デュエット・シリーズ

■ふたりのマリオネット(9)
訳のわからないまま、気が付くとデュルゼルとミゲルはテュエールのすぐ手前、ラピス街道から海を臨んでいた。
見慣れた地形から、自分たちのいる場所についての不安はなかったが、理由を説明できるモリスンがしばし放心状態に陥っていたため、デュルゼルとミゲルはその場でモリスンの回復を待っていた。
モリスンは、ふたりを連れてテレポートするのに気力を使い果たしてしまっていたのだ。
それでも意識を失うまでに至らなかったのは、彼の責任感によるところが大きい。
回復の兆しが見えた時、はじめてミゲルがモリスンに尋ねたことは、パルマンとアイーダの行方についてだった。
「あのふたりはいったいどうなったんべ?」
少し迷った挙げ句、モリスンはゆっくり答えを返した。
「パルマンさんとアイーダは・・・ガルガに導かれて『沈黙の海』を越えたんです。」
さすがに異界へ行ったとは言えなかったが、それでもモリスンの答えはふたりを驚かすには十分であった。
「・・・まさか・・・。」
「ディーネの鏡の啓示によって、ふたりはそのことを知っていました。ただ、あの啓示は本当に漠然としたものだったので、時期までは予測がつかなかったんです。それで、こんな形で、しかも急に別れることになってしまった・・・。」
モリスンは努めて淡々と答えた。
「沈黙の海を越えて、アイーダはどこへ行ったの?」
「わかりません。けれども、彼女達が望んだ世界へ向かったはずです。」
その点についてだけは、確かな自信があった。
確たる根拠はないが、別れ際のアイーダの顔は、決して不安に満ちたものではなかったからだ。
「モリスンさん、世界って本当に広いんですね。」
ガルガと共に去っていったパルマンとアイーダに想いを馳せながらデュルゼルはぽつりと呟いた。
彼の中ではまだ認めたわけではないが、パルマンとアイーダが自分たちとは異なる世界の住人であることに気が付いてはいたのだ。
「ええ、広いです。それがわかっただけでも今回の旅はあなたにとって十分有意義なものだと思いませんか。」
遙か沖からの潮風を受けながら、モリスンは自分自身に語りかけるよう言った。
やがてふっきれたのか、モリスンはがらりと調子を変えてミゲルに向き直った。
「さて、ミゲル、ここからテュエールまで歩きの旅になりますが、一緒に行っていただけますか?」
ミゲルは腕組みをして唸ると、軽く溜め息を吐いて見せた。
「仕方ねえべ。それに、船の代金はモリスンの旦那から弁償してもらうしかなさそうだしな。」
「それは・・・ボルトについてから、相談するということで・・。」
自分の船をなくしたというのに、予想外にサッパリした表情のミゲルにモリスンは正直戸惑っていた。
モリスンの訝しげな表情に、ミゲルはもう一度水平線を振り返って言った。
「あのふたりのおかげで一瞬とはいえガルガと一緒に走れたんだ。いい夢をみさせてもらっただよ。」
ミゲルは、ガルガと共に走れるだけの推進力を持った船が、ティラスイールにはまだないことを知っていた。
ガルガと並行して走れるような船ができて、人ははじめて『沈黙の海』を制覇することが可能になるのだろう。
しかし、それは、まだ当分先の話になるだろうことも想像に難くない。
偶然からとはいえ、それを先取りして経験できたミゲルは、パルマンとアイーダに感謝こそすれ、恨む理由はどこにもなかったのである。
「では、参りましょうか。」
モリスンは、気を取り直してデュルゼルとミゲルに改めて声を掛けた。
アイーダとパルマンはいなくなったが、モリスンはふたりのことをミッシェルに伝えなければならないと思っている。
それに、どちらにしても、モリスンとデュルゼルの旅はまだ終わっていないのだ。
「アイーダにバッチリ鍛えてもらったから、魔獣は僕に任せて。」
元気よく返事をしたデュルゼルを頼もしそうに見やりながら、モリスンはテュエールの町へと歩き出した。

この時、モリスンの他にもミッシェルを探している者はいたが、取りわけ切実にその行方を追っていたのはキャプテン・トーマスとプラネトス2世号であっただろう。
だが、肝心の当人はそのことを知るよしもなく、時は無情に過ぎていく。
「くそ、次の魔女の島現象まで、もう時間がないってのに、ラップのヤツ、どこへいったんだ?」
プラネトス2世号の甲板で空を睨みながら、トーマスは苛立ちを顕わにしていた。
「キャプテン、出航準備、完了です。」
当面の応急措置を済ませたルカが報告に上がってきた。
「大丈夫か?」
「わかりません。必要以上の負荷が掛からなければ、たぶん、大丈夫のはずです。異界には以前、一度行っていますから、だいたいの様子もわかりますし。」
「そうだな。あそこには危険な海域がなかったのが、せめてもの救いだ。」
「ミッシェルさんは?」
だが、その質問に返事は返ってこなかった。
そしてトーマスは、結論を下さねばならない。
不安がないといえば嘘になるが、このままここにいても事態は何も解決しないのだ。
「予定どおり、プラネトス2世号は出航する。」
「アイアイサー。」
一抹の不安を残してトーマスはレクト島付近の問題の海域へとプラネトス2世号を出発させた。

ミッシェルが取りまとめていた計算式により、トーマスは魔女の島現象を正確に予見することができた。
「位置的にはここでいい。あとは時間になるのを待つだけだ。」
「あそこは何もない海域でしたよね。パルマンさん達、すぐに見つけられるといいんですが。」
「じっとしていてくれれば、すぐ見つけられるはずだ。それより、船の方はどうなんだ?」
普通に操縦する分には取り立てて不安はなかったが、今の状態が状態だけにトーマスは気がかりでならなかった。
「通常に航行する分には問題ありません。一度くらいなら最高速度を出しても大丈夫でしょう。でも、長時間は無理です。本当に、応急処置しただけなんですから。」
ルカの心配するところは、トーマスにも十分理解できる。
「わかってるさ。第一、猛スピードで走ったんじゃ、ふたりを見つけられんだろ?」
「そう願いたいものです。」
「安全第一を心がけるよ。」
やがてカウントダウンが始まった。
「頼んだぞ、ルカ。」
「アイアイサー。」
足早に機関室へ戻っていったルカを見送りながら、トーマスは来るべき衝撃に備えて乗組員に注意を促した。
「これより、異界へ突入する!」
ずんっと腹の底から響くような衝撃がプラネトス2世号を包んだ。
同時に光の洪水が押し寄せてくる。
トーマスは舵を固定してプラネトス2世号の安定を図った。

異界への転移は、ほんの一瞬の出来事である。
光の洪水から離脱して、あたりの闇に目が慣れた時、そこに広がっていたのは、紛れもなく異界の風景だった。
遙か遠くに以前よりかなり小さくなったらしい異界の月が浮かんでいる。
「計算どおり、時間が稼げたってことか。」
小さな月にほっとすると、トーマスはすぐに回りの様子に目を移した。
あたりに障害となるようなものはない。
逆に言えば、何か浮かんでいる物体があれば要注意ということだ。
「何か見えるか!?」
第一マストに上がっている乗組員に声を掛けた。
「前方には何もありま・・・いえ、何か近付いてくるものがあります!」
「何かって、何だ!!」
「まだよくわかりません!!」
マストの上と下とでのやり取りはもどかしいが、ここでトーマスが舵を離すわけにはいかなかった。
「・・・わかりました!!」
やきもきしたのは、時間にすればわずかなものだったが、トーマスには恐ろしく長く感じられた。
だが、返ってきた答えはトーマスの望んだものとは違っていた。
「ボートです!」
「ボート!?」
「・・・人が乗ってます。こちらに・・・何か合図をしてるようなんですが。」
「何かじゃわからん!!」
無性に苛立ったまま、トーマスは怒鳴り返した。
しかし、それもわずかな時間のことだった。
プラネトス2世号はその速度にものを言わせて、あっという間に問題のボートに近付いていったからだ。
発見した乗組員の言葉どおり、小さなボートに人がひとり乗っている。
「お久しぶりです。その節はお世話になりました。」
十分近付いたところで、ボートの人影から声が掛けられた。
「誰だ!?」
異界の人と直接に交流を持ったミッシェル達は、今回同行していない。
心当たりのない挨拶と、彼から発せられる武の気とでもいうものを感じたトーマスは、真断無く身構え、彼の顔が見えるよう舳先に立った。
トーマスの姿が見えると、ボートの人影もまたゆっくりと羽織っていたマントを脱ぎ、顔を現した。
壮年の鍛えられた男の顔が真っ直ぐトーマスに向けられている。
「あんたは・・・ツヴェル。」
驚きに見開かれたトーマスの目に、ツヴェルは黙礼を返した。
彼とは交流があったとは言うにはかなり無理があるが、まるきりの初対面というわけでもない。
「レオーネ殿の依頼で、かの地を離れここでお待ちしていました。」
「・・・待っていた?」
「はい。数日前、彼女があなた方の訪問を予見したのです。」
どこまでも穏やかに離すツヴェルに、トーマスは完全に虚を突かれていた。
「訪問を予見って・・・いや、それより、今「あなた方」と言ったな?他にも誰かここに来た者がいるんだな!?」
矢継ぎ早に叫んだトーマスに、ツヴェルは少しだけ困ったように顔をしかめた。
「その点については、何とも言えないのです。私が出迎えるのは、あなた方、即ち、この船だけとしか伺いませんでした。」
「何だって!?」
「でも、向こうに戻るまでに、あとふたり増えると言われたのです。」
ここでツヴェルのいう「向こう」とは、常夜の地を指している。
「どういうことだ?」
「それ以上のことは、その、あまりに漠然としすぎていて、レオーネ殿にも解釈できかねるとおっしゃっておられましたが・・・。」
ツヴェルの話をトーマスは最後まで聞いてはいなかった。
彼の耳に残ったのは、常夜の地に向かう途中で「あとふたり」の訪問者が増えるということだけだったのだ。
「・・・あとふたり。確かに、増えると言ったんだな。」
「ええ。以前に来られた方とは、また違うようですが。『知らないお兄ちゃんととっても元気なお姉ちゃん』と言っていましたから。」
「とっても元気なお姉ちゃん、か。」
トーマスの表情に微妙な変化を見てツヴェルは反対に尋ね返した。
「心当たりがおありですか?」
あるもないも、大ありである。
「たぶん、そのふたりは俺たちが探している者達だ。そうとなれば、おい、梯子を出せ!」
「もう準備できてます。」
トーマスとツヴェルの話が途切れたところで、するすると縄梯子がボートへと下ろされた。
「よろしいのですか?」
「ああ。今度は堂々と、この船に招待するぜ。」
ツヴェルは深々と頭を下げた。
「謹んでご招待をお受け致します。」
かつての刺客は、プラネトス2世号の歓迎を受けて客人となった。
異界における最初の再会は、トーマスの望んだものとは大いに異なったが、有力な手がかりであることには違いない。
目的に辿り着くまでの過程のひとつとわかれば対応のし甲斐もあるというものだ。
プラネトス2世号はその進路をレオーネのいる常夜の地へと向けたのであった。
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