デュエット・シリーズ

■ふたりのマリオネット(8)
タラッタ号での主導権は当然のことながらミゲルにある。
デュルゼルはもとより、パルマンとモリスンも出航するとそのまま船室に入ったが、アイーダはミゲルの横で船旅を楽しんでいた。
ミゲルはタラッタ号を陸沿いに進めている。
「ねえ、なんでもっと沖寄りに走らせないの?」
穏やかな海を眺めながらアイーダは不思議そうに尋ねた。
陸沿いを暗礁に乗り上げないよう苦労して進むより、沖合の広い海を進んだ方が船足も速くなるし、舵を取るにも楽だと思ったからである。
「この船で沖を走るなんざ、とんでもねえべ。」
「なんか、危険なことでもあるの?」
「おめえ、船に慣れてるよな風だが、このあたりは初めてか?」
「うん。」
素直に頷いたアイーダに、
「そんじゃ、知らねえのも無理ねえな。」
とミゲルは苦笑混じりで理由を教えてくれた。
「この先は『沈黙の海』って言ってな、名だたる船乗りをいっぱい呑み込んできてるだ。しかも、沖合のどこかにはガルガの巣もあるらしいって噂だんべ。」
「ガルガ?」
「鯨より巨大な海獣だ。こんなちっぽけな船なんぞ、あっという間にひっくり返されちまうだよ。」
「えええ!?」
「まあ、普段は大人しいから人を襲うようなことはねえべ。おらが知ってる限りじゃ、船をひっくり返された者もいねえからよ。」
遭遇しなければ危険なことはないらしいとはわかり、アイーダは取りあえずは胸をなで下ろした。
「だが、油断はできねえべ。ついこの間も、このあたりでガルガを見たって噂があるだ。」
話しながら、ミゲルの表情が真剣なものに変わった。
「いつか、未知の海へ出ていきてえってことは話したよな。」
アルデの酒場でミゲルがアイーダに話したのは、船乗りなら誰もが持っている漠然とした夢だった。
沈黙の海の先は世界の果てかもしれないと言われているが、それを確認した者はいない。
大抵の者は、ミゲルの話を聞くと、笑い飛ばすか曖昧な相槌を打ってその場を濁すかどちらかなのだが、アイーダは「そこまで行く方法は考えたの?」と問い返した。
最初はからかわれたのかと思ったミゲルだが、アイーダはしごく真面目だった。
しかしその答えを返す前に、アイーダがモリスンの連れであることがわかり、慌ただしく出航準備にかかったため、それまでになっていたのだ。
今、ミゲルはその時の返事をしているのだとアイーダは気が付いた。
「おらの船じゃ、大した距離は進めね。海路もわかんねえしよ。だが、ガルガについていければ、渡れるかもしんねえ。」
それ故、ミゲルはいつか自分の目で本物のガルガを見てみたいと思っていた。
漁師としてではなく、同じ海に生きる者として、沈黙の海と呼ばれている海域を自由に泳いでいるガルガに、ミゲルは憧れに近い感情を持っていたのだ。
もしもガルガと並行して船を進めることができたら、未知の世界への扉を開くことができるかもしれない。
突拍子のない考え方だが、可能性がゼロではないことに意味がある。
「ミゲルはガルガを見たことがあるの?」
「ない。」
残念ながら、ミゲルにはまだその第一歩となるガルガとの遭遇経験がなかった。
出逢ったことはもとより、その影をみたことすらなかったのである。
「そっか・・・うまくいかないもんだね。」
「まあ、気長にやるだよ。」
「あのね、あたし、目はいいんだ。このあたりに出るっていうんだったら、舳先で見張り番をしてあげようか?」
「無理しなくていいべ。慣れねえことすると、疲れるだけだ。」
「無理なんかしてないってば。一応、見張り番の経験もあるんだから。」
もっとも、アイーダひとりでの経験はなく、必ずトーマスが一緒にいてのことではあったのだが・・・。
ミゲルは形だけ驚いてみせたが、見張り番をアイーダに任せるとは言わなかった。
それほど大きな船でもないし、わざわざ見張りを立てるようなものでもない。
それよりは、真剣に話しを聞いてくれたことの方が嬉しかった。

船長の許可が出ないということで、アイーダもそれ以上は言わず、その代わりに、甲板をちょこちょこ移動しながら、沖に身を乗り出して尋ねた。
「ねえ、ガルガが出るって、この方向?」
水平線の遙か遠くに黒い影らしきものが見えている。
「海ばっかりかと思ってたけど、島もあるんだ。」
「島?このあたりにそんなもんはない。あってもここからは見えねえ。」
にべもなく答えたミゲルに、アイーダはもう一度よく目を凝らして水平線の果てを見た。
「でも、確かにあそこ、黒い山が見えるんだけど。」
アイーダは自分の視力に絶対の自信があった。
「上の方の木が時々揺れてるみたい。沖の方は風も強いのかな。」
「そんなはずねえ。この先の島といやあ、ロップ島くらいなもんだが、まだこの位置からは見えねんだ。」
なおも否定したミゲルに、アイーダは「そんなことないよ。」と再度、問題の方向を指さして見せた。
「ほら、この先。あそこに・・・あれ?ミゲル、船の方向変えた?」
「いんや。」
「ヘンだわ。さっきまで、もうちょっと右の方に見えてたのに。それに、上の木も枝が方向を変えてる・・・。」
アイーダの示した方向には、多少のズレがあるものの、確かに黒い影が見えている。
「・・・まさか、な。」
ミゲルの乾いた声が呟きを発した。
と、その時、再び島の頂上あたりに生えていると思われる木の枝先が向きを変えた。
「・・・風に吹かれたにしては、ヘンよね?」
タラッタ号の回りは極めて穏やかな風であり、木を曲げるほどの強い風は吹いていない。
アイーダがもう一度ミゲルに尋ねようとした時、その枝はついに正体を表した。
巨大なトカゲにも似た顔がアイーダの視界にはっきりと捉えられたのである。
「ガルガだあ!!」
次の瞬間、ミゲルの大声がタラッタ号中に響き渡った。

モリスンはタラッタ号が港を出ると、パルマンからこれからのことを相談され、しばし呆然となった。
「ガルガに導かれて、別の世界へ、ですか・・・。」
あまりにも突拍子のない話ではあるが、それを裏付ける啓示をパルマンとアイーダはディーネの鏡の映像で見ているのである。
「それが本当だとしたら・・・やるしかないでしょうね。」
現実的な選択を迫られた時、モリスンは決断しなければならなかった。
「問題は、それがいつになるかさっぱりわからないことだ。」
パルマンの悩みもそこにあった。
だが、「その時」は思いの外、早くに訪れた。
しばしの沈黙を破って、ミゲルの「ガルガだ。」という叫び声がタラッタ号に響いたのである。
「ガルガ?」
ほぼ同時にパルマンとモリスンは顔を見合わせた。
もちろん、ふたりとも大急ぎで甲板に上がったことはいうまでもない。
少し遅れてデュルゼルも甲板に上がってきた。
「まさか、こんなに早くに出逢うとは・・・。」
3人が甲板に上がった時には、ガルガの姿をはっきりと間近でみることができるまでになっていた。
「・・・これが、ガルガか?」
パルマンは巨体をうねらせて海を渡っているガルガを畏怖の目で見つめていた。
「・・・!!アイーダ、不用意に近付いちゃダメだっ!」
舳先に向かっていくアイーダにモリスンが慌てて声を上げたが、アイーダは全く気に止める様子がなかった。
むしろ、パルマンにこちらへ来るよう促している始末である。
「パルマンさん!!」
青ざめているモリスンにパルマンは「あとは任せたぞ。」と声を掛けてからアイーダの側へ向かった。

舳先にはアイーダが身じろぎもせず立っている。
パルマンが並んだのに気が付くと、納得したように話しかけた。
「あの鏡が映していたのは、たぶん、この先に起こることだよね。」
「・・・たぶんな。」
「このままだとモリスン達まで巻き込んじゃう。」
「・・・そうなるな。」
「もう、のんびり構えてる場合じゃないでしょっ。」
キッとなったアイーダにパルマンは、申し訳なさそうに答えた。
「まあ、その点については、一応モリスンと相談しておいた。」
「へ?」
いつの間にしたのだとでも言いたそうなアイーダに、パルマンは黙ってモリスンの方に合図を送った。

パルマンの合図を受けて、モリスンはミゲルとデュルゼルを呼んだ。
「ここから陸まで、私がふたりを運びます。」
ミゲルとデュルゼルには、モリスンの言った意味が全く理解できなかった。
「ミゲル、あなたには本当に申し訳ないことをしてしまいますが、このお詫びは必ずしますので、今はこの船をパルマンさんに任せてください。」
そして、モリスンはパルマンに再び視線を向けた。
「パルマンさん、お願いします。」
「??」
アイーダがきょとんとしてる間に、パルマンは素早く空席になっていたタラッタ号の舵に取り付いたのだ。
「ええ!?パルマンさん、船が操縦できるの!?」
「・・・一応、鍛えられた。あんまりうまくはないが、ガルガについていくくらいなら、なんとかなるだろう。」
パルマンはガゼル艦長から教えてもらった手順を声に出して繰り返しながら、手際よく舵に取り付いている。
「何がどこで幸いするかわからんな。」
人手不足だから何でもできるようにと覚えたことが、見事に身を助けてくれているのだ。
「すっご〜い。」
速度を増したタラッタ号に、反射的にアイーダは感嘆の声を上げたが、当のパルマンは、冷や汗ものであった。
何しろ両サイドのガルガに挟まって進んでいるようなものだったからだ。
しかし、パルマンの不安とは裏腹に、タラッタ号は安定した走りを見せている。
それはプラネトス2世号にも劣らないほどのスピードであった。
速度があがるに連れて、アイーダは、記憶にある耳鳴りに襲われ顔をしかめた。
「パルマンさん。」
「あの啓示のとおりなら、たぶん、いや、きっと大丈夫だ。」
「うん、そうだね。」
耳鳴りが更に強くなった。
「モリスン!」
アイーダは甲板の後方を振り返った。
モリスンはデュルゼルとミゲルを両脇に、緊張した眼差しでアイーダと目があった。
デュルゼルとミゲルには、これから何が起きるのか、わかっていないようだが、アイーダにはモリスンのしようとすることがわかっていた。
アイーダは、出会えたことへの感謝を込めて、3人に手を振った。
それが別れの合図だと、デュルゼルとミゲルは気が付いただろうか?
残念ながら、それを確かめる術はない。
アイーダが手を振って、モリスンが頷いた直後、彼はテレポートを発動させたのである。
「モリスン、また魔法の腕を上げたんだね。」
どれほどの距離を飛んだのかは知るよしもないが、少なくともウーナとアイーダをイグニスの崖から下ろしてくれた時より、長い距離であることには違いないのだ。
「さて、次は我々が飛ぶ番だ。」
「今度はちゃんとまともな場所に出てくれるかなあ・・・。」
「・・・鏡の啓示を信じよう。」
そして、懐かしくも忌々しい感覚にパルマンとアイーダは捕らわれたのであった。
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