デュエット・シリーズ

■ふたりのエチュード(13)
ギドナの砂漠からフェンテ国を山沿いに通り抜け、アイーダとウーナはモリスンと一緒にアンビッシュ国に入った。
「えー、ここも山なの?」
「すみません。でも、この山を越えればボルトですから。あ、でも、その前にイグニスにある魔女の鏡に立ち寄らなければいけませんでしたね。」
山また山の道中に、さしものアイーダとウーナも疲れを感じずにはいられなかった。
「灰色の砂ばかりの景色もイヤだけど、灰色の岩がゴツゴツの断崖しかない景色も目が変になりそうよ。」
「すみません。このあたりは痩せた岩ばかりで植物もあまり生えて無くて、見た目にはとても殺風景で・・・。」
「ホント、岩ばっかり。それに、なんか変な匂いがしない?」
「すみません。」
「もう、さっきからモリスンってば謝ってばっかり。」
ウーナに言われてモリスンはまた謝りかけ、慌てて言葉を呑み込んだ。
「え?すみ・・・あ、たぶん、それは火山の硫黄の匂いです。」
そしてモリスンは、頂上近くに「大蛇の舌」と呼ばれる火山の噴火口があることを話して聞かせた。
「魔女の鏡もその近くにあるんですよ。」
「へえ、そうなんだ。でも、この煙の匂いはひどすぎるわ。」
煙が煙たいのは仕方ないとしても、その独特の匂いには閉口する。
やがてアイーダに続いてウーナも咽せ始めた。
「あの、少し遠回りになるかもしれませんが、煙のあまり影響のない道を行きましょうか?」
「うーん、どうする?」
険しい山道を遠路歩くのは好きではないが、それ以上に硫黄の鼻にツンとくる匂いには我慢できないものがあった。
「できれば、匂いのない方がいいな。」
「わかりました。その代わり、少し風がきつくなりますので、飛ばされないよう気を付けて付いてきて下さい。」
そしてモリスンが取ったのは、更に険しい崖沿いの道であった。
「こ、ここを登るの?」
「ええ。」
何気なく答えたモリスンは言ってからふたりの表情を見て「引き返しましょうか?」と尋ねた。
「ううん、こっちでいい。」
ふたりは同時に答えていた。
切り立った崖の険しさは、登るに困難なことを物語っているが、これまでの旅の経験からすれば、不本意ながらも許せる範囲のものであった。

アイーダは高いところが苦手である。
だが、それは上から下を見下ろすからであって、下の景色が見えなければ少々のことには耐えられた。
何より、この崖を登るには手元と足下だけをしっかりみておく必要があり、悠長に周りの景色を眺めるような余裕などなかったのだ。
それにたとえ周りを見ることがあっても、一面薄茶けた岩ばかりでは、見るだけの甲斐がないというものだ。
「途中からは、横に沿って山を回り込むように進みます。」
「上まで登らないの?」
ウーナの質問にモリスンは遙か峰を見上げて首を振った。
「道が付いてないんですよ。なにより、この険しさです。それに風もこのあたりとは比べものにならないくらい強いですし。ティラスイールでは、今だかつて大蛇の背骨への登頂に成功した人はいないと言われてるんです。」
「そっか・・・。」
アイーダとほぼ同時に落胆したような溜め息が漏れた。
ヴェルトルーナでも大蛇の背骨を越えることに成功した登山家はいない。
「たったこれだけの山なのにね。」
様相は異なるが、そこにそびえ立っているのはヴェルトルーナで見ていた山の裏側の姿であったのだ。
「ねえ、もうちょっとだけ、登ってみることはできないかな?」
「え?」
「せめて、その、風が直接感じられるくらいまで、無理かな?」
「行けなくはないと思いますが・・・。」
これ以上登ったところで何もないのだがと訝しそうなモリスンにウーナは淋しそうに微笑んで言った。
「無理なら、いいの。ちょっと聞いてみたかっただけだから。」
ふいと視線を避けるように俯いたウーナにモリスンは何かしら感じるものがあったのだろう。
彼は少しの間じっと呼吸を整えるかのように立ち尽くしていたが、やがてにこりと右手を差し出した。
「あの峰のあたりに狭いながらも足場になるような隙間があります。そこくらいまでなら、たぶん送れるはずです。」
「送れる・・・あ、テレポート?」
「はい。」
道無き道を進むには、それが最も手っ取り早い方法だ。
「でも、いいの?」
自分一人ならまだしも、他人に対して使うとなるとかなりの力を必要とするはずである。
「大丈夫ですよ。その代わり、下るのは自分でお願いしますよ。」
モリスンが示した位置からここまでの距離をふたりは無意識に計っていた。
かなりの高さではあるけれど、最悪、滑り落ちるようなことになってもここなら、打撲・打ち身程度で済むだろうと思われる。
「じゃあ、よろしくね、モリスン。」
まず、ウーナが差し出された手を取った。
「行きます。」
モリスンはもう一度大きく深呼吸すると、一気に吐き出した。
同時にウーナの姿が消えた。
続いてアイーダが、最後にモリスンがその場から姿を消し、3人は狭い岩場の影で再び顔を合わせた。

それほど見上げる景色に変わりはないのに、風は格段に強くまた冷たくなっていた。
どうやら大蛇の背骨から吹き下ろしてくる風が直接に当たるらしい。
「ひぇ〜、こんなに強くちゃ、ここにしがみついてるのが精一杯よ。」
「まさかこれほど風が強いとは思いませんでした。」
「モリスン、ここも初めてなの?」
「はい。噂には聞いたことがあったんですが。」
申し訳なさそうなモリスンにアイーダは「また、謝ろうとしてる。」とからかった。
「え、そ、そんなことは・・・すみま・・・。」
言いかけて、モリスンは慌てて口を押さえた。
アイーダとモリスンの間にはどちらからともなく笑いが浮かんできたが、ふたりより先に来ていたウーナは、その位置から一歩も動かずじっとしたままであった。
「ウーナ?」
疑問に思ったアイーダが声をかけると、ウーナは漠然とした中にもはっきりとした反応を返してきた。
「聞こえる。聞こえるわ。」
「なにが?」
「フォルちゃんのキタラ!」
「ええ!?」
アイーダは可能な限り前に出て、吹き付けてくる風に当たってみた。
けれども、アイーダには風の渦巻く音しか聞こえなかった。
モリスンは、と振り返ると、彼も風の音以外は聞こえないと首を振った。
訝しげなアイーダとモリスンに、ウーナはきっぱり言い切った。
「聞こえるの。確かに、あれはフォルちゃんのキタラだわ。他の音はともかく、フォルちゃんのキタラだけは、絶対聞き間違えることないもん。」
音楽家であるウーナの耳は、アイーダやモリスンより、いろいろな音を聞き分ける力に優れている。
ましてや、フォルトの奏でるキタラの音を聞き間違えることなど、万に一つもあり得ないだろう。
だが、どんなに耳を澄ましても、アイーダとモリスンに聞こえるのは風が囂々と呻る音だけなのである。
3人の目の前にそびえ立っているのは、遙かなる昔から多くの冒険者達を阻んできた大蛇の背骨と呼ばれる険しい断崖だ。
世界の果てへの登頂に成功した者はなく、その向こう側がどうなっているのか知る者はいないとされているが、ウーナはシュルフの里がその頂上にあることを知っていた。
その瞬間、ウーナに閃くものがあった。
「もしかして・・・。」
ウーナは急いでピッコロを構えると、感じたままに吹き始めた。
(フォルちゃん・・・。フォルちゃん・・・。わたしはここにいるよ。)
大蛇の背骨の頂上から、激しい風が吹き降ろしてくる。
ウーナのピッコロの音はその激しい風に飲み込まれ、瞬く間に掻き消されてしまったけれど、彼女の想いまでは消し去ることはできなかった。
険しい山々に行く手を遮られた風は、またもとの頂上へと抜け道を求めて上昇していく。
ウーナのピッコロの音はひとつのメロディとしての形を留めることはできなかったが、風に同化した音として大蛇の背骨の上空へわずかな余韻を残しながらこだました。

キタラを奏でていたフォルトの手がふいに止まった。
「ウーナ?」
「フォルト、どうしました?」
「ウーナのピッコロが聞こえるんです。」
「ピッコロ?」
ミッシェルは耳を澄ませてみたが、聞こえるのは風の呻る音ばかりである。
「わたしには何も聞こえませんが・・・。」
「でも、あれは確かにウーナのピッコロなんです。」
その時、ミッシェルはそこにそれまでとは異なる風の動きを感じた。
しかもその感覚は、つむぎ洞で感じた不可思議な違和感と元を同じくするものであった。
ミッシェルは、目前に広がるガガープを凝視した。
頭の中に、ティラスイール、エル・フィルディン、ヴェルトルーナの位置関係がひとつのパズルとなって描かれ、最後のひとかけらにシュルフの里が当てはまった。
ガガープによって3つの世界は分断されたが、シュルフの里は大蛇の背骨の頂上にあり、3つの世界の分岐点に位置しているのだ。
「フォルト、キタラを弾いてください。」
「ミッシェルさん?」
「この風の流れを追ってみます。フォルトにウーナのピッコロが聞こえたのであれば、その逆もあり得るでしょう。」
「あ!」
「そうです。それと、できれば彼女のことを考えてくれると思念を捉えやすくなるのですが。」
「え・・・。」
フォルトの顔に一瞬赤味が差したが、彼は頷くとそのまま精神を集中するように瞼を閉じた。
閉じられた世界の中に、フォルトはウーナの表情を思い浮かべた。
笑っている顔、真剣な顔、どれもピッコロを吹いている時の横顔しか思い出せないのが悔しいが、それでも思い出せる限りのウーナの表情をフォルトは頭の中に浮かべ続けた。
フォルトの手は、彼が感じたピッコロの音に添うように即興のメロディを奏で始めていた。
レパートリー以外の曲を、ましてやその場で感じたままに即興で演奏するなど初めてのことだったが、フォルトは躊躇うことなく一心にキタラを弾き続けた。
(ウーナ、聞こえたら返事して。ウーナ・・・。)
キタラの音はフォルトの想いを同化させて風に乗った。

(フォルちゃん?)
相変わらず強い風に煽られているが、ウーナはその流れにそれまで聞いたことのないキタラのメロディを感じ取った。
(フォルちゃん、私はここにいるの。フォルちゃんのキタラ、聞こえてるよ。)
風の中にあってウーナの五感は極限にまで研ぎ澄まされ、感じ取ったキタラに合わせてピッコロの音色を変化させていった。
けれども、大蛇の背骨から吹き下ろしてくる強い風に逆らいながらピッコロを吹き続けるには、相当の肺活を必要とし、長時間吹き続けるにはウーナの体力では限度があった。
次第に息継ぎの間隔が短く、また浅くなっていき、イメージ通りにピッコロの音を出すことが困難になってきたのだ。
(ダメ・・・もう、息が続かないよぅ・・・ごめん、フォルちゃん。)
ウーナの指先から力が抜けるとピッコロがするりと手の中へすべり落ちた。

ピッコロの音が途切れたのと、その空間にそれまでとは異なる揺れが生じたのとは、ほぼ同時であった。
揺らぎの変化にモリスンは気が付いたものの、それ以上為す術がなくて、身構えるように空間を凝視した。
しかしモリスンがそこから感じたのは、ふわりとした穏やかな空気だった。
「何か・・・くる?」
ほんの一瞬のきらめきの後に、何もないはずの空間にまたひとり、人が姿を現した。
「ああ、ようやく見つけましたよ、おふたりさん。」
懐かしい声と共に、アイーダとウーナが探していたティラスイールの魔法使いがそこに現れたのだ。
「ミッシェルさん!?」
「はい。」
にこやかに頷いたミッシェルにアイーダが、そしてウーナの瞳が大きく見開かれた。
「本当に、本当に、ミッシェルさん?」
「ええ。」
「ミッシェルさ〜ん。」
ほとばしる感情のままに、アイーダとウーナはミッシェルに飛びついた。
出会い頭でいきなり抱きつかれ、ミッシェルは危うく転びそうになったが、背後の岩に支えられて、どうにか2人を抱えることができ、転ばずに済んだ。
「ふたりとも無事で何よりでした。」
両手にはとても収めきれない女の子をふたり抱えて、ミッシェルは取りあえず安堵の溜め息を漏らしたのであった。
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