■深緑の女王
ウドルはティラスイールのほぼ中央に位置する大樹林に囲まれた国である。
国の歴史は、そのまま森に生きる魔獣と人との戦いの歴史であった。
その結果、勝者となった人は国家を築いて繁栄し、敗者となった魔獣の多くは生活していた森から追われていった。
だが、人は勝利が確定したのちも戦いを止めようとしなかった。
更に多くの魔獣が森を追われ、そのうちの幾種かは、永遠にこの世界から姿を消したのだった。

昼夜を問わず、森では狩りが行われていた。
いつしか人は、生きるためではなく、その欲を満たすためだけに魔獣を追うようになっていた。
中でも聖獣と呼ばれるアルグレスは、その見事な毛皮と角のために、容赦なく狩られていった。
「いたぞ!アルグレスだ!」
「そっちへまわれ!」
「よーし、追いつめたぞ・・・!?」
だが、その日は、あと一息というところまで追いつめたところでアルグレスの姿を失った。
「どうした?」
「消えた。」
「何をバカなこと。」
しかも、消えたのは追っていたアルグレスだけではなかった。
「・・・そんなバカな!森の道がなくなるだなんて・・・。」
それまであったはずの森の道もなくなっていたのだ。
いかに狩りに慣れた人でも、道なき樹林はとてもではないが、進めない。
狩人達の戸惑いを前に、深き森はただ静かに枝葉を揺らしていた。

その梢の合間に、見え隠れする淡く輝く銀色の影があった。
「あれは・・・なんだ?」
「人か?旅人のようだな・・・それも、若い娘のようだが。」
旅をしている白い髪をした若い娘。
それから辿れる糸はそれほど多くはない。
「・・・白き魔女だ。」
アルグレスが消えた方向の延長線に、遠ざかる白き魔女の姿を狩人達は見たのである。
誰かが忌々しげに吐き出した。
「あの魔女の呪いでアルグレスは消えたんだ。」
その声が、森の奥へ消えゆく銀の髪の娘に届いたかは定かでない。
確かなのは、そこに通じる道はなく、狩人達はそれより先、森の奥へは入れなくなったということだった。
白き魔女を追うこともできず、儲け口をふいにした狩人達は、口々に「魔女の呪い」だとののしりながら忌々しげに森から出ていった。

完全に閉じた森の向こう側で、アレグレスは銀色の髪をなびかせている娘と対面した。
物静かで淋しげな表情をしている娘は、それまでに感じたことのない不思議な気をまとっていた。
今まで人に対して敵意以外の感情を抱いたことないアレグレスだったが、その娘とは平静に向かい合えた。
彼女は、まず傷ついていたアレグレスの身体を癒しの光で包み、傷がある程度落ち着いたところで、心なき人が森に入らないよう結界を張ったことを話した。
「そうか。」
人の勢力がここまで大きくなって来た以上、安住の地は、閉じられた世界の中でしか得られない。
生きるためには、過去の栄光にいつまでも拘っているわけにはいかないと、アルグレスは、後の世に「迷いの森」と呼ばれる深い森に住まうことを承知した。

「ひとつだけ、お願いがあります。」
月下に銀色の髪が淡く浮かび上がり、その娘の顔をほのかに照らし出した。
「なんだ?」
「あなたでなくては、叶わぬことです。」
娘の伏し目がちであった視線がわずかに上向き、アレグレスの視線と交差した。
「・・・いいだろう。」
「もしも、この結界を越えてあなたを訪ねてくる人がいたら、その時は・・・。」
娘の願いにアルグレスは、一瞬だけとまどいの色を浮かべたが、そのまま黙って頷いた。
「もっとも、この迷いの森を抜けることのできる者が本当にいたらの話だがな。」
彼女の張った結界は、非常に強力であり、それを破れる者が存在する可能性はゼロに近かった
残る方法となると、アルグレスの心に適った者が、その案内で森を抜けるしかないのである。
現状では、まずあり得ない選択であった。
娘は再び淋しそうに目を伏せた。
それ以上話すことはないと感じたアルグレスは、ゆったりときびすを返し、森の深淵部へと入っていった。
アルグレスの姿が森の中に消えるのを見届けると娘は、手にしていた杖を月下に掲げた。
彼女の銀色の髪を照らし出した月の光が足下の水面にきらめいている。
その水辺のほとりに、一枚の御影石が現れた。
娘の祈りを受けて杖から放たれた光が、石に文字を刻んでいく。
その過程で弾かれた石の欠片は、やがて淡い光の欠片となり、東から吹く風に舞いながら森へ吸い込まれるように消えていった。
全てを終えると、彼女は静かに杖を持ち直し、また巡礼の旅へと戻っていったのだった。

娘の去ったあと、シフールにはひとつの言い伝えが残され。
「迷いの森はシフールの風を受けてこずえを鳴らす。」
そして、20年あまりの年月が流れていった・・・。

20年という年月が長いかどうかは、種によって感じ方は様々である。
少なくともアルグレスにとっては、つかの間の時間でしかなかった。
その間、深い森の更に奥深くでひっそりとアルグレスは時を過ごしていた。
優しい風と清らかな水は、傷ついたアレグレスを完全に癒し、時と共に森の王者に相応しい姿へと変化させていった。
完全に復活した自分の姿を水面に見て、アルグレスは予見を得た。
「どうやら、約束の時が近付いてきたようだな。」
それを裏付けるように、迷いの森は侵入者達の気配を伝えてきた。
しかも、それはひとつではなく、複数であった。
アルグレスは、パシャリと水面を弾いた。
水飛沫があたりに飛び散り、そのいくつかは淡い光の粒となって風に舞い、森の入り口へと流れて行った。
水面に侵入者達の姿が映し出された。
侵入者の先頭は、少年だった。
だが、少年も、またその少年と連れだって森の奥へと進んでくる女性達からも、邪気は感じられない。
あるのは、ひたむきな想いだけである。

ちょうどジュリオが石碑の仕掛けに気が付いた時のことだった。
「ほう、あの少年、なかなかやるではないか。」
アルグレスは水面を覗き込むと人知れず笑みを浮かべた。
それに呼応するかのように、弾かれた水面から、またひとつ光の欠片が舞い上がった。
淡い光の欠片は風に舞いながら、銀色の蝶へと姿を変化させている。
「あの者達におまえの姿が見えるなら、わたしの前まで案内してくるがいい。」
アルグレスはゆったりとその身に王者の印をまとった。
長い眠りから覚めたように、アルグレスはゆっくり水辺から落ち葉の敷き詰まった道へと歩み出した。

ジュリオは一生懸命、銀色の蝶を追いかけて落ち葉に滑る道を走っていた。
「この景色、シフールの鏡で見たのとそっくりなんだ。」
「で、その先には何か他に見えたものがあったのかい?」
息を弾ませつつ尋ねたシャーラに、ジュリオは頷いた。
「水牛みたいな角を持った大きな動物がいたんだ。」
「きっと、それがアルグレスですわ。」
フィリーが励ますように相づちを打った。
その時、ふいに彼らの前に道が開けた。
「あ!」
ジュリオは開けた景色の中に、威風堂々とした森の王者の姿を見出したのであった。


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おわり
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