■金と銀のワルツ
アヴィンとマイルは、今、異界の地でレオーネの小屋の前にいる。
小屋の中ではレオーネを囲んで深刻な話が展開しているはずだが、ふたりはその輪に直接加わらず、どこまでも護衛役に徹していた。
「難しい話はミッシェルさんに任せるに限る。」
冗談とも本気とも取れないアヴィンの独り言にマイルは苦笑していた。
そのふたりの目の前を銀色の髪の少女が犬のジャンと一緒に走り回っていた。
この世界を統べる女王と同じ力を持つというが、ふたりにはどこにでもいる子供と同じにしか見えない。
「こうしているとまるきり普通の女の子だよな。」
アヴィンとマイルは少女の遊びの妨げにならないよう遠巻きに様子を眺めていた。

すっかり少女とジャンの仲が良くなった頃、フォルトが小屋から出てきてジャンを呼んだ。
「おいで、ジャン。」
「ばう!」
ジャンはフォルトに呼ばれるとすぐに駆け寄ってきた。
「これからレオーネさんが遺跡に隠したというレゾナストーンをウーナと一緒に取りに行ってきます。」
フォルトの後ろにはウーナのポニーテールが揺れている。
「ふたりだけでかい?」
「いえ、ジャンも一緒に連れて行きます。できるだけ早く戻って来ますから、それまでこちらをよろしくお願いします。」
ぺこりと頭を下げたフォルトにアヴィンとマイルは少しばかり心配そうであった。
レオーネを訪ねて常夜の地にやってきたのは彼らだけではない。
レオーネと少女の命を狙う刺客達もまたプラネトス2世号に密航して常夜にやってきており、遺跡のどこかに潜んでいる可能性が非常に高いのだ。
それゆえアヴィン達が小屋の護衛に付いているのであり、今、ここを離れるわけにはいかなかった。
心配ではあるけれど、レゾナストーン探しはフォルトとウーナに任せるよりほかはない。
「ふたりとも気を付けて行けよ。」
「行って来まぁす。」
当のふたりはアヴィンとマイルの心配もどこへやら、取りわけウーナは嬉しそうに手を振ってレオーネの小屋から遺跡へと向かって行ったのであった。

あとに残ったアヴィンとマイルはどちらからともなく軽い溜め息を吐くと再び小屋の入り口に立った。
そのふたりの前をちょこちょこと銀色の髪の少女が通り過ぎていく。
「あんまり遠くへ行っちゃ駄目だぞ。」
アヴィンの声に少女は彼を振り仰いだ。
ぷぅっと膨れた頬が妙に愛らしい。
「どうしたんだい?」
少し腰をかがめ、少女の顔を覗き込むようにしてアヴィンは尋ねた。
しかし、彼女はツンとどこか不機嫌な様相でアヴィンを見上げるだけであった。
ついさっきまでジャンを相手に機嫌良く遊んでいたはずなのに、この変わり様はどうしたことだろうと考えた矢先で、アヴィンはその理由に思い当たった。
少女にとって犬は初めて接した等身大の生き物である。
面倒見の良いジャンは異界の少女に対してもいつもどおりに陽気に相手をしてやっていた。
それがフォルトとウーナがレゾナストーンを取りに行くというので、急遽彼らに付いて行ってしまったのだ。
ジャンにしてみれば本来の主に従ったにすぎないが、幼い彼女にそれがわかるはずもなく、急に遊び相手がいなくなったことで旋毛を曲げたに違いない。
「ごめんよ。」
アヴィンはそっと少女の頭に手をやって謝った。
彼女の髪は細い絹糸のようにサラサラしていて、すんなりアヴィンの指先をすり抜けていく。
少女は大人しくアヴィンに頭を撫でてもらっていたが、やはり仏頂面は変わらなかった。
アヴィンは困ったようにマイルを見やったが、マイルの方は更に知らんぷりしている。
不機嫌になった少女を放っておけなくて声を掛けたまではよかったが、その先のことを考えていなかったのはアヴィンの失敗であった。

(こういうとき、男の子なら・・・。)
幼い日、ガヴェインがよくアヴィンを高い位置に抱き上げてくれたことが思い出されたが、目の前の子供は女の子である。
しかし、少女は年端の割に活発であり、現にさっきまで小屋の前を元気に走り回っていた。
「よーし。そうれっ!」
アヴィンはひょいと少女の腰に両手を添えると目の高さまで持ち上げ、くるりと一回転してそっと地面に降ろした。
一瞬少女の目が驚きに丸くなったが、怖がることなく楽しそうに声を上げて笑った。
「たぁん。」
「たぁん?」
アヴィンは少女の言った意味がよくわからなかったが、彼女がアヴィンの腕を放さなかったので、そのままもう一度同じように持ち上げくるりと回ってやった。
「たーん!」
先ほどより少し強い口調で少女が言った。
「もう一回するの?」
小さな子供のことだから軽いことは軽いが、何度も連続してするのは結構大変である。
一呼吸おいたアヴィンに少女は、ちょん、と膝を折ってスカートの裾を握りしめた。
「え?」
今度はアヴィンが目を丸くする番であった。
やがて少女は身体を揺らしながらハミングを口ずさみ始めた。
アヴィンとマイルには初めて耳にする曲であったが、それが三拍子であることは理解できた。
「きれいな曲だな。」
たぶんレオーネの作曲した曲なのであろう。
だが問題は、少女がその曲を単にアヴィンに聴かせるためだけにハミングしているわけではないということである。
彼女はアヴィンに対して何かを待っているような様子を示していた。
「歌を歌えっていうわけでもないよなぁ。」
アヴィンのぼやきにマイルがぷぷっと吹き出した。
「マイル。」
咎めるようなアヴィンの声にマイルは苦笑しながら謝った。
「ああ、ごめん、ごめん。でも、本当にアヴィンには、わからないの?」
「わからないから困ってるんじゃないか。」
なおも口を尖らせたアヴィンにマイルはしょうがないな、と一歩踏み出し少女の前に立った。
ぽかんとしているアヴィンを尻目に、マイルはすっと手を差し出し少女に礼を取ったのだ。
「踊っていただけますか?」
その瞬間、銀色の髪がふわりと流れ、少女の顔が嬉しそうに輝いた。

腰を屈め、彼女のハミングに合わせてマイルは小さくステップを踏んだ。
少女の足がマイルに合わせて大きくステップを踏み、リズミカルに身体が上下している。
「ターン。」
マイルは少女の腰に当てた手を軽くひねって回した。
優雅に旋回するといいうよりも、勢いに乗って空中で翻ったという方がピッタリくる。
「あ!」
くるりと翻った少女を見てアヴィンは、最初に彼女が言った言葉の意味をようやく理解した。
「ほう、うまいものですね。」
いつの間にやら、入口にミッシェルが顔を覗かせ、マイルと少女のワルツを眺めている。
「あの子のあんな風に嬉しそうな顔を見たのは本当に久しぶりです。」
レオーネも傍に立って少女の様子に目を細めて見つめていた。
「マイルの奴、いつの間にダンスなんて覚えたんだろ。」
少しばかり追求する余地はあると思いながら、アヴィンもマイルと少女のワルツに魅入っていた。
うす暗い世界の中にあっても、マイルの金髪と少女の銀髪は僅かな光を反射して、存在を確かなものにしている。
それはあたかも金と銀の光が闇を照らしていくようでもあった。
緊迫した中にもつかの間の安らぎの時が少女のハミングから生まれてくる様をミッシェルは確かに感じていた。


おわり
HOME > Falcomの歩き方 > Falcom二次創作目次 > 金と銀のワルツ