■天つ風(あまつかぜ)
 それは、魔女が異端視され、まだ魔法があまり知られていない時代のことだった。当然、世界にはカンドもチャッペルもなく、後の世に賢者の都として知られることになるオルドスでさえも、知識人達が寄り集まって互いの見識を磨きあう場所という程度の認識しか持たれていなかった。そんな時代に、魔法の何たるかを説きながら旅をしている娘がいた。
 ゆったりと背に流れる銀色の髪は、明るい日差しの中より、月や星の光を受けてより美しく輝き、物静かで憂いを帯びた青い瞳は、行く先々で町の人々から十分すぎるほどに注目を浴びていた。見た目には、普通の娘にしか見えないが故に、彼女が魔女だと知った時のあからさまな態度の変化は、娘の寂しそうな表情に更に拍車をかけるのだった。それでも彼女は旅を止めようとはしなかった。

 フォルティアの宮廷剣士デュルゼルが王命を受けて、いつしか「白き魔女」と呼ばれるようになっていた娘の跡を追うようになってからも、彼女は依然として旅を続けていた。それはデュルゼルが追いついてからも変わることなく、彼女はひとり歩き続けた。
 デュルゼルは白き魔女を見つけた時、釈然としないまでも殺意を持って彼女に近づいた。けれどもデュルゼルの存在に気が付いても彼女の態度は変わらなかった。ふと目が合ったときに、淋しげな微笑みを返しただけで、立ち止まることもなく通り過ぎていった。それなのに、不思議と無視されたとは思わなかった。その時から釈然としなかった思いが疑問に変わり、漠然と娘の後を追うだけだったデュルゼルの旅が、白き魔女の軌跡を見つめる旅へと変わっていったのだ。
 娘の名前がゲルドだと知ったのはともに歩くようになってもかなり経ってからだった。それも直接ではなく、彼女に一夜の宿を貸した婦人の話を偶然耳にしてのことだった。すでにその頃デュルゼルは、ゲルドを害する気などなくなっていた。彼はゲルドの旅をただ見守るだけの存在になっていたのである。皮肉なことに、王命から離れた時、はじめてデュルゼルは白き魔女と向き合うことができたのだ。

 ゲルドは通り過ぎた町に、さまざまな言葉を残していった。感謝されることもあったが、人々の魔女に対する偏見は根強く、迫害されることの方が多かった。ひとつには、ゲルドの言葉が、予言というにはあまりにも漠然としすぎていたこともあるだろう。それでもゲルドは人々に説き続けることを止めなかった。
「なぜ、そうまでして旅を続ける?」
 デュルゼルは幾度となくゲルドに疑問をぶつけた。その度にゲルドは、空を仰ぎ、流れゆく雲を見送るだけだった。言葉では返ってこないが、それが質問に対するゲルドの答えなのだ。
 空高くで吹く風に雲は流れているが、地上では微かな風が時折ほほを撫でていくだけだった。
「それでも、同じ風が吹いていることには違いないでしょう?」
 ゲルドの表情はどこまでも穏やかだった。
「私を吹く風は、等しくあの雲にも吹いているんですもの。」
 言い換えれば、ゲルドに触れた風もいずれは上空を流れる風に同化する。ゲルドの存在は、風が消えぬ限り、伝え続けられるのだ。
「私のことは、私に触れたあの風が覚えていてくれることでしょう。そして、必要なときに、この杖と共に伝えてくれるだろうと思います。」
 風の記憶など、それこそ魔法使いでもなければ知ることはできないだろうに、ゲルドには何の不安もないようだった。確かに、ティラスイールには、まだ魔法があまり知られていないが、だからといって魔法使いが全くいないわけではない。現にデュルゼルも大魔導師と呼ばれている人物と面識があった。その時に、いずれは魔法が生活の中で当たり前の存在になるというような話も聞いたような気がする。
「まさか、な。」
 ゲルドが手にしている杖と自分の剣とを交互に見やりながらデュルゼルはひとり呟いた。
 いつしか雲は消えていた。けれども風は遥か上空で同じように吹き続けている。その風を感じながら再び歩き始めたゲルドの後をデュルゼルもまた歩いて行くのだった。

ゲルドの旅
白き魔女ゲルド by カモミール・JK様


おわり
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