■タイム!
闇の太陽が地上を覆う中、北の空に大いなる光の柱が立ちのぼった。
魔女の島現象と呼ばれる時空のひずみがまた発生したのだ。
光の柱が収まったとき、レクト島を望む海域に白い帆船が出現していた。
異界からプラネトス2世号が帰還したのである。
「よーし、グラバドル城目指して全速前進!」
キャプテン・トーマス率いるプラネトス2世号は、一路グラバドル城を目指し、その巨体を岸壁に着けた。
「ここからは、おまえ達に任せたぜ。」
フォルトとウーナはこれから青の民が残した器、ビオラリュームへの元へ赴かねばならない。
トーマスにできるのはここまでだった。
彼はキャプテン・トーマス、何より自分の船に対して責任がある。
異界の旅で傷ついた船をそうそう留守にしてもいられなかった。
「トーマス、ありがとう。」
「礼は、あの太陽を何とかしたあとでな。」
タラップの下には、城からの迎えの兵士がフォルト達が降りてくるのを待ち構えていた。

「お待ちしていました。」
「じいちゃん達は?」
挨拶もそこそこにフォルトは迎えの兵士に城の状況を尋ねた。
「はい、先に地下へ向かわれました。」
「その割には、結構兵士が残ってるようだが。」
デュオール王子は、城の全兵士を投入してもビオラリュームまでの道を確保するのは難しいというようなことを言っていたはずだがとアヴィンは、船の回りの兵士の多さに疑問を持った。
「知識のない我々一般兵が大挙しても足手まといになるだけですので。」
申し訳なさそうに隊長らしき兵士が謝った。
「いや、そういうつもりじゃなくて・・。」
焦って言葉の出てこないアヴィンに代わってマイルが質問を変えた。
「では、マクベインさんとデュオール王子だけで向かわれたのですか?」
先行してとなるとアリアも一緒であることには違いないだろうが、彼女では即戦力となりえない。
「いえ、隣のヌメロスから応援に来られた方がありまして、その方々とご一緒です。マクベインさん達とは旧知の間柄だそうで。」
「パルマンさんだ!」
フォルトの言葉にウーナも頷いた。
「わざわざ来てくれたんだ。あれ?でも、今、『方々』って言ったよね。他に誰かいたっけ?」
首を傾げたフォルトに、兵士はパルマンに同行してきた少女のことを伝えた。
人形を操るものすごく元気のいい女の子と聞かされて、その場にいた全員が口を揃えてひとつの名前を口にした。
「アイーダだ!」
「こうしちゃいられない。俺達も急がなきゃ。」
アヴィンの言葉にフォルトとウーナは大きく頷いた。
「ばうっ!」
「よしよし、ジャン、おまえだって頼りにしてるからね。」
「ちうっ!」
「もちろん、リックだって忘れちゃいないよ。一緒にじいちゃんを追いかけよう。」
フォルトはジャンとリックの頭を撫でてやると、懐に大切にしまい込んでいた共鳴石をもう一度確認した。
「これで、24個。ちゃんと揃えてきたからね、じいちゃん。」
マクベインはその場にいないが、フォルトがそう言ったことで、彼らが無事に役目を果たしてきたことが回りの兵士達に伝わったはずだ。
世界を救う最後の希望をその共鳴石が担っていることは兵士達だってよく知っている。
フォルトの言葉は兵士達に希望はまだ続いていることを伝えるために一役かったものだった。

だが、一方でそれはフォルト達の戦いがまだ続いていることを意味している。
「フォルちゃん、早くマックさんに届けようよ。」
「ウーナ・・・。」
またウーナを危険にさらすことになる。
その苦い思いがフォルトを少しばかり迷わせたが、ウーナは先に立って進んでいた。
「ほら、早く行こうよ。わたし、早くアイーダにも会いたいもん。」
異界での辛い戦いの中にあってもウーナは一度たりとて不平をこぼしたことはなかった。
ふたりでレゾナストーンを取りに行くときだってそうだ。
彼女はフォルトと一緒ならそれがどんなに危険な場所であっても笑顔で付いてきてくれる。
「彼女に置いてかれたんじゃ、俺達こそお役御免になっちまう。」
フォルトを励ますようにアヴィンが先導した。
「ウーナ、待ってよ。」
フォルトは一呼吸置くと、勢いよくウーナの後を追っていった。
そのあとをアヴィンとマイルが続く。
「じゃあ、キャプテン・トーマス、あとのことは・・・あれ?」
タラップを振り仰いだ先に、トーマスの姿は消えていた。

プラトネス2世号の甲板でルカがトーマスに何かを押しつけている。
「プラネトス2世号が陸にいる間は、私に船を任せてくれることになっていましたよね。ここは陸じゃないんですか。」
「それは、そうだが・・。」
「だったら、私に船を任せていただけるはずですよね。」
「だがな、ルカ。」
ルカはじっとトーマスを正面から恐れることなく見返している。
トーマスは負けを悟った。
ルカにはトーマスの心の底などとっくにお見通しであるに違いない。
あの若さでプラネトス2世号の副長に任じたのは、それだけの機敏さを彼が備えていることを誰よりトーマス自身が認めてのことではないか。
「・・・そうだな。」
トーマスはルカが差し出したものを受け取った。
手に馴染んだ剣がずしりと重みを加えてトーマスの腰に収まった。
「みんなこの先どうなるのか知りたがってるんですから、キャプテンにはそれを話す義務があるんですよ。」
みんなが知りたいものが何であるか、わざと特定しないあたりが、ルカの心遣いともいえるし、その反面はめられたような気がしないでもない。
「急がないと本当に置いてかれますよ、キャプテン。」
「ああ、そうだな。じゃ、あとは任せたぞ。」
「アイアイサー!」
トーマスは勢いよくタラップを滑り降りた。

「おーい、ちょっと、待った!」
トーマスの呼びとめる声に、フォルトはびっくりしたように振り返った。
「あれ、トーマス、どうしたの?」
「俺も、行くぞ。」
「え?」
プラネトス2世号はどうするのと問いたげなフォルトに、マイルは「ルカがいるから大丈夫ですよ。」と先に説明した。
「それに、魔獣相手には少しでも手慣れた者の人数が多い方がいいでしょう。たぶん、追いつくまでの道はマクベインさん達が何とかしてくれているでしょうけど、そこから先のこともありますし。」
「あ、そうか。」
「もしかしたら、再会と同時に戦闘ってこともありえるしな。となると遠隔攻撃の可能な者が先頭を務めた方がいいか。」
「ばうっ!」
「そうだね、ジャンとリックと、僕が先行しよう。」
「マイルさんが?あ、ブーメラン!」
「はは、そういうこと。その代わり、ウーナに回復は全面お任せだよ。ジャンとリックも先頭だからね。」
「はーい。」
「フォルトは俺と一緒に殿だ。」
「はい。」
ひとり残ったトーマスは苦笑混じりに自分に期待されている役目を口にした。
「俺は、全体を見て考えろ、か。」
「そのくらいの経験は積んでらっしゃるでしょうからね。」
「じゃ、出発するぞ。」
「アイアイサー!」
いつも耳馴染んだ返事にトーマスは再び苦笑しながらグラバドル城の地下へと降りていった。

その頃マクベイン達は、ようやく城の地下を抜け、水の回廊へとさしかかったところであった。
ここにくるまでにデュオール王子が抜けている。
これ以上の脱落者が出る前に、フォルト達が帰ってくることをマクベインは祈らずにはいられなかった。
実際、回廊に出てすぐの敵は、それまで城の地下に出没していた魔獣とは格段に魔法の力が強くなっている。
魔法の援護なしでこれ以上先に進むのは、さしものマクベインですら躊躇するものがあった。
現に、当面目指した扉の前まではなんとかアリアを連れてきたが、そこから先に進もうにも、後方から次々と魔獣が現れるため、足止めされている状態であった。
「この調子で出てこられたら骨が折れるな・・・。」
先の見えない戦いはマクベイン達の気力を削ぐことに少なからず効力を発揮してきたようだ。
「しまったっ!」
汗で濡れた手元が狂い、魔獣の急所を一撃でしとめることにパルマンは失敗した。
僅かな失敗が、魔獣の格好の餌食となりかねない。
「ダメか!?」
だが、その時、巨大なブーメランが空を切り、パルマンの襲いかかっていた魔獣を引き裂いた。
続いて少し小さな何かがアイーダの前に迫っていた魔獣をはじき飛ばす。
「ネズミ?え、あ!」
その方向に目を向けた瞬間、アイーダは懐かしい友の姿を発見した。
マクベインも同様に助っ人の存在に気が付いたらしい。
「ジャン!」
先頭を切って駆け寄ってくるジャンは、主との再会にしっぽをはちきれんばかりに振っていた。
「じいちゃーん!」
「戻ってきたか。」
感慨深そうにマクベインが呟いた。

だが、合流したマクベインとフォルトは短く結果を伝え会っただけですぐに次への準備に取りかかった。
「ここから先は共鳴魔法を駆使せねばならん。編成を変えよう。」
マクベインの言葉に一同は頷いた。
もとからそのために結成され、ここまでやってきたのである。
「わしとフォルトとウーナにアリアさん。あとふたりくらい援護が欲しい。」
「それなら俺が一緒に行こう。」
「あたしも!」
トーマスが一歩進んで出ると間髪入れずにアイーダも手を挙げた。
「背後からの敵に備えて後衛も必要だろ。」
トーマスが何か言おうとした先を制してアヴィンが素早く割って入った。
マイルがそれに同調し、パルマンもそれでよいと後衛につく構えである。
「アリアを頼みます。」
パルマンは、トーマスを見据えていた。
本当なら、彼自身でこの先もアリアを守って行きたいのだろうが、マクベインの言ったとおりここから先は共鳴魔法を駆使しての戦いになる。
パルマンに共鳴魔法は使えない。
共鳴魔法に限らず、他に魔法と名の付く力を彼は持ち合わせていなかった。
だが、トーマスは違う。
彼はエル・フィルディン魔法が使えるのだ。
いざというときには剣だけでなく、魔法での援護が可能だった。
だったらアイーダはどうなのだと言いかけて、トーマスは口をつぐんだ。
異界へ出発する前、マクベインは「それぞれ人に適した役割」についての話をフォルトにしていたではないか。
先陣を務めるメンバーとて、戦いの中での役割は少しずつ違っている。
共鳴魔法で戦うのはマクベイン一座の役割だが、彼らが魔法を駆使しやすいよう援護するのは自分ともうひとりの役割だ。
アイーダのパペットは強力な後方援護になりえる。
一緒に戦ったこともあるから、戦時での呼吸の捉え方もよくわかる。
トーマスがメンバーに加わるならば、「もうひとり」にアイーダが最も適任であることは一目瞭然だった。
もしも、マクベインの問いに先にアヴィンが応えていたら、たぶんマイルがその「もうひとり」になったことだろう。
さりとて、トーマスが一行の後衛を務めれるかというと、正直自信はなかった。
戦うことに対してではなく、他人の後を守っていくことに対しての自信である。
プラトネス2世号ではいつもルカが務めている役割だ。
「俺には逆さになってもルカは務まらん。」
トーマスは黙ったまま目だけでパルマンに応えた。
それで彼には十分通じたはずだ。
それが証拠にパルマンはアイーダに別れと励ましの言葉を掛けている。
ここから先一緒にいけなくてすまないと謝る一方で堂々とアリアを頼むと言っているに違いないのだ。
その潔さがトーマスにはたまらなく羨ましかった。
自分の為すべきことをしっかり見極め、その上で最善の方法を選んでいる。
さすがはあの若さで一国を代表するだけのことはあると感じ入ったのであった。


この間にも闇の太陽は刻々と成長し続けていた。
いつまでも再会の喜びに浸ってはいられない。
マクベインは改めてメンバーを確認すると出発を告げた。
「よし、それで決まりだな。行くぞ、フォルト。」
「うん。」
目の前に頑丈そうな扉が迫っている。
扉の前に書かれているメッセージをマクベインは注意深く読むと、竪琴を構え「生命」のメロディをつま弾いた。
目の前の扉は開いたものの、またひとつ扉が行く手を阻んでいる。
「また何か書いてあるよ。」
フォルトはメッセージボードに近付くと声に出して読み上げた。
「雷と風から生まれるアンサンブル」
それで扉が開くのかと思いきや、現れたのは2体のゲートキープである。
「こいつは・・・。」
「僕らに任せて!」
フォルトとウーナがゲートキープの正面に立つと、恐れる様子もなく光と風のメロディを同時に演奏し始めた。
ふたつのメロディが折り重なり共鳴しあいながら、巨大な渦と化してゲートキープを呑み込んでいく。
静寂が戻るとゲートキープのひしゃげた亡骸が転がっていた。
「なるほどな。となると・・・。」
もう1体のゲートキープの目がアイーダに向いている。
「こっちだ、アイーダ!」
敵の攻撃の範囲外にアイーダを引っ張り寄せ、衝撃に備えた。
アリアは、とみるとマクベインが反対方向へ連れて移動していた。
共鳴魔法を使うのはフォルトとウーナだけではないのだ。
同じ力を持ったゲートキープが行く手を阻んでいる。
確かにこの類の魔獣が相手では、共鳴魔法を使えない者は足手まといになるだけであった。
だが、道はまだ長い。
「フォルト達でしか相手にできない魔獣は彼らに任せ、俺達は他のヤツをできるだけ引き受けてフォルト達の力を温存させないとな。」
今更ながらにそれぞれの適した役割について考えさせらたトーマスであった。

2体のゲートキープを倒すと、今度こそ回廊内への扉が開いた。
「うわっ。まるで迷路みたいだ。」
「そう簡単に通らせてもらえないってことだな。」
「でも、この先に確かに感じます。」
「アリアさんが感じるなら、この方向で大丈夫だね。それに、この先はアリアさんの感じた方向へ進むのがいいってことだよね。」
「そのようだな。」
薄暗い回廊の中をフォルト達はアリアの導きに従ってとおり抜けていく。
狭い回廊から広い部屋に出たかと思うと必ずといっていいほど魔獣が出現した。
それぞれが、それぞれの役割を担って魔獣を倒していく。
魔法を使ってくる魔獣は特にやっかいだった。
「もう、どこから攻撃してくるのよ!卑怯者、姿を見せろ〜!」
時々アイーダが爆発したが、そういうアイーダだって、かなり離れた死角からペブルで攻撃しているのだから魔獣に文句を言えた筋ではない。
アリアはひっきりなしに傷ついたメンバーの身体を回復させるのに大忙しだった。
「アリアさん、ずっと歌いぱなし。喉、大丈夫?」
にっこりとアリアは頷いたが、声を出さないところをみるとかなり声帯に負担がかかってきているのだろう。
状態異常を起こさせる魔獣が現れるようになってからは、その回復にも対応せねばならないから、相当のしわ寄せがきていると思われる。
「ちょっと、休もう。」
「トーマス、私なら大丈夫です。」
「いや、休めるときに休んだ方がいい。」
「マクベインさん?」
マクベインはあたりの様子を注意深くもう一度確認すると、端の方へ急ごしらえの休み場所を確保した。
「アリアさん、すまんがアイーダとウーナをみてやってくれんか。フォルト、おまえはここで3人を守っとれ。わしは、トーマスと一緒にその先まで安全を確認してくる。」
次々と指示を出すと、マクベインはそのまますたすたと部屋の出口から通路へと姿を消した。

マクベインは、ほんの少し進んだ先でトーマスが来るのを待っていた。
「ああ、すまんな。損な役割を押しつけたようで申し訳ない。」
「いえ、そのための要員ですから。」
「そうか?」
だが、人の良い一座の主は、食えない老人へと変化している。
「あんたにはプラネトス2世号の面倒を見るという役目があったはずじゃ。あの船なくしてはガガープの果てから来た者たちを連れて帰ることができん。ちがうかね?」
「・・・ルカが居ますから。」
これは嘘ではない。
少なくとも、自分がいなくてもルカがいれば船の修理には事欠かないのは事実である。
「だが、戦うだけなら、アヴィンやマイルでもよかったはずじゃ。異界でもそうじゃったと思うが?」
マクベインはトーマスが反論し難いことを意地悪く尋ねてきた。
「ま、なんとなくおまえさんが来るだろうことは予測しとったがね。」
トーマスが黙っていると、マクベインは楽しそうに髭をしごいた。
「アイーダが来たからな。」
心臓に悪いというのは、まさにこういうことを言うのではないかと、トーマスは冷や汗をかいていた。
「なーに、アイーダが来たのも似たようなもんじゃ。」
「え?」
「あの子は責任感の強い子じゃ。自分一人で帰るなんてことは考えてもいないじゃろうからな。」
「はあ・・・。」
思わず脱力したトーマスに、マクベインはしてやったりという表情をしていた。
今のトーマスの反応をみれば、トーマスがプラネトス2世号以上に何を優先して来たかが一目瞭然である。
まったくこれだからこの人には敵わない。
トーマスは諦めたように溜め息を吐いた。
「わしは、もう少し、ここで見張っとるから、あんたは先に戻ってアリアさんを手伝ってやってくれんか?」
マクベインは、もとの一座の座長の顔に戻っていた。
「フォルトがいるから・・え、アリアさんをですか?」
「あいつもたぶん、寝とるよ。」
「はぁ?」
「まあ、騙されたと思って行ってみてやってくれ。」
マクベインの言葉には、祖父としての温もりがこもっていた。
「わかりました。」
トーマスは疑問に思いながらもマクベインの言葉に従った。

そっと足音を忍ばせて戻ってみると、アリアを挟んでアイーダとウーナがもたれかかるように眠っている。
共鳴魔法を発動させている時の、あの研ぎ澄まされた感覚は今のウーナからはとても想像できないものだった。
同様に、アイーダの巧みな人形を操る様もまるで別人といっていいくらいである。
それほどにアイーダとウーナの寝顔は、子供のあどけなさの領域を脱していないほどに幼かった。
眠っているウーナから少し離れたところでフォルトもマクベインの言葉どおり丸くなっている。
アリアは言葉にしないままでトーマスにほほえみかけた。
あたかもそれは母親が子供の眠りを見守っているときのような、穏やかな微笑みだった。
か弱いように見えてもアリアは成人に達しており、歌うことで見かけ以上に身体は鍛えられているらしい。
勇んでいてもフォルトはまだ子供だった。アイーダとウーナにしても然り。
子供の体力と大人の体力の差が、戦いが長期戦になると如実に現れてくる。
アリアは目線だけで、フォルトをウーナの側へと伝えてきた。
トーマスがフォルトをウーナの隣へ寄せてやると今度は、アイーダの方へと目線を変えた。
「おい、まさか俺にその横へ・・・。」
アリアはにっこり頷いた。
それだけは勘弁してくれ、と言わんばかりのトーマスに、なおもアリアは揺るぎない眼差しでトーマスを見つめている。
(アイーダが、寒く、ない、ように。)
一言一言文字を区切ってアリアは声に出さず口を動かした。
「う・・・。」
アリアは試すような視線をトーマスに向けたままだ。
身体を休めるだけなら、フォルトの横でも良いはずなのに、アリアはわざわざアイーダの隣を指定して譲らない。
「・・・ったく、あんたも人が悪いぜ。」
トーマスはアイーダを起こさないよう細心の注意を払ってその横に坐った。
触れ合った肩先からアイーダの規則正しい呼吸が伝わってくる。
その温もりに不思議な安らぎを感じながらトーマスはマクベインが戻ってくるのを待っていた。

僅かながらも休息を取ったことで、全員それぞれに鋭気を養えたらしい。
目を覚ましてからのアイーダとウーナとフォルトをみているとそれが特によくわかる。
子供は疲れも早いが、回復も早いのだ。
やがて、角を曲がったさきの扉の前にまたひとつメッセージボードが掛けられているのが目に留まった。
「愛を奏でよ。」
フォルトがメッセージに従ってキタラで奏でると、扉は開いた。
「どうやら、ここからはまたゲートキープが相手らしいな。」
その先に見えるもうひとつの扉とメッセージボードにマクベインが呟いた。
「大丈夫だよ、じいちゃん。ここまで来たんだもの。絶対、アリアさんをビオラリュームまで連れて行くんだ。」
「そうだな。」
フォルトの力強い言葉にマクベインは優しく応えた。
「他の魔獣が出てきたらあたしたちに任せてよ。」
「ああ、任せて貰おう。」
アイーダに同意するようにトーマスも頷いた。
「風と炎から生まれるアンサンブル」
先頭に立ったマクベインがメッセージボードを読み上げるのに従って、フォルトとウーナが素早く風と炎の共鳴石を装備するのが見て取れた。
「それじゃ、行くぞ。」
扉が開き、いよいよ最終段階の戦闘の火蓋が切って落とされたのである。

それからの戦いは、マクベインの予想どおりゲートキープとの戦いに終始した。
「フォルト、ウーナから離れるでないぞ。」
「わかってるよ。」
共鳴魔法はふたりのアンサンブルで発動する。
だからこそ、フォルトはなおさらウーナと行動を共にした。
ふたりのことは、マクベインが補助しているから心配いらないだろう。
トーマスはアリアとアイーダを守りながら、それ以外の魔獣を相手にしていた。
共鳴魔法しか受け付けないゲートキープは、トーマスに少なからず心理的衝撃を与えていた。
どんなに手持ちぶさたになっても、見守っているしかないという状況は、待つことに慣れていない者にはかなりの心理的苦痛を与えるものであった。
それでいて、敵の攻撃には待ったが効かないときている。
トーマスですらこの有様だから、年端のいかないアイーダには相当な苦痛であった。
4つめの扉を越えるとき、アイーダは初めて弱音らしきものを口にした。
「あたしじゃ、やっぱり役不足かな。」
「そんなことない!アイーダが援護してくれるから、わたしやフォルちゃんは安心して演奏に集中できるんだから。」
ウーナはきっぱりアイーダの不安を否定したが、精霊に頼らねばならない次の戦いで、アイーダははっきり悟っていた。
この先、これ以上の敵が現れたとき、自分では対応しきれないであろうことを。
だが、ここで抜けるわけにもいかなかった。
ここまで来た本当の目的は、闇の太陽を消滅させること。
地中深くにいるおかげで、直接にその姿をみることはできないが、刻一刻とその力が強まっていることはアリアの様子から全員が感じていた。
どんなに辛くてももう、待ったは効かないのだ。
「よし、抜けたぞ!」
5つめの扉が開き、目の前にビオラリュームがあった。
「不気味・・・。」
それ以上形容のしようがない、青の民の残された文明である「器」がそこに眠っていた。


「こりゃ、すごいな・・・。」
「アヴィンさん!」
背後に人の気配がしたかと思うと、後方援護に回っていたはずのアヴィン達がいつの間にやら追いついてきていた。
だが、再会を喜び合っているような時間はない。
碑文を読み上げたマクベインの指示に従って、静かに幻のメロディ、即ちレオーネの残した水底のメロディの構成をフォルト達は頭の中で組み立てている。
「フォルト、ウーナ、曲の構成は頭に入れたな。」
ふたりは同時に頷き、アリアもまたマクベインに向き直った。
「では、始めるぞ。」
マクベインの合図で、静かにウーナのピッコロでメロディが流れ出すと、そのままフォルトのキタラ、マクベインの竪琴が音楽を支え、アリアの歌声が曲を仕上げていった。
「あ!」
アイーダとトーマスは、曲が進むに従って、青の民により眠についていたビオラリュームが目覚めていく様を目にしていた。
演奏しているフォルト達より、ふたりの方が客観的に事象を捉えることができたのは、ある意味皮肉な結果でもあった。
「と、止まった?」
「みたいだな。」
闇の太陽を頭上に、そして浮上したビオラリュームを前に誰もが戦慄していた。

「パルマンさん達は・・・?」
ビオラリュームとともに台座も浮上したため、マクベイン達だけが上に登ったようである。
「心配ないと思うが・・・。あ、あの穴は何だ?」
階段を下っていくと、その両横にぽっかり穴が開いていた。
「入れそう?」
「たぶん・・・。」
これから次に為さねばならないことは、頂上に上がって、水底の子守歌を奏でる事である。
だが、このまま自分たちだけで行くことに躊躇いがあった。
「ちょっと、待ってくれ。少しだけ、入ってみよう。それで様子がわかればそれでよし、わからないようであれば、すぐ引き返す。」
トーマスの提案に誰も異論を挟まなかった。
マクベイン達は、すばやく穴に入ると小走りにその先を急いだ。
「誰もいない・・・。でも、あれ、何かしら?」
穴の奥には比較的広い空域があって、その両端に、不思議な文様が描かれていた。
「面白い模様だね。え?」
その丸い文様の上に一歩足を踏み入れたとたん、いきなりマクベイン達の身体は何かに吸い寄せられるようにその場から消えた。
「うわっ!」
次の瞬間、どさり、とまた同じような模様の上に重なって落ちた。
「いてて・・・。今の、なんだったんだろう。」
「痛かった・・・。」
だが、次の言葉を続ける前にウーナは黙り込んだ。
「どしたの?」
「ほら、聞こえない?」
「何が?」
「剣の音!」
「ええ!?」
言うが早いか、ウーナは走り出していた。
「ちょっと、待ってよ、ウーナ!」
あとから慌てて他のメンバーが続いていく。
だが、さほど進まないうちにウーナが聞いた音の正体は判明した。
浮上前のポイントで、残されていたアヴィン達が後方から現れた魔獣を相手に戦っていたのである。
「パルマン!」
「アリア!?」
振り向いた先で、パルマンは魔獣を槍で払い退けていた。
「こんなとこで何ぐずぐずしてる!」
近寄ろうとしたフォルトにアヴィンの怒鳴り声が響きわたった。
「後ろは振り返るなって言ったはずだろ!」
「アヴィンのいうとおりだ。」
なおも剣を抜こうとしたフォルトをトーマスががっちりと押さえつけた。
「トーマス!」
「ここで俺達のできることは、何もない。」
アリアが蒼白になりながらも頷いた。
「参りましょう、ビオラリュームの頂上へ。」
「アリアさん!」
「私たちには、もう時間がないんです。」
その言葉に、フォルトは剣を持つ手を離した。
「そうでした。僕が持つのは剣じゃない。キタラなんだ。」
アリアがその場を離れ、もと来た道を引き返していくのが見て取れた。
「先に、行きます。行って、待ってますから!」
「ああ、必ず追いつく。こんな魔獣相手にやられてたまるもんか。」
フォルトはそのまま振り向かずに走り出した。
マクベインがウーナが、その後を追っていく。
「あたしも、行く!」
アイーダはぎゅっと拳を握りしめると俯いたまま走り出した。
本当なら、この場で魔獣を相手にするのは、自分のはずだったのにとの後悔の念が彼女を苛ましている。
けれども、それはその時の結果がたまたまそうなってしまったからにすぎないのだ。
少なくとも、最初の時、マクベインが「あとふたり」と言った時、アイーダには彼らと一緒に行くことに迷いはなかった。
ほんの少し、あの時トーマスが「行く」と言うのが遅れていれば・・・。
だが、一緒に行くと言ったのはアイーダの意志から出た言葉だった。
「フォルトもウーナも、先に行っちゃった。」
「ああ、だから俺達も遅れないよう付いて行かなきゃな。」
その時、アイーダは初めて隣を一緒に走っているトーマスに気が付いた。

台座からビオラリュームの頂上まではかなりの距離があった。
「結構あるね。じいちゃん、大丈夫?」
「うるさい。人の心配するまえに、メロディをしっかり覚えとけ。最悪、わしらのうち、誰かがひとりで演奏せねばならん状況がでてくるかもしれんからな。」
言いながら、坂道を上るマクベインの足どりはだんだんと遅れ気味になってきていた。
「じいちゃん。・・え?」
その彼らの行く手に人影がある。
それはゆっくり不思議なメロディを奏でながらこちらを向いた。
「デュオール王子!?」
デュオール王子はフルートを吹きながらゆっくりフォルト達の到着を待っていた。
そして、彼の身体からは・・・。
「害周波!?」
フォルトとウーナはその場に凍り付いたかのように足が竦んだ。
最後の最後で彼らに待ったを掛けたのは、他ならぬ信じていた人であるという事実がふたりの動きを止めたのだ。

止まったのは、フォルト達だけではなかった。
ついに本性を表したスティグマに、あとから追いついてきたアヴィン達も結局は遅れを取り、行動の自由を奪われてしまった。
一瞬だけ、希望が見えたかに思われた時も、すぐに無惨にうち砕かれた。
「じいちゃん、気合いでできることとできないことがあると思うよ。」
フォルトが貶したのか慰めたのかよくわからない言葉をマクベインにかけている。
「ラップのやつ、今、現れたら最高のタイミングなんだけどな。」
我ながら諦めの悪いことだとトーマスが呟いた瞬間、彼は現れた。
「お待たせしました。」
「うわっ。」
「本当に出た。」
こういうのを極めつけの待ったなしのタイミングのよさというのであろうか。
「おや?」
ミッシェルは次々とマクベイン達の身を解放していった。
先に気を失わされたパルマンとアリアを除いて、その場にいた全員が自分の時間を取り戻したのだ。
そのあとで、何やらマクベインとミッシェルは情報を交換していた。
年の差はあれど、考えることは同じだったらしいとふたりは結論を下し、再びそれぞれの役目を果たすことに頭を切り換えた。
「わしらはわしらにできることをするまでじゃ。」
それが結果的に戦うことになるというなら、戦うまでである。
しかも、負けることを許されない戦いであった。

アイーダの目がトーマスからマクベインへと視線を移していた。
マクベインとトーマスの視線がほんの一瞬だけ交差した。
やはりこの人には何もかもお見通しなのだと、トーマスはほんの少しだけ心が軽くなった。
マクベインは、アイーダの肩に優しく手を当てると、足下のジャンにも伝わるように話しかけた。
「アイーダ、ジャンと残ってふたりを頼む。」
一瞬、アイーダの目が驚いたように見開かれたが、すぐにいつもの彼女の明るい瞳に戻っていった。
「任せといて!」
元気よくアイーダは答えると、トーマスに心配ないよと手を振った。
アイーダが最後の戦いに直接参加しないことはある意味トーマスをほっとさせたが、戦いに赴くメンバーの代わりに彼女がひとりで後方を守らねばならないという新たな不安材料を生み出していた。
ここに来るまでに魔獣は退治してきたとアヴィンとマイルは言ったが、それは彼らの後を追ってきた魔獣に限ったことであり、回廊内の全ての魔獣を倒してきたわけではない。
水の玉座を通ってまで襲ってくる魔獣はまずいないとは思われるが、絶対に安全だとは言い切れなかった。
「大丈夫。」
もう一度、アイーダは笑った。
「だから、早くやっつけて戻って来てね。」
最後のひとことに、アイーダの真実が含まれている。
「ああ、戻って来るよ。」
そこまでは速攻で頷いたものの、その前に「アイーダのもとへ」と付け加えることは、ついにできないままに終わってしまった。
「ぐずぐずしてる時間はなさそうじゃ、行くぞ。」
マクベインの声にトーマスは今一度装備を確認した。

トーマスは正面にそびえるビオラリュームを見上げた。
今はまだ沈黙を守っている姿を前にマクベインがはっきり宣言した。
「スティグマを止めるぞ。そして、闇の太陽もな。」
フォルトが、ウーナが、アヴィンが、マイルが、そしてトーマスが戦列に加わった。
この先何が起ころうとも、今を乗り切らなくては始まらない。
もう、「待った」は効かないのだ。
トーマスの剣を握る手にも力がこもった。
この剣を抜いたときが世界の命運を決める戦いの始まりである。
そして、それを収めたとき、再び、「ちょっと、待った!」と言える日がくるのかどうか。
いずれにしても、トーマスには待って貰わねばならない相手がいる。
いつまで待ってくれるかは神ぞのみ知るところであるが、少なくとも今はまだ、希望のある相手であることには違いない。
ビオラリュームの上空にミッシェルの姿が見えた。
「レゾナストーンの結界だ!」
フォルトの明るい声が聞こえてくる。
「これで思う存分共鳴魔法が使えるよ!」
「よし、いくぜっ!!」
アヴィンが先陣を切って行く姿が目に映った。
この戦いには、待ったはなし。
トーマスは素早く呼吸を整えると、最後の戦いにその身を投じていった。

その後のことは、歴史が伝えているとおりである。
ビオラリュームを制御することによってフォルト達は闇の太陽を完全に消滅させることに成功した。
今に残るブロデイン国纂編にはそう記録されている。
しかし、正史が伝えるのは、その時代の出来事だけであり、それに携わった個々の人々についてはほとんど触れていない。当人達が黙して語らないという事もある。とりわけ、最後の戦いに身を投じた人々のその後については、ヴェルトルーナで知る人はほとんどいない。ただ、ガガープの果ての別の世界で、似たような名前の人々が同じ時を共有していたと遙か時を隔てて伝え聞くのみであった。


おわり
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