デュエット・シリーズ

■ふたりのエチュード(14)
感涙に咽せているアイーダとウーナを抱えたまま一息付いたミッシェルをモリスンは畏怖の眼差しで見つめていた。
「ええと、こちらは?」
アイーダとウーナに尋ねたつもりだったが、答えたのはモリスン本人だった。
「ア、アンビッシュのモリスンと申します。」
「はじめまして、ミッシェル・ド・ラップ・ヘブンです。」
モリスンの声は緊張していたが、同時に感動しているようでもある。
「あのね、ミッシェルさん。モリスンは魔法使いで、同じ魔法使いの人に会うためにテュエールへ向かってたのよ。」
ようやく落ち着いたらしいアイーダがミッシェルを見上げて間に入った。
「そうなんですか。」
ティラスイールでは、魔法は一般の人々に受け入れられるまでに至っておらず、使う人は非常に少ない。
少しばかり驚いたミッシェルにモリスンは高揚したままの表情で答えた。
「あなたにお会いしたくて、テュエールを目指していたんです。」
「私に、ですか?」
「はい!」
上気したままのモリスンにミッシェルは、何やらくすぐったいような気がしてきた。
モリスンが興味本位などではなく、本気で魔法のことを学びたがっていることは、彼の発する魔力から十分感じていた。
モリスンが得た力は、地道に努力した者でしか到達できないものだったからだ。
「そのお話はいずれゆっくり伺わせていただきましょう。まずは、ふたりが無事なことをフォルトに知らせて、それから・・・。」
ミッシェルの頭は目まぐるしくこれからのことを考えている。
いくらミッシェルが優れた魔法使いとはいえ、さすがにアイーダとウーナのふたりを連れてガガープを越えるほどの魔力は持ち合わせていなかった。
そうなると、ふたりをヴェルトルーナに連れて行くには、なんらかの物理的な方法に頼らざるを得ないのだ。
「私は正直ボルトの町をよく知らないので何とも言えませんが、そこで駄目ならおふたりにはテュエールまで行ってもらうことになるかもしれません。」
いきなり結論めいたことを話すミッシェルに、アイーダとウーナは顔を見合わせたが、彼がそういうからには何らかの方策が見つかったからに違いない。
「あたしたち、帰れるの?」
「もちろんですよ。」
にこやかに頷いたミッシェルに、ふたりは「やった!」とはしゃいで再びミッシェルに飛びついた。
「わ、わ・・危ないですから・・・。」
体中で感情を表現してくれる少女達の前には、大魔法使いも形無しである。

ミッシェルの出現で、早々の別れを覚悟したモリスンであったが、話は彼の予想しない方に向かっていた。
「申し訳ないのですが、このままふたりを伴ってボルトまで行っていただけませんか?」
「ミッシェルさんは一緒じゃないの?」
意外そうなウーナの声にミッシェルは申し訳なさそうに頷いた。
「さっきも言いましたが、まずはふたりが無事なことをフォルトに知らせてやらないといけません。そのほかにも少し寄らねばならないところがありますから、もうしばらく、お願いしたいんです。」
モリスンに否やはなかった。
アイーダとウーナにしても、ガガープを越えるには、それなりの時間が必要であることは理解できる。
「あなた方がボルトに着く頃には私もこちらに戻ってこれると思います。」
ミッシェルは次に会える次期を特定して一旦は別れることを告げた。
「わかった。頑張って山を下りるね。」
険しい山は登るのも大変だったが、下るにもそれなりの苦難が待っている。
「すぐ下の道くらいまでは、降ろしてあげますよ。」
取りあえずは足場が確保されているとはいえ、強風の吹き付けてくるこの場に長居することはあまり好ましくない。
ミッシェルはモリスンと魔力を調整して、アイーダとウーナを安全な山道までテレポートさせた。
「それでは、ボルトでお会いしましょう。」
颯爽とした風を残してミッシェルは、3人の前から消えたのであった。

完全ではないが、それぞれの目的が達成されたことで、大蛇の背骨を下っていくアイーダ達の足取りは軽かった。
もちろん、一筋縄ではいかない山道ではあるし、途中で魔獣が出たりと、決して 穏やかな旅とはいえなかったが、それでも3人の心は弾んでいた。
その道中で、初めてウーナはモリスンに自分たちがガガープの果て、ヴェルトルーナの出身であることを告げた。
「なんとなく、そうじゃないかと思ってましたが、いざ、おふたりから聞かされるとやっぱり複雑です。」
一瞬表情を曇らせたウーナに慌ててモリスンは言葉を付け足した。
「変な意味じゃなくて、その、何というか・・・世界は本当に広いのだと実感してるんです。」
「そうよね。ホント、広かった。」
「そうそう、何たって遠いし。嫌と言うほど歩いたわよ。」
「えー、長い道中はガヴェインさんに船に乗せてもらったし、砂漠はテレポートしたし。大して歩いてないよぅ。」
「ウーナは旅慣れてるけど、あたしには大変だったんだから。」
拗ねて見せたアイーダにウーナは笑った。
「帰ったら、今度こそシュルフの里へ行かなきゃね。」
「それだけど、大丈夫かなぁ。」
元をただせば今回の旅をすることになった原因はふたりの心の中にある。
それが解決しない限り同じことが起きないという保証はないのだ。
「こればっかりは・・・わかんないよぅ。」
乙女の悩みはまだまだ尽きないようである。
そしてモリスンに案内されてアイーダとウーナはミッシェルが再会を約束したボルトに到着した。

ミッシェルはボルトの浜辺でアイーダ達を待っていた。
「ミッシェルさーん!」
手を勢いよく振りながら波打ち際をアイーダとウーナはミッシェル目指して駆け出した。
しかし、浜辺で待っているのはミッシェルひとりではないようである。
「誰か、ミッシェルさんの横にいる?」
ふたりの視線はミッシェルの横に向けられ、同時にボルトの海を大きく映し出した。
「プラネトス2世号!?」
ボルトの沖にブリザックから追い続けた白い帆船を視界に捉えた瞬間、塩の香りと波の飛沫がアイーダを包み込んだ。
「よう、珍しいとこで会ったな。」
日焼けした青年がミッシェルの傍で笑っている。
「・・・うそ・・・。」
アイーダがずっと逢いたいと想い続けてきたキャプテン・トーマスがプラネトス2世号でふたりを迎えに来てくれたのだ。
「アイーダ、トーマスはあなたに用があってそちらに訪ねて行く途中だったんです。」
すかさずミッシェルがトーマスを押し出すようにしてウーナの方へ歩いてきた。
「さすがにおふたりをテレポートでプラネトス2世号に運ぶのは骨が折れますので、ひとりはトーマスのボートでプラネトス2世号に乗ってもらいます。」
「わたしがミッシェルさんと行く!」
ウーナが元気よく手を挙げてミッシェルのマントを引っ張った。
「いいでしょ?」
茶目っ気のある瞳で笑いかけたウーナにミッシェルは「もちろんですよ。」と頷いた。
それからミッシェルは改めてモリスンに向き直った。
「ここまでふたりを無事に連れてきていただき、本当にありがとうございました。」
年少者に対しても尊大になることなく礼を述べたミッシェルにモリスンは恐縮するばかりである。
「いえ、私の方こそアイーダとウーナに助けてもらったのですから。」
「しかし、ご覧のとおり、今は少し込み入っていまして、また少しの間出かけなければなりません。」
「それは、わかります。」
多少残念な気持ちはあるが、ミッシェルはモリスンとの約束を忘れたわけではなく、日延べしたに過ぎないのだ。
それがわかるからモリスンはこれ以上、ミッシェルを引き留めようとは思わなかった。
短い間であったが、旅を共にしてきたアイーダとウーナのためにも、今は快く見送りたいと思っている。
「モリスン、本当にいろいろありがとう。」
「私こそ、楽しかったです。また、こちらに来たときには是非アンビッシュに寄ってください。」
これまでの別れがそうであったように、ウーナはモリスンとの別れもごく手短に挨拶を交わしただけで終わりにした。
「あの、アイーダにはウーナから伝えておいてもらえますか?」
迎えに来た船乗りの青年と向かい合ったままのアイーダをモリスンはちらりと横目に捉えていた。
一言別れの挨拶くらいはしたかったが、どうも割り込みのできる雰囲気ではなさそうだと彼なりに気を利かせたようである。
「ええ、ちゃんと伝えます。」
ウーナは請け合い、ミッシェルもそれを約束した。
「では、行きますよ。」
「はい。」
モリスンにもう一度手を振って別れを告げると、ウーナはミッシェルとともにプラネトス2世号に乗ったのであった。

ウーナは一足先にミッシェルとプラネトス2世号に向かい、前後してモリスンもボルトを立ち去ったが、アイーダはまだトーマスとボルトの砂浜にいた。
頭の中では、ミッシェルの言った台詞がぐるぐるまわっている。
「トーマス、あたしに用があるって本当?」
ほんのり頬を染めたアイーダであったが、しかし、トーマスの口から出たのは、まるきり検討違いの質問だった。
「君の、いや、ロゼットさんの人形を買いたいんだが、売ってもらえるかな?」
「へ?」
目をパチクリさせたアイーダに対してトーマスの方はしごく真面目な表情である。
「その、ロゼットさんは人形作りに拘りがあって、納得したものしか売らないから手に入れるのが大変だって聞いたから。」
彼の疑問は、ロゼットの人形を求める客なら誰でも知っており、アイーダにとって初めて耳にするものではない。
しかし、しかしである。
はるばる嵐の海を越えてまでやってきて、それはないだろうというのが正直な気持ちだった。
祖父の人形をトーマスが買いに来た理由もわかっていたし、それが単なる訪問の口実にすぎないことは、彼の歯切れの悪い口調からもわかりはしたものの、その先の、アイーダにとって一番大切な、聞きたいことが完全に抜けているのである。
アイーダは期待と不安の入り交じった瞳でトーマスを見上げた。
「いや、その・・・。」
答えようとして舌を凍り付かせたトーマスにプラネトス2世号の汽笛が聞こえてきた。
早く船に戻ってこいとの合図である。
次第に間隔が短くなり音も大きくなってくる汽笛に、トーマスはようやく突破口を見出した。
「早く戻らないと、プラネトス2世号において行かれちまう。」
ガクンと顎が落ちるのをアイーダは感じたが、そこで怒れなかったのは、トーマスがアイーダに手を差し出してくれていたからだ。
以前のトーマスはボートに乗れと言うだけだった。
「急いで漕ぐから振り落とされないよう、しっかりつかまってろよ。」
「はーい。」
アイーダは差し出されたトーマスの手ではなく、腕にしっかりとしがみつくようにしてボートに乗ったのであった。

プラネトス2世号はこの世界で最も速い船と自慢するだけあって、ひとたび軌道に乗ると、あっという間に嵐の海を越え、ヴェルトルーナにやってきた。
港が近くなると、ミッシェルはフォルトに知らせるため一足先に船から飛び立った。
プラネトス2世号が港に到着した時、ウーナは埠頭にフォルトの姿を見つけ胸がいっぱいになっていた。
船が錨を下ろすのを待つのさえもどかしく、タラップが降ろされるや否や、ウーナは先頭を切ってプラネトス2世号から降りた。
「フォルちゃん!」
しかし、勢い付けて船から降りたものの、それ以上言葉が続かなくてウーナはフォルトの前で立ち止まってしまった。
「あの・・・。」
向かい合ったまま言葉が出てこないウーナを、フォルトはいつもと変わらない笑顔で出迎えた。
「おかえり、ウーナ。」
その声で、ウーナにいつもの闊達さが蘇った。
「ただいま、フォルちゃん。御免ね、心配かけて。」
まずは謝ったウーナだが、フォルトの反応はというと・・・。
「うん、まさかあんな遠くのウーナと演奏することになるとは思わなかったからね。」
「へ?」
一瞬何のことだか理解できず、ウーナの目は点になった。
しかし、フォルトはウーナの変化に気が付かないのか、ワクワクした口調で話を続けていた。
「だってさ、あの大蛇の背骨を挟んでキタラとピッコロのデュエットなんて初めてのことだろう。すごい経験したなって思ってさ。」
「はぁ・・・。そ、そうだね。」
ウーナが脱力していく様をアイーダは少し離れた位置から見ていたが、他人事ではないとこっそり溜め息をついていた。
選んだ相手が悪かったといってしまえばそれまでだが、そういう相手をお互いに好きなってしまったのだから仕方がない。
「ま、いっか。」
ここには、不可能を努力で可能にすることを証明してきた者たちが集っている。
何より、トーマスはロゼットの人形を買いに来たと言った。
頑固者のあの祖父のことだ。
とても2〜3日のうちで売りに出せるような人形を作るとは思えない。
ある程度の期限はあるにしろ、アイーダの望んだとおりトーマスがしばらくこちらに滞在することになるのは必須である。
「あたしも頑張ろうっと。」
アイーダは元気よくタラップを駆け下りた。
トンっとヴェルトルーナの大地に足が着く。
これにてウーナとアイーダの辿ってきた旅は終わりを告げたのである。
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