デュエット・シリーズ

■ふたりのラプソディ(1)
控えめなノックの音を数回響かせたのち、フィルディンの王宮の一室の扉が音もなく開かれた。
「・・・し、失礼致しました。」
ぱたり、と慎ましやかに扉が閉まったその部屋の奥にミューズは居た。
これぞ王女の見本とまではいかないまでも、それなりに衣装を整え机について書類をめくっている。
その神妙な面持ちは、侍女達が声を掛けるを遠慮したのが頷けるほどに真剣で、ましてや部屋に入るのはどこかはばかられるものがあった。
例えそれがお茶の時間であったとしても、である。
「あんなに真剣に書類をご覧になっている姫様を拝見するのは初めてですわ。」
実際、ミューズは書類に目を通しながら真剣に考え事をしていた。
「よほどの難問なのでしょうか。」
有言実行が常であるミューズにしては、およそ似つかわしくない様相である。
「そういえば、ここ数日、マーティの姿を見かけないと思いません?」
「そう言われてみれば・・・おふたりの間に何かあったのでしょうか。」
いつもミューズの傍に控えているマーティがいないことも相まって、密やかな噂は無責任にも広がっていった。
「反対に、何かあってからでは困ると、誰かが手を回してマーティを遠ざけるような讒言があったのかも。」
「まさか・・・。」
「でも、あの連中ならやりかねませんわ。」
「確かに。でも、陛下がそれをまともに取り合うとも思えませんけど。」
若い頃フィルディンを遊歴した経験を持つ現国王ミリガン16世は世情に通じており、貴族の讒言をそのまま受け入れるほどに愚かではなかった。
国王はフィルディンの民の声に聞く耳を持ち、彼らが何を望んでいるかよく知っている。
「ところで、そのお茶とお菓子、どうしましたの?」
「あら、いけない。姫様に差し上げるのをすっかり忘れてましたわ。」
侍女は元来た廊下を引き返し、もう一度ミューズの部屋の扉を遠慮がちにノックした。
先刻同様、返事はない。
「姫様、失礼しま・・・え?姫様!?」
そして、数日ぶりに侍従長の元へ慌ただしく駆け付ける侍女の姿が目撃されたのであった。

ミレディーヌ姫、城内から逃亡せり、の報は瞬く間に王都の警護にあたっている兵士達に周知されたが、兵達が王女探索に借り出された頃、当のミューズはウルト村に到着したところだった。
ミューズのお忍びに慣れっこになってる村人達は特別に驚くようなこともなく、一息入れる傍らでいくつかの会話を取り交わしたにすぎない。
「一応、村長に知らせとくか?」
「村長より、見晴らし小屋が先だろ。」
「それじゃ、マイルんとこに一声掛けとくか。」
「親父さん、マイルはしばらく留守だって言ってなかったか?」
「そういやあ・・・じゃ、アヴィンも留守だな。」
人々は、黙々と畑仕事に精を出した。
ウルト村ではアヴィン達の不在は周知のことだが、残念ながらミューズにまでその事実は知らされていなかった。
そもそもこういう情報を入れてくれるマーティの所在が不明なのだから無理なからぬ話である。
結局の所、ミューズはわからないままにアヴィンが居を構えている見晴らし小屋にやって来た。

ウルト村のはずれの小道を進み、見晴らし小屋へと続く最後の角を曲がったあたりから、子供のはしゃぐ声が聞こえてきた。
「いつにも増して元気そうな声だこと。」
ミューズの声にはいくらかの羨ましそうな響きが籠もっている。
王族にしては自由奔放といわれるミューズだが、それでも庶民から比べるとかなり行動に制約を受けてきたことには違いない。
自分で自由に行動できるようになったのは思春期を過ぎてからのことであり、子供時代は窮屈な生活に甘んじてきていた。
「あら、誰か来ているような。」
風に混じる声の中に普段と異なる響きを聞き取り、ミューズの足取りがゆっくりしたものに変わっていった。
「誰かしら?」
アヴィン達の知り人の大半は、ミューズにも共通の知り人である。
しかし、今聞こえているはしゃいだ声の主をミューズは特定することができなかった。
子供達の声と違和感のない響きからして、あまり大差ない、おそらくは10代かそこらの少女のものだということは察しがつくのだが・・・。
その時、いきなり大砲にも似た大音響が響き渡った。
「な、何事!?」
とっさに身構えたミューズに「お姉ちゃんのはずれ。」という聞き覚えのある幼子の声が被さった。
声の遠さから、自分に対しての言葉ではないとわかるのだが、それにしてもあの音はただごととは思えない。
ミューズはそのまま足を速め、一気に見晴らし小屋の庭先へと駆け込んだのだった。

見晴らし小屋の庭先には、大きな木が植わっている。
その少し離れたところにかつての巨木が薪割り台となって残っており、その周りにアヴィンの子供達とアイメルが訪問者達と共に居た。
「あ、サラマンダーのお姉ちゃんだ。」
幼い子供は遠慮がなく、また正直である。
声を掛けようとした矢先に気勢を削がれたミューズは、苦笑混じりのアイメルと挨拶を交わした。
アイメルが最初に挨拶をしたということは、アヴィン達が留守であることを示している。
「・・・・ということは、ここじゃないってことですわね。」
ひとり呟いたミューズに、続いて元気の良い声が掛けられた。
「こんにちは、ミューズさん。その節は、お世話になりました。」
ピンク頭のポニーテールに続いて、オレンジ色のベレー帽がぺこりとお辞儀した。
「あなた達は・・・。」
どこか見覚えのある少女達の笑顔にミューズが首を傾げた時、3つめの巨体が姿を現した。
「コンニチワ、ボクも元気!」
言わずと知れたアイーダの腹話術によるカプリがひょっこりと挨拶を寄越したのだ。
さすがに特徴ある人形を見て、ミューズもアイーダとウーナのことを思い出した。
あの時はろくに話をする暇もなかったが、一緒に戦った成果は、ミューズにも好い印象を与えている。
しかし、ここに居合わせた者が見晴らし小屋にいる全てであるとわかったからには、ミューズが留まる理由はなくなった。
「アヴィン達は留守のようだし、また来ますわ。」
くるりと踵を返したミューズをウーナの声が引き留めた。
「もしかして、マーティさんもまだフィルディンに戻ってないんですか?」
それはミューズの注意を惹きつけるのに十分すぎる効力を発した。
「マーティもってことは?」
「実は、お兄ちゃん達もまだ帰ってきてないんです。」
少し翳りのあるアイメルの言葉はミューズにも聞き捨てならないものがあった。
何より互いの間に使われている「も」という言葉の裏には、マーティとアヴィン達−おそらくその中にはマイルとルティスも含まれている−が行動を共にしていることを意味している。
「やっぱり、まだ解決してないんだ。」
アイーダの呟きはそれを更に決定づけるものだった。
「どういうことですの?」
引き返してきたミューズにアイーダとウーナはどうしようかと互いに見交わした。
「説明してる間に行った方がいいような気がする。」
ぽつりと結論めいたアイーダにウーナも同意した。
「一応、ここでの用件は済んだし、そうしよっか?」
「オーケー。カプリ、戻って!」
しゅたっと糸を操って人形がアイーダのポシェットに収まった。
「じゃあ、アイメルさん、あたし達、様子を見てきますね。」
「すみません、お願いします。」
怪訝な表情のミューズを前にアイメルと挨拶を交わし、アイーダとウーナは旅立ちの支度を整えたのだ。
アイメルは手短に別れの挨拶を交わすと、すでに見送りの体制に入っていた。
「お姉ちゃん達、また来てくれる?」
期待に満ちた子供達の手には、真新しい操り人形がそれぞれに握りしめられている。
「うん、トーマスが連れてきてくれたらね。」
曖昧な笑みを浮かべたアイーダだが、子供達はそれで納得したようだ。
「またね。」の唱和に見送られて、アイーダとウーナとミューズの3人は見晴らし小屋を後にしたのだった。

来た道を早々に引き返すことになったミューズだが、見晴らし小屋が見えなくなるまでは無言で歩いていた。
やがて十分離れたと思われた頃、ウーナが改めてミューズに問いかけた。
「えーっと、お待たせしてすみません。で、これからのことなんですけど、歩きながら説明させてもらっていいですか?」
良いも悪いも、ミューズにはさっぱり状況がわからないので、口を挟む余地さえ持てないでいる。
「よろしいですわ。これからのことを含めてそちらの事情とやらを聞かせていただきましょう。」
見晴らし小屋を出発する地点のミューズは、確かに不機嫌な様相を露わにしていた。
これが他の貴族達であれば、大いに気を遣ったところだろうが、あいにくとアイーダとウーナには、せっぱ詰まった事情が先行しているため、事実をストレートに告げるのが精一杯であったのだ。
だが、今のミューズにはその方がありがたかった。
何より、ミューズが一番知りたかった情報を彼女達は持っていたのである。
まずウーナが手短にコルナ村で起こっていた異変について説明し、継いでアイーダが見晴らし小屋に訪ねて来た理由を話して聞かせた。
どちらもミューズと無関係でない話だけに、聞く方も次第に真剣さを帯びてくる。
「でも、あたし達がここに来てることは、トーマスには内緒なんです。」
さりげなく付け加えられた一言に、ミューズは理解を示した。
しかし、敢えてその理由には触れず、今後のことに話題を転じた。
「で、これからどうするつもり?」
いつの間にかミューズの口調がざっくばらんなものに変化している。
「取りあえずは、コルナ村を目指そうと思います。」
「アヴィンさん達のことも気になるし、もしも、わたしたちが思っているとおりの状態だったら、たぶん、役に立てると思うから。」
ウーナの返事は控えめなものだったが、その根底には並ならぬ決意が秘められていた。
「そういうことだったら、もちろん私も付き合うわよ。」
「いいんですか?」
「良いも悪いも、私の国で起こっていることですよ。放ってはおけないでしょう。」
ミューズの返事は、無論、建前から出たものではない。
「よかったあ。本当は、ふたりだけで旅するの、ちょっと不安だったんです。」
「魔法が使えないから?」
「はい!」
あまりにあっけらかんとした返事にミューズは堪えきれずに吹き出した。
折しも王都の門が迫ってきている。
「そうね、出発前にもう少し詳しい話を落ち着いた場所で聞きたいし。まずは、食事にしましょう。」
言うが早いかミューズはアイーダとウーナを引き連れて、馴染みの酒場へと入っていった。
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