■海は甦る
 四精霊のひとり、炎のザールの祠からアヴィン、ルティス、ミッシェル、ガウェインが姿を現した。アヴィンの手には、ザールから託された神剣エリュシオンが握られている。
「雨が、止んでる?」
 空に手を伸ばしたルティスの声にガウェインは感慨深そうに頷いた。誰からともなく4人はドミニクの墓所に向かい、黙祷を捧げてから墓地をあとにした。
 海岸線が近づいた頃、鳥の羽ばたく音がして、ガウェインの肩に白い鳩がとまった。トーマスからの伝書鳩だと確認するや、ガウェインは足に結ばれているメッセージを読み上げた。
「ぷらねとす号ノ修理ハ終了セリ。ワレ、かなぴあノ船着場ニテ待機スル」
「さすが、トーマスさんだ。港に着いたらすぐに出発できそうだな。」
 疲れを知らぬ若者の声にガウェインは目を細めている。老いた感慨は自分だけでいい。希望を現実に引き寄せつつあるアヴィンを頼もしく思いながら、ガウェインはカナピア島を出発した。

 道中こそ元気そうだったが、ボルケイドとの戦いや火の精霊ザールとの邂逅は、強靱なアヴィンの肉体にもかなりの負担を強いたとみえて、船足が順調になるや、アヴィンは案内された船室ですとんと眠りに落ちていった。アヴィンの介抱をルティスに任せ、ガウェインも船室に落ち着くと、ミッシェルひとり、手持ちぶさたになった。彼も肉体は疲れていたが、それ以上に精霊との邂逅が精神を高揚させているらしく、目が冴えてしまって落ち着かないのだ。大地の上ではなく水の上−たとえそれが船に乗っているにしても−にいるというのもある。このあたりの海域には一度ひどい目に遭わされたこともあって、余計にミッシェルの気を高ぶらせているらしかった。こういうのをトラウマというのだろうか。ミッシェルはますます、らしくない自分の考えに苦笑して気分転換を図る必要性を感じた。

 あてもなく甲板に出て水平線を眺めていたミッシェルの背後にトーマスの気配がする。
「あんたも元気だな」
 眠れないのか、と聞かないところがトーマスらしい気の配りようだった。
「こういう風に海を眺めること自体、実を言うと初めてなんです。」
 ミッシェルにとって海は旅の障害物のひとつでしかなかった。それゆえに、じっくり海を観察したことはなかったし、転位魔法を体得してからはその必要性すらなかったのだ。生きるために海と向き合っている船乗りのトーマスとは、まさに対極にあるといってもいい。それでいてふたりとも未知のものに対する好奇心は人一倍強いと来ているのだから、無意識に通じるものがあったのだろう。
「まあ、行きは眺めるどころじゃなかったからな。」
 荒れ狂う大海の中へ小舟を漕ぎ出して行った当人は、その時のことを思い出したのか、腕の筋肉をほぐして見せた。
「新人の頃以来だぜ、舟を漕ぐのにあんなに手間取ったのは。久々にいい運動をさせてもらったよ。」
「わたしも、あんなに揺れる舟の上で魔法を使ったのは初めてです。」
「だが、ガガープを超えるとなると、あんなもんじゃないんだろうな。」
 遙か彼方の海を睨んでトーマスは言った。ガガープを超えることは多くの船乗りが持つ共通の憧れである。エル・フィルディン最速を誇るプラネトス号を操るトーマスも無論、それを狙っている。雲を掴むような存在だったガガープ超えが、手段こそ異なれど実現させたミッシェルの存在はトーマスの意欲を大いにかき立てていた。
「そうですね。もっと大きな船で、」
「大規模な性能を搭載したエンジンが必要になるだろう。」
「魔法というのはデリケートなものでして、信頼できる人の舵というのも必要ですよ?」
「あんた、カナピア沖でも、そんなこと言ってたな。」
 トーマスとミッシェルは、荒ぶるカナピア沖を静めるために、激しく唸ってうねりを上げていた海へたったふたりで繰り出していった同志である。出会って間もないのに、二人の間には長年培ってきたような信頼感がお互いにあった。二人を繋げたのは、未知なるものへの憧れだ。小規模ながらも舟の舵取りと魔法を使って荒ぶる海を平定したトーマスとミッシェルには、それがこれからの道標のように思えたのだ。技術と魔法、一見異なって相容れないように思えるふたつを己がものにできたなら、不可能を可能にすることができるのかもしれない。
 暗い海に光が差し込んでくる。水面を徐々に反射しはじめた陽光にミッシェルは目をしばたかせた。トーマスの瞳が海の色に重なっている。大いなる決意を秘めた目は水平線の彼方に向けられていた。光明がプラネトス号を照らし出すのに合わせて太陽が昇っていく。甦った海がトーマスとミッシェルの前に開けていた。

「でも、まずは」
 どちらからともなく重なった声にふたりは苦笑した。
「アヴィンの旅の行く末を見届けてから」
 そのあとに続いた「ですね」と「だな」の語尾の違いがふたりの人柄を偲ばせた。


おわり
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