構えだしたアイーダに、デュルゼルは思わずたじろいだ。
「2日も船の中でゆっくりしたから、身体がなまってしょうがないでしょ。」
「いえ、そんなことは・・・。」
「いいから、付き合いなさい。これも修行のうちよ。剣と槍でやりあうなてめったにないことだって言ってたじゃない。」
「それはそうだけど、やたらと攻撃するものじゃないってこの間・・・。」
「実戦と稽古は別物よ。仮にも宮廷剣士めざしてるなら、素人のあたしの槍くらいでビクついてたんじゃ話しにならないでしょ。」
早口に捲し立てられデュルゼルは助けを求めるようにパルマンを振り仰いだ。
「パルマンさん、何とか言ってください。」
止めてもらいたくて声をかけたのに、返ってきたのはアイーダの行動を支持するとしか取れない言葉であった。
「頑張れ、未来の宮廷剣士。」
「そんな・・・。」
モリスンは、とみると、完全に蚊帳の外といった風体である。
「じゃ、露払いを兼ねて先に行くね。行くわよ、デュルゼル。」
「あ、アイーダ・・・。」
勇ましく槍を構えたアイーダに従えられて、デュルゼルはニーリから潮騒の道へと出ていった。

アイーダとデュルゼルの修練のおかげで、パルマンとモリスンはゆったりと潮騒の道を歩いてアルデの村に入った。
村の入口では一足先に到着したデュルゼルがぜーぜー息を弾ませている。
「だいぶ鍛えられたようだな。」
「・・・鍛えられたなんてもんじゃないです。あれだけ飛んだり走ったりしたのに、なんで彼女はあんなに元気なんですか。」
アイーダはというと、疲れて動けないデュルゼルに代わって何か飲み物でも買いに行ったらしい。
「日頃からの鍛え方が違うからではないでしょうか。」
モリスンの返事はデュルゼルにとって少なからず衝撃を与えたようであった。
普段から身体を鍛えることに掛けてはそれなりに配慮していたつもりなのに、たかが素人の少女ひとりの動きについていけないとは情けないことこの上ない。
無論、自分の方が年下だから、その分体力的なハンデはあるとしても、ここまであからさまに差がでるとは思わなかったのである。
「デュルゼルは知らないでしょうが、アイーダと一緒に旅していたウーナも凄かったんですよ。」
「ウーナ?名前からして、その人も女の人ですよね。」
「ええ。彼女は弓使いでした。それはもう、正確で威力のある腕を披露してくれたもんです。その上、ピッコロの名手で。そのせいか息が長くて、険しい山道でも私より遙かに早く登ってました。そういえば、アイーダは今回、カプリと一緒でないみたいですが、何かあったんでしょうか。」
ふと思い出したかのようにモリスンはそれまで思っていた疑問をパルマンに尋ねてみた。
「いや、私も詳しい事情はわからないのだが、どうも使えない状態にあるらしい。」
アイーダとカプリの関係をモリスン以上によく知るパルマンとしてもずっと不思議に思っていたことである。
彼女のポシェットの中に収まっていることは知っていたが、流れ着いた最初の浜辺で使った以外ではお目に掛かっていないのだ。
「噂をすれば、当の本人が戻ってきたみたいですね。」
モリスンが気が付いたのと前後して、アイーダが大きく手を振って掛けてくるのが見えてきた。
「モリスーン!!」
しかも駈けてくるのはくるのは彼女ひとりではないようだ。
アイーダの後ろにもうひとり人影がみえる。
「あれは・・・。」
「知り合いか?」
「ええ。彼が、船に乗せてもらうことになっている漁師なんです。」
モリスンが当惑しているところへアイーダ達は到着した。

開口一番、アイーダはいきなりモリスンに文句を言った。
「もう、遅いじゃない。こっちはとっくに準備できてるっていうのに。」
「準備って・・・私はまだ何も言ってないですが。」
「なに寝ぼけたこと言ってるだね。帰りはテュエールまで運んでくれと言ったのは、嘘だか?そろそろこっちに着く頃だろうと思って用意してたんべ。」
よく響くダミ声にモリスンは納得したように振り返った。
「やっぱり、ミゲルか。」
「やっぱり寝ぼけてるだな。まったくこれだから旦那衆は気合いが足りん。」
ミゲルと呼ばれた若い漁師は、呆れたようにアイーダに肩をすくめてみせた。
「どうなってるんだ?」
パルマンに袖を捕まれてアイーダは小声で説明した。
「たまたま港の酒場で出くわしたのがミゲルだったの。モリスンが話してくれたとおり、彼、大きな夢を持ってる船乗りだわ。」
アイーダはミゲルの夢が理解できた上で話しているようだが、事情のわからないパルマンにはさっぱり要領を得なかった。
「まあ、話はあとでゆっくり聞かせてもらうだ。はやいとこ出航しねーと、潮の流れが悪くなって余計な時間がかかる。」
ミゲルに言われて、モリスンはとにかく港へ行こうとパルマン達を促した。
一見せっかちそうにみえるが、海に関することだけは全面的にミゲルの判断に信頼を寄せていたので、彼がそこまでいうからには、それなりの事情があるに違いないと思ったからだ。
アルデは小さな漁村である。
大した距離を歩くまでもなく、パルマン達はミゲルの船、タラッタ号の停泊している桟橋までやってきた。
「今なら邪魔なアザラシもいねえだ。行くべ。」
「アザラシって?」
小声で尋ねたデュルゼルにアイーダはミゲルから聞いたとおりの話をしてやった。
「天気が良い日には、この桟橋いっぱいにアザラシがひなたぼっこして通せんぼするんだって。少々腕に覚えがあるくらいじゃ、のいてくれないらしいわ。」
「え?」
デュルゼルは思わず剣に手を当て、空を仰いだ。
北の国にしては珍しく、雲ひとつない澄み切った青空が広がっている。
「だから、今日は大丈夫だってば。」
アイーダは笑いながらデュルゼルの腕を引っ張って桟橋を小走りに進んだ。
恐る恐る歩いているデュルゼルの目前には、少なくともアザラシの姿は見えなかった。
「ね?」
だが、ほっとするのはまだ早かった。
「そろそろあそこの親子が戻ってくるべ。」
ミゲルが指さした先に、茶色い塊が水飛沫を上げて近付いてきている。
「ぼ、ぼく、先に船に乗るねっ!」
アイーダが吹き出し、ミゲルは呆れたようだが、自分の腕では絶対勝ち目のない相手であると認識したデュルゼルは、彼としては最善の策を取ったつもりだった。
「どうやら自分の力量を正確に把握することはできるようになったようだ。」
船に乗ってからはたぶん落ち込んでいるだろうが、パルマンは彼の判断を評価していた。
今は自分たちと一緒だからどうにでもなるが、いずれは彼ひとりで行動しなければならない時がやってくる。
その時に判断を誤らないよう導いてやることが、パルマンの目指したものだった。
「彼は優れた剣士になるだろう。」
未来ある少年の成長を嬉しく思いながらパルマンは最後にタラッタ号に乗り込んだ。
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