デュエット・シリーズ

■ふたりのエチュード(12)
その頃、ガガープを越えた先にあるヴェルトルーナでは、草原結界の道をフォルトが足早に突っ切っていた。
時々魔獣が出てきたが、そんなものに悠長に構っている暇はないと、フォルトは力任せに薙ぎ倒して先を急いでいる。
彼が目指す先には、シュルフの里の入り口へと繋がる石碑がそびえ立っていた。
多きく息を弾ませながら、フォルトは懐かしそうに石碑を見上げた。
「ここまでくれば、あとは・・・。」
フォルトは一呼吸おいてから「いざないの歌」を弾こうとキタラを構えた。
と、その時、目の前がふいに揺らいで、懐かしい友人が姿を現したのである。
「ミッシェルさん!」
「ああ、よかった。どうやら間に合ったようですね。」
驚いて弦に手を当てたままのフォルトにティラスイールの魔法使いは、にこにこと傍らに降り立った。
「どうしたんですか?」
「マクベインさんからこちらに向かったと伺ったものですから。」
「じいちゃんから?」
「はい。」
「じゃ、ミッシェルさんはロゼット工房からここに?」
「ええ。」
その次にくるのは、「どうしてロゼット工房へきたのか」という疑問だが、その話を聞くより前にフォルトにはやりたいことがあった。
「あの、ミッシェルさん、実は・・・。」
「私もシュルフの里へ向かう途中なんですよ。」
「え?」
「ですから、そのまま続けてください。」
「あ、じゃあ、そうさせてもらいます。」
話を途中で折って申し訳ないと思いながらも、フォルトは今度こそ「いざないの歌」を奏でたのであった。

定められた手順に従って3度目のメロディが終わると、フォルトとミッシェルは水の清らかなつむぎ洞に出た。
ここからシュルフの里へ繋がる石碑まで少し距離がある。
ミッシェルは歩きながらフォルトにシュルフの里へ行く理由を告げた。
「アイーダに用があって来たんですが、ウーナと一緒にシュルフの里へ行ったと聞きまして、しかもフォルトも向かっていると言われたものですから、それなら、もしかして追いつけるかと思い、こちらへ出てきたんです。」
「すごいタイミングですね。」
「そうですね。」
フォルトが里へのトラップに入る直前で追いついたというのは、本当に絶妙なタイミングである。
ほんの僅かの差で、すれ違っていたかもしれないのだ。
「でもアイーダに用事があるって・・・。」
首を傾げたフォルトにミッシェルは少しばかり含みのある笑みを浮かべて答えた。
「いえ、実際に彼女に用があるのは私ではないんですが、何しろ活発な彼女のことですから、もしかしてどこかに出かけて留守ということも考えられたので、事前に様子を見に来たんです。確かに、来てみてよかったですよ。このままでは会えないままに帰るところでしたからね。」
ミッシェルの話にはところどころ主語が抜けている。
しかし、わざわざそれが誰を指しているのか尋ねるほどフォルトも鈍くはなかった。
今のミッシェルは、いわば「小さな親切、大きなお世話」という状態であり、彼がそこまでする相手は非常に限られているからだ。

やがて、フォルトとミッシェルの前に、草原結界にあるのと同じ石碑が現れた。
「あ、ここだ。ミッシェルさん、この先がシュルフの里になります。」
無意識に早足になったフォルトをミッシェルは微笑ましく思っていたが、ふと奇妙な感覚に捕らわれた。
「空間が歪んでいる?・・・にしては、あたりに不自然なところは無いようですが。」
フォルトとは反対にミッシェルの歩みは遅くなり、つむぎ洞の中を注意深く見回した。
「どうかしたんですか、ミッシェルさん。」
「いえ、何でもありません。」
「じゃあ、いいですか?」
「ええ、お願いします。」
フォルトは石碑の前で4度目の「いざないの歌」をつま弾いた。
覚えのある揺らぎが発生し、フォルトとミッシェルはシュルフの里に到着した。

揺らぎから解き放たれたフォルトとミッシェルは、アリアの出迎えを受けた。
彼女の継承者としての役目は終わったが、そのために身につけた能力には、変わることがない。
「ようこそ、シュルフの里へ。フォルト、ミッシェルさん。」
それでもふたりを出迎えたアリアの表情は、以前と比べものにならないほど明るく朗らかであった。
「こんにちは、アリアさん。」
挨拶もどこか上の空で、フォルトはあたりの様子に耳を澄ませている。
ウーナとアイーダが里に来ていれば、何らかの反応があるはずだからだ。
だが、あたりは勿論、里の人々がいる方向からも特段変わった様子は見受けられなかった。
一方、不思議そうな様相を見せたのはアリアも同じである。
「フォルトひとりだなんて、珍しいこともあるんですね。」
「え?」
「だって、いつもウーナと一緒にいたから。」
何気ないアリアの言葉にフォルトの顔色がそれとわかるほどに青ざめていった。
「フォルト、どうしたの?」
アリアの表情に過ぎった翳りをみて、急いでフォルトはキタラを取り出して見せた。
「あの、僕のキタラを・・・みんなに聞いてもらえたらと思って。」
とっさのことで、どう話したものか迷ったものの、口を突いて出たのは演奏に託けた言い訳だった。
「じいちゃん、久しぶりにロゼットさんとゆっくり話がしたいみたいだから、その間公演もお休みにしようってことになって。」
話しながら、フォルトは里から帰ることを考えていた。
しかし、このまますぐに引き返したのでは、それこそ余計な心配をアリアにかけてしまうに違いない。
何より、ウーナとアイーダがシュルフの里へ向かったことをアリアは知らないはずだ。
「ウーナはアイーダと・・・遊びに行ったし。ここに勝手に来ていいものかどうかわからなかったんだけど、前に来たときは演奏を聴いて貰うどころじゃなかったから。」
フォルトは我ながら苦しい言い訳だとの自覚はあったが、アリアはそれで納得してくれたらしく、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、里のみんなも喜びます。カヴァロの芸術祭で優勝したフォルトの生演奏が聴けるなんてめったにないことですもの。さっそくみんなに知らせてきますね。」
アリアはそのまま里の奥へと早足に戻って行った。
その後を追って、フォルトは彼にしては珍しく堅い表情のまま歩き始めた。
「ミッシェルさん。このまま引き返したら、それこそアリアさんに心配をかけてしまうと思いますから、何曲か弾いて、それからウーナを探しに行こうと思います。」
それは、ウーナやアイーダのことも気になるが、アリアに余計な心配をかけたくないとフォルトなりに考えての決断であった。
「フォルト、いいんですか?」
ミッシェルの心配もよくわかるが、同時にフォルトにはウーナは行方不明ながらも無事でいるとの確信があった。
彼女に何かあれば、絶対に自分も何かを感じるはずだという自負である。
しかし、それをどうミッシェルに伝えたらいいのかフォルトにはわからなかった。
単なるカンだと答えるには、まだまだフォルトは若かったのだ。
結果、フォルトは演奏理由を理屈づけて話していた。
「元々、一度はこの里でも演奏してみたかったんです。この前は、あの景色に圧倒されちゃって、そのまま戻ってしまったから。」
村の最北は険しい崖になっており、その眼下には遙かなる大地の傷跡、ガガープが広がっている。
「そうですね。それなら私も里の方と一緒に聞かせていただきましょう。」
「え、でも・・・。」
口ごもったフォルトにミッシェルは優しく頷いて見せた。
「一緒に来たのに、そのまま帰ってしまっては、それこそ変だと思われますよ。それに。」
ミッシェルは少しばかり声を潜めて囁いた。
「フォルトにそれだけ余裕があるということは、ウーナとアイーダも無事でいるという何よりの証拠でしょうからね。」
「ミッシェルさんっ。」
話しながらふたりは里の人たちの集まっている広場にやってきた。

何度やっても最初の挨拶というのは緊張するものだと、フォルトは大きく深呼吸してから人々の前に立った。
「こんにちは、マクベイン一座のフォルトです。」
これまで幾度となく独奏する機会はあったし、それなりに場数は踏んできているつもりだった。
けれども、今日、挨拶の口上を述べながらフォルトは今まで感じたことのない違和感を覚えた。
その理由は一目瞭然、ウーナの姿がフォルトの視界に入っていなかったからである。
一座で一緒にまわっているとき、客からのリクエストでフォルトが独奏することがあっても、その視線の先には必ずウーナがいた。
それがあまりに自然で、当たり前になっていたから、これまで意識したことがなかったのだ。
だが、今は違う。
フォルトは本当にひとりなのだ。
それでもいつもの癖で、フォルトの目は、その場にいないウーナの姿を無意識に探していた。
そこで初めてウーナのいないことに気が付き、違和感を覚えたのだ。
それでも言い出したからにはここで演奏を取り止めるわけにはいかない。

「それでは、僕のキタラで今しばらく楽しい時をお過ごしください。」
ぺこりと一礼してからフォルトはゆっくりキタラを構えた。
馴染んだ手がキタラの弦を感覚だけで微調整している。
それが終わると、フォルトは崖から吹き上げてくる風の動きを見つめた。
風の流れによっても音は変化する。
あまりに風の勢いが強すぎると余韻にこもる響きが短くなり、時には曲の印象すら変えてしまうことがあるのだ。
優しい曲は、風に乗せて届けるとより心地よく耳馴染む。
反対に勢いのある曲であれば、少々風に逆らって余りあるほどのパワーをぶつけていけば、激しい印象を与えることができるのだ。
風の動きを読みながら、今の自分の心境では、とても落ち着いた曲は奏でられないと判断したフォルトは、賑やかな曲ばかりを選曲した。
「まずは、『それ見よ我が元気』です。」
フォルトは風に乗せて元気よくキタラを奏で始めた。
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