■休日のバロメーター
ブロデイン王国は若きデュオール王子によってよく統治されているともっぱらの評判である。
蒼い海に面した海洋王国は、夏ともなれば、空はより青く澄み、海は遥か沖合まで空の青を映して輝いている。
ところが、ここ数日、何事も積極果敢に行動することがモットーのデュオールの様子がおかしい。
眼差しは澱んで生気がなく、心はここにあらずとどんよりしているのだ。
原因は、ひとえに、今、都で公演中の旅芸人にある。
もっと突っ込んで言えば、公演を張っている歌い手レイチェルにデュオールはぞっこんなのだが、レイチェルの方はというと、通りすがりの観客をあしらうのと同じく、しごくあっさりと王子を無視しているのである。
ヴェルトルーナにあまねく人気のあるレイチェルには熱烈なファンも多く、ブロデイン王国の王子といえど公演中の彼女においそれと近づくことは叶わない。
さりとて、公演が退けた後にアプローチしようにも、おびただしいファンに囲まれたレイチェルには話しかけるだけでも一苦労であった。
だからといって、王国の権威に物言わせて、城内に呼びつけるわけにもいかなかった。
他ならぬレイチェルが、最も忌み嫌う方法だからである。
そうなるとデュオールにできることは、ただひとつ、一般の観客に混じって遠巻きに公演を聞くことぐらいだった。
それならせめて公演くらい特等席で聞けばいいのにと思うのだが、そこは政務に真面目な王子のこと、いつも開演ギリギリまで書類を決裁していて、公演会場の末尾になんとか入り込むのがやっとという有り様であったのだ。
「もう少し要領よく行動されてもいいと思うのだが。」
普段の王子の行動力を知る側近達は密かに溜息を吐いていた。

ヴェルトルーナ中を旅しているシャオとレイチェルがブロデイン王国に滞在する時間は非常に限られている。
人気者のふたりの予定はその時の盛り上がり次第ということで、いつ来て、いつ旅立つのか、それこそその場になってみないとわからないのだ。
今回の公演も例外ではなく、いつの間にやら彼らは旅立っていた。
見回りと称して訪れた城下の広場に人気のない様子を見て、デュオールは初めてその事実に気が付いたくらいなのである。
呆然と人気のない広場にたたずんでいるデュオールを城下の人々は気の毒そうに見やっていた。

城に戻り意気消沈しているデュオールを見て、詰め所の兵士達は目配せしあった。
「今日の政務はお休みということにしておいた方がいいでしょうか。」
ブロデイン城にはデュオールの決裁を待つ仕事と訪問者が大勢いるのだが、今日ばかりはそっとしておいてやりたいと彼らなりに王子を気遣ったのだ。
「ちょっと、失礼。」
その兵士達の間を縫うようにして、城内へ入ってくる人影があった。
以前から国民に広く門戸を開放しているブロデイン城内で、一般人の姿を見るのは特別珍しいことではないが、やってくるのは大抵、何らかの悩みを抱えた人達だから、元気の塊のような人影を目にすることは非常に珍しい。
「あっ!」
やってきた人物の正体に気が付くと、兵士達はもとより、側近達までもが好意的な眼差しでその女性、レイチェルを迎え入れた。
「彼、仕事中?」
並んだ兵士達の首が一斉に横に振られた。
「じゃ、休憩中?」
一同の首が今度は一斉に縦に揺れた。
「それじゃ、お邪魔するわね。」
遠巻きの列が自然と分かれて城の北方面への道を開いた。
「ありがと。」
お礼代わりのウインクをひとつ残してレイチェルはデュオールが居るらしい海岸べりへと向かっていった。
「本日の業務は終了したと待合室へ伝えるように!」
レイチェルの姿が見えなくなると、兵士達は慌ただしく詰め所へ散らばったのだった。

かつてレクト島に面していた城の北側は、海に面しているという利点から、幾度かの修復が加えられ、見張り台の役割を担っている。
その台座の一角にデュオールの姿があった。
何かを思案しているというよりも、ただ所在なげにぼうっと海を眺めて座っている風である。
しようがないわねと肩をすくめる傍らで、レイチェルはデュオールの背後からそれとなく近づき、うなだれているままの頭に手をまわした。
赤銅色のつややかな髪がレイチェルの乾いた手のひらにさらりと馴染む。
「レイ・・・チェル?」
張りのない声は訝しげな視線を投げかけ、レイチェル本人であることを認識するやいなや、しゃっきりと起きあがった。
「旅に出たのではなかったのか?」
「そのはずだったんだけど。」
苦笑混じりでレイチェルはデュオールを覗き込んだ。
「いつものことだけど、お父さんたらはしゃぎすぎでギックリきちゃったのよね。だから、公演の方もしばらくお休み。」
「え?」
「わたしも少し喉を休めたいと思ってたから、ちょうどいいタイミングかも。」
「それはつまり・・・。」
「たまにはのんびりしなくちゃね。」
そのひとことでデュオールが俄然元気になったのはいうまでもない。
それでも念押しするあたり、彼なりにファン心理をおもんばかっているというべきか。
「この国のファンに遠慮しなくてもいいのだな?」
「そうなるかな。」
レイチェルはデュオールの髪を指先でいじくりながらウインクした。
「なら、遠慮はしないぞ。」
デュオールはレイチェルの細腰を捉えるやいなや、ぴっちりと引き寄せた。
今に始まったことではないが、デュオールは至ってストレートに物事を表現する。
初めのうちこそ白昼堂々の愛情表現にはレイチェルも面食らったが、素直なデュオールはそれなりにかわいいと思ってしまえるところが恋する乙女の摩訶不思議な所以である。
もっともデュオールにしてみれば、舞台は以て神聖なるもの、邪魔をするべからずと最初に釘を刺したレイチェルとの約束を頑なに守って公演の間中はずっと我慢しているのだから無理もない。

ふたりきりの海辺でレイチェルは熱烈なる歓迎を体中に受けた。
めくるめく時の果て、痺れるような感覚からようやく解放されたレイチェルは、体中に付けられた愛の刻印に気が付き、猛然と抗議した。
「ちょっとぉ。そんなとこに・・・やだ、ここにも!」
「いいではないか。」
「よくない!これじゃ人前で歌えないじゃないの。」
「喉を休めるバロメーターと思えばよい。」
しごく真面目な顔でデュオールは言った。
それがあまりにも自然すぎて、レイチェルは思わず次の言葉を呑み込んでしまった。
確かに今付けられた跡が消える頃には喉の調子もよくなっていることだろう。
「ついちゃったものは仕方ないけど、これ以上、見えるところに付けたら絶好だからね。」
それでも言うべき事はきちんと伝えておかねばと、レイチェルはピシリと言い返した。
「わかった。」
デュオールはもっともらしく頷くと、大胆にレイチェルを抱き上げたのだ。
不意を食らっては、レイチェルも抗う余地がなく、さきほどまでの余韻も加わってデュオールの首に腕を回した。
「見えないところなら、いいのだろう?」
にんまりとレイチェルの反応を受け止めたデュオールは、一目散に城内を目指して駆けていった。

デュオール王子とレイチェル
「デュオール王子とレイチェル」 by さらまんだー様

おわり
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