■天上のメロディ
フォルトが初めてその楽器の音を耳にしたのは、ミッシェルに連れられてはるばるティラスイールへ向かう途中に立ち寄ったエル・フィルディンの聖都ヴァルクドの大聖堂でだった。響いてくる曲の荘厳さもさることながら、それ以上に楽器そのものの音色に感動して待合室から吸い寄せられるように廊下に出て耳を澄ませていた。
「なんてきれいで、それでいて心に響く音色なんだろう。」
「あれは、パイプオルガンの音ですよ。」
たまたま通りがかった僧侶が教えてくれた。
「パイプオルガン、ですか。」
「ええ。神の御許へ届くように、長いパイプを通して演奏するのだといわれています。よろしければ、オルガンのある礼拝堂へご案内しましょうか?」
僧侶に案内されてフォルトは、パイプオルガンが設置されている礼拝堂に足を運んだ。
「すごい・・・。」
遠くからでもよく響いていたことから、それなりに大きな楽器だろうと思ってはいたが、実際に現物を目の当たりにして、フォルトはそのそびえ立つ様な大きさに圧倒された。これなら、演奏された曲も天上へ届くだろうと頷ける。フォルトはしばし、時を忘れてその巨大なパイプオルガンを眺めていた。

「ああ、ここでしたか。」 控えめな声に、フォルトは弾かれたように振り向いた。
「ミッシェルさん!すみません。勝手に歩き回って。」
「いえ、いいんですよ。あなたのことだから、たぶんここに居るだろうと思ってました。私の方こそお待たせしてしまったようで申し訳ありません。」
至る所に知人のいるミッシェルは、立ち寄る先々で丁寧な挨拶をして回っている。ここ、ヴァルクドでも例外なく親交を暖めてきたようであった。
「もう用事は済まされたのですか?」
「ええ。ここで最後ですから。」
にこやかな笑みを浮かべたままのミッシェルにフォルトは背筋が自然と伸びてくるのを感じた。ミッシェルの用事が終わったということは、いよいよティラスイールへ向かうということなのだ。
「では、参りましょうか。」
「はい。」
力強く頷いたフォルトを頼もしく思いながら、ミッシェルはティラスイールへと帰還した。

ヴェルトルーナ出身のフォルトが、遙々ティラスイールへと移住したのは、その昔の約束を果たすためだった。新しい世界で何ができるのか、当初は漠然とした気持ちでしかなかったけれど、立ち寄ったエル・フィルディンで出逢った楽器の音色がフォルトにこれからの道を示してくれたようである。フォルトは元々音楽を糧として生きてきた。やはり辿り着く先は音楽しかないとの思いを新たにしたのだった。

いつか、パイプオルガンで自分の目指す演奏をしてみたい。
そんな想いを秘めてフォルトはティラスイールに降り立った。

ティラスイールでミッシェルが目指したもの、それは各地にあるシャリネの整備とその総本山となるべきオルドスの基礎造りである。3つの世界の中で最も魔法の発達とそれに対する理解が遅れているティラスイールで、それを成し遂げるには、当然困難が伴った。何よりも、理解して貰う以前に、まず受け入れて貰うところから始めなければならない。全てが一からの出発だった。

ティラスイールでの日々は、文字どおり目まぐるしかった。けれども日々の忙しさの中にあっても、フォルトは、あの日出逢った音色をずっと心に刻み続けていた。いつの日か、パイプオルガンを演奏したいとずっと願い続けてきたのだ。故に、オルドス大聖堂がそれなりの形を為した時、フォルトはミッシェル−その頃は得度してオルテガと改名−に、パイプオルガンの設置を申し出た。
「パイプオルガン、ですか。」
相談を受けた大神官オルテガは、すぐには頷かなかった。
「置けないことはないと思いますが、どこから持ってくるのですか?」
反対こそしなかったが、別な問いをフォルトに投げかけたのである。
ティラスイールにパイプオルガンは、まだなかった。
当然見たことのない人ばかりなのだから、作れる人も勿論いない。
けれども、フォルトの答えは明快そのものだった。
「僕が作ります。いえ、是非、作らせてください。この手で、自分の納得できる音色で演奏したいんです。」
旅立つ日の少年の真摯な眼差しと少しも変わることのない堅い意志が言葉の端々にこもっている。
「勿論、オルドスの神官としての仕事が第一ですから、その傍らに暇を見て、ということになるでしょう。ですから、完成までに時間はかかるかもしれません。でも、やりたいんです。この世界に相応しいメロディを是非とも伝えていきたいのです。」
真っ直ぐに見上げて語るフォルトの肩を、オルテガは軽く叩くように手を置いて言った。
「人々の心の糧となる曲がこの大聖堂で聞ける日が早く来るといいですね。」
遠回しな励ましではあったが、大神官は若き神官のオルガン造りを承認したのである。
「ありがとうございます。」
いよいよフォルトが長年思い続けていた計画に着手するときがやってきたのだ。
フォルトは今までに増して、精力的に働くようになった。

パイプオルガン造りは、全てが試行錯誤の連続だった。元になるのは、エル・フィルディンの知人を通して手に入れたパイプオルガンの図面と、自分の記憶にある音色だけ。音楽を語る相手はいても、楽器の仕組みとなるとフォルトひとりで取り組まねばならなかった。
思うような音色が出ない日々が続くと、さしものフォルトも挫けそうになることがある。薄暗い聖堂の中で、作りかけのパイプオルガンを前に、ぽつりと座っているだけの若い神官の姿を見かけた人がオルドスには少なからずいた。
人気のない大聖堂を見回っていた大神官がその状況に出くわしたとしても不思議はなかった。そんなとき、オルテガは振り仰いだフォルトの肩に手を当てて、穏やかに微笑むだけだった。大神官の無言の温もりは、若い神官への最上の励ましとなる。その甲斐あってか、フォルトは諦めることなくコツコツと目指した音色を作り上げていった。

オルドスの開祖オルテガは、自分の役割をはっきり認識しており、自らの引き際を定めていた。魔法が人々に受け入れられる土壌ができたときが、まさにその「時」だった。それまでの苦労を知る人からみれば、これからが本領発揮ではないかと思われるのだが、オルテガの決意は固く、ごく親しい神官だけに辞意を打ち明け、ひっそりとオルドスを離れていった。
「あとは、任せましたよ。」
夜明け前のオルドスを、オルテガはただ一人旅立っていった。

同じ朝、フォルトは誰より早く大聖堂に入った。
完成したばかりのパイプオルガンの前に座ると、無心でひとつのメロディを弾き始める。

さようなら、大神官オルテガ様。
今日まで本当にありがとうございました。
これからの日々が、オルテガ様にとって心安らかでありますように。
そして、ミッシェルさん、聞こえますか。
これは、僕たちが異界でレオーネさんから託された「誕生」のメロディです。
けれども、これはもう青の民だけの「水底のメロディ」ではありません。
全ての人々のために、祈りを込めた新しいメロディとして僕が手を加えたものです。
この曲を希望を担う人々のために、弾き続けます。
その最初の贈り手として、まず、ミッシェルさん、あなたのために弾かせてください。
オルドスを去って隠居する自分には必要ない、なんて言われそうですが、でも、初めてこの曲を贈るに相応しい人を僕はミッシェルさん以外には思い付かないんです。
だから、どうか受け取ってください。
これが僕からの、いえ、僕たちからの感謝の気持ちです。

荘厳なるパイプオルガンの音色がオルドス大聖堂に響き渡った。
天空のシャリネの名に相応しく、天上へと音色が駆け上っていく。
後の世に、「まろうどの賛歌」と呼ばれるメロディの誕生であった。

おわり
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