デュエット・シリーズ

■ふたりのラプソディ−プロローグ−
「ミレディーヌ様はこちらにおいでですか?」
「いいえ。それどころか姫様の姿がどこにも見あたりません!」
「ミレディーヌ様!どちらにいらしゃいます?」
今日もフィルディンの城内ではミレディーヌ姫を探す侍女達の声が幾重にも響き渡っている。
その声の中を巧みにかいくぐって、フィルディンの王女ミレディーヌことミューズはいとも涼やかに町中へとやってきた。
「警備網がマンネリ化してきたわね。あれでは裏をかくほどの甲斐もない。」
ぶつぶつと独り言のように呟きながらミューズはつい先刻見たばかりの書類の該当欄の記憶を頼りに町の裏手へと向かって行った。
「確か、このあたりだと思ったのだけど。」
彼女にしては珍しくあたりをきょろきょろ見回しながら歩いている。
裏通りの路地をいくつか歩きつめたところでようやくミューズは目的とする建物にたどり着いた。
このあたりではごくありふれた下宿のひとつである。
「あら、おあつらえむきに窓が全開ですわ。不用心だこと。」
クスっと笑みをひとつ洩らすと、ミューズは軽い身のこなしで目指す一室の窓へと飛び上がった。

部屋の中では先の大臣試験をトップで合格したマーティが深刻な顔をして、ぐるりと壁伝いに歩き回っていた。
時折彼の悩みを象徴するかのような深い溜息をもらしつつ、足を止める。
「どうするべきか・・・。」
マーティの前には、所狭しと並べられている本の山があった。
部屋中足の踏み場もないほどに、だが、きっちり整理された本の数々は、マーティの豊富な知識の元であると同時に、ギルドで稼いだお金のほとんどをつぎ込んで得た彼の財産でもある。
「どうやって運び出すか・・・。いや、その前に、これだけの本を置けるだけの部屋が見つかるかな。」
大臣試験に合格したマーティは、後進に下宿を譲らなければならない。
金に糸目を付けなければ、前途洋々のマーティが必要とする広い部屋の貸し手はいくらでもいるのだが、あいにくと、現在のマーティは食べるのが精一杯という有様で、とても相手の言い値で条件に沿った部屋を借りるようなゆとりはなかった。
実をいうと、大臣試験に合格した時、侍従長から城内に居を構えて務めて欲しい旨を打診されたのだが、大貴族ですら城内へ部屋を賜ることはめったにない名誉だというのに、無位無冠の新参者がそのような待遇に処せられるべき理由が思い浮かばなくて丁重に断ったという経緯がある。
現実を前に、今にして思えば多少のリスクがあったとしても侍従長の申し出を断ったのは非常に惜しいことをしたと後悔していた。
「そうなると、やっぱり整理するしかないか。」
マーティの懐具合に見合った新居へ持っていけるのは、必要最小限の本ということになる。
「だが、どれを残してどれを処分するか・・・。」
部屋の中心に立ったまま、マーティは考えあぐねていた。

「無駄なことはおやめなさいな。」
一陣の風が吹き抜けるのに合わせて窓辺から高らかな声が聞こえてきた。
「無駄なこと?」
無意識に聞き返した先で、突然、マーティの思考は中断された。
「で、殿下!?」
ミューズの神出鬼没なことは王都内でも有名な話だが、いきなり窓辺に現れた本人を目の前にして、マーティは開いた口が塞がらない。
しかし、ミューズの方は全くお構いなしで、健脚をすらりと組み直して言ってのけた。
「だって、そうじゃありません?これからマーティは、お城で暮らすんでしょう?」
「は?」
「大臣試験に合格した者は、城内に居を構えて、公私ともに王家に仕えることになっていますのよ。」
呆気にとられているマーティを前に、しれっと話し続けている。
「侍従長から、聞いてませんの?」
「いえ、その件でしたら、すでにお断りしておりまして・・・。」
神妙な面持ちで答えたマーティに、ミューズは、「あら、そうなの。」と一旦は軽く言いなしたが、同時に魅惑的な笑みに厳しい光を浮かべて問いつめた。
「つまり、マーティには身命を賭して我が国のために働こうという意志はないということですね。」
内心とは裏腹に辛辣な言葉をミューズは浴びせた。
「そんなことはありません!私はフィルディンのために・・・。」
「我が身を省みずに働くというのであれば、その中枢たる王城に居ることに何も躊躇うことはないはずですよ。」
真正面からミューズに見据えられ、マーティは文字どおり言葉を返すことができなかった。



マーティにアヴィンとマイルという少年たちを加え、盗賊団を叩きのめした1件は、ミューズの記憶に新しい。
あの少年たちもそうだったが、このマーティという青年も、役人になることを目指していると言いながら、少しも王女たる自分に媚びた様子を見せず、ひどくさっぱりしたものだった。
実力もないくせに、自分の顔色ばかり窺っている貴族の子弟たちに比べれば、彼のような人間が回りに増えることの方がはるかに好ましい。
そんなわけで、普段なら、大臣試験の合格者など彼女の興味の対象外なのだが、相手がマーティと知って、珍しく関心を持ったのである。
早々に彼の仕官先などを探りに出向いたところ、侍従長が特例的措置として申し出た城内への居住許可を断っていることが判明した。
ミューズには侍従長の真意が見え見えだったのだが、マーティがそれに気付いているとは考えにくかったので、正直意外であった。
同時に格式と名誉を重んじる貴族達が争ってまで欲しているその権利をあっさり断ったという理由が知りたいと思ったのだ。
思ったら吉日、ミューズは早速に行動に出た。
いつものように城内を抜け出したその足でマーティの居所へ出向き、原因の追及に勤しんだが、大して時間を掛けることなくマーティの断った理由は判明した。
ギルドで培った直感、ただそれだけのことなのだ。
それだけに侮れないと思う反面、確固たる根拠もないという非常に曖昧なものだった。
その一方で、マーティは引っ越しにおいて最大の障害となっている部屋中に溢れんばかりの本の存在に苦慮していた。
財産に執着するタイプには見えない彼が、柄にもなく迷っているのは、手放したら二度とそれらの本が読めなくなるのではないかという不安である。
それならば、今、マーティが抱えている悩みを解決してやって、恩を売っておくのも悪くない。
ミューズはざっと本を眺めて、おおよその見当を付けると、マーティを籠絡する段取りを組み立てた。

窓辺のミューズは本を大切そうに抱えているマーティを回り込むようにして問いかけた。
「マーティにとっては、ここにある本がいつでも読める状態にあれば問題ないんでしょう。」
「それは、そうですが。」
「だったら、これからは城内の書庫がマーティの書棚みたいなもんじゃありませんか。」
「???」
「城内にいれば、書庫の本の閲覧も自由自在。あそこには、ここにある以上の本がありましてよ。」
ミューズの言葉に嘘はない。
王都の図書館に比べれば確かに見劣りするが、城内の書庫にある本の量と種類たるや、ここにある本など足下にも及ばないことは明白である。
「あの本が、自由に閲覧できる?」
それはマーティにとって、限りなく魅力的な話であった。
だが、とマーティは辛うじて即答を思いとどまった。
(うまい話には気を付けろ。)
ギルドでそれなりの世界を見てきたマーティは、特例の持つ意味をよく理解していた。
特に政治の世界が関わっているとなると、リスクなき特例なぞ、絶対にあり得ない。
うがった見方をすれば、デメリットを覚悟の上で、しかもそれを補ってあるメリットがなければ引き受けるべきではないと自分を戒めたのだ。
「全く、頭が固いんだから。」
半分呆れながらもミューズは、マーティの用心深さに改めて一目置いた。
このくらい慎重な男なら、将来の側近として非常に頼もしいではないか。
となれば、なおのこと侍従長の策に乗ってやらねば、ここまで抜け出してきた甲斐がないというものだ。
「仕方がありませんわね。では、参りましょうか。」
「どこへですか?」
「侍従長のところに決まってるでしょう。彼から裏表きっちり説明してもらうのが一番の近道ですもの。」
言うが早いか、ミューズはマーティを引きずるようにして、王城へと帰還した。

城を抜け出した王女の行方に頭を痛めていた侍従長は、いくらもしないうちに自主的に戻ってきたミューズを見てひどく驚いていた。
しかも、新しく大臣試験に合格した青年を伴っての帰城である。
「さっそくですけど、マーティに納得のいく説明をしてやりなさい。」
開口一番、要件を切り出したミューズに、侍従長は内心舌打ちをしていた。
しかしさすがに年季が入っているだけのことはあり、苛立ちの様相などおくびにも出さず、淡々と口上を切り出した。
「合格した最初の年は、適正を見るために、いろいろな仕事の手伝いをしてもらう傍らで、主に国王陛下と王女殿下の身辺警護に就いて頂きます。つまり情勢によっては一日中拘束されることもありうるわけです。その間、不規則な生活を強いられる上にそれが長期間にわたると、仮に王都内に家を持っていたとしてもほとんど意味を成しません。特に、あなたのような地方出身者には、家賃を払うだけ損といえましょう。そこで検討の結果、正式な官位が決まるまで、王家の方を警護しやすい環境の提供を兼ねて城内への居住をお勧めしたしたというわけです。」
よくぞここまでオブラードに包んで言えたものだとミューズも呆れはしたが、これこそが長年培った侍従長の交渉力というものであろう。
一方のマーティは、話を聞いているうちに、表情がみるみる明るいものへと変わっていった。
世間の波に多少揉まれてきたとはいえ、まだまだ政治の裏での駆け引きまでには思いが及ばない。
侍従長はもう一押し、と最後の一手に出た。
「マーティ、君が城内へ居住するに当たっては、城内全ての書庫の閲覧の自由を認めよう。警護の任務に就いている時以外なら、自由に読んで構わない。これが、その条件を記した公式文書だ。」
話しながら侍従長は明文化していき、書き上げると同時にその書類をサインペンとともにマーティに差し出した。
あまりの処理の早さに驚きながらも、マーティはそれでも確認すべき本文だけはしっかり読み込んだ。
文面には、確かに侍従長が言ったとおりのことが記されている。
「承知しました。下宿にある本はどこかへ寄付して、早速にこちらへ移って参ります。」
「うむ。一刻も早く、貴官が任務に就くのを待っているぞ。」
「過分なご期待に添えるよう、全力を尽くさせていただきます。」
マーティは、侍従長の期待を一心に集めて、城を後にした。
その後、マーティは侍従長に言ったとおり、速やかに下宿の本を処分し、準備された城内の1室に引っ越して来た。
仕事の傍らで、城内の古書をはじめとする書籍を自由に紐解くことができる。
まさに願ったり叶ったりのスタートを切ったのだ。
いや、スタートを切ったはずだったのだが・・・。

「殿下!!どちらに、お出かけですか。」
「あら、マーティ、ちょっとそこまでですわ。」
「ここから先は許可なくお通しできません!」
「そう?じゃ、先に行ってるから許可をもらってらっしゃいな。」
その日も、ミューズはその軽いフットワークを武器に、あっさりとマーティの防御陣を突破して城下町へと繰り出していった。
「また今日も殿下はお忍びか。」
苦虫をかみつぶしたような侍従長の声に、マーティは慌ただしく外出する旨を告げた。
「すぐ追いかけます。」
「それがよかろう。ま、書庫は殿下と違って逃げぬからな。安心して、貴官の任務を全うするがいい。」
侍従長の見送りを受けて城の門をくぐりながらマーティはため息を吐いていた。
(うまい話には罠がある。)
マーティは、処遇の条件はしっかり確認したが、その序文までには注意が及ばなかった。
いや、まさかそんなことが重要な要件になるとは、その時には思いもよらなかったのだ。
マーティの処遇に関する覚え書きの序文には、「ミレディーヌ姫の警護担当」という一文が最初に記されている。
つまり、マーティが城の書庫で自由に本を読むためには、ミューズに城にいてもらう必要があったのだ。
かくしてマーティは心当たりの場所をピックアップしながら来る日も来る日もミューズの姿を求めて王都中を駆け巡ることになったのだった。
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