■今はおやすみ
アヴィンとマイルは、冒険者としてギルドの依頼をこなしつつ、アヴィンの生き別れの妹、アイメルを探してエル・フィルディンを旅していた。
新人には厳しいと言われるこの世界だが、ひょんなことからベストセラー作家カラムスの最新作「疾風のラヴィン」のモデルに取り上げられ、アヴィンとマイルの知名度は上昇した。
それはギルドの依頼をきっちりこなすことへの信頼と相まって、アヴィンとマイルを指名しての依頼へと繋がり、旅に必要な経費を工面する苦労からふたりを解放するものでもあった。
つい先刻も、アヴィンとマイルは大きな仕事を一つ終えてそれなりの報酬を受け取り、今夜からしばらくの間は悠々とした旅が送れるはずであった。
が・・・。

宿屋に入り、部屋で荷物を整理し始めたとたんに、アヴィンの顔から血の気が引いていった。
「・・・ない。」
「え?」
「マイル、どこかで財布を落としたみたいなんだ。」
「ええ!?」
普段、旅費はマイルが管理しているのだが、今回に限ってギルドで報酬の受取り手続きに手間取った。
おりしも町はお祭り前夜ということもあり、ぐずぐずしていると野宿することになりかねないと、アヴィンが先にお金を受け取って宿の確保に出かけたのが裏目出たのだ。
「どうしよう、マイル。」
落としたお金が戻ってくる確率は、はっきり言って限りなくゼロに近い。
「ギルドで、何か簡単な依頼を受けて取りあえずのお金を工面することはできるだろうけど、その間、宿屋の支払いが待ってくれるかどうかだな。」
アヴィンもマイルもお金に対してはそれほど執着を持っていないが、「ありません」、「はい、そうですか」で済まされない事例が世の中には数多く存在する。
ことにお祭りのように人が大勢集まる時には、普段後払いOKの宿屋でも念を入れて前金をいくらか取ることが多い。
ふたりが取ったこの宿屋もそのひとつであった。
「いいよ、アヴィン。とりあえず宿屋の女将さんには僕から話してくるから、ギルドに出かける用意をして。」
「え、でも・・・。」
「こういう交渉ごとは、僕の方が得意だからね。」
(アヴィンが話すとたぶん、面倒なことになるんだよ。)
それでなくとも今回の依頼はアヴィンとマイルのHP・MPをかなり消耗させるものであり、正直なところ、ふたりとも疲れ切っていた。
マイルの行動は、余計なことに極力巻き込まれたくないという判断に基づいてのものであったのだ。

アヴィンが出かける支度を終え、いい加減やきもきし始めた頃、ようやくマイルが戻ってきた。
「どうだった?」
「ダメだよ。例外は認められないから、すぐ支払ってくれって。」
「そんな・・・。」
しかし、そう言った割にはマイルの表情は暗くない。
「マイル、何か変な依頼、受けてこなかったろうね?」
アヴィンの警戒した様相に、マイルはしれっとしたものである。
「宿代の入った大切な財布を落としたのは、アヴィンだからね。」
そう言われると、アヴィンには返す言葉がない。
アヴィンがぐっと言葉に詰まったところを見計らって、マイルは宿屋の女将からの伝言を伝えた。
「ここの女将さん、疾風ラヴィンの大ファンなんだって。つまりは、君のファンってことだよ。」
にこやかに話し始めたマイルに、アヴィンは嫌な予感が走った。
それでなくとも宿を取るとき、本当は満員で断られるところだったのだが、アヴィンがあの「ラヴィン」のモデルと知った女将が特別に部屋を空けてくれたという経緯がある。
「握手とかサインとかは、とっくに貰ってあるから、もういらないそうだ。」
だろうね、とアヴィンがため息を吐いた瞬間、マイルの瞳が鋭く光った。
「その代わり、」
マイルの手がアヴィンの額に伸び、アヴィンは反射的に後ろへ下がった。
「宿に泊まっている間だけでいいから、その紅いバンダナを貸して欲しいって。」
彼女は女将といってもまだ20代の若い女性であり、ピンク色のヘアバンドをして受付をしていた。
「紅いバンダナなんて、どこでも売ってるじゃないか!」
両手でぴたっとバンダナを押さえたアヴィンに思わずマイルは吹き出した。
「それはそうなんだけどね。アヴィンのしているバンダナってことがポイントらしいよ。」
「冗談じゃない!」
「うん、女将さんは真剣だった。」
真顔で答えたマイルにアヴィンは真っ赤になって怒りを露わにした。
「絶対にイヤだ!」
アヴィンの反応はマイルの予測の範囲内であり、ある意味当然ともいえるものである。
しかし、それを認めては今夜の宿を失ってしまうのだ。ここは心を鬼にして・・・。
「でもね、アヴィン。」
「だからって、そんなこと、俺はぜーったいイヤだからな!」
顔を横に向けたままのアヴィンに、マイルはそっとため息をついた。
「アヴィンの気持ちもわからなくはないけど。」
「だったら、これ以上何も言うな。明日から迷子捜しでも、手紙の配達でも、何でも片っ端から引き受けて、宿代を作るまでだ。」
「でも前金の支払いは、今夜中なんだよ。」
「だ、だったら、今から働くまでだ!」
勢いよく駆け出そうとしたアヴィンの服の裾をマイルは押さえ、アヴィンは再びマイルと向き合った。

「離せよ、マイル。」
「そんな頭に血が上った状態でまともな仕事が取れるわけないだろ。はい、これを飲んで、まずは落ち着いて。」
マイルの差し出したカップからの甘酸っぱい香りがアヴィンの鼻をくすぐった。
「何だよ、これ。」
「地元名産のドリンク。女将さんからの差し入れだよ。」
「へ?」
「言ったろ?女将さんは、君のファンだって。」
「でも、俺達、宿代の前金だってままならないんだぞ。」
「それは、それ。これは、これだよ。本当は女将さんが直接持ってきたいと言ったのを疲れてるからって何とか断ってきたんだ。」
人当たりの良いマイルはともかく、アヴィンはこの類の対応が苦手である。
「ありがと、マイル。」
「ただ、好意は無にできないから、飲んだらお礼を言わなくちゃね。」
「う・・ん。」
マイルの言うことにも一理あるが、実のところ、アヴィンはもうくたくたに疲れていた。
仕事を終えてから今まで、食べ物も飲み物も口にしていなかった。
それだけに、マイルの差し出したカップからの香りは限りない誘惑に満ちていた。
ギルドに向かうにしても宿を出るには、女将の居る受付を通り抜けなければならないのだ。
「・・・いただきます。」
アヴィンは素直にカップを受け取ると、そのままごくりと一口飲んだ。
「美味しいや。」
口当たりのよさに、アヴィンの表情が和らぎ、そのまま一気に飲み干した。
口に甘く、のどごしがすっきりと、そしてお腹に入ると熱くなる。
それはアヴィンの疲れをほぐし、緊張感を取り除いていく。
「あふ・・・。」
身体があたたまってくるほどに、アヴィンの瞼は重くなり、やがて安らぎの世界へと陥っていった。

「まったく。アヴィンは頑固なんだから。」
すやすやと早々に寝息を立て始めた親友にマイルはただ苦笑している。
「でも、これ、このあたりではジュース変わりに子供が飲むものだって言ってたけど、ホントかな。」
女将の言に嘘はなく、アルコールとは名ばかりでジュースとたいして変わらない濃さだった。
マイルは自分用に貰った特産の果実酒をきれいに飲んだ後、改めてアヴィンの手からカップを外した。
「それだけ疲れてるってことだよね。君はいつも無理してる。」
マイルがアヴィンの髪に触れてもアヴィンは眠ったままピクリとも動かなかった。
「丁度いい機会だから、たまにはゆっくり休もうよ。ね、アヴィン。」
マイルが結び目に指をかけると難なく朱紅のバンダナは外れた。
「替わりにこれをって言われたから一応は、渡しとくけど・・・。」
ひと目で女性用のヘアバンドとわかるピンク色の布きれがアヴィンの枕元に広がっている。
「僕としては、それは止めた方がいいと思うよ。」
マイルはアヴィンの眠りの妨げにならないよう、そっと足音を忍ばせて部屋を出ていった。

アヴィン
「おやすみアヴィン」 by CAROL様

おわり
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