■遥かなる微笑み
 「その時」がいつなのか、誰も知らなかった。わかっているのは、必ずその者達が訪れるだろうということだけ。それなのに、それが何を意味するのかすら、その時にならなければわからないとは、何とももどかしい限りである。だが、彼は待たなければならなかった。それが、彼の敬愛して止まぬ友から託された最後の頼みだったから…。

 賢者の都オルドスは、今日も巡礼者と魔法を学ぶ魔法使い達で賑わっていた。今でこそティラスイールの人々に魔法が受け入れられ、生活の一部として魔法が根付いているが、ほんの20年前まで、魔法は人々にとって畏怖の対象でしかなかった。それをここまでに育てたのは、開祖であり、初代の大神官でもあったオルテガと同胞達である。
「オルテガ様、今日もまた新たな1日を迎えることができました。」
 真実を司る神官フォルトは、大聖堂に入りながらそっと感謝の祈りを捧げ、自分の持ち場へと階段を登っていった。
 空のシャリネと言わしめるだけあって、オルドスの大聖堂は天空高くそびえ立っている。その途中に巨大なパイプオルガンが設置されており、そこがフォルトの定位置だった。彼はそこでその時に応じた曲を奏で、巡礼者達を、また修行中の魔法使い達を励ましていた。時として彼の奏でるメロディは、大神官が説く法話より訪問者の心に響くものがあると言われている。それこそが、フォルトに「真実を司る」という称号をもたらした所以でもあるのだが、本人は「自分にできることをしてるだけ」と気負った風もない。事実、小難しい説法を講義するより、音楽を奏でている方が彼の性にも合っていた。

 パイプオルガンの調律を済ませ、ゆったりとフォルトは階下を眺めていた。人々が嬉々と神殿内を歩く姿を見るのもフォルトのささやかな楽しみのひとつである。
「魔法の修行者はともかく、巡礼者にとっては一生に一度のことですからね。」
 その時、行き交う人々を眺めていたフォルトの目が、ひと組の男女に吸い寄せられた。
「あのふたりは…?」
 年の頃は14、5といったところだろうか。男女というより、少年少女といった方がしっくりくるふたり連れである。また、よく見れば、赤毛の少女に少年の方が明らかに押されている感じであった。
「もう、ジュリオったら、そんなにキョロキョロしないの!」
「だって、せっかく来たんだから、よく見ておきたいし。」
「そんなのは帰りでもいいでしょ。今は鏡を見るのが先!」
 未練たっぷりの少年を少女がぐいぐい引きずるように階段を上がっていく。何時の世も、目的を持っている女の子のたくましさには敵わない。フォルトは過去の自分を思い出しながら彼らを見送った。いや、正確には見送ろうとして、それができなくなったのだ。
 ずんずんと階段を上がってくる少女の持っている杖がフォルトの時を逆流させていく。傍目にはありふれた、どこにでもある使い古した杖にしか見えないけれど、フォルトがそれを見間違うことは絶対になかった。
(あれは、ミッシェルさんの…。)
 同時にフォルトは、「その時」が来たこと悟った。大勢の訪問者達の中から、あのふたりを見いだしたのは決して偶然ではなかったのだ。

 息を弾ませて階段を登ってくる少年と少女をフォルトは出迎えた。ラグピック村からやってきたジュリオとクリスにとって、この旅は成人の儀式であって、それ以上でもそれ以下でもない。思ったとおり、何も知らされないままにクリスは杖を託され、送り出されたようである。それでもふたりは、迷うことなくここまでやってきた。
 それならば…。
「あなた方のために。」
 フォルトは余計な事を語ることなく、「まどろうの賛歌」を奏でた。思えばこの曲が、フォルトの長い旅の始まりだった。
 ジュリオとクリスは荘厳なそのメロディに心から感動したようだった。音楽については素人であっても柔らかな心の持ち主であれば、この曲の意味するところをきっとくみ取ってくれるだろう。そして、これから待ち受けていることに立ち向かう糧としてくれるに違いない。
(でも、それじゃ、あまりにも僕らに一方的な都合すぎるかな。)
 ほんの少しだけ、フォルトは胸に痛みを覚えた。

 吹き抜けの大聖堂に、まどろうの賛歌は、高く、高く、響いていく。調和のとれたメロディは、光となって、空と一体になるのだ。黄金の輝きを持ったメロディは、時を越えて心に響く。懐かしい人々の面影がフォルトの脳裏を過ぎった。
(あの子にも、ちゃんと聞こえてるかな。)
 20年前に成人した姿を見てはいるけれど、フォルトの中では、銀色の髪をしていた彼女は今も幼い少女の姿のままだった。憂えた微笑みではなく、無邪気な笑いをこぼしていた女の子…。
 曲が終焉になるに連れ、光があたたかな彩りを添えてくる。上空にそびえる太陽の光が真っ直ぐに差し込んできたのだ。だが、この暖かさは、いつもと明らかに違っている。フォルトは無意識に光がより注がれてる方向へ視線を走らせた。曲に聴き入っているジュリオからクリスへ、そして彼女の手に握られている杖へと、フォルトの目は吸い寄せられていった。
 その時の光景を何と表現したらよいのだろうか。それでもフォルトの手が鍵盤から離れることはなかった。
 光の中には、幸せそうに微笑んでいる娘がいた。空に溶け込んだ銀色の髪をなびかせ、その瞳は、太陽をそのまま映したように金色の輝きを放っている。迷いも曇りもない、美しい瞳だった。
(やっぱり、君はそこにいたんだね。)
 やがてパイプオルガンの音色は空に消え、大聖堂にはいつもの時間が流れ始めた。

 まどろうの賛歌を弾き終えたフォルトは、ジュリオとクリスを大聖堂の最上階へと送り出した。そこで彼らは巡礼の意味するところを知ることになるだろう。だが、その先どうするかは、あのふたりが考え決めることだ。もはやフォルトは一傍観者でしかないのである。
(でも、きっと大丈夫ですよね。)
 フォルトはそっと心の中で懐かしい友人に問いかけた。あるいは、自分自身への問いかけだったのかも知れない。けれども、不思議と不安は感じなかった。答えは光の中で微笑んでいた娘の中にある。
 だから、大丈夫。
 遥かなる時を越えてなお微笑みを絶やさなかった娘を信じて、フォルトはジュリオとクリスを見送ったのだった。

銀色の髪の天使

おわり
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