デュエット・シリーズ

■ふたりのラプソディ(2)
王都の酒場ではミューズの顔を見るやウエイトレスのエルシーがにこやかにテーブルへ案内してくれた。酒場の看板娘ともいえるエルシーがこの待遇だから、他に文句を言う者もいない。何か問題が起こっていて、本当にミューズが城にいなければならない時には、率先してミューズを城へと追いやるのも彼女だからだ。
「あら、今日はかわいらしいお友達がご一緒なんですね」
にこにことソーダ水を出してくれたエルシーにアイーダとウーナはぺこりと頭を下げた。
「お勘定はミューズ様に付けておきますから、遠慮なく注文してくださいね」
「はいはい。いつものようにマーティに請求書を回して頂戴」
軽口を叩きながら、ミューズはひらひらと手を振った。
エルシーが厨房に消えるとミューズは改まった口調でふたりに問いかけた。
「じゃ、さっきの話を聞かせてもらいましょうか」
はい、と頷いたものの、さてどこから話したものか、アイーダとウーナは互いに顔を見合わせた。最初から話すのが一番いいのはわかっているが、そうなると自分達がどこから来たのかも話さなければならないのだ。彼女がこの国の王女で信頼のおける女性だということはわかっているが、そこまで話して良いものか正直ためらうものがあった。
「えーっと、あたしたちが向かってるのは、コルナ村といって、なんでそこに向かってるかというと、たぶんそこにアヴィンさん達がいるはずだからです」
「それはさっき伺いましたわ。私が知りたいのは、なんでマーティがコルナ村にいるかってことです。しかもアヴィン達も一緒というじゃありませんか。何かあったと思って当然でしょう」
にこやかな口調だが、明らかに彼女は怒っている。
「でも、詳しいことはわたし達も行ってみないとわからないし」
ウーナが首を縮めんばかりに言ったが、少なくとも嘘はついていない。
「さっき、トーマスには内緒とか言ってませんでした?」
ぎくっとアイーダの表情がこわばった。
「確か、以前会った時には、トーマスを追っかけてるって言ってましたよね?」
さすがにミューズは女性だけあって、こういう小咄には耳ざとい。
「アイーダ、やっぱり全部話した方が早いよぅ」
「やっぱり?」
「それにミューズさんて宝石に詳しそうだし」
ウーナの小声にミューズが眉を顰めた。
「どうでもいいけど、あなた方、他にもいろいろと相談事があるみたいね」
「すみません」
謝ったその場で、ウーナはポケットから小さな石の欠片を取り出し、テーブルの上に乗せた。一見、どこにでもあるような小石の欠片だが、ふとした弾みでガラスのコップを通して反射した光が当たり、微妙な輝きを発した。
「こんなプリズム、見たことないわ」
ミューズの表情が一段と険しくなったが、それは不機嫌からきたものではなく、目の前の石の正体に興味を持ったからである。
「ミューズさんはコルナ村で起こってる異変についてなにもご存じないんですよね」
もう一度念を押したあとで、アイーダがコルナ村上空にとてつもなく強力なモンスターが現れ、その退治と対処のためにアヴィン達がコルナ村に留まっていることを話した。
「それは、いつからですの?」
「もう1ヶ月、ううん、それ以上かな」
時間に関してはふたりともずっとエル・フィルディンにいたわけではないのではっきりしたことはわかりかねた。
「マーティが姿を見せなくなったのとほぼ同じくらいですわね」
ミューズの相づちから、それほど時間的差がないことにアイーダは気が付いた。
「でも、そのこととこの石とどういう関係がありますの?」
転じた話題をすぐに返してくる当たり、さすがは王女として判断力を鍛えられていると言うべきか。
「それが知りたくて、ここに来たんです。はじめはトーマス達を追いかけるだけのつもりだったんですけど、その途中で、どうもこの石が怪しいって思えるようになって」
「もう少し、わかりやすく説明してもらえるかしら?」
こめかみを押さえたミューズにアイーダは心底困ったようにウーナを見やった。
「そのぅ、それが、わたしたちにもよくわからなくて、困ってるんです」
自分以上に困惑した表情の年下の少女を見て、ミューズはさらに追求することに躊躇いを覚えた。以前出会ったときのはつらつしたふたりと今目の前にいる二人とでは、本当に同一人物なのかと疑うにほどに印象が違いすぎるのだ。ミューズが黙っていると、ウーナがアイーダに向かって何やら謝りはじめた。
「ごめんね。わたしが変な物を渡しちゃったからこんなことになっちゃって」
「そんなの関係ないよ。だって、その時はこんなことになるなんてわからなかったんだし。でも、そのおかげでトーマスに会えたんだから」
首を振ったアイーダにウーナはますます申し訳なさそうに謝り続けた。
「でも、そのためにキャプテン・トーマスには何度も海を越えてもらうことになっちゃったし。今度はフォルちゃんまで」
「だから、それはお互い様だったってば。あたしだってトーマスに会いたくて願ったんだもん」
「でもぉ」
「何の話かさっぱりわかりませんけど、好きな人に会いたいって思ってどこが悪いんですの。好きなら会いたいと思って当然でしょう」
潤みかけたウーナにミューズの叱咤が飛んだ。
「で、結局、今、そのキャプテン・トーマスとフォルちゃんとやらはどこにいるんですの?少なくともコルナ村ではなさそうだけど」
「異界です」
短く応えたアイーダにまたしてもミューズは戸惑いの表情を向けた。
「この空のずっと向こうの世界です。そこがコルナ村に繋がったためにとんでもないことになったんです。とてつもなく強いモンスターとは、異界の魔獣のことなんです」
ひと息にしゃべったアイーダを今度こそミューズは驚きの眼差しで見返したのだった。

一旦話し始めると、アイーダとウーナの話には際限がない。ふたりはミューズに尋ねられるまま、正直にありのままを伝えた。その中には故郷ヴェルトルーナの転移門とエル・フィルディンの転移門の関係ももちろん含まれている。
「それで納得がいきましたわ」
ミューズがマーティの外出を見逃すはずがないのだが、今回に限って気が付かなかったのは、マーティが王立図書館の転移門を使って移動したからである。普段からマーティは王立図書館でよく調べ物をしているため、そこに出入りする分についてはミューズのチェック対象から外れていたのだ。転移門を使うこと自体、賢者ディナーケンによって厳しく管理されていることもあり、まさかそこから王都を出るような事態が発生していようとは思ってもみなかったのである。だが、事情がわかった今では、それが最良の方法であったことも察しが付く。
「あら、でもそうなると、あなた方はどうやってここに来たの?」
「えっと、来た時はあっちの転位門からここの転移門に出て、そしたら、ちょうど図書館が掃除中で窓が開いてたから」
その先はみなまで聞かなくてもミューズにはわかった。
「でも、またなんでそんな危険を冒してまでこちらに来る気になったの?この前、それで散々苦労したんでしょ?」
いつの間にかミューズの口調が親しみのこもったものに変化している。
「トーマスとフォルトが、異界の魔獣を押さえるためにまた出かけていったんです。表向きは、ゲルドちゃんに人形を届けるってことだけど、たぶん、ううん、絶対そうだわ!だから、あたし達が着いていくって言ったあの時、あんなに反対したのよ」
アイーダが力任せにばしっとテーブルを叩き、料理の入ったお皿が揺れた。
「だから、ふたりがそういうつもりなら、あたしたちだけで確かめてみようって思って。幸い、アヴィンさんとこに届ける人形もあったし」
いきなり話が最初にもどった感がある。
「それで、この石に願うことで行き先が変えれることに気が付いた訳ね」
「はい」
ウーナが大きく頷いた。
「最初は、願い事を叶えてくれる石ってくらいの軽い気持ちだったんです。でも、いざ本当に叶ってみたら、とんでもないことだって気が付いて」
ウーナは小石をそっとつまんでポケットに収めた。
話を聞き終えたミューズも事の重大さに眉間にしわを寄せている。もしも、彼女たちの話が事実であるならば、アヴィン達がどんなに頑張っても彼らだけでは事件を解決することができないということなのだ。
「話をしようにも、トーマス達は勝手に異界に行っちゃうし。行ったら最後、解決するまで絶対帰ってくるわけないから、ウーナと相談して」
「見事にここに出たってわけね」
現実にふたりがミューズの前にいるのだから、これほど確かなことはない。
「わかりました。どっちにしたって、ここに居たのでは埒があかないってことだから、さっさと出発しましょう」
話をしながらでも口はよく動くもので、テーブルの上の料理もほぼ片付いたところだった。
「あの、本当にいいんですか?」
ウーナの伺うような眼差しにミューズは小声でささやいた。
「私も一度やってみたかったのよ。」
その強気な口調の中に、どこか照れのある響きを感じて、ウーナは思わず声を挙げそうになった。
「どしたの、ウーナ?」
「う、ううん、なんでもないっ」
殊更に首を振ったウーナをミューズが魅惑的な微笑みで見返している。
「ふふ。勘が良い子は好きだわ」
意味深な言葉を受け、ウーナは絶対の確信を持ったが、同時にすぐさま忘れることにした。
「ねえ、何なのよ」
同じく勘の良いアイーダが突っ込んできたが、彼女の対象はあくまでウーナだったから、ミューズの微笑みには気が付いていないようだ。
「なんでもないの。これから魔法は全面的にミューズさんにお任せすることになるなって思っただけ」
「あ、本当だ。じゃあ、ルキアスさんの時と一緒だね」
なにげないアイーダの相づちにウーナは思わずヒヤリとしたが、単に精霊魔法のことを言ってるのだと思い直し、ほっと胸を撫で下ろした。だが、安心するのは少々早かったようである。酒場を出てミューズを待つ間に、アイーダはこそっとウーナに耳打ちしたのだ。
「ねえ、ミューズさんて、マーティさんのこと好きみたいだね。でも、マーティさんはどうなんだろ?ダグラスさんはわかりやすかったけど、マーティさんは完璧なまでにポーカーフェイスだったもの」
「アイーダ、気が付いてたの?!」
「そんなのすぐわかるよ。ミューズさんて、まるきりあたしと同じだもん」
キャプテン・トーマスを追いかけて、どこまでも旅していたあの頃がとても懐かしい。
「大丈夫、あたしだって叶ったもん」
「ホント、そうあって欲しいものですわ」
アイーダとウーナがにっこり微笑んだミューズを心底怖いと思ったのはあとにも先にもこの時だけである。
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